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第六十四話 潮風香る街

お疲れ様です。


本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 王都を出発し、二日。


 予定よりも一日早く港町イーストポートの入り口へと到着した。


 空は俺達の到着を歓迎するかの如く、何処までも青が広がり。街の通りの奥から潮の香りに魚特有の香りが混ざった何とも言えない匂いが風に乗って鼻腔へ届く。


 どうやらこの街は経済状況が大変好況なのか、街の出入口から忙しない人の出入りが確認出来た。



「お待たせ!!」



 人の往来の邪魔をしない様に街の出入口付近で此方を待つ女性達へと駆け寄る。



『お帰りなさい。厩舎代は如何程で??』


「荷物の預かりも合わせて一日三百ゴールド。随分と良心的な値段だったよ」


『そう、ですか。街の規模にしては随分と安いですね』



 気もそぞろにそう話し、街の主大通りへと視線を向けた。


 カエデは海出身だからなぁ……。


 故郷に似た香りが彼女を急かすのだろう。


 そして、心急く思いで街の通りを眺めていたのは一人で収まる訳でも無く。



『あふぁらぁ……。魚ちゅわぁん……。待っててねぇ?? 今から私がぜ――んぶあなた達を食べてあげるからぁ』



 人目を一切気にせずだらしなく口を開き、深紅の瞳をトロォンと下げて突撃を開始しようとするお馬鹿さんの進行を言葉で阻止してやった。



「待て」



『あっ??』



 こっわ!!


 何故待てと言っただけでそんなに睨まれなければならないのですか!?



「この街は俺も初見でね?? さっき、厩舎のおじさんからありがぁい情報を入手したんだ。それを聞いてからでも遅くは無いだろ??」


『話せ』



 あ、はい。


 狂暴な腹ペコ龍の命を受け、優しいおじさんから入手した情報を話し始めた。



 この街は今見える通りが主大通りとして栄え、食品を購入するのなら街に慣れていない者は通り沿いの店で買い揃えた方が良いらしい。


 そして、魚の入れ替えは午前六時、正午、午後六時の三部制。


 夏は魚の足が早いので三部制となったそうな。


 お薦めの宿は通りの突き当りを左折して少し行った所にある。


 それか入り組んだ街中を散策すればいつかは見つかるだろうとの事。


 当然、素人である俺達の宿は突き当りを左折した場所になる訳なのですが……。



 どうやらその宿はちょいとお高いらしい。


 任務ならまだしも、休暇で訪れたのだから多少の額は目を瞑りましょうか。



「――――。と、言う訳で。俺達の現在の目標は美味しい炊き込みご飯のお店の捜索になる訳だ!!」



 此処へ来る前、ルピナスさんから伺った美味しい炊き込みご飯が頭から離れないのですよ。


 宿の予約と、ロブじいさんの捜索は後回しです!!



