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第六十六話 上陸前夜 その一

お疲れ様です。


週末の蒸し暑い夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 不安、杞憂、一抹の期待。


 幾つもの感情が心の中で複雑に絡み合い、平穏な感情を取り戻す為にその始発点を探すが。それさえも見付ける事が不可能な程に雁字搦めに巻き付いてしまっている。



 あの島へ上陸さえしなければ厄介な事にはならない。



 しかし、期待に胸を膨らませている彼女達の落胆する顔は見たくはないのも又事実。


 どうしたものか……。



 この世の者とは思えない異形の存在が五名もの男女を消し去ったのなら、後日上陸した漁師さんや警察関係の方々も同じ目に遭う筈だからその可能性は薄い。


 では、一体何があって彼等は忽然と姿を消したのか。


 その答えは単純明快だ。



 現時点では窺い様が知れない。この点に尽きる。



 机の前にしがみ付き、未だ見ぬ形の化石をアレコレ想像するよりも。実際に現場に赴き、地層を掘り現物を目の当たりにすれば確固たる歴史の形を確認出来る。


 俺が一人で想像してもとどのつまり、机上の空論と呼ぶべきか……。


 いずれにせよ、やはり独断する訳にはいかないな。



 天秤が漸く片方に傾けかけた所で足元の感覚が変わったことに気付く。



 あら、いつの間に砂浜へ……。



 優しい波音が荒れた心模様を鎮め、海風が頬を撫でてくれると肩の力がふっと抜ける。


 暫くの間心地良い散歩を楽しんでいると、見慣れた姿が正面に映った。




「おっせぇ!! 何チンタラ歩いているのよ!! さっさと走って来いや!!」



 人が居ないからって叫ぶのはどうかと思います。


 誰かに聞かれる恐れをアイツは考えないのだろうか??



