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第十五話 大団円!! そして、南へ

狂暴龍の武器の名前を一部変更させて頂きました。申し訳ありません。


今回は少々長めの御話しになりますので、寛ぎつつご覧いただければ幸いです。

それでは、どうぞ!!




 体に残る倦怠感が歩みを遅らせるが、普段のソレとは違い。随分と心地良い倦怠感だ。


 一歩一歩。


 勝利の余韻とでも呼べばいいのか。

 それを噛み締めつつ夕闇の刻へと迫る森の中を進んでいた。



「ところ、で。クレヴィスが持っていたあの結晶体。アレが統率を取れていた証拠だったのかな??」


 俺の少し前を進む三名へと問うてみる。


「でしょうね。アイツが力を籠めた途端にオークが襲ってきたし」



 泥型がポツリと口を開く。



 彼女が残した足跡にはしっかりと、ちゃんと泥の足跡が刻まれていた。

 早く落としたいけど周囲に水が無いのは辛いよな。

 歩む度に、ビチャ、ビチャって不快な音が出ていますもの。



「アレがどういう仕組みで作動するのか、何処で採れた結晶体なのか……。聞き出すべき情報は山の様にあったんだけどなぁ」



 ユウがそう話すと、最前列を堂々とした歩みで進むフェリスさんの背をジロリと睨む。



「ユウちゃん達が得た情報だけでも御釣りが来る程なのですよ?? ここは、一つ。終わり良ければ総て良し、って事にしましょうっ」



「「「全て良し……。ねぇ……」」」



 三人仲良く声を揃え、そして大きく溜息を吐いてしまった。



 本来ならば今頃、クレヴィスを捕縛し。情報を入手出来ていた筈なのに……。

 魔物達だけでは無く、人間にも有意義な情報源を失ってしまった損失は計り知れないぞ。



「ん?? どうしたのかしら。皆さんっ」


 彼女が歩みを止め、ニコリと笑みを浮かべて振り返る。



「「「い、いえ。お気になさらず……」」」



「そうっ。さっ!! もう直ぐ里ですよ!! 皆に勝利を報告しましょうっ」


 その笑みを保ったまま、正面を向き歩み出す。


 俺達が再び声を合わせた理由は至極簡単です。


 フェリスさんが右の拳を握っていましたので……。


 あんな馬鹿げた拳を捻じ込まれた日には。

 そう考えると、ね。



『ちょっと。あんたの母ちゃん、一体どんな体の作りしてんのよ』



 マイが小声でユウに囁く。



『昔から強いって事は知ってたけど……。まさかあれ程までとはあたしも知らなかったよ』



 強い。

 この一言では言い表せない事象を経験したが、アレを見てそれ以外の言葉出て来ないのが本音かな。



 あの強さの境地に辿り着く為には一体どれだけの訓練を積めばいいのやら。



 でも!!

 得た情報は後ろめたい物ばかりではない。



 龍の力を使用した初の実戦だったのだが。力の加減具合、発動時間と継続時間は共に良好。

 戸惑う事無く使用出来た事に、人知れず喜びを噛み締めていた。


 これは実に有意義な情報だと思うんだよね。


 自由自在に使いこなせればそれこそ、マイ達に匹敵する力を発揮出来るやも知れぬのだから。



「ところでさ」



 泥から僅かに距離を置くユウが話す。



「何よ」


「マイの継承召喚。アレ、何て名前??」

「最強最高にカッコいい黄金の槍の名は!! そう!! 覇龍滅槍、ヴァルゼルク!! 覚えておきなさい」



 しまった。

 彼女達にはまだ上があった。



 ユウとマイが使用した、継承召喚。

 大魔と呼ばれる傑物の血を受け継ぐ者が持つ、とっておきの武器だ。



 立ち向かう事を諦めさせる巨大な戦斧。

 