第六十二話 開幕、女性達の無益な争い
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
ごゆるりと御覧下さい。
ずぅっと背後から今も私の襟元を掴んでは放してくれない楽園の手を歯痒い想いで振り切り、本日も大盛況且、人で溢れかえる西大通りの歩道上を腕を組み。頭の中に浮かぶ難しい考えを自分なりに纏めながら歩き続けていた。
水着ねぇ……。
一体どんな服なんだろう。水の中でも動きやすいのかな??
でも、龍の姿のままだと要らないわよね……。
不必要な物にお金を使うべきなのだろうか。
それよりも御菓子だったり、食べ物を買った方が有意義だと思うんだけど。
『見えて来ましたわ』
蜘蛛が件の店を見付けたようだ。
あそこか。
以前、女共の行列が出来ていて入れなかった店だ。
今はそんな行列も無く、他の店と変わらない普遍的な木造建築物そのものの雰囲気を出していた。
それもそうよね。一か月もずぅっと客が並んでいたら店員も倒れちゃうし、何より売る品が無くなるだろう。
その店先には。
『夏真っ盛り!! 素敵な水着で泳いでみませんか!? 現在全品割引中です!!』 と。
客の目を引く為に。やっすい謳い文句がデカイ文字で書かれている看板が入り口脇に立て掛けれており、私達はその文字を確と目に刻み込んで入り口の戸を開いた。
「いらっしゃいませ――!!」
入店と同時にキャピッとした若い姉ちゃんが燦々と輝く太陽の笑みを浮かべ私達を迎えてくれる。
うむっ。中々良い声量じゃあないか。
しかし、だな……。
場に相応しい声量を上げるべきだと思うのよ。
快活な声量は食事処、若しくは客引きに使うべきであり。少なくとも、下着屋で使用するものでは無い!!
店内の壁際と中央に設置された棚の上にキチンと折り畳まれている水着は何処からど――見ても、私達女性が着用している下着とほぼ同じ形。
色とりどりの花達が棚の上に咲き誇り、私達以外の女性客は嬉々とした表情でそれを手に取り自分の胸にあてがっては未だ見ぬ己の泳ぐ姿を想像していた。
え、えぇ――……。
何?? 水着って……。下着擬きなの!?
私が予想していた布面積よりも、遥かに少ない布地に空いた口が塞がらなかった。
『ちょっと。ここ下着屋じゃないの??』
ケシカラン布面積の水着を手に取り、私同様。
物珍し気に水着を眺めている友人達へ誰とも無しに問う。
『どうやら水に強い素材で出来ているようですね。手触りも下着のそれと違います』
何気無く指先で水着の表面をなぞってみると……。
カエデの言う通り、確かに下着のそれとは感触が違った。
でもさぁ……。
これを着て海に入るんでしょ??
夏は開放的な気分にさせてくれるとは言いますけども。何んと言うかぁ……。男から見たら、性の暴走に見えるんじゃないの??
肝が据わった私でもそれに対して若干抵抗感があるというか、羞恥心が興味心を上回ると言いますか……。
まごつきながら適当に水着を眺めていると、比べっこが大好きな私達に対し。
お惚け狼が非常に宜しく無い一言を放った。
『これを着たらレイド。喜ぶかなぁ??』
「「「「「…………」」」」」
刹那。
女の意地の張り合い。それに相応しいピリっとした空気が私達の間に流れてしまう。
『な、何?? 皆どうしたの??』
『さぁって……。あたしはこれを試着しようかなぁ』
ユウが手に取ったのはこの水着屋で一番バカデカイ大きさの水着。
彼女の深緑の髪に誂えたような爽やかな緑色で、胸と腰回りを別々に隠す奴ね。
ってか。
あんたの胸を隠せる大きさの水着あったんだ。そっち方が驚きよ。
『私はこれを』
カエデは長いスカートが付属された水色の水着、か。
『私はこれにしよう』
『この可愛い柄にしてみよっ!!』
リューヴは黒の水着。ルーは惚けた性格にぴったりな向日葵色。
友人共がきゃっきゃっとうら若き女性の笑みを交わしながら水着を選んで行くのだが、私はどの水着を選ぶべきか迷い続けていた。
あ、いや。
体格にピッタリ合う奴はあるのよ??
決してむ、胸の……。だな。
自分に下らない言い訳を放ちつつ、先程のルーの言葉が胸の中で引っ掛かっている。
アイツが好きそうな奴か……。
ボケナスの事だ。
機能性うんたらかんたらと喚くのだろうが。どうせなら真面な意見を頂きたいと思う。
私も女の端くれ、褒められて嫌な気分にはならん。
――――――。
あ、いや。ちょっと待って??