『そ、そうね!! 早速、捜索を開始しましょう!! 者共!! 続けぇ!!』


『お――!!!!』



 街の皆様、大変申し訳ありません。


 可笑しな表情を浮かべた女性が跋扈ばっこしますけれども、温かい目で見守ってあげて下さい。


 陽性な龍と狼を先頭に、潮風溢れる街へ何とも言えない気持ちでお邪魔させて頂いた。



「いらっしゃい!! 新鮮な魚は如何ですか――!!」


「うちの店は脂が乗って美味い!! 買わなきゃ損損!!」



 主大通り沿いには潮風の街に相応しい店舗が立ち並び。店の入り口のひさしに出来た日影には色とりどりの魚が海水で満ちた木箱の中で泳いでいる。


 想像するだけで良い出汁が取れそうな海藻類。


 俊敏な動きを見せる海老と、ゴツイ鋏を持った蟹。



『おっほぉ!! ピッチピチのピッチャピチャじゃん!!』



 奇々怪々な言葉を放ちながら先頭を歩く奴さん程では無いですけど、内陸では容易に窺えない街の様相に心が躍っちゃいますよ。



 現に。


 昼時を少し過ぎた時間帯であっても通りを行き交う客達の顔は朗らかであり、周囲に陽性な感情をばら撒いていた。



 魚を手に取り見比べている男性、店主と値引き闘争を開始した主婦。


 売られている魚を横取りしようと画策し、店の影からじぃっと様子を窺っている猫なんかも居る。


 誰しもが活気溢れるこの街を楽しんでいる。


 静かな場所で休暇を過ごすのも良いけど、こうして珍しい物に囲まれて過ごすのもアリかもな。




『わぁ……。あの魚美味しそう』


 ルーも早速この街の熱気に当てられた様ですね。


 忙しなく視線を動かし、青い魚を見付けるとキラっと目が輝いていた。



『あの店、魚を捌いて焼いてくれるみたいよ!?』


『おぉ――!! じゃあ寄ってく!?』



 はい、寄り道はさせません。



「マイ、炊き込みご飯の店を探しているんだ。それらしき匂いはするか??」



 当初の目的を思い出させるのと同時に、奴の興味を反らす作戦に出たが……。


 果たして俺の作戦の効果は如何に??



