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第六十一話 打合せは慎重に

お疲れ様です。


少々長めの文になってしまいましたので、深夜の投稿になってしまいました。


それでは御覧下さい。




 ちょいと焦げ目が目立つ肉汁滴る大きな肉を豪快に、しかし大事そうに口へ運ぶ男性。


 パンが与えてくれる優しい甘さに目を輝かせ今にも軽く弾んで歌い出しそうな女性。


 肉が焼ける香ばしい匂い、唾液をじゅわりと分泌させてしまう小麦のほんのりとした甘い香り……。


 そのどれもが私の食欲を掻き立てて止まない。


 そうよ……。これよ、これ!! 目の前に広がる甘美な光景を見渡すと私は人目も憚らずに大きく頷いた。



『帰って来た……。楽園よ!! 私は帰って来たぞ!!』



 約二十日ぶりに感じるそれは楽園をも越え、この地上に天国が出現したかの様にも見えてしまった。



 はぁっ……。どうしよう……。この光景ならずぅっと見ていられるわ。


 どこぞの巨匠が描いた絵画よりもこっちの方がよっぽど価値がある!!



 しかし、悲しいかな。



 値が張る絵でも、価値ある光景でも残念ながら。見ているだけじゃ腹は満たされないのよねぇ……。



「もう暫くお待ち下さ――い!!」



 ぬ、ぬぅ。


 人間めぇ。私の行進を止めようと言うのか……。



 夏の空の下で交通整理を続けるあんちゃんの合図を待ち、馬車が行き交う道路の前で私は何処にもぶつけようの無い積もり積もった憤りを我が親友の胸元へと炸裂させてやった!!



『いってぇな!! 急に何すんだよ!!』


『んぶちっ!!!!』



 脳天からの衝撃が骨を伝わり、中途半端に開いていた御口が閉じて舌を噛んでしまった。



『ねぇ、マイちゃんどうしたの??』



 お惚け狼が愚か者を見る様な瞳を浮かべ、口元を抑えてうずくまる私を見下ろす。



『いつもの事だ放っておけ』


『変なの』


『変じゃねぇ!! ったく……。舌が千切れたらどうしてくれんのよ??』



 がばっと立ち上がり、ちょいと暑そうな顔を浮かべているユウの顔を見上げて言ってやった。



『人様の胸を急に叩く方がわりぃんだよ』


 むぅ……。


 それは、まぁ当然か。私も急に胸をブッ叩かれたらきっと、黄金の槍でソイツの胴体を貫いてやるし。



『それにしても、凄い人だね!!』



 ユウの右隣りでルーが初めて見る人の洪水と馬車の群れに忙しなく視線を動かしている。


 その姿はまるで片田舎から大都会へ足を運んだ田舎者丸出しの姿であった。




『あたし達も初めて来た時は驚いたもんさ。安心して、ちゃんと案内はするから』


『早く何か食べようよ!! お腹空いちゃった!!』



 こ、こいつ。


 まさかとは思うが、手当たり次第に食べようとしているのか!? 



『駄目よ!!!!』


『びゃっ!! 何、マイちゃん』



 肩をビクンッ!! と素早く上下に動かし。金色の瞳で此方を見つめる。



『これだから素人は……。先ずはここを御覧なさい』


『ここ?? ん――。人が沢山いるね』


『はぁ……。全く、どこに目を付けているのよ。人の顔を見るのよ』



『顔??』



 金色の瞳を器用に動かし、道路の向こう側の通行人の顔を何とも無しに見つめていた。



『良い場所には笑顔が溢れるもの。この場所には笑顔が絶えないわ。そう!! 即ち美味しい物が溢れている証拠よ!!』


『そうだね!! 皆美味しそうに食べ歩いているよ!!』



 両親から新しい玩具を買い与えられた頑是ない子供の瞳を浮かべる狼に対して、小さく頷き。


 私の持論を大袈裟に語ってやった。



『うむ、良い返事だ。いきなり物を食べに行くのなんて愚の骨頂。玄人は先ず場所、人を見てから何を食べるかを決めるわ。そして、今何を欲しているのか。自分自身に問い、吟味に吟味を重ねてから食事を始めるのよ!!』



 はい!! 此処で拍手!!