「――。ごめん、彼に依頼をお願いしていたらちょっと遅れたよ」



 刺々しい眉に変化した深紅の髪の女性を正面に捉えて話す。



「んで?? 依頼は出来たの??」


「あ――……。その点に付いて皆に相談したいんだ。歩きながら話そうか」



 北へと続く砂浜をいつも通りの歩行速度で進みながら口を開く。




「相談?? 馬鹿げた額の渡航費を吹っ掛けられたの??」



 右隣り。


 ちょいと首を傾げたくなる大きさの桶を持ったユウが話す。



「いや、そういう訳じゃないんだけども……」



 何気無く近付き、その中身を確認すると。



「おぉ!! すげぇ!!」



 桶の中身は海の幸の宝物であった。


 海水を張った桶に様々な種類の魚達が泳ぎ、大きな海老が俺の姿を見付けると尾っぽで水を撥ね水飛沫が此方を襲った。



「ちめてっ。レイド――。あまり驚かすなよ。水が掛っただろ??」



 いつもの快活な笑みを浮かべて彼女が言う。



「あはは、ごめんね?? リューヴは何を持っているの??」



 彼女が両手一杯に抱えている紙袋を捉えて話す。



「肉だ」



 その紙袋の鼻頭をちょんと当て、すぅぅっと。肺一杯に香りを閉じ込めて話す。


 香りから肉の味を受け取ったのか。


 いつもは尖っている眉毛がキュルンっと丸みを帯びてしまいました。




 だ、大丈夫かな。


 狼さんに肉を持たせて……。




「レイド様。先程の御話の続きを聞かせて下さいましっ」



 アオイがチョイチョイっと左肩を突く。



「あぁ、ごめん。ロブさんは渡した渡航費で満足してくれたよ。だけど……」



「「「だけど??」」」



 数名が声を揃え、此方の次なる言葉を待つ。




「その島は前も話した通り、いわくつきって事が証明されちゃったんだ」



「ふ、む……。詳細を聞かせて下さい」


「実は、ね…………」



 細い顎に指を当て、考え込む仕草を取るカエデに向かって先程伺った過去の経緯を話してやった。




「うっわ。何、その島……。ちょっと怖いんだけど……」


「何よ、ルー。ビビってんの??」


「マイちゃんは何も考えていないから怖くないんだよ」


「あぁっ!? ぶつ切りにして犬鍋にすんぞごらぁぁ!!!!」


「私は犬じゃないよ――!!!!」




 北へと向かって全力で駆け出した灰色の髪の女性を、それと遜色ない速度で追い始めるお馬鹿な狩人。


 砂で足を取られる筈なのに、あの速度……。


 素晴らしい下腿三頭筋に惚れ惚れしてしまいますが、今は無視をしてっと。



「どう思う?? 証言から得られた確証の無い証拠だけど……」


「レイドの上官さん達は無事に帰還したのですよね??」


「元気良く仕事に携わっているよ」



 只、軍規違反は余分ですけれども。



「それなら大丈夫じゃない?? 普通の人間達がふつ――に帰って来たんだし」


「ユウの事は一理あるな。例え、その島に異形の存在が居るとしても。我々が負ける可能性は限りなく低い」


「御安心下さいませ、レイド様。危険が迫りましたのなら、私が体を張って御守り致しますのでぇ」



 ユウ達は賛成、か。



「カエデはどう思う??」

「あんっ。擦れ具合がっ……」



 いつの間にか絡みついた横着なお肉さんから左腕を引き抜きつつ、今も沈黙を続ける藍色の髪の女性に問うた。




「――――。男女五名が消失した事実は楽観視出来ませんが、レイドが話した通りこれは確証が得られない事実です。しかし裏を返せば、我々が真実を発見出来る可能性も秘められています。謎多き島……。これは大変興味が引かれますよ」



 でしょうねぇ……。


 藍色の瞳がキラッキラに輝き、ふんすっ!!!! っと。


 今日一番の鼻息を漏らしてしまいましたので。



「じゃあ向かう方向で決めるよ?? 良いね??」


 皆に対して最終確認を……。



「おらぁっ!! 尻、蹴らせろやぁぁああ!!」


「止めて!! 蹴らないでぇぇええ!!」



 基。


 ずぅっと向こうに居る二名を除く四名に対して行った。



「あたしは良いよ――」


「あぁ、構わん」


「レイド様の杞憂ですわ。私が御側に居る限り、危機は訪れませんっ」


「以下同文」



 カエデさん、略さないの。



「分かった。出発は明日の朝一番って言われたから……。市場に朝早くに出掛けて必要な物資を調達。装備、並びに物資を整えてから出発しようか」


「りょ――かいっ。んっ?? なぁ、レイド。あの柵って何??」



 ユウが顎をクイっと前方に向けて指す。



「あぁ、アレね。実は今回の宿は……」


「もう!! お尻がパンパンに腫れたらマイちゃん責任取ってくれるの!?」


「知らねっ。よ――、ボケナス。この柵何よ」



 今から説明する所でしたので、少し静かにして頂けませんかね。


 そう言いたいのを堪え、続きを話す。



「さて、皆さん!! 本日使用させて頂く宿はこの柵の向こう側にあります!!」



 俺の身長の倍程もある背の高い柵の向こう側に指を差し、若干大袈裟な口調で言う。



「そして、そしてぇ……。何んと、宿は俺達だけで貸し切りで使用出来るのです!!」


「うっそ!! じゃあ、あたし達以外に誰も居ないって事なの??」


「その通り。宿は勿論の事、その前に広がる砂浜。裏手の庭、井戸にその他諸々。ぜぇぇんぶ俺達だけが使用して良いのです!!」



 その為に大枚を叩いたのですけれども……。


 果たして気に入ってくれるかどうか少々不安ですね。



「やったぁぁ!! マイちゃん行こうよ!!」


「おう!! 待っててねぇ!! 私の宿ちゃん!!」



 陽気な二人が柵の下に設けられている扉を開け、勢い良く駆け出して行く。



「個人宿なんて良く見付けたな??」


「偶々だよ。それに、折角の休暇だし。人目を気にせずに休むのも大事かなぁって」



 飛び出して行った二人に続き扉を潜る。



「値段もそれ相応でしたよね??」



 流石、カエデさん。


 そういう所は抜け目が無いですよね。



「まぁ、うん。そうなるかな」


「へへ、ありがとね。レイド」



 ユウが柔らかい笑みを浮かべ、片目をパチンっと閉じる。


 その笑みでちょいと気分が上昇するものの。



「もう直ぐ夕方だから、食事の準備に追われそうで参っちゃうよなぁ……」



 そう、この所為で折角上昇した気分が下降してしまうのです。



 魚と肉、そしてその他諸々の準備に追われる自分の姿を想像するともう既に疲労感が双肩にドっと圧し掛かる。


 でも、皆が喜んでくれればそれでいいかな。


 踏み心地の良い砂と静かな環境をおかずに慎ましい日常会話を続けていると、件の宿が見えて来た。




 美しい木目がそれ相応の価値があると此方に理解させてくれる二階建ての木造建築物。


 玄関口は砂浜と面し、その脇には座り心地の良さそうな椅子が二つ添えられ。海を見ながら寛ぐ為の物であると彼等は俺にそう語り掛けていた。


 その椅子に座る両名が口を開くまで、この宿は値段に見合った寛ぎを提供してくれるのだと感じてしまった。







「おっそ。ペタペタペタペタ砂浜を歩きやがって。 額に大粒の汗を浮かべて今にも体内から溢れ出そうな便意を我慢して慌てふためきながら便所を探すアヒルじゃあねぇんだから、もうちょっと早く来なさいよね」




