第六十三話 楽しい旅路は眠気と疲労との戦い
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは御覧下さい。
まるで星達の囁き声が聞こえて来そうな美しい夜空へ火の粉が静かに舞い上がって行く。
何処までも広がる大地の上に立つ虫達は空の星々に届けと言わんばかりにこぞって歌声を放つ。
何も無い平原、しかし此処には風光明媚という宝物が確かに存在していた。
出来る事ならば大地をベッドにして天然自然の美しい風景を見上げながら眠りに就きたいのですが……。
「はぁっ!! ごちそ――様でした!!」
生憎。
自分には食事の後片付けという責務が課せられていますのでね。
それは出来ないのですよ。
最終最後まで飯を食らい続けていた龍の前に置いてある皿を手に取り。
「ん――。ごくろ――」
「……」
満腹感が与える虚脱感によってぐでぇっと横たわる龍へ、偶には自分で洗えと無言の圧力を試しに仕掛けてみますが……。
「あ?? 何見てんのよ」
「別に……」
大変恐ろしい深紅の瞳で一蹴されてしまい、大変歯痒い想いで食器洗いを開始した。
全く……。
偶には手伝ってくれてもいいんじゃないのか??
これはすべからず皆に当て嵌まるのですけども、食料を最大消費する代わりにその返礼として皿洗い程度はしてくれても罰は当たらないと思う。
チラっと件の人物を見つめると。
「よっと……。はぁ――。食後のユウの腹枕はさいこぅねぇ――!!」
満足気に膨れ上がった腹をポンっと叩き。
ちょっとだけ目元が恐ろしく変化してしまったユウのお腹を堂々と枕代わりに使用していた。
ユウも迷惑だろうなぁ。
食後の憩いの時を邪魔されて。
「ねぇ――。明日の昼頃には到着するんでしょ??」
陽気な狼が食器洗いを続ける此方の前に座って問う。
「予定ではそうだね」
常人では三日掛る行程を二日で踏破。
これも全て皆様の漲る体力のお陰で御座います。
「折角の休みだしさぁ――。もうちょっと賑やかな方が良くない??」
ユウさん。
申し訳無い。既に喧しいのでこれ以上賑やかなのは御免被りたいのが本音で御座います。
「それ、どういう意味よ」
ユウのお腹を枕代わりにして横たわるマイが話す。
「ほら、ハーピーの女王様。アレクシアも呼ばない?? 仲良くなったんだし。この機により一層親睦を深めるのも悪くないかなぁって」
「おっ、良いわね。ついでにあのんまい蜂蜜を持って来させよう!!!!」
善は急げ。
マイが一塊に纏めてある荷物の方へと駆けて行くのだが、読書中の海竜さんが待ったの声を掛けた。
「マイ、彼女は一族を纏める立場にあります。おいそれとは里を抜け出す事は叶いません」
「私は気にしないけど??」
いや、ですから……。
「向こうは俺達と違って立場ある人……。じゃなくて魔物なんだよ。こっちの都合で誘うのはどうかなって意味だ」
食器洗いの手を止め、荷物の中へ頭を突っ込んでいるマイに話す。
「だから――。駄目モトで誘えば良いじゃん。ついでにリューヴとルーも紹介しておきたいし……。あっれ。何処に仕舞ったっけ……」
「主、ハーピーとはどんな種族なのだ??」
ルーの隣で仲良く並んで座ったリューヴが話す。
「此処から南南西の深い森の中に居る種族の事ですわ。飛翔する事に特化し……」
俺の代わりに右肩に留まる蜘蛛さんが得意気に種族の特徴を説明していくと、二頭の狼はフンフンっと首を縦に振って聞き入っていた。
性格はまるっきり正反対ですけども、こういう時は瓜二つだよね??
「――。と、言う訳で。私とレイド様の愛の力でハーピーの女王。アレクシアを撃退する事に成功したのですわ!!」
さぁ、此処で拍手ですのよ!?
二本の前足をぐわっ!! っと上に掲げた。
「アオイ――。得意気に話しているけど、あたし達がアレクシアと戦った時。居なかったじゃん」
今話した内容も俺達が彼女に話した通りのままだったし。
二頭の狼だけでは無く、アオイを紹介するいい機会かもね。
「なぁんだ。アオイちゃんの妄想だったのかぁ――」
「ふん。そうだろうと思った」
「あ――んっ。レイド様ぁ……。愚かな二頭の狼と馬鹿げた胸の牛が私を虐めるのですぅ」
「話した内容は大まかに合っているよ?? 只、その後に蜘蛛里へと赴いてこの……。よいしょ。アオイ達と出会ったんだ」
どさくさに紛れて細かい毛を摺り寄せて来る蜘蛛の胴体を掴み、ルーの鼻先へと向かって放る。
「あっはぁ――ん。満点の星空に愛の軌跡を描きますわぁ――」
「アオイちゃんっ。毛がチクチクするから退いて」
「んふっ。慣れれば快感になりますのよ??」
ごめん、一緒に過ごして結構な時間が経過したけども。今だにその痛みには慣れませんよ。
「あったわよ――!!」
鼻頭にくっ付いた蜘蛛を引っぺがそうと首を激しく振る灰色の狼の向こう側から大股でマイが戻って来た。
「さて!! 鳥姉ちゃんは今何してっかなぁ――!!」
風のオーブを持つ右手に魔力を籠め、暫くすると……。
爽やかな緑色の水晶が淡く光り、玉の中にぼうっと朧に景色が浮かび始めた。
『んふふ――。ふっふふんっ』
おっ、アレクシアさんの声だ。
久しぶりに聞いたけど、相も変わらず澄んで美しい声ですね。
以前お邪魔した彼女の部屋が映し出され、皆が興味津々の面持ちで水晶の中を覗き込んでいた。
『えへへ。やっと買えましたっ』
買えた??