 私は万雷の喝采を受け止める為、一人静かに両手を広げた。



『へぇ。そうなんだぁ……』


 しかし。


 お惚け狼は特に感心する素振を見せず、再び正面へまぁまぁ端整な顔を向けてしまいましたとさ。



『鵜呑みにしなさんな。こいつの感性はあたし達とは別物だよ』



『駄目よ、ユウ。私は今玄人とは何たるものかを説いているんだから』


『はいはい。お――い、カエデ達も行くぞ――!!』



 ユウが遅れてやって来たのろまな亀共に向かって手を振る。


 快活な笑みは夏に誂えた様に光輝くのだが、胸元で揺れ動くソイツは余計だ。


 さっさと仕舞えや。



「「……」」



 現に、数名の男性がぽっかぁんと口を開いて凝視しちゃっているし。



『ルー、余り燥ぐな。主が目立つな言っていただろう』



 ただでさえ厳しく尖っている眉が更に険しくなり、紙程度の装甲だったら切り裂けるのではないか?? と。


 此方に下らない想像を抱かせてしまう表情のリューヴが話す。



『だってさ。どれもこれも初めてで嬉しいんだもん!!』



『好きにさせてやりなさい、目新しい物には誰しもが興味を持つ。彼女にとって全てが新鮮に映るのでしょう。リューヴだって先程から浮足立っていますよ??』



 はぁい、蜘蛛はむ――しっ。


 きしょい蜘蛛からクルっと振り返り、もう間も無く進行の許可を与えるであろうあんちゃんに視線を移した。



『アオイ……。まぁそれは否定しないが……』


『リューヴは真面目過ぎるの!! マイちゃん御飯選んで!!』


『任せなさい!! 一品目は外さないわ。それに関して絶対の自信があるからね!!』



 さぁ、人間よ。


 戦いの狼煙を上げるのだ!!



「みなさ――ん!! 慌てないで進んで下さいねぇ――!!」



 来たぁ!!



『ルー!! 行くわよ!!』


『うん!! 分かったぁ!!』



 私達は向こう岸から向かって来る人の波を掻き分ける様に中央屋台群へと突撃を開始した。







 ◇








『はぁ。まな板さんは相変わらずですわね』



 我々と共に、前へと流れる人の集団の中でアオイが大きな溜息を一つ吐く。


 背に流れる白き髪を目印に彼女の後ろに続く。


 頭上から降り注ぐ夏の陽射しが人の塊によって更に熱を帯び、此処は熱砂広がる砂漠地帯かと私に錯覚を与えた。



『しかし、こうも人が多いと……。人に酔いそうだ』



 すれ違い、我々を覆い包む人の多さに辟易してしまう。


 森の香りが懐かしい。


 静かで、尊大で。全てを包んでくれるあの感覚が……。



 今は人の言葉が飛び交い、直角で囲まれた場所にいる。私は此処に酷く似つかわしくない存在なのかもしれない。


 そんな事を考えていた。




『リューヴ。どうした??』



 ユウが心配そうな表情を浮かべて此方に振り返る。



『問題無い』


『そっか。人が多いからはぐれるなよ??』



 私と死闘を繰り広げ、多大なる痛みを受けたのにも関わらず。此方の身を案じて優しい笑みを浮かべる。



 里を出て初めて出来た友人は底なしのお人好し達、か。



 ふふ……。


 父が以前話していたミノタウロスの姿とは真逆の姿についつい陽性な感情が湧いてしまう。


 彼女は私の事を友として見てくれている。


 それならば私も友として見るべきだな……。今はまだ完全に信を置けぬが、時間を掛けて皆を信じてみよう。



『安心しろ。私の鼻は既に皆の匂いを覚えた。この街に居る限り見失う事は無い』


『うへ。凄い嗅覚だな』



 ユウが先頭を歩き、人波を掻き分けてくれるのは助かる。


 人の姿では歩きにくい……。


 いつもの様に気高い狼の姿で街の中を跋扈したいものだ。



『誇り高き狼の身体能力は他種族を凌駕する。努々忘れぬ事だな』


『身を以て知っているさ。んぉ!! あの大馬鹿野郎をやっと見つけたぞ!!』



 背中越しに彼女の視線の先を追うと、ルーとマイが屋台の前の看板で足を止めているのを捉えた。


 あの二人……。


 何故あの様な顰めっ面を浮かべているのだろうか??