『んっ!? 炊き込みご飯!! すぅ――。ん――……。全然感じ無いわね』



 此方の作戦に乗って来たのは良いが、肝心要のお店の尻尾を捉える事は叶わずか。



『主、私の鼻でも感じ取ることは出来ない。通行人に聞いてみたらどうだ??』



 鼻の良い狼さんでも駄目ならそうするしかないでしょうね。



「それが手っ取り早いか」



 腹ペコ龍と強面狼。


 この二人が感知出来ないのだ。俺にはとてもじゃ無いが匂いを辿って行けとは無理な注文。


 郷に入っては郷に従えじゃあないけども。


 今正に此方とすれ違う女性に話しかけ、尋ねてみる事にした。



「あの、すいません」


「はい?? 何でしょう」


「この街で美味しい炊き込みご飯があると伺ったのですが……。御存じでは無いでしょうか??」



 当たり障りの無い笑みを浮かべ、物腰柔らかに尋ねる。



「炊き込みご飯?? あぁ、松葉亭の事かしら??」


「松葉亭??」



「この通りの先、二つに通りが別れるのですけど。それを右に曲がって頂くと直ぐ見えて来ると思います」


「そうですか……。ありがとうございました!!」



 いや、助かった。直ぐに見つかったぞ。



『見つかった??』



 此方の様子を窺い続けていたユウが問うてくる。



「あぁ。この先の通りを右に曲がった所にあるらしい。松葉亭って店だ」


『良かったじゃん。早く行こうよ、腹減っちまった……』



 ユウは両の手で腹を抑えて空腹である事を強調している。


 周囲に漂う香りに当てられたのだろう、否応なしにも食欲は刺激されるさ。



「じゃあ行こうか!!」



 意気揚々と先頭へと躍り出て、通りの分かれ道を目指して進み始めた。



『その炊き込みご飯はどんな魚が使われているのよ』



 マイが満面の笑みを浮かべて肩を並べて歩き、こちらに質問を投げかけて来る。



「いや。聞かなかったな」


『はぁ――。つっかえねぇ!!』



 辛辣且悪辣な言葉ですが……。



「そこまで聞いたら楽しみが減るだろう?? どんな料理なのか、想像しながら歩くってのも乙な物だぞ」



 未だ見ぬお宝を求めて未開の大地へと旅立つ冒険者の心情を心に描き、縦横無尽に街中を歩き回るのも趣があろうて。


 それが分からぬコイツはまだまだ素人ですな。



『む、むぅ……。そりゃそうだけど……。あ、あの貝美味しそう』



 歩きながらも後方へと流れていくお店へと視線を送る。


 抜け目が無い奴。



『レイド様、あそこで道が二手に別れますわ』



 アオイの声を受けて視線を正面に戻すと、今し方彼女が話した通り。


 人の流れが左右へと流れて行っている。


 それもその筈。


 街の行き止まりの先には何処までも続く海が存在していたのだから。



 波止場、とでも呼べばいいのか。


 波止場の終着点を境に道が左右に分かれるのだが、そのどちらの先にも通りの両側には普遍的な建物が立ち並んでいる。


 宿屋は此処を左折、しかし俺達の現在目標は松葉亭なるものですので右折っと。



 主大通りの人混みに比べ大分少なくなった人の流れに乗って右折を開始した。



「あったか??」



 そして、今も鼻を利かせている深紅の髪の女性と陽気な狼さんに尋ねる。



『無いなぁ……。レイド、ちゃんと話聞いてたの??』



 あ、はい。


 俺の耳が腐っていない限り、彼女は間違いなく此方だと仰いましたよ??



 お腹が空いたのか。


 ちょっとだけ不機嫌なルーにそう話す。



『ルー。主に対してその口調は止めろ』



 右隣りからお叱りの声を前に放つ御堅い狼さんが更に険しく眉を尖らせた。



「まぁまぁ。気にしていないからさ」



 今現在の面子で、こんな事を一々気にしていたら身が持たない。


 それに??


 汚い言葉、若しくは罵られる言葉はどこぞの誰かさんの御蔭で。ある程度の耐性が付いていますので。


 勿論、ある程度ですよ??


 仲間の悪口や、体を傷付けようものならいくら優しい俺でも許せません。


 その御方の後頭部へと視線を動かし、フルっと左右に揺れる様を何とも無しに眺めていたのですが……。







『パッタラドンガ!?!?』



 此方の温かい気持ちを速攻で残念な気持ちにしてくれる奇声を発し、速足で前進する。



『びゃっ!? な、何?? マイちゃん。気持ち悪い声上げて……』



『こ、この素晴らしい香り……。お惚け狼、あんたは感じないの??』


『ん――?? スンスンッ!! あ、本当だ。いい香り……』


『マイの言う事は正しい。確かに馨しい香りが漂って来ているぞ』



 鼻が利く三名は嬉々とした表情と足並みで向って行くのですが、生憎こっちの四名は通常の嗅覚ですので……。


 もう少々分かり易い様に説明して頂ければ幸いです。



 馨しい匂いに誘われる様に只前へと進む三名。



『何か……。散歩中の犬が、大好物の食べ物を見付けた足取りみたいだな』



 その後ろ姿捉えたユウがのんびりとした口調で揶揄ってしまった。



「まぁ、狼と犬は似た形だし。強ち間違いでは無いとは思いますけども……。少し言い過ぎじゃない??」



『狼二頭は兎も角、狂暴な深紅の髪の女の場合。あの変な顔の時は全神経を嗅覚に集めているから気付きやしないって』



 その集中力を是非とも真面な力に変換して頂きたいものです。


 ユウと下らない雑談を交わしながら三匹の御犬さんの散歩に付き合っていると、犬達がとある店舗の前で足を止めた。




 二階建ての普遍的な木造建築物の入り口には海に面する街に大変良く似合う藍色の暖簾が掛けられており、程良くくすんで汚れたそれは長期に渡る営業活動の現れ。


 つまり!!


 この街の皆様に長く愛されている証拠なのだ。

 

 これは期待出来そうだぞ……。


 幸い、行列も出来て無いし。直ぐに飯にあり付けそうだ。




『ふぅむ??』


 マイが暖簾をじぃっと見上げ、次に入り口脇に立てかけてある看板を見下ろすと腕を組み。


『この店、ヤルわね』



 俺と同じ考えに至ったのか、満足に大きく頷く。



 そして、木造製の看板には俺達が探し求めていた。



『松葉亭』 なる文字がしっかりと刻み込まれていた。



 戸の隙間、若しくは壁から滲み出て来る炭火の香りと海の幸がこんがりと焼かれる独特の香りが食欲を無駄に刺激。


 只観察しているだけでも腹が減る店構えに俺の体は既に合格点を叩き出してしまっていた。



「俺が先頭で入るよ」



 皆様の御言葉は通じませんからね。



『仕方が無い。その役目、譲るわ』



 有難く頂戴しましょう。



 親友と遊びに出掛ける前の高揚感にも似た心持ちで店の暖簾を潜り、くたびれた戸を開ける。


 すると……。強烈に腹が減る香りが押し寄せてるではありませんか!?



