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第六十話 急に頂いて困る物。それは長期休暇 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります!!


それでは御覧下さい。




 ウマ子を厩舎に預け、歩き慣れて薄汚れた裏通りをひた進む。


 生活汚れが溜まってくすんだ窓。


 雨水をたっぷりと溜め込んだ痛みの目立つバケツに誰かが捨て去った生活塵。



 この道も変わっていないな。


 それもそうか、離れていたのはたかだか二十日程度。変わる物も変わらないだろう。



 生活感満載の彼等に見守られつつ、普遍的な家の扉の前で歩みを止めた。




「レイドです。レフ准尉、いらっしゃいますか??」



 木の扉を叩き乾いた音を響かせ、返答を待つ。


 出掛けたりしていないよな??


 だが、此方の心配を杞憂だと言わんばかりに扉の向こう側から聞き慣れた言葉が届いた。



「入って良いよ――」


「失礼します」



 軍属なのですから間延びした声では無く、覇気ある声で返答を下さい。


 そう言いたいのをぐっと堪えて民家擬きの本部へと足を踏み入れた。



「よぅ!! お帰り!!」



 飲みかけの紅茶のコップを机に置き柔らかい笑みでこちらを迎えてくれる。


 いつもと変わらないレフ准尉の姿を見ると、無事に帰って来れたのだと実感させてくれた。



「いやぁ、疲れましたよ」



 これは紛うことなき事実です。


 長距離の移動、リザードの退治に二頭の狼さん達との激戦。


 これで疲れていないと言える奴が居るのだかろうか??


 広い世の中を探せば一人や二人居るかも知れませんがね。



「そのようだな。で、野盗の正体は分かったのか??」



 柔和な瞳から一転。


 此れこそ、軍属足る者の瞳であると肯定できる鋭い目元でこちらを見つめた。



 ここは大袈裟に言っておきましょうかね。



「それが聞いて下さいよ!! こぉんなデカい蜥蜴の魔物だったんです!!」




 相手の身長を表す為、爪先立ちになって右手をぐぅんと伸ばす。




「蜥蜴??」



 訝し気な表情と声色で話す。



「街道に現れたのは人をゆうに見下ろせる程の巨躯、そして鋭い瞳を持った蜥蜴でした」


「はぁ……。で、どうやって退治したんだ??」



 そう来ますよね??


 ここで、賢い海竜さんの出番です!!



「矢を射って攻撃したら相手は逃亡しました。恐らく、今まで無抵抗な人間にしか出会った事が無くて、それに味を占めて強奪行為を繰り返していた。しかし、自分から予想外の攻撃を受けて驚いたのでしょう」


「奴さんも意外と臆病かもしれんな」



 ふぅ。


 何とか乗り切ったか。流石に魔物と共闘して退治しました、何て言えないからな。



「狼の件は??」


「街のずっと西。人も入る事が出来ない深い森の中に狼が住んでいるそうです。恐らくそこからはぐれた個体の遠吠えではないかと。街に実害もありませんでしたし、気にする必要は無いかと」



 その狼は今、この街に来ているのですけどね。


 楽しそうに散策していると思われます。




「蜥蜴は逃げて、狼は姿を現さずか。何だか奇想天外な任務だったな」


「えぇ。しかし、貴重な経験をさせていただきました」


「デカい蜥蜴と戦った事のある奴なんてそうはいないだろう。あそこの街道へ哨戒の任を請け負った兵を派遣した。また何か問題があれば報告が上がるだろうさ」




 カエデが話していた通り、アイツ等はもうあの街道で横着を働かないだろう。


 哨戒すべきは違う街道なんだけども……。


 まぁ、腐る程ある街道の中でアイツ等が何処に出現するか分からないし。考えを改めてくれる可能性もある。


 それに、補給物資を運ぶ人達も兵士が警戒を続けてくれると考えれば通り易いだろうね。


 街の人達の平穏な暮らしが戻って来る事に言い表しようの無い達成感が心の中に生まれた。




「よし、御苦労だった」


 

 ふむっと大きく頷き、後方の棚へと向かって立ち上がる。



 さ、さぁ。アイツ等のお出ましか??




「今回の報告書はこれだけだ」



 机の上に放り投げられたのは、前回の半分以下の量の書類。


 余りの少なさに目が点になってしまう。



「これだけ……。ですか??」



 後、放り投げないで下さい。



「何だ?? 御望みの量を出してやろうか??」


「い、いえ!!」


「今までが多過ぎたんだよ。これが普通なの」



 そうだよな。いくら何でもあれは無いよな……。



「魔物と会敵した所は詳細に書いてくれ。貴重な資料になりかねん」



 詳細っていってもなぁ。


 戦いの内容とかでいいのか??