 興味を惹かれた我々はユウの力強い進行の後に続き、彼女達の下へと到着した。  






 ◇






『さぁて、私を誘う御飯はどこかしらね??』


『甘い匂いもするし、辛い匂いもするから迷っちゃうよね!!』



 そう。


 数々の魅惑溢れる香りに騙されてはいけない。


 私達は仕事を滞りなくこなして帰って来たのだ。疲れ切った体にご褒美を与えなければならない。


 甘味で攻めるか、それとも妥当に肉類で攻めるか。


 むぅぅ……。実に悩ましい……。



『マイちゃん、あそこは??』



 ルーが指差したのは炭火で焼かれているお肉ちゃんだ。


 ぐぅぐぅと鳴り続けているお腹ちゃんに取り敢えずの栄養を送る為に最適な料理。


 悪くは無い。しかし、無難かつありきたり過ぎる。



『違うわね』


『え――。じゃあ、あそこのパンは??』



 パン!! しかも!! 焼いたお肉を挟んでいるではないか!!


 そ、そう来たか。


 どうだろう。ここで腰を据えて食すのも一考か??



『悪くはない。けれど……。違うわね』



 私の第六感がまだ待てと叫んでいるのだよ。


 奥歯をぎゅっと噛み締めて、私の肩を掴んでは離さない馨しい香りを振り切ってやった。



『もう……。そんなんじゃ何時まで経っても御飯食べれないよ!!』



 これだから素人とーしろは!! 全く、度し難い。


 取捨選択の末に辿り着く最高の境地を…………。



『フォヘンバンドォ!!!!』



 き、来た!!


 遂に捉えたわよ!!!!



『びゃっ!! ど、どうしたの急に??』


『こ、この香り……』



 私の心を鷲掴みにして来るこの香りの正体は一体……。


 さぁ出ていらっしゃい。私はここよ……??



 すんばらしい鼻をクンクンと嗅ぎつつ、その下へと歩んで行くと。


 とある屋台の前へと到達した。



 そして、店先の看板には。



『タイヤキ』 と。



 大変質素な文字で書かれていた。


 

『マイちゃん、ここ??』



 私の隣に並び、きょとんとした顔で看板を見下ろしつつ話す。



『そうよ、並びましょうか。――――。ユウ!! こっち!!』



 遅れてやって来た軟弱者達へと手を振り、屋台の前に出来た列に加わった。



『はいはいっと。んん?? タイヤキ??』



 ユウが腕を組み、看板に視線を送りつつ話す。



『かなり並んでいるが、時間は掛かりそうか??』


『そうね……。十五分位かしら』



 リューヴの質問にそう答えた。


 私の丼勘定だとそれ位だからね。




「魚の形を模っている珍しい御菓子だけど、美味しそうだよね!!」


「あぁん。早く食べたい――!!」




 客層は若い人が目立つわね。それを狙った食べ物か。



 目を皿の様にして列の隙間から覗く店主の料理方法を確認した。



 肌色の液体を魚の形を模った鉄の容器へと移し、その中央へあまぁい小豆ちゃんを投入。


 んで。


 ぎゅっと蓋をして。頃合いを見計らってクルっと半回転!!


 ぱっかぁっと開けばハイ!! 美味しそうなタイヤキさんの出来上がり!!



 お、おっふぅ……。


 何、アレ。


 滅茶苦茶美味そうな奴じゃん!! 絶対二つ食べよう!!



『わぁ……。美味しそう』



 ルーは待ちきれないのか心急く思いで体を動かしている。



 その気持は痛い程分かる。だが、ここは忍耐力を試される時間帯だ。


 待ち構えている御馳走に対して、心を落ち着かせなければならない。


 透き通った水面の様に静かで、美しい心を保つ、それでこそ玄人と言えよう。



『いらっしゃい!! お客様、何個注文されますか!!』



 やっほぉぉぉぉい!!


 私の番だぁ!!


