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第六十六話 上陸前夜 その二

お疲れ様です。


本日の投稿なります!!


それでは御覧下さい。




 薪が乾いた音を立てると矮小な火の粉が風に乗って茜色に染まった空へと舞い上がり、鼻腔に届く煤と水蒸気に含まれた米の優しい香が心を落ち着かせてくれる。



 疲弊した心と体を癒すのは意外とこうした何気無い時間なのかも知れないな。



 山積した疲労を拭い去ってくれる好環境に身を置き、静かに座してその時を辛抱強く待つのだが……。



「ちょっと!! カエデ、蜘蛛!! まだ捌けないの!?」



 生憎、この静寂を好まない者も居るのですよねぇ。


 静寂を好まないと言うよりかは、己の食欲を満たす為に叫んでいると言った方が正しいか。



「五月蠅いですわねぇ……。カエデ、あの愚か者を成敗しなさい」


「今は忙しいから無理。魚を三枚に下ろすのが意外と難しい」


「あら、意外と器用ですわね……」



 調理場の二人は大量の海の幸と、肉を捌くのに躍起になり。



「鉄板焼きっ!! えへへ、楽しみだなぁ――」


「これだけ大きな鉄板だからな!! 一気に焼けそうだぞ!!」


「炭の香りが心地良いぞ……」



 残りの者は鉄板を取り囲み、食材の到着を今か今かと待ち侘びていた。


 休暇に相応しい光景が体のそして心のシコリを解してくれる。



 此れこそ俺が求めていた光景なのかも知れない。





「おら、そっちの米炊き。さっさと炊き立てホカホカの白米を持って来いや」



 何の遠慮も無しに愚痴を零し。



「ちょっと言い過ぎだ。レイド達はあたし達の為に作ってくれているんだぞ??」



 それを仲間が掬って咎めれば。



「んぶちっ!? いってぇな!! 舌噛んじゃったじゃん!!」


「あはは!! マイちゃんカッコ悪い――」



 盛大な笑い声に包まれるのですよ。



 狂暴な龍の催促を無視し、しみじみと頷いていると釜に変化が現れた。



 よしっ。


 第一弾が炊けたぞ!!



 口の中でじわぁっと溢れる唾液を喉の奥へと送り込み、期待感を籠めて重厚な木の蓋をパカっと開けると……。



「――――。退けっ!! あっふぁぁぁぁん。艶々の御米ちゅわん?? 私の御口は此処ですよ――??」



 辛抱堪らんといった感じで背後から強襲した狂暴な女性によって跳ね飛ばされてしまった。



 押し退けるのは構わんが、威力を加減して下さい。


 勢い余って御堅い地面と抱擁してしまったじゃないか。



「その米を御櫃に移して、鉄板脇の机の上に運べ」


「んな事は分かってんのよ!! ほっ!! そりゃ!! でやぁぁああ!!」



 全く。


 こういう時だけ素早いんだから……。


 口の中に混入した土の塊を吐き出し、手際よく米を御櫃に移し続ける彼女の後ろ姿を眺めていると。どうやら向こうも準備が整った御様子ですね。



「お待たせしましたわ。お肉と海の幸が捌けました」



「「「おおおおぉぉぉぉ……」」」



 魚の切り身は醤油で刺身として頂き、綺麗に内臓を取り除いた魚は鉄板の上で。


 一口大に切り分けられたお肉の数々は言わずもがな、こんがりと焼いて頂く。


 そして、それをおかずに……。



「どっこいしょ!! さぁ!! 米も準備完了よ!?」



 大の男を容易く吹き飛ばす狂暴な女性が運んだ炊き立ての御米をカッ食らうのです!!



 最高の夕食の始まりだな!!



「オホン。それでは皆さん、食事の前にちょいと御挨拶を」



 痛む頬を抑え、鉄板の前へと到着。此度の休暇の挨拶を述べようと咳払いをするのですが。



「早くしろ」



 大変恐ろしい朱の瞳で睨まれたので捲し立てる様に口を開いた。



「今回の休暇に付いて来てくれて皆有難う。長期に渡る移動で疲れているとは思うけど、この食事を摂って体を労わって欲しい。そして、この小旅行はリューヴとルーを歓迎する意味も籠められているんだ。皆仲良く、楽しく!! 食事を頂きましょう!!!!!」



「あったりまえよ!! おっしゃ!! 派手に焼くわよ!!!!」



 俺が言い終えると同時に四角の鉄板の上に食材の数々が乗せられ、大変腹が減る音と匂いが放たれた。



「わぁぁ。良い匂い――……」



 嗅覚が鋭いルーは整った鼻をスンスンを動かし、目尻を下げ。



「ふふ……。新鮮な帆立ですね……」



 カエデがそれに続けと、己の目の前の鉄板の上に新鮮な帆立を並べ。



『この中は私の陣地です』



 他者にも大変分かり易い様に陣取ってしまった。



 久々の海鮮料理に舌鼓を打ちたいのは分かりますけれども。も――少し、慎ましい陣地を占拠しては如何でしょうか??