『わぁっ!! 凄く良い匂い――!!』


『肉類が好物なのだが……。まさか、海の幸の香りだけで心が満たされるとはな』



 う、うぉ……。


 な、何。このお店……。匂いだけでもお金取れるんじゃないのか??


 狼二頭さんの感想に激しく同意しちゃいますよ。




「いらっしゃいませ――!! お客様は七名ですか??」


「あ、はい。そうです」



 いかん。一瞬香りに気を取られ思考が停止してしまった。


 匂いでこうなってしまうんだ。一体食べたらどうなってしまうことやら……。



「どうぞ此方へ――!!」



 接客業に携わる者に相応しい笑みを浮かべる女性店員に案内された八人掛けの席へと着き。




 早く私の手を取って下さい、と。



 寂しそうに此方を見上げる品書きを開くと炊き込みご飯の文字を、目を皿のようにして探した。




 …………。


 あった、これだ。


 魚の塩焼きや、サザエの壺焼き、帆立の醤油焼き等々。海の幸の定番料理の下、他の料理と比べても変わらない大きさの文字で炊き込みご飯と記載されていた。



「俺はこの炊き込みご飯にするぞ!!」



 これを食べに来たのだ。


 それ以外の料理を頼むのは有り得ないからね!!



『あたしもそれで。ってか、どうせ皆一緒でしょ?? じゃあ七つでいいじゃん』



「分かった。皆それでいいね??」



 ユウの声を受け、皆の意見を伺うと五名の女性は無言の肯定を送って頂けたのですが……。



『待ちなさい!!』



 やはりコイツはそう易々と首を縦に振らないか。



『炊き込みご飯が主役で、まだ主役の脇を固める脇役が決まっていないのよ!!』



 眉を中央にしっかりと寄せ、嘯く声を上げつつ品書きを睨みつけている愚か者の意見を無視し。



「すいませ――ん!!」



 店内の奥から此方の様子を窺い続けていた女性店員さんに向かって手を上げてやった。



『ぬ、ぬぅ!? は、早く決めないとぉ!!』


『あはは。ほらほら――。早く決めないと、店員さんが来ちまうぞ――』



 ユウの煽りでより一層眉が尖り、忙しなく深紅の瞳が右往左往。


 混乱の境地に陥った隙を付く!!!!


 余分な注文はさせません!!



「は――い!!」



「この炊き込みご飯を七つ下さい」



 爽やかな笑みを浮かべる店員さんに品書きを指差しながら注文を伝える。



「はい!! ありがとうございます!! ご注文は以上でしょうか??」



 よっし!!


 これで俺の勝ちだな!!



「えぇ。宜しくお願い……」


『待ったぁぁぁぁああ!! 鯵の干物の開き、帆立の刺身、それとサザエの壺焼きも頼め!!』



 ち、ちぃっ!!!!