 コホンッ。落ち着け私……。



 私は店主の顔に向け無言で、両の手で七本の指を立てた。



「七個ですね!! 少々お待ちください!!」



 手際良く七つのタイヤキなる物を紙袋に詰めていく。



 流石職人ね。この手際の良さこそ売り上げを、そして大勢の客を相手にするのに必要な技だ。



「はい、お待たせ!! 熱いから気を付けてね!! 七百ゴールドになります!!」



 私は現金を払いお目当ての品を受け取ると。



『あ、待ってよ!!』



 お惚け狼の慌てふためく声を無視して、外周沿いに併設されているベンチに向かって早歩きで移動を開始した。



「すいませ――ん!! そこは横断しないで下さ――い!!」



 交通整理を続ける姉ちゃんの悲壮感全開の声を無視して、ベンチへと着席。


 手にした宝箱の蓋をぱかっと開いてやった。



 あっ、はぁっ……。


 匂いだけで好きっ。



『こ、この馬鹿野郎!! 毎度毎度置いていくなって言っているだろ!!』


『お、おぉ。ごめん……』



 猛った牛の呼吸で到着したユウがお叱りの声を上げ、それに続いてのろまなヒヨコ共が到着した。


 紙袋の中からタイヤキを二つ手に取り、ユウへ紙袋を渡す。



 そして、そしてぇ!!


 私の体ちゃん!? 今から美味しい料理を送り込みますからねぇ!!



『頂きます!! あむっ!!』



 大きな口を開け、タイヤキを迎える。


 刹那、先程感じた通りの稲妻が舌と脳を同時に襲った。



 ふぁっ……。


 おいちっ……。




 サクっとした衣を歯で裁断するとあぁんまい小豆が舌の上一杯に広がる。


 もっきゅもっきゅと咀嚼すれば唾液とタイヤキさんが絡み合い、甘さが増加。


 もっと寄越せ!! と体が雄叫びを上げてしまった。



 優しい甘さが疲れた体に丁度良い……。


 人間よ。


 素敵な料理を生み出してくれて有難う。


 咀嚼を続けながら目の前を通過して行く人の群れを眺めていると、何度も聞き過ぎて頭の中にこびり付いてしまっている野郎の声が届いた。



『皆どこにいる??』


『中央屋台群の側にいます』



 カエデかすぐさま返事を返す。



『そうか……。そっちに向かうよ』


『何?? ちょっと元気無いじゃない』



 言葉の端に少しだけ違和感を覚えたので問うてみた。



『ちょっと困った事。いや、喜ばしい事になってな。そっちに合流してから話すよ』



 何だ?? 要領を得ない言い方ね。


 まぁいいや。兎に角、次の食べ物を確保しよう!!



『ユウ!! ルー!! 次の食べ物を見付けに行くわよ!?』


『ちょっと待て!! まだ半分しか食べてないんだよ!!』


『今から尻尾を食べる所なのにぃ!!』



 そんな事は関係ねぇ!!


 そう言わんばかりに両名の腕を掴み、強制的に立ち上がらせると。人が蠢く波の中へと再突入を開始してやった。




























 ◇






 昼時になると人通りが多くなる一方で、歩くのにも本当に苦労しますよ。



「いたっ!!」


 ほら、油断した隙に前を歩く女性の踵を踏んじゃったし。


「あ!! すいません!!」


「もう、気を付けて下さいよ」


「申し訳ありません……」



 任務中だとこんな雑踏を気にしなくていいんだけどなぁ。


 物や人で溢れる場所も悪くないが多過ぎるのも問題ですよっと。



「はぁ。やっと着いた」



 本部から中央屋台群まで到着するのに随分と時間がかかってしまった。


 取り敢えず、マイ達を探すとしますかね。



『今、西通りから広場に着いたんだけど、皆どこにいる??』


『私は食べ歩き中よ』



 だろうね。


 こいつの行動は容易に想像できる。



『私達はベンチで休んでいます。そこからですと反時計回りで来て頂くと直ぐに見つかると思います』


『了解』



 リューヴとルーは大丈夫かな??