何をだろう……。
声は聞こえるのだけど、肝心要な彼女の姿が見当たらない。
そのまま暫く鶯の歌声を楽しんでいると、此方から向かって左側からハーピーの女王様が漸くその姿を現した。
『うんっ!! 寸法も完璧っ。この色、持っていなかったから嬉しいなぁ……』
寸法、色。
それから察するに服の事かと思いきや……。
何と、下着姿で登場するではありませんか!!!!
桜色の長髪を後ろに纏め、そこから覗く男心を悪戯に誘う美しい項。
白雪も嫉妬してしまう白き肌は健在。
強烈な攻撃が俺の顎に届く前に体ごと水晶から背け、ずぅっと奥まで続く闇を見つめてやった。
『あはっ。この花の刺繍も素敵っ』
『――――。よぉ、鳥姉ちゃん。キャピキャピしている所わりぃんだけどさぁ』
『キャァァアアアア――――!!!! マ、マイさん!?』
そりゃ急に話し声が聞こえたら驚きますよね。
しかも、ほぼ裸の状態で。
『ど、ど、どうしたんですか!? 突然』
『よっ、アレクシア。実はさ……』
ユウが此度の休暇の件を伝えると。
『え、っと。誘ってくれたのは嬉しいのですが……。里の復興が漸く終わり、蜂蜜の収穫並びに交易に忙しくてぇ……』
ほら、やっぱり忙しいじゃないか。
『そっかぁ。じゃあ蜂蜜持って来て』
いやいや。
話、聞いてた??
『多忙の中、突然の誘いをお許し下さい。アレクシア、元気にしていましたか??』
『カエデさんっ!! えぇ、怪我も癒え。元気に過ごせています』
『それは結構な事で。ついでと言っては何ですが、其方の里を出てから新しく仲間に加わった面々を紹介させて頂きますね。――――。皆さん、どうぞ』
カエデが三名を促す。
『初めまして。私は、アオイ=シュネージュ=スピネと申しますわ。そちらの里から西へ向かった先。蜘蛛の里の生まれで御座います。以後お見知りおきを……』
『リューヴ=グリュンダ。北の大森林の西の果てにある狼の里の出だ』
『ルーで――す!! リューと同じ狼で――す!!』
『も、申し遅れました。私の名は、アレクシア=ヴィエル=レオーネと申します』
『へぇ――!! アレクシア、綺麗だね!!』
陽気な狼さんが風のオーブを前足でタフタフと叩く音が響く。
『お、狼さん二頭に。蜘蛛さんが一匹……。声色からして皆さん女性、ですよ、ね??』
何だろう。
随分と歯切れが悪いな。
「そうで――す!! とう!!」
背後から光が迸る。
恐らく、三名が人の姿に変わったのだろう。
『あらぁ――……。皆さん、綺麗で可愛いですね……』
「ふふっ。世辞だとしても有難く頂戴しますわ」
『あ、いえいえ!! お世辞では無くて本音ですよ。――――。はい!! そこで背を向けている男の人!! ちょっとお話があります!!』
男の人。
つまり俺の事でしょう。
大変憤っている声ですので、このまま連絡を絶ってしまいたいのが本音ですが……。
「振り返っても宜しいですか??」
『大丈夫です!! 寝間着を着用しましたから!!』
それなら……。
回れ右をして風のオーブの中の彼女の姿を窺う。
寝間着、なのだろうか。
その割には薄着ではありませんかね?? 胸元も開き過ぎているし……。
もう少し、保温性の高い寝間着を着用すべきかと思われます。
「お、おほん。お久しぶりでね。アレクシアさん」
小さく咳払いをして、相手をこれ以上刺激しない声色でそう話す。
『はいっ!! お久しぶりですねっ!! マイさん!! レイドさんに風のオーブを渡しなさい!!』
「ん――。おら、受け取れや」
「おわっ!!」
大事な物を投げてはいけません!!