 隣のルーとユウがその面積の広さに困惑していますよ??





「調味料一式も揃っているからね。正に至れり尽くせりさ」



 さて、と。


 御米の量はあれだけじゃ絶対足りないし、第二段の準備に取り掛かろう。



「ぬ、ぬぅぅ……。まだ、か??」

「当たり前だろ。乗せて五秒で焼ける訳がないって」


「リュー!! こっちのお肉は取らないでよ!?」

「それは貴様が決めた事だ」



「ふふふ……。この帆立さんは全て私の物です。指一つでも触れれば、炎で滅却させます」



 若干一名、この雰囲気にそぐわない声を放っていますが……。


 上限突破した各々の高揚する声を背に受け、次なる米を炊く準備に入った。




「――――。レイド様」


「ん?? どうした??」



 井戸の水で米を研いでいると、アオイが隣にちょこんとしゃがみ込む。



「皆と食事を摂らないのですか??」


「あぁ。御米が足りなくなるからね。催促される前に準備して置こうかなぁって」



 米の汚れを洗い落とし、ピカピカに磨き上げた御米を釜へと投入。


 そして井戸から水を……。



「手伝いますわ」



 汲もうかと考えたが、アオイの右手の先に淡い水色の魔法陣が浮かぶとその先から水が溢れ。


 瞬く間に釜の中へ水を満たしてくれた。



「おっ、助かるよ」



 本当、便利だよなぁ。魔法の存在って。


 ちょいと手を翳せば水が滴り、指先を鳴らせば火が灯る。


 この便利に慣れてしまったら日常の不便に苦労しそうだよ……。



「うふふ。どういたしまして」



 石窯の中で燻ぶっている残り火に薪を投入して再燃させ、二人で温かい火と釜を見守り始めた。



「レイド様、宜しかったのですか??」


「何が??」


「この宿……。それ相応の値段がしたのでは……」



 あぁ、その心配か。



「折角旅行に来たんだし。偶には散財も良いかなぁって」


「宜しければ……。今まで頂戴したお金を渡しますけど……」


「それには及ばないよ。アオイに渡したお金はアオイが自由に使うべきだって」


「ふふっ、左様で御座いますか」



 っと……。


 今の笑み、ちょいとやばかったな。



 石窯の奥から放たれる橙の明かりに照らされた白く美しい髪、彼女の瞳の中に映る炎の揺らめきが此方の体温を悪戯に上昇させる。


 少しだけ湿気を含んだ唇が柔らかく上がると、心の臓が意図せずに一つ大きく鳴り響いてしまいましたので……。



「さ、さてと。俺達も食べようか」


「?? えぇ、畏まりましたわ」



 きょとんとした顔を浮かべる彼女と共に鉄板の前へと戻ったのは良いが……。





「ガッフォ!!!!」



 焼きたてのお肉を勢い良く口へ放り込み。



「バッフ、バフフ!! ハグラァ!!!!」



 ホカホカの御米を豪快に、そして続け様に投入。



「アッム!! モッフ!! ファップ!!」



 御米とお肉を口の中で混ぜ合わせれば、はい。この世の幸せが御口に訪れてしまいましたとさ。



「ンフィィ……」



 目尻がトロォンっと溶け落ち、私は今。誰よりも幸せですよ――っと大変分かり易い笑み……。じゃあないな。


 深紅の髪の女性が摩訶不思議な顔を浮かべてしまっていた。



「もっと良く噛んで食えよ。まだ一杯あるんだし」


「ふぁくなったらふぃやだもん!!」


「うわっ!! 噛みながら話すなって!!」



 咀嚼物が飛んで来たらそりゃあ誰だって嫌がるだろうなぁ。


 ユウも可哀想に、厄介な人が隣に居て。



 さて、俺もちょっとパクつきますか。


 えぇっと……。どれから食べようかな……。



「はい、レイド様っ。あ――んっ」



 優柔不断な姿勢でいると、アオイが焼きたての海老を此方に向かって差し出した。


 程よく焼かれ、赤みを帯びた海老は大変美味しそうに映るのですが。



「大丈夫だよ。自分で取るから」



 要らぬ攻撃を食らいたくないのでね。


 申し訳無いけど、それはまたの機会で。




「そ、う……。ですわよね。私が取った海老は不味くて、汚らしくて。食べれた物じゃあありませんわよねぇ……」



 あぁ、もう!!