 人の多さに嫌気が差していないといいのだが。



 普段はこことは真逆の静かで平穏な森の中で過ごしていた狼さん達だ。


 雑踏と埃、そして雑音に塗れている場所は不得意ではないだろうか。


 俺でもこの人の多さは嫌気が差す。


 慣れている人でさえそう思うのだ。彼女達が感じるのは如何程だろうか。




『レイド様!! こちらで御座いますわ!!』



 そんな事を考えて歩いていると、蜘蛛の女王の娘さんの陽性な声が頭の中に響いた。



『ここにいたのか』



 ベンチにはアオイとカエデ。そしてリューヴが人の多さに降参したかの様に体をベンチに預けていた。


 他の三人はマイの付き添いで食べ物三昧か。



『どうぞお座り下さいましっ』



 アオイが少し体をずらし、座る空間を作ってくれる。



『有難う。いや、人が多くて疲れちゃったよ』



 照りつける太陽を仰ぎ、男らしい速さで少々大袈裟にドカっと座った。



『レイド様ぁ、先程仰っていた事ですがぁ……』



 蜘蛛の女性が右肩にちょこんと頭を甘える様に乗せて来るので。



「あぁ。実はね……」



 それをさり気無く手で優しく押し返してあげると、食べ歩き旅行から三名の女性が帰って来た。



『お、レイドじゃん。お疲れ――』



『何よその顔。荷物を載せられ過ぎて今にも倒れそうなロバみたいな顔じゃん』



『あはは!! マイちゃんその例えは無いよ――』



 はぁ……。


 聞いている傍から頭が痛くなりそうだ。



「丁度いいや。皆に意見を聞こうと思っていたんだ」



「「「意見??」」」



 何人かが同時に声を上げる。



「そう。実は、今日から十二日間の休暇を貰ったんだ」



『良い事じゃない。このパンうっま!!』


『マイ、一つくれ。それで?? あたし達に相談って??』



「あぁ。この十二日もの間、何をしようか考えているんだ」



 そう、突然休めと言われても困る。


 こっちは次の任務に備え、気持ちを整えているというのに。



『買い食い!!』


「却下だ」



 二つ返事でパンを美味そうに食む深紅の女性の意見を拒否してやった。



『即答かよ!! じゃあ、あんたはどうしたいと考えているのよ??』




「俺はそうだな……。静かな環境に身を置いて、みっちり体を鍛えようと考えいるんだ」



 今も大好物を齧る栗鼠の如く。


 忙しなくパンを食み続けている深紅の瞳に向かってそう言ってやった。



 澄んだ環境に身を置き、体を一から鍛え直す。健全な体には健全な魂が宿るものだ。それに彼女達との差を少しでも縮めたい。



 うむっ。


 実に理に適った休暇だ。我ながら文句のつけようが無いぞ……。



『却下よ』


『却下だな』


『却下です』


『却下ですわ』


『あはは!! きゃっか――!!』



 するとどうでしょう??


 五人人同時に辛辣な言葉を投げかけて来るではありませんか!!



「そ、そんな直ぐに断らなくてもいいじゃないか!! この機会に少しでも腕を上げようとは思わないのか!!」


『主、私は賛成だ』


『ほ、ほら!! リューヴは賛成してくれているぞ!?』



 ウンウンと静かに頷く彼女に指を差すものの。


 マイが誰とも無しに此方の意見を無視して意見公募を開始してしまった。



『さて、多数決の結果。ボケナスの案は否決された訳だけど。何か他に案がある人はいる??』




『十二日間耐久読書』




「「「「「「却下」」」」」」




 カエデの案は全会一致で、即決で、否決されてしまった。


 図書館に篭るのはちょっと、ね。



「……。もう少し考えてから答えを出すべきです」



 そっぽを向いて、小さな唇をむぅっと突き出す。


 不貞腐れた顔もちょいと可愛いですよ??