 いつもならコイツの嫌味に顔を顰めるのだが。


 想像するとちょっと可愛かったから許すよ。



「あはは!! 可愛いね!! そのアヒルさん!!」


「でしょ?? あんたも私の比喩が分かる様になって来たじゃない」



 ケラケラと笑う二人を他所に、御借りした鍵をポケットの中から取り出し。


 素敵な休息を与えてくれるであろう扉に差し込んだ。



「お邪魔します」



 入室に相応しい声を上げ、家屋内に最初の一歩を踏み入れた。




 先ず目に飛び込んで来たのは右手側の大人四人が横に並んで座っても御釣りが来る幅の二つのソファだ。


 素人目でも値が張りそうですな。


 狼二頭さんには爪を立てない様に注意しておきましょう。



 正面のずぅっと奥に続く廊下の先には裏手に繋がるであろう扉が、そして玄関と斜向かいの形で階段の存在が確認出来た。


 床には貴族が使用しても遜色ない程の踏み心地が良い絨毯、所々の壁に確認出来る照明用の銀製の燭台には芸が細かい装飾が施されていた。




 あ、あはは……。


 そりゃあ一泊五万もする訳だ。



 まだ一歩踏み入れただけでもこの建物は庶民が使用すべきではないと理解してしまった。



「おぉぉっ!! すっごい広いね!!」


「おひょ――!! こりゃ快適に過ごせそうね!!」



 マイとルーが此方の脇を抜け、颯爽と二階へと駆け上がっていく。



「んおっ!? ひっろ!!」


「これなら文字通り、足を伸ばして休めそうですね」


「あぁ、漸く気が休まりそうだ」



 後から入って来た者達も宿の内観に満足気な声を上げてくれた。



「二階は二部屋だよ――!! ベッドは三つと二つの部屋があった!!」



 あっれ??


 七人で使用するのにベッドは五つですか??



「別に良いんじゃね?? マイはどうせ龍の姿に変わるだろうし」


「いやいや、人が近くに居るってのにそれは流石にアイツでも……」



「ユウ!! ちょっと来て!! ベッド、超フカフカっ!!」



 そんな事はありませんでしたね。


 猛烈な勢いで一頭のずんぐりむっくり太った雀が飛翔して来ましたので。



『ほらな??』



 ユウがそんな感じで此方に一瞥を送り。



「じゃ、桶此処に置いて行くから。マイ待てよ!! あたしは二人部屋の方を使うからな!!」


「はぁ!? 私が二つ使うに決まってんじゃん!!」


「二人共待ってよ――!!!!」



 体は一つなのに、どうやって二つのベッドを使用するのだろう。


 二階へと昇って行った三名を見送ると、背負っていた背嚢を下ろし。本日の主戦場である裏庭へ続く廊下へ足を向けた。



 扉の手前。


 少し右手側に入った空間に調味料、並びに料理道具一式が纏まって置かれ。更に、更にぃ!!



「御米じゃないか!!」



 大きな麻袋一杯に詰められている姿を見下ろすと、歓喜の声を上げてしまった。


 いや、これは助かるぞ。


 アイツの食欲はこれで何んとかなりそうだ。



 愛おしむ様にパンパンに膨れ上がった麻袋を大事に抱え、扉を開けると。此方の予想通りの裏庭が姿を現した。



「おぉっ。家もデカければ、裏庭も広いな」



 正面にその存在感を知らしめる様に石の竈の上には大きな鉄板が敷かれ。


 右手側の家屋の庇の下には大きな机とまな板、更に右奥にはあそこで米を炊けと言わんばかりに石窯と釜が設置。


 大きな狼さんが元気良く駆けても有り余る広さの裏庭の正面奥には井戸が寂しそうに此方を見つめていた。



 あそこの調理台で肉、魚を捌いて。石窯で米を炊く……。


 ふむ。これなら何とかなりそうだな。



「こっちも広いね」


「あぁ、これならアイツらも文句は言わないだろう」



 背後からやって来たカエデにそう話す。



「私は何をすればいい??」


「ん――。ざっと当番を考えたんだけど……」



 コクコクと小さく頷くカエデに対し。



「カエデは魚担当。アオイがお肉。俺が米炊き、並びに料理全般の総監督って配役はどうかな??」


「悪くない。魚を解体するのは得意だから」



 むっふぅんっと大きく鼻息を荒げる。



「了解。じゃあ早速開始するから皆を呼んで来て」


「任された」



 さぁ……。


 此処からは俺の腕の見せ所ですね!!


 米の糠を研ぎ落とす為。拳をぎゅっと握り、気合十分の構えで井戸へと向かって行った。



最後まで御覧頂き、有難う御座いました。


まだまだ暑い日が続きますので、熱中症に気を付けて下さいね。

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