何でアイツに見られる前提で買わなきゃいけないのよ。これは私が買う水着よ?? 好きな物を選べばいいじゃない!!
そうよ、そうに決まっているわ!!
優柔不断な自分に別れを告げ、勇猛果敢な己を取り戻し。
取捨選択を開始した。
う――ん。
この水着はどうかなぁ。ユウと同じ緑色を基調として、胸と腰回りを隠す形をしている。
胸囲は……。丁度いいわね。でもぉ、肌を露出し過ぎじゃないかしら??
『迷っているようですわね』
蜘蛛が一着の水着を持ち、こちらに話しかけてくる。
あぁ?? 何だ、てめぇ。いつもの冷やかしか??
『その色より、こちらの方があなたの髪には合うと思いますわよ??』
意外や意外。
私の予想とは真逆に、違う棚の水色の水着を勧めて来るではありませんか。
『顔はマシなのですから。レイド様の前で完膚なきまでに叩き潰す為、せめて良い水着を着て貰わないと張り合いがありませんからぁ』
こいつ……。一々一言多いんだよ。
しかし、水着を勧めてくれたのは褒めてつかわす。
何よ……。案外良い所もあるじゃない。
怪訝な顔で蜘蛛を見送ると、勧められた水着を手に取る。
ほぅ。確かに綺麗な色合いだ。
寸法は……。胸囲はちょいとキツそうで、腰回りが随分と頼りないわね。
「あ、お客様。それはちょっと……」
女性店員が私の手元を見付けると、慌てた表情で駆け寄って来た。
何?? 私、何か変な事した??
「それは十歳くらいの方を想定した水着になりますので……。お客様のような成人した女性には合わないかと……」
『……っ!!』
すぐさま水着を棚へと戻し、恥ずかしさを悟られまいと違う棚へ。猛烈に熱い顔を引っ提げて向かった。
あ、あ、あ、あの野郎ぅぅうううう!!!!
『おい、クソ蜘蛛……』
『はい?? 何でしょう??』
悪びれる様子も無く私の念話に返事をする。
『て、てめぇ。良い根性してんじゃねぇか。あぁ!?!?』
『何の事でしょう?? それより試着中ですので後にしてくれませんか?? この水着ぃ、ちょっと小さいかしらぁ??』
一瞬でもこいつの言う事を信じた私が愚かだった。
もう二度と、絶対!! 決して!! コイツの事は一切信用しない!!
そう固く心に誓い、私にピッタリ似合うであろう真っ赤な水着を手に取った。
『マイちゃん、どうかな??』
おっと。ここは試着室の前だったか。
仕切りの役割を果たすカーテンがシャッ!! と開けられると。
ルーが向日葵色の水着を身に纏い姿を現した。
普段の陽気な姿からは想像出来ない、程よく成長した女の体を携えている。ふっくらと実った果実を布地が優しく包み、プルっと引き締まった臀部から伸びる足についつい目が行ってしまう。
こやつ、狼のくせに中々の物を持っているわね。
だが!!
足の美しさは私の勝ちよ。
『似合うじゃない』
腕を組み、満足気に大きく頷いてやった。
『へへ。レイド、見たら喜ぶかなぁ??』
『さぁ?? 海で見せたら分かるんじゃない』
三つある試着室は満室。
その前で試着を済ませたルーと下らない会話を続けながら空くのを待っていると。
『…………。どうでしょうか??』
大海の御姫様が登場するではありませんか!!!!
う、う、嘘でしょ!?
こ、こ奴。
いつのまに成長したのだ!?!?
こうして明るい所でマジマジと見るのは随分と久しいが、確実に以前より成長した双丘に目が留まってしまう。
『何ですか??』
こちらを見つめ不思議そうに首を傾げている。
その小鳥のような姿が猛烈に似合う水着だ。
足元へと向かって水着と別に装備したスカートがふわぁぁっと広がり、縦に入った割れ目から彼女の肌理の細かい足が覗く。
胸元は見えそうで見えない、双丘が垣間見える程度に開かれている。男性の下心をそそり、否応なしにもソコへ視線を集めてしまう設計であった。
いや、これは水着の設計では無くて。カエデ自身の顔と体格によるものね。
幼さを残す顔に似合わない双丘、触れたら傷がついてしまうのでは無いかと思われる肌に私は嫉妬してしまった。
『わぁぁ。カエデちゃん可愛い!!』
『有難うございます。では、着替えますね』
少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべると、速攻で仕切りを閉じてしまった。
『いよいよ真打の登場ですわ!!』
お次は蜘蛛か。
はい、無視無視。
『ちょっと、感想は無いのですか??』
『ん――。布地が少なくない??』
ルーが私に代わり、不思議そうな声色で答えた。その答えに興味をそそられ、何気なぁく視線できしょい蜘蛛の体を見てみる。
お、おいおい。あれは一体どういった仕組みなんだ??