『遠足なんてどうだ?? ここで食料を山の様に買ってさ。静かな所で心を静養させるんだ』


「「「……」」」



 ユウの発案に皆が同時に考え込む。


 どうやら大方その方向で決まりそうだな。



「あぁ。それなら良い所を紹介されたよ」


『良い所??』



 マイが片眉をクイっと上げて言う。



「ここから東に向かった所に港町がある。そこから船で数時間程移動した先にある無人島。風光明媚で魚は釣り放題、海も綺麗で温泉もあるって言っていたぞ」



 レフ准尉からの謳い文句をそのまま言ってやる。




「魚の食べ放題……」


「日光浴もいいなぁ……」


「綺麗な海……」


「静かな環境か……」


「楽しそうだねぇ……」


「レイド様と生まれたままの姿で混浴……」




 各々がそれぞれに、勝手に想像を膨らませている様ですが。


 若干一名、如何わしい事を考えているようなので後で訂正を加えておきましょう。



『その港町までどれくらい??』



 妄想から帰って来て、手の甲で口元から溢れ出てしまいそうな涎を抑えつつマイが話す。



「そうだな。街道を東にひた進んで行って……。三日もあれば到着するだろう」



 地図で確認したが凡そそれ位であろうさ。


 道中険しい山も無い事だし。



『三日かぁ、今から向かえば往復に六日。大体の移動時間を五日として、島で大分ゆっくり出来そうだな』



 ユウが浮かれた表情で楽しい旅路を想像しつつ話す。



『出来ればこの雑踏から離れたいと考えていた所だ』



 リューヴがそう話すと、険しい表情で人の流れを睨みつけた。


 余程この雑踏が苦手なのだろう。


 そう考えると静かな所に向かうのも丁度良いかもしれない。



『いいじゃない。無人の島なんてちょっと惹かれる物があるわ!!』



 お前さんは魚に釣られたんだろう。



『皆で行けばきっと楽しいよね!!』


『そうですわね。温泉で肌を潤すのも一考かと』


『久々に綺麗な海を見たい』



 全会一致か。


 それなら断る理由は無いね。



「じゃあ向かうとして、出発はいつにする??」


『今からよ!!』



 これは決定事項よ!!


 マイが己の太腿をピシャリと叩いて話す。



「今から!?」



『善は急げってね!! こうしちゃいられないわ。ユウ、ルー!! 御菓子を買いに行くわよ!!』


『ん――、了解。南通りから少し中に入った通りの店に行こう。あそこなら安く買えた筈』



 もうすっかりこの街に馴染でいますねぇ。


 南通り沿いにそんな店なんかあったか??




『レイド様。申し上げ難いのですが少しばかりの現金を頂けませんか??』


「別に構わないよ。でもどうして??」



 アオイの提案に少しだけ驚いてしまう。


 今まで現金を要求するような事は無かったからね。



『はい。実は水着なるものを購入しようかと考えていまして』


「水着??」



 初めて聞く単語だ。



『何でも?? 泳ぐ時に着る服のようですわ。海が綺麗とお伺い致しましたので必要になるかと』



 そうか。


 泳ぐ時にそういった服は必要になるかもしれないな。



「分かった。じゃあ皆に渡すよ」



 財布から幾らかの現金を取り出し、各自へと渡し終えた。



『どうする?? 御菓子買いに行く前に寄っておこうか??』



 マイがユウの肩をちょいと突く。



『そうだな。あたし達も泳ぐかもしれないし、持っておいて損はないだろう』



「じゃあ俺は港町までの食料を買っておくよ。無人島での食料は向こうで買えば問題ないからさ」



 そうと決まれば早速行動を開始しましょうかね。


 準備が遅れると顎に強烈な攻撃を頂いてしまう恐れもあるし……。



『決まりね!! 水着売っているお店ってどこだっけ??』


『確か西通りじゃなかったか??』



『そうですわ。私が覚えていますので皆さんはぐれないように付いて来て下さい』



 アオイが静かに立ち、皆を先導する為。西大通りへと向かい始めた。




『では主、行って来る』


「はいよ。水着楽しみにしているからな――」



 余り乗り気じゃないリューヴを見送りふぅっと息を吐いた。



 泳ぐ時に着る服か……。


 耐久性に優れ且、保温に適した服だろう。という事は、肌の露出面積も少ない筈。



 俺も買っておくべきか??


 ん――……。


 いや、必要ないな。少しでも歳出を減らしておきたい。台所が火の海にならない為にも節約は大事だ。



 その為にも市場で安く購入出来る品を探すとしますかね。


 再び人波を掻き分けながら目当ての品を探す為、額に浮かぶ汗を拭いながら市場へと向かった。




最後まで御覧頂き、誠に有難う御座いました。


蒸し暑い夜ですので、体調管理に気を付けて下さいね。

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