「え、っと。すいません。追加注文で……」



 あ、後少しだったのに。


 勝利の栄光を掴み損ねた瞬間、どん底に叩き落とされた心情で勝ち誇った笑みを浮かべている龍の注文を伝えてあげた。



「それでは少々お待ちくださいね!!」



 元気の良い声ですね。


 その声に似合う軽快な足音を立てて、奥の扉の向こう側へと下がって行った。



『早く来ないかなっ』


 ルーは待ちきれない様子で机の上に頭を乗せ。


『く、くそう……。は、早く持って来なさいよねぇ』


 深紅の龍の女性は無茶な注文を口ずさみつつ、奥の扉を睨みつけていた。



 数十秒で飯が出来る訳無いでしょう……。



『レイド』



 呆れた顔で正面のお馬鹿さんを見つめていたが、右隣りのカエデが静かに此方を見上げる。



「ん?? 何??」


『無人島へはどうやって行くの??』



 あぁ、そっか。


 まだ詳細を話していなかったな。



「今の内に話しておくよ。無人島にはここからロブじいさんって人に船を出して貰って出発するんだ。んで、その人が何処にいるかは…………。残念ながら分かっていない」



『何よそれ。全然駄目じゃん』



 えぇ、自分も激しくその意見に同意します。


 マイが呆れるように正面の席から声を上げた。



「しょうがないだろう。ここで食事を摂ったらその人を探してみるよ」


『ん――。どこにいるんだろうなぁ。まっ、酒場とか探したら見つかるんじゃね??』



 ユウの言う通り、そういったところを探すのが良いのかもしれないな。



「近くの漁師さんにでも聞いてみるよ。それか、さっきの店員さんに聞いてみるか」




 少しばかりの船賃も用意してきたし。それと……。レフ准尉から御借りした偽造の指令書もありますので、一応は準備万端。


 ここで飯を食い、栄養を補給したら捜索を開始しますかね。



 彼が見つからなかったらこの街で休暇を過ごしましょうか。


 街の散策で得た魚を食し、海沿いをのんびり歩いて疲労を海へと溶かすのです。


 悪くない案だよね。




「お待たせいたしました!! ご注文の品になります!!」



 言うが早いか、注文していた炊き込みご飯が軽快な女性店員さんによって運ばれて来た。



『『『おおぉぉぉぉ!!!!』』』



 机の上に並べられると、陽気な女性達が目を燦々と輝かせて歓喜の声を上げてしまう。


 まぁ、それは致し方ないよね。



 各自の前に配膳された炊き込みご飯なるお宝が丼大の土釜に入れられ、蓋が閉じられているというのに馨しい香りを放ち。


 帆立の白く美しい切り身と、良い感じに焦げた鯵の開きの干物が机の上を鮮やかに装飾してしまっていますので。



『おぉう……。香りからしてもう既に美味しいじゃない……』


「どれどれ……?? 開けてみようか」



 逸る気持ちを抑えきれずに釜の蓋をゆっくりと、お宝を求める冒険者の心を胸に抱いて開けた。






 な、何て事だ。


 この世にこれ程の香りを放つ品が存在するとは……。


 蓋を開けると先ず醤油の香ばしい香りが鼻腔を刺激する。ふわぁっと揺れていた蒸気が晴れ渡り、中から姿を現したのは一匹の秋刀魚だ。



 黄金色に輝く米の布団に横たわる姿はまるで男性を誘惑する絶世の美女の様にも映った。


 柔らかい体を解してあげて、米と混ぜ。


 白い身と醤油で味付けされた米が混ざり合うと一つの芸術作品へと昇華。


 秋刀魚に生姜、そして様々な具材が混ざり合い早く食べてくれと此方の手を誘った。



 ここで焦ってはいけない、しっかりと味を均一にしてから食べないと……。折角の芸術が台無しになってしまいますからね!!




「よし!! それでは……。頂きます」



 箸で米を掬い上げ光に照らす。


 しっとりと味を吸い込んだ御米の一粒一粒が光を反射し、眩い光沢を放つ。



 もう、この時点で美味いよ……。



 溢れ出る唾液を抑え、米を優しくそして丁寧に口内へと迎えてあげた。



「…………。はぁ」



 本当に美味しい物を食べた時って、何で吐息だけが溢れてしまうのだろう。


 それはきっと、口から放つ言葉が美味しさを濁してしまうから。


 言葉は要らない。心と舌で感じなさいと頭が指示を放つのでしょう。




 味が染み込んだ米に程良く脂が乗った秋刀魚の白身が舌を喜ばせ呆けさせる。


 そして生姜が舌を引き締め、トロンっと蕩けた意識を現実へと引き戻す。


 噛めば噛むほど次の御米を、秋刀魚を求めてしまって箸が止まりませんよ!!!!