紐が体にグルグルと絡まっているだけじゃない。それに腰回りの布も面積が異常に少ない。
服というより、アレはただの紐じゃねぇか!!!!
ふざけやがって。
もっと真面な水着を選べっつ――の!!
『ふぅ、やっぱり肌を露出するのは苦手ですね』
『カエデ、交代――』
『どうぞ』
きしょい蜘蛛の肢体を見ない様にして、着替えを終えたカエデの脇を抜けて試着室へと突入した。
『やはり、人前で肌を出すのは恥ずかしいな……』
『あら、リューヴ。似合っているではありませんか』
『うん!! リュー似合っている!!』
『良い線ですね』
仕切り越しにキャイキャイと燥ぐ女達の声が届く。
ふぅん……。
さっきの黒の水着似合っているんだ。
顔はいっつも顰めっ面だけど、脱げば女性らしいってか??
『む……。手足の長さは互角ですが……。胸の大きさは私の勝ちですわ!!』
『足、長いですね……』
『じろじろ見るな!!』
羞恥に塗れたリューヴの声が響くと同時に仕切りが閉まる音が響く。
恥ずかしいのなら着なきゃ良いのにねぇ……。
さて、私もそろそろ準備完了っと!!
『じゃ――ん!! 私の脚線美に見惚れなさい!!』
真打ってのはこうして登場するのよ!!
そう言わんばかりに、仕切りを勢い良く開いてやった。
店員のねえちゃん宜しく。股下までの超短い藍色のズボンを履き、その中に赤色の水着を着用。
上の水着は美しい三角形で私のす、素晴らしいお胸を包む。
これなら性の暴走とも捉えられないだろうし、それに。私の髪に誂えたような赤の水着は砂浜でもきっと栄える事だろうさ。
『おぉ!! マイちゃん可愛いね!!』
『えぇ。赤が良く似合っています』
そうだろう、そうだろう!!
やはり、この中で私の肢体が抜きん出ている事に変わりは……。
『ん――……。ちょっとキツイかなぁ』
「「「っ!?!?!?」」」
隣の仕切りが開かれると同時。
店内に居る全員の視線が、我が親友へと注がれた。
相当驚いたお客さんもいる様で??
「ぇっ……。う、嘘……」
手にしていた水着をポトっと、地面に落としてしまう始末。
怖いもの見たさ、じゃあないけども。
私は大変硬い生唾を喉の奥へと送り込み、そ――っと。隣の試着室の覗き込んでみた。
『貴様!!!! 何を見ているのだ!!!!』
ひ、ひぃっ!!!!
め、め、め、滅相もございません!!!!
『控えろ!!!! 下郎めが!!!!』
は、ははぁぁ!!!!
何で同性の胸に対して、遜らなきゃいけないのよ!!
で、でも。それはし、仕方が無いのよ。
だって、アレだもの。デカ過ぎるんだもの……。
例えるのならば。夏の恵みを受けて育ち過ぎた西瓜??
それとも秋の収穫を今か今かと心待ちにする南瓜??
この世の物とは思えない物を見付けてしまった瞳を浮かべて、ユウの水着姿を見つめていた。
『ユ、ユウ。ごめん、それ仕舞って??』
『は??』
『それはこの世に出してはいけない呪物なの。未来永劫封印されるべき、忌むべき存在なの……』
『言い過ぎだ!!』
だ、だってそうしないと耐性が無い生物は正気度を失って、発狂しちゃうのよ!?
見るだけでも危険な代物だ。
深い闇の中へ封印されるべき物なのよ。
『上から一枚羽織るかぁ――……。下側、ちょっとはみ出ているし……』
えっ……??