「詳細ってのは相手の特徴な。どんな装備をしていたか、攻撃の方法。目に映った全ての情報を書け」


「了解しました」



 それなら大丈夫そうだ。



 貴重な資料になるのなら、少々大袈裟に恐ろしい外見にしてやろうかな?? そうすれば目を通した人も十二分に警戒するだろうし。




「あ、そうそう」


「はい??」



 背嚢の中へ大事に書類を詰めていると、レフ准尉が何かを思い出した様に話しかけて来た。



 何だろう。次の任務の事かな??















「お前、暫く休め」


「へ??」



 余りの唐突な言葉に思考が止まってしまう。


 休めとはどういう意味だ?? ここに泊まれって事か??



「ここに配属されてからずっと休んでいないだろう。今日から十二日間の休日を与える」


「え?? でも任務から帰還して、次の任務まで待機していましたが……」



 泣き喚き、足掻き苦しみながら書類の完成に追われていた日々を思い出す。



「あれは非番。休日は軍規で定められているんだ。お前は言われた通り休めばいいんだよ」


「いや、しかし次の任務が控えているのでは??」



 十二日もの間、堂々と足を伸ばして休む。


 その間に任務で汗を流している者達も居るのだ。一人だけ休むってのも気が引けますよ。



「全く……。真面目にも程があるぞ。休むのも仕事の内だ。しっかりと英気を養って次の任務に備える。それも立派な考えだと思わないか??」




 いざ休めと言われても何をしたらいいのやら。


 ずっと任務や書類に追われる毎日だったので、その事で頭が一杯だったからね。




「何をしたら良いのかって顔だな」


「はい……」



 無趣味な自分が怨めしい。こういう時こそ己の趣味に興じるべきなのに……。



「よし、それなら良い所を紹介してやる」


「良い所??」



 何だろう。武芸の達人がいる所かな??


 そこで体を鍛え直して来いと??



 しかし、彼女は此方の考えとは真逆の答えを導き出した。



「無人島だ」


「無人島??」



「ずっと前、私がまだここに配属される前。地元民以外立ち入り禁止となっている、ある島の地質調査に仲間と共に赴いたんだ」



 ふぅむ、読めたぞ。


 そこで生存術を鍛え直して来いと仰るのですね??




「ここから東に向かうとイーストポートという港町がある。そこから船で数時間移動した所にある無人島の事だ。地元の漁師達はいわくつきの島だと言って近寄らない島なんだけどさ。上陸したらこれがまた風光明媚でいい島だったんだよ」



 あ、あらら??


 俺の考えからちょいと外れ始めましたね??




「そこを調べていたら何んと!! 温泉を見付けてな。これがまたいいお湯で……。調査そっちのけでえっこらよっこらと石を運んで、入り易い様に風呂場を作って入り浸っていたんだ」



 そんな事で良いのだろうか??


 任務を蔑ろにして……。



「休みも長い事だし、そこの無人島に行ってみたらどうだ?? 星空もここと比べ物にならないくらい綺麗だぞ。それに海も青が眩しい位に美しく、魚も釣り放題。体を休めるのにもって来いの島さ」