『んまぁい!!』


『ちょっとなんだこれ……。すっごい美味いぞ』


『本当。素敵な味ですわ』


『秋刀魚が美味しい』


『んふ――。舌がとろける――!!』


『あぁ。これはいけるぞ』



 各々も気に入って頂けた様で、一心不乱に胃袋に詰めていた。



 俺も彼女達に倣い、その作業に没頭した。


 咀嚼すればする程腹が減る。食っても食っても胃袋が満たされないと叫んでしまう!!


 何んと素敵な食べ物なのだ……。これならいくらでも食べられるぞ!!




 しかし、幸せな時間はそう長くは続かないものだ。


 ふと我に返ると釜の中の飯は消えていた。


 え?? いつの間に……。


 空っぽになってしまった釜を両手で優しく掴み、怨めしく見下ろしてやった。



『いやぁ。美味かったぁ』



 ユウも満足したのか。


 今しがた食した物を思い返す様に目を瞑り、腹を抑えている。



『ね!! 大満足だよ!!』


『ルー。もっと大人しくしろ。五月蠅いぞ』


『リューが静か過ぎるの!! 美味しい物を食べたら誰でも嬉しくなるでしょ!! カエデちゃんはどうだった??』


『大変美味でした。久しぶりに海の幸を頂き舌も喜んでいます』



 海出身の海竜さんも満足そうな表情を浮かべ、魚の脂でプルンっと潤った小さな唇をハンカチで拭いてた。



『炊き込みご飯、その他諸々。ま、まさか。これ程の物とはね……。私の舌も度肝を抜かされたわ』



 貴女の舌は一体何様です??



 俺達よりも多く注文した筈なのに、誰よりも先に完食した彼女はうむむっと腕を組み。


 空っぽの皿の上を見下ろしていた。



「さて、腹ごしらえも済んだし。そろそろ行くか。すいませ――ん!! 会計をお願いします!!」


「は――い!!」



 すいませんね、何度も呼んでしまって。


 慌ただしくこちらへ小走りにやって来る女性店員さんに心の中で謝罪を述べる。



「えっと。七千ゴールドになります!!」



 ほぉ……。この味でこの値段か。


 かなり良心的ですね。



 店員に現金を渡すと件の人物が何処にいるのか尋ねてみた。



「あのすいません。ロブさんて漁師、知りませんか??」



「ロブさん?? ん――。私はここで働いてまだ間もないから分からないですね……。ちょっと待ってて下さい。店長に聞いてきますので」


「態々すいません」



 小さく頭を下げると、クルっと踵を返して扉の奥へと戻って行った。


 水を口に含み、食後の余韻を楽しんでいると此方の心配を余所に店員はすぐに戻って来た。



「ロブさんってかなりの高齢の方、ですよね??」


「あ、はいそうです」



 どうやら当たりのようだ。



「ここから少し先に行った船着き場、そこの近くにある酒場によくいるみたいですよ??」


「分かりました。お忙しいのにお手を煩わせて申し訳ありません」


「いえいえ!! またのお越しをお待ちしております!!」



 椅子から重い腰を上げ、店を出た。



 松葉亭か……。


 フフ、ここは良いぞ。是非誰かに紹介したいものだ。


 まだ口の中に残る幸せの余韻を噛み締めながら、良く晴れ渡った空から降り注ぐ太陽の光を幸せ一杯の表情で見上げてやった。





最後まで御覧頂き有難う御座いました。


明日からは猛暑に見舞われる様なので、熱中症に気を付けて下さいね。

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