この店で一番デカイ奴でも抑えきれないの?? あんたの呪物は……。
仕切りの中へ踵を返す我が親友を見送り、ちんまりとした自分の双丘を見下ろすと何だか……。
涙がちょちょぎれてしまいますよ。
母さんやい。
あんたが慎ましい胸の所為で私も小さく育っちゃったじゃん。
大きな溜息を吐き。
獲物を前にして意気揚々と飛び出したものの、獲物に颯爽と逃げられてしまい。親狼に叱られた子狼みたいに項垂れて己の仕切りの中へと帰って行った。
◇
いかん、このままでは遅刻してしまう……。
恐ろしい龍の顔を想像しながら両手一杯の荷物を抱え、小走りでウマ子が待つ厩舎へと急いでいた。
全ての品を買い揃えるのに思い他時間を費やしてしまった。
言い訳では無いですけども。
偶然見つけた素敵な包丁を買うべきかどうか、お店の前で右往左往して決断に躊躇したのが運の尽きであった。
最近切れ味が悪くなってきたし、刃もすり減り。そろそろ買い替える時期なんだよなぁ。
切れ味の良し悪しで味が決まる場合もあるし……。
もっと時間に余裕がある時にでも探そう。
『ボケナス、まだ買い物中??』
懸命に走り続けていると不意にマイの念話が頭の中に響いた。
『買い物を終えて移動中だ』
『私達はもう買い物を終えたから適当に過ごすわ。後何分位で出発出来そう??』
『そうだな……。三十分もあれば終わる』
適当に見繕ってみたが実際はそれくらいだろう。
『ん。じゃあ一時間後に東門を出て暫く進んだ場所で落ち合いましょう』
『了解』
さて、早くウマ子を迎えに行かないと……。
『レイド!! 私達の水着すっごいよ!!』
続け様にルーの燥いだ声が響く。
『凄い?? 安く買えたのか??』
『違う違う!! 向こうに着いたら見せてあげるね!!』
『ん?? 分かった』
凄いか……。
安くて耐久性に優れる物を買えたようだな。
だが、残念だな。
此方も安くて質の良い物を買い揃えたのだよ!!
ふふ、一日の長とはまさにこの事……。
「いたっ!!」
「あ、すいません!!」
荷物で視界が大幅に奪われているので女性の足を踏んでしまったようだ。
「あ、すいません!!」
本日二度目の失態に何だか強烈に申し訳無さが募ってしまった。
「もう!! 気を付けて下さいよ!! ……。あれ?? さっきのお兄さん??」
「へ?? 以前お会いしましたか??」
荷物の合間から顔を覗かせ、彼女の顔を確認した。
明るい茶髪が似合う女性で顔立ちからして俺と同年代か、少しばかり年下であろう。
「ほら、さっきも私の足踏んだでしょ??」
さっき??
――――っ!!
「あぁ!! 重ね重ね、申し訳ありませんでした」
二度も俺に足を踏まれたのだ。
怒りも相当なものだろう。
しかし。それとは裏腹に女性の口調は大変柔らかい物でした。
「もう。お兄さんのお陰で足がボロボロよ?? どう責任を取ってくれるのかしら??」
おっと。
こういった表情の女性は大変苦手です。
こちらを品定めするように爪先から頭の天辺まで甘い視線で品定めをするかのように見つめて来た。
「お詫びはいつかします!! 急いでいるので失礼しますね!!」
「あ、ちょっと!!」
女性の相手をしていて遅れました――。
何て言ったら龍の逆鱗に触れかねない。しかもアイツときたら異常に鼻が効くので嘘は直ぐにバレてしまう。
ここは速攻で退却するのが正解です!!
猛烈な勢いで歩道を走り続け、裏道を北上。
脱兎も目を疑うような速さで厩舎に駆け込んだ。
「はぁ……。はぁ……」
「あれ?? レイドさん。そんな急いでどうしたんですか??」
藁を集め、仕事に没頭していたルピナスさんが手を止めてこちらを見つめる。
そりゃあ驚きますよね??
ウマ子を預けたと思ったら、大きな荷物を抱えて直ぐに戻って来たので。
「いや、ちょっとね」
荒い息を整えて一息つく。
すると強烈な藁の香りと獣の臭いが鼻腔を刺激した。
「もう任務なんですか?? 今回は随分と早いんですね」
首からかけた手拭いで頬から伝い落ちる汗を拭う。
時折吹く風が熱を外に逃がしているものの。厩舎の中にはそれなりに熱が籠っている。
暑い中、本当にお疲れ様です。
「実は今日から休暇なんだ。それで東の港町まで向かうんだけど、ウマ子の世話になろうかと考えていてね」
「へぇ!! 休暇ですか!! いいなぁ……」
軍馬の世話に追われ、調教師さん達は休暇等取れるのだろうか??