 叱られた子犬みたいな顔浮かべないの!!



「分かったよ!! 頂きます!!」



 半ば強制的にアオイの箸から海老を強奪。



「レ、レイド様っ……」



 ちゃんとした塩味に、海老の若干の甘さが良く合う。


 噛めば歯を喜ばせてくれる弾力のある身に、口内と体も大変喜んでいた。



「うんっ。美味い!!」



 ぱぁぁっと春の光が戻ったアオイの顔にそう言ってあげた。



「ささ、お次はこれで御座いますわよ――」


「それを食べる前に、ちょいと失礼」



 彼女の嫋やかな手を静かに下ろすと。



 御櫃から適量の米、調理台から油と調味料一式、そして薄く切り分けた大蒜を手に持ち鉄板の前へと戻った。



「んぅ?? レイド――。何か作るの??」


 美味そうにお肉を食むルーが話す。



 肉ばかり食べていないで、脇で焼かれている野菜もしっかり食べなさい。


 偏った食べ方はいけません。



「あぁ、折角これだけ大きい鉄板なんだ。空いた場所で焼き飯でも作ろうかと思ってね。よっと……」



 目の前の鉄板に油を引き、先ずは香り付けとして大蒜を優しく炒める。


 ほぉぉっら。


 大蒜の香りをお届けしますよ――……。



「ほぅ……。馨しい香りだな」



 リューヴの鼻が御満悦になった所で、賽子状に切り分けたお肉を焼く。


 続いて。


 じゅわぁっと広がった油と肉汁の上に御米を投下!!


 此処からは一気に炒める!!



 火力の強い場所へと材料を全て動かし、鉄製のヘラで男らしく混ぜ合わせた。



「わっわっわぁ!! ボケナス!! それ、さっさと食わせろ!!」


「まだ待ちなさい。仕上げにぃ……。塩と胡椒、そして醤油を一回り掛けてぇ」



 醤油が鉄板の熱で蒸発すると。



「「「おぉっ!!!!」」」



 数名の女性から歓喜の声が上がった。



 木製の御椀に五名分盛り付けて、はい完成!!



「お待たせ――。大蒜の焼き飯ですよ――」


「よ、寄越せ!!!!」



 誰よりも先にお椀を強奪し、溢れんばかりの涎を喉の奥へと送り込み。



「は、はむぅっ!!」



 勢い良くパカっと口を開いた。



「どう?? ささっと作ったけど……」


「あ、あんた……。これから私達の飯を毎日作りなさい……」



 いや、言われなくてもほぼ毎日作っていますよ??



「わっ!! 美味しい!!」


「えぇ、大蒜の香が食欲を湧かせます」


「主、肉の味もしっかりして美味いぞ」


「レイド様ぁ。私の為に態々……」



 各々の反応も良好で結構ですね。


 さて、お次は……っと。




「――――。なぁ、レイド。あたしの分は??」



 ぎゅっむぅぅっと眉を顰めているユウが此方を睨む。



「ユウは牛肉駄目だろ?? だから今から、ユウだけの為に作るんだよ」


「へっ……?? あ、あぁ!! うん!! そうだな!!」



 何もそこまで睨む事は無いのに……。


 ちゃんと考えて作っているのですよ――っと。




 再び鉄板に油を引くと同時に、何故か分からぬが額に激痛が走るではありませんか!?!?



「いってぇええ!! 誰だよ!! 焼きたてアツアツの帆立の貝殻さんを投げたのは!!」



 あっつぅ!!


 火傷したんじゃないのか!?