慎重に、そして大切に受け取り。水晶の中の彼女の顔色を恐る恐る窺うと……。
『むぅぅぅぅぅっ!!』
獲物に襲い掛かる前の蛸みたいに唇が尖っていた。
綺麗な顔が台無しです。
『ちょっとそこから離れて下さい』
「あ、はい……」
女王の御命令に従い。
「あはは!! ユウちゃん遊ぼ――!!」
「やめろ!! 涎が付く!!」
焚火を囲んで軽快な声を放ち続ける者達から離れ、寂しそうに横たわっている岩へ腰掛けた。
「――。お待たせしました」
『レイドさん!! いつからあなたはスケコマシになったのです!?』
スケコマシって……。
一族を纏める者が使用する言葉じゃありませんよ??
『私達の里から離れ、たった三か月の間でさ、三人もの綺麗で可愛い人達が増えているじゃないですかぁ!!』
「あ、いや。これはふかぁい訳があるのですよ」
『訳を話す前に!! 正座して下さい!! 正座ぁっ!!』
りょ、了解しました。
女王様の命令は絶対ですのでね。
風のオーブを岩に乗せ、大変お硬い地面にキチンと足を折り。
私は大変反省していますという姿勢を取って彼女を見上げた。
『う、うん。良い角度ですねっ』
それは結構で御座います。
何故か満足気な彼女の顔を見上げ、そして先ずは蜘蛛の里へお邪魔した経緯の説明を開始。
『へ、へぇ……。そんな事があったんですか……』
「大変だったんですよ?? たった数名でオークの大群を倒して。尚且つ淫魔さんの相手もして」
『そ、それならや、止むを得ないかも知れませんが。態々アオイさんを連れ出す必要はあったのでしょうか?? その点に付いて詳しくお聞かせ下さいっ』
え――……。
そこもですか……。
『あ、嫌なら良いですよ?? 今からそちらに向かって大飛翔しますので!!』
「それは勘弁して下さい!!」
あの馬鹿げた飛翔によって環境を破壊されたら困ります!!
「じ、実はですね。彼女の母親。つまり蜘蛛の女王様で在られるフォレインさんから是非、と。断り切れない願いを受け賜わりまして……」
『それとこれは別じゃありませんかぁ?? レイドさんが頑なに断れば良かったですよねぇ――??』
立って話す事に飽きたのか、それとも仕事の疲れが襲い掛かって来たのか。
アレクシアさんがベッドにコロンっと横たわり、鋭い瞳を更にキっと尖らせて此方を見下ろす。
「アレクシアさんと同じ一族を纏める方からの願いですよ?? それは流石に無下に出来ませんよ……」
『ふぅん。そっかぁ――。じゃあ!! 北!! 迷いの平原へ向かったお話を聞かせて下さいっ』
「約一日強で抜けました」
『端折り過ぎですぅ!! もっと内部を詳しく説明して下さいっ!!』
お、おいおい。
まさかとは思うけど……。
今日に至るまでの行動を全部説明しなきゃいけないのか!?
「時間が掛りますので……」
『私は明日、休みなので夜更かししても大丈夫なのですっ』
自分は明日も誰よりも先に起床し、皆の朝食を作らなければなりません。
そう言いたいのをグッ!! と堪え。この三か月間の出来事をケシカラン胸元の女王様に説明を開始した。
蜘蛛の里から北へ向かって迷いの平原を抜け、淫魔の女王。
エルザードとの出会いを話すとトロォんと眠りに落ちる前の瞳が超覚醒。
『ぐ、ぐぬぬぬぅぅ……』
親の仇を見付けてしまった恐ろしい瞳へと変化してしまい、再び舌が乾くまで釈明させて頂いた。
それから……。
師匠との出会いでも怒られ、化け物退治に向かったティカでの負傷も叱られ。
果てはリューヴ達との出会いでも嫌味っぽい声色で、粘着質に、グチグチと辛辣な言葉を此方に向かって零してしまう。
一通り話し終えると近況報告と称して、ハーピーの女王様の執務に対する愚痴が始まってしまった。
立場上、誰かに言いたくても言えない悩みがあるのでしょう。
しかし、その……。
何んと言いますか。
『それでぇ、ピナは私が真面目に仕事をしていないって言うんですよ!? 有り得ません!! こっちは朝から晩まで……。って、聞いています??』
任務明けからずぅっと移動し続けているので、疲労が蓄積されたこの体はそろそろ眠りを欲しているのです。
「――――。えぇ、聞いていますよ」
長い瞬きの後にそう答えると。
『起きて下さい!! まだまだ話足りませんからっ!!』
自分はもうお腹一杯です……。
しかし、此方のだらしない姿を捉えると。彼女の嗜虐心に火が灯ってしまったのか。
賢い海竜さんの連続魔法よりも激しい言葉の攻撃が始まり、決して眠らせまいと悪戯に鼓膜を刺激してしまった。
お、お願いします。
説教は後日御伺い致しますので……。どうか寝かせて下さい……。
狩へと向かった夜鷹が一仕事を終えて巣に帰る頃、大変ご立腹の女王様から漸く解放され。
残り僅かとなってしまった睡眠時間を得る為に一人用の天幕へと、猛烈に重たい瞼と足を引きずって行ったのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
まだまだ暑さは続きますので、体調を崩されない様にお気を付けて下さいね。