「急に休めと言われて右往左往していてさ。上官に伺ったらそこで羽を伸ばして来いって言われたんだ」
「それだけの激務をこなしたんです。休んで英気を養うのも仕事の内ですよ」
どうせ休むのだったら一人静かな湖畔で夜営を張り、世間の雑踏やしがらみから離れ何も考えず只静かな水面を見つめ静養を図りたい。
しかし、現実はそう甘くは無いのです。
腹を空かせた龍が口を開いて、飯を強請り。
やれ量が少ない――。やれ味が悪い――。等々。枚挙に遑が無い文句を垂れ流す。
それならば貴女が作ればどうですか?? と声を大にして叫んでやりたいが。そんな暴挙を行えば横腹に土手穴を開けられかねませんのでね。
粛々と、黙って飯を作りますよっと。
「まぁ、適当に過ごす事になりそうかな」
「東の海の魚は大変美味しいそうですよ?? 中でも、魚を使った炊き込みご飯で有名なお店があるみたいです。探してみたら如何です??」
ほう!!
炊き込みご飯か。
味が染み込んだ御飯を口にかき込めばあら不思議。体がポッカポカの幸せに包まれるでありませんか。
是非とも味わってみたいものだ。
「街の人に聞いて探してみるよ」
「食べた感想聞かせて下さいね。ウマ子――!! 今行くから待ってて!!」
俺達の話し声が向こうに届いていたのか。
『貴様等!! 何をくっちゃべっている!!』
早くこっちに来いと、催促するように馬房の壁を蹄で蹴りつけている。
悪い癖ですよねぇ……。アレ。
「お待たせ。悪いな、今からまた出発するけど大丈夫か??」
『ふんっ。要らぬ心配だっ』
そう言わんばかりに首を上下に動かしている。
無尽蔵な体力が羨ましい限りです。
「ウマ子って本当に元気ですよねぇ」
「俺がこいつを選んだ理由はそこだよ。足はあまり速くない、せっかち、人参嫌い。けど他のどの馬より従順でしかも賢い。そこに惚れて組んでみたいと思ったんだ」
『一部は余計だが……。見る目があるぞ??』
ブルルっと荒い鼻息を吐き、円らな瞳で此方を見下ろす。
「賢くて元気なのは良い事なんですけどね?? この前。隣の馬房に入った牡馬と喧嘩しちゃって……」
喧嘩??
珍しいな、大人しい性格なのに。
「その牡馬がウマ子の事を気に入って、猛烈に求婚とでも言うのでしょうかね?? しつこく彼女を誘っていたのですが。ウマ子は気に入らなかったらしく。その牡馬が馬房から通路に出た時を見計らって蹴っちゃったんですよ」
「こら!! そんな行儀の悪い事をしたら駄目じゃないか!!」
相手は軍馬だぞ??
足に怪我を負い、任務に支障をきたしたら一大事ですから!!
『私は悪くないっ』
彼女の瞳を見つめ、お叱りの声を上げるものの。
プイっと顔を反らしてしまった。
「ほらぁ。御主人様がこう言っているのよ?? ちゃんと聞かないと……。わっ!! もう!! 帽子を返しなさい!!」
『貴様が要らぬ事を言わなければ良かったのだ!!』
ルピナスさんの発言に憤りを感じたのか、帽子を食むと強引に奪い取り天高く持ち上げた。
「届かないって!! ちょっと!! もう!!」
『はっはっ――。悔しかろう??』
帽子を咥えている口元が緩みまるで笑っているようにも見えた。意外と根に持つのかな??
「ウマ子、その辺にしておけ。そろそろ出発するぞ」
『ふんっ。小娘め』
ルピナスさんへ乱雑に帽子を被せ直すと、厩舎の裏手へ向かってゆるりと歩み始めた。
「あ――あ。唾でベトベトだ……」
指先で帽子に付着した唾を払い怪訝な顔になってしまう。
そんな彼女に対して、大変申し訳無いのですが。こちとら時間が余りありませんので……。
「ルピナスさん!! 準備手伝って下さい!!」
厩舎の通路で怪訝な表情を浮かべている彼女向かって右手を勢い良く上げて助けを請うた。
「あっ、はぁ――い!!」
パタパタと陽気な足取りで此方に向かって来る彼女。
そして、その様子を見付けて。
『最近の若い娘は……』
若い娘のだらしない姿を嘆くお年を召した方の溜息にも似た鼻息を放ったウマ子の体をピシャリと叩き。
決して気が休まらない休暇への出発の作業を開始したのだった。
最後まで御覧頂き有難う御座いました。
蒸し暑い夜が続きますが、体調を崩されない様に気を付けて下さいね。