「知らん。おら、この焼きめしお代わりだ。さっさと作りやがれ」



 絶対お前が投げたんだろ。


 そう言いたいのを堪え、アヒルさんも。うむっ!! と納得して頂ける程に唇を尖らせて料理を再開させた。



「この肉は良い。しっかりと肉本来の味がする……」


「あぁぁぁ!! それ、私の目の前で焼いていた奴じゃん!!」


「貴様が取り忘れたのだろう??」




「ユウ!! ほら!! トウモロコシ焼けたわよ!!」


「待てって。まだ魚食ってるから」




「カエデ、魚ばかり食べていないで肉も食べたら如何ですか??」


「体が魚を求めている」




 皆、本当に楽しそうだ。


 人の目を気にして飯を食うよりも。こうして気が合う仲間達と同じ釜の飯を食っていた方が良いだろう。


 ちょっとお高くついたけども、この思い出はお金じゃあ買えないし。存外、良い買い物だったかもね。



 額に浮かぶ汗を拭いつつ、ユウ専用の焼き飯を作り終えるとその足で石窯へと向かう。


 第二弾の米の炊き具合、鉄板上の調理担当。


 口では愚痴を零しつつも、心は幸せに包まれていた。願わくば、向こうの島でもこの幸せが続いて欲しい物さ。


 石窯の下でパチッ!! と弾けた火の粉が風に舞って流れていく様を見守りながらそんな事を考えていた。































 ◇





 そっと香る木材の優しい香り、窓の外から微かに届く虫の歌声が心を落ち着かせてくれる。


 自分でも気付かぬ内に気を張っていたのか。


 こうして人の目から離れると酷く落ち着いた気分を感じてしまう。


 素晴らしい食事で腹を満たし、まるで雲の上で眠っているのかと錯覚させるベッドの柔軟さが心地良い睡眠を提供しようとしていたのだが。




「グルッフゥ……。逃がすかぁ、んにゃらぁ……。私の至宝……。」



 形容し難い鼾と寝言によって現実の世界へと引き戻されてしまった。



 その音源を確認する為、枕の上で顔を動かすと。



「う、う、うぅ――ん……」



 ルーの鼻頭に一頭の龍がしがみ付き、狼の眠りを妨げていた。



「美味しいぃ、お饅頭ちゅわんっ……。む――――ちゅっ。ちゅむぅぅ……」



 此れでもかと尖らせた龍の唇を狼の鼻頭に何度も、何度も当てては離し。粘度の高い涎で誇り高き狼の鼻を穢していく。





「く、く、臭いぃぃ。腐り落ちたはらわたが鼻にぃぃ……」




 アイツも可哀想に。


 流石の私でも同情するぞ。



「ふぅ……」



 鼾が収まるまで少し外に出るか。


 このままでは余計に疲れかねないと判断した私は狼の姿に変わり、器用に扉を開けてシンっと静まり返った廊下へと出た。



 ふ、む……。


 カエデ達も熟睡している様だな。


 隣の部屋に居る三つの力強い魔力は寝る前と変わらない位置にあった。




 一階で眠っている主はどうだろうか??



 我々が二階を使用すると話すと。



『じゃあ俺はそこのソファで寝るよ』 と。



 優しい笑みを浮かべ、心地良い睡眠を我々に譲渡してくれた。



 お人好しとでも呼べばいいのか。それが主の良い所なのだが、我を強く持っても良いと思う。


 この宿を借りたのは他ならぬ主なのだからな。



 一階に降り、ソファの上を確認するが……。



「居ないな」



 主の残り香はソファに強烈に染み付いているものの、肝心要の姿が見当たらない。



「――――。外か」



 嗅覚を発揮すると、その香りは外へ続いている事に気付き。潮の香りが漂う外へと躍り出た。





 長々と眺めていると狩人の血が騒いでしまう怪しい光を放つ月が私の心を妙にざわつかせる。


 風に乗って届く海の匂い、そして……。僅かな主の匂い。


 その匂いを辿り形状の細かい砂の上を進み始めた。



 主は……。


 あぁ、あそこか。


 砂浜の上で足を放り投げ、ぼうぅっと夜の海を眺めている。



 体の筋力を弛緩させたその背中から滲み出る雰囲気は柔らかく、傍目から見ても寛いでいるのだと理解出来た。


 怪しい月の光、無防備な背中が私の狩人の血を刺激。染み付いた癖、とでも呼ぶべきか。


 足音を消し去り。


 周囲の空気と気配を同化させて接近を開始した。







「――――――――。主」


「おっわっ!!!!」



 私の声を受けると肩をビクっと上下させ。



「びっくりしたぁ……。リューヴか……」



 黒き瞳を丸めて此方に振り返った。



「驚かしてすまぬ」



 主もまだまだ甘いな。


 戦士足る者、隙を見せるべきではないぞ??