「はぁ……」



 レフ准尉の言葉の中に引っ掛かる単語が一つだけあった。


 そう。





『いわくつきの島』





 大体この手の類は眉唾ものだ。しかし、地元の人がそう言うには何か理由がある筈。


 たまたまレフ准尉は無事に帰れたのかもしれないが、俺の場合はどうだろう。



「何だ?? 難しい顔をして」



 パチパチと瞬きを繰り返しながら此方を見つめる。



「その、いわくつきという言葉が気になりまして」



「大丈夫だって。一緒に行った仲間は今もピンピンしてるし。どうせ、人が入らない様に漁師が勝手に決めた謳い文句だろう」



 う――ん。


 彼女の言葉を鵜呑みにしてもいいのだろうか。


 度重なる軍規違反を犯している人ですからねぇ……。




「ま、兎に角。どこかに行くのなら今説明した島がお勧めだ。暑い季節で、海に入るのも丁度良いし。正に言う事無し!! だと思うんだけどなぁ」



 一応、候補に入れておこう。他に行く所も無いし。


 マイ達と相談して決めるか。



「その島の名前は??」


「さぁ?? 漁師に聞いたけど教えてくれなかったよ。港町の漁師に頼めば船に乗せて行ってくれるだろうよ」



「また適当な……」


「いわくつきって言うくらいだ。二つ返事で乗せてくれる人はいない。私達を乗せてくれたのは……。何て名前だっけ……」



 目を瞑り必死に思い出そうと腕を組んでいる。



「――――。そうだ!! 思い出した!! ロブじいさんって人だ!!」


「ロブじいさん??」


「そうそう。険しい顔をしててさ、目付きなんかこぉんなに鋭い人だったよ」



 己が手で目元を横に伸ばし、きゅぅっと細く見せている。



「ではその島へ向かう場合はその、ロブさんを頼れと??」


「そうなるな」


「しかし、じいさんと言うにはかなりの高齢だと思いますが御存命でしょうかね?? 前回向かったのは何年前ですか??」



 既にお亡くなりになり、徒労になるのだけは避けたいですからね。



 まぁ、港町だし。


 美味しい魚を食べて寛ぐのも一考か。




「そうだな。あれは私が訓練施設を卒業して七年程だったから……」



 思い返す様に宙を睨んでいたが……。



「……。ちょっと待った」


「はい、何でしょう??」


「おまえ、今。私の年齢を逆算しようとしたな??」


「ま、まさか!! そんな訳ないですよ!!」



 徐に立ち上がると、恐ろしい顔を浮かべて此方ににじり寄って来た。



「そういう輩はな……。こうだ!!」


「い、痛いですって!!」



 右脇に俺の頭を挟み締め上げて来る。


 柔らかい果実が軍服越しに接触して来たので気が気じゃありませんよ……。



「そ、それより。立ち入り禁止なんですよね?? その島。自分は入れないじゃないですか!!」



 恥ずかしさを誤魔化す様に喉の奥から言葉を振り絞る。



「安心しろ。そういう事は私の得意分野だ」



 頭の拘束をパッと解き、明るく輝く太陽が及第点を与える笑みを浮かべた。



「得意分野??」



 この時点で嫌な予感しかしないのは自分だけでしょうかね??



「んふふ――。これな――んだ??」



 レフさんが後ろの棚から取り出したのは一枚の書類。


 それを自信に満ち溢れた笑みでヒラヒラと体の前で揺れ動かす。



「何ですか、それ」


「これはな。こんなこともあろうかと思い、私が偽造した軍の指令書だ」



「ちょ……。れっきとした軍規違反じゃないですか!!」



 ま、またこの人はぁ!!!!



「いちいち細かい奴だなぁ……。安心しろ、悪用はせん。今回のような立ち入り制限されている場所に行く場合のみ使用するありがたぁい書類だ」



 有難い処か犯罪じゃないか。



「これを見せれば大体の奴は信じるさ。印章も指令内容も完璧に真似てある。私以外に見抜ける奴はいないよ」



 唇の端っこをきゅぅっと上げてそう仰る。



 大変悪い笑顔ですね。犯罪者のそれと変わりませんよ??



「え――……。それを見せて島に入れと??」



「第一、あんな何も無い所に軍が行く訳ないだろう。ばれやしないって!!」



 それ、軍人である自分に当て嵌まりますよね??



「使わなかったらそれでいいし。ほれ、受け取れ」


「わっ……」



 此方に向かって適当に放り投げてくるので慌てて受け止めた。



 何々?? 指令内容は……。地質調査と書いてあるな。


 それに上官の印章もそっくりそのままだ。




「地質調査ねぇ」


「何だ?? 気に食わないのか?? 地質調査以外の指令書もあるぞ??」



 さも当然と言わんばかりに種類の異なる多くの書類を見せて来た。



「結構です!! これで十分ですから!!」


「もう。五月蠅いなぁ」


「これっきりにしてくださいよ!! ばれたらクビ処か刑務所行きなんですからね!!」



 犯罪を犯して除隊処分になるのは洒落になりませんから!!




「バレないって。これでお前もめでたく共犯だ。一緒に捕まろ――ね――??」


「その悪巧みした笑顔止めて下さい。後、使用するかどうかはまだ決めていませんから」




「はいはいっと。後、これ島の地図ね」



 彼女が机の上に放り投げた紙に視線を落とす。


 島の中央に向かってなだらかに標高が高くなり、南側の一部が砂浜になっている。海に接する他の面は崖若しくは岩礁と接している。


 上陸するとしたらこの南側に船を着ける事になりそうだな。


 砂浜を北上したら森に入り、その森は島のほぼ全域を覆い尽くしていた。



「温泉は南の砂浜を北上した位置に作ったから……。多分、まだ崩れていないだろう」


「了解しました。有難くお借りしますね」



 そう話し、報告書の上に重なる様に背嚢の中へと仕舞った。



「そんな訳で、十二日後に帰って来い。あ、報告書もそれまでに完成させればいいからねぇ――」



 読みかけの新聞を手に取り、静かに椅子に座ると再び読み始めてしまった。



 全く。この人の気が知れないよ。


 直属の部下に対して偽造の指令書を渡すんだぞ??


 だが、リューヴやアオイ。そしてカエデもどちらかと言えば人気を嫌う方なので丁度良いかも。




「分かりました!! それでは失礼します!!」


「あ――い。あ、お土産はいらないから――」


「失礼しますねっ!!」



 レフさんの言葉を無視して扉をけたたましく閉めてやった。




 それにしても初めての長期休暇か。


 その候補地がいわくつきの無人島。もっとマシな候補地があればそちらに向かうのですけども。



 何処へ向かって、何をすれば良いのやら……。


 一度マイ達と合流して彼女達の意見を伺おう。そう考え、大変重い足取りで大通りへと歩み始めた




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


暑さが戻って来てしまったので、水分補給を怠らず。


体調管理には気を付けて下さいね。

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