「別に構わないよ。それより、どうしたの??」



 ふぅっと安堵した息を吐き、私から視線を外して再び海へと顔を向けた。



「同室にいる者の鼾が五月蠅くてな」


「あぁ、マイの奴か。アイツの寝言、酷いだろ??」


「酷過ぎる。私の里でもあのような寝相の悪い奴は居ないぞ」



 主の隣に座り、同じ方向を見つめて話す。



 ふむ……。


 一定間隔で鳴り響く波の音。


 怪しい月の光が海に降り注ぎ、沖の波が光を反射。


 此方に届くと体を弛緩させた。



 森に広がる土の香りも良いが、此方も中々趣があって良いな。



「まっ、その内慣れるよ」


「慣れる気がしない」


「そう?? カエデはアレが無いと物足りないって言ってたよ??」



 あの賢い海竜が??



「それは本当か??」


「うん。所で、さ……」



「どうした」



 何か言い難そうにしている。



「どう?? 俺達と行動を共に続けて。息苦しいとか、無いかな??」



 そういう事か。



「安心しろ。まだその様な想いは抱いていない」


「まだ、なんだ……」



 ふふ、すまぬ。


 言葉足らずであったな。



「これだけの強者が揃う事はまずない。共に切磋琢磨する仲間の存在は貴重だ。主が考えている以上に私は今の環境を好いているぞ??」


「はぁ――。良かったぁ。ほら、ルーはいっつもニコニコしているから分かり易いけど。リューヴは余り物を言わない性格だからさ。内心、怒っているんじゃないのかなぁ――って考えていたんだよ」



 むっ……。


 それは私が不愛想だと言いたいのか??



「生まれつきの性格だ。許せ」


「うん。話してくれて有難うね」


「ふんっ……。気にするな」




「「…………」」



 それから、どちらが口を開く訳でも無く雑音を放つ口を閉じ。


 自然そのものの音を享受し始めた。



 その音の効果は絶大で、主は自然と瞬きが長くなり。私は四つの足を折り畳んで俯せとなり、彼と同じ速度で瞬きをする。


 主はこうした自然豊かな環境を好む、のだろうか??


 それならばいつか。私の故郷の森を紹介したいものだな……。


 此処と変わらぬ自然豊かな表情を気に入る事だろう。




「――。さてと、そろそろ寝るよ。明日も早いからね」



 狼の顎と遜色ない角度で口を開き、大欠伸を放ち。臀部に付着した砂を払い落として宿へと向かう。



「夕食を余り食べていなかったがどうかしたのか??」



 主と共に歩きながら問うた。



「御飯を作っている時ってさ。味見とかするだろ?? それで結構お腹が膨れちゃうんだよ」



 ほぉ、そうなのか。



「リューヴは料理とかしないの??」


「試した事はある」



 あれは……。


 まだ七つ頃だったか。



 ルーと共に森へと出掛け、捉えた川魚を母の見様見真似で調理してみたが……。


 魚の身が一切手元に残らなかったのだ。


 あれは本当に不思議な光景だったぞ。



「結果は……。まぁ、聞かないよ」



 宿の中へと入り、ソファに寝転ぶと体を弛緩させた。



「その方が賢明だ。――――。そ、の……。主。私も此処で眠っても良いか??」


「別に良いけど……。床で寝るよりもベッドで寝た方が良いんじゃない??」


「あの柔らかさは不慣れだ」


「そっか。早朝、横着な蜘蛛が天井から襲い掛かって来る可能性があるかも知れないから見張ってて」



 アオイの事か。


 あいつめ、主の休息を邪魔するとは何事だ。



「あぁ、了承した。ゆっくり休め」


「じゃあ、おやすみ――」



 そう話すとほぼ同時に寝入ってしまった。



 それだけ疲れていたのだろう。


 ゆるりと休め、主の安寧は私が守って見せる。



 一定間隔で聞こえて来る主の柔らかい寝息が私の睡眠欲を多大に刺激し、己でも気が付かぬ内に微睡み始めてしまう。




 夢に堕ちる刹那。


 天上で何やら蠢く音が聞こえたが、猛烈な眠気に抗う事が出来ず確認に至る事は叶わなかった。


 無音で押し寄せる白い靄に意識が包まれ、素晴らしき夢へと続く入り口に向かって落下して行く感覚に私はこの身を委ねたのだった。



 主、明日も新しい世界を私に見せてくれ……。期待しているぞ……。





最後まで御覧頂き有難う御座いました。



そして……。ブックマークをして頂き、誠に有難う御座います!!


本当に嬉しいです!!


今日も大変暑い夜ですので、クーラーの適切利用を心掛けて下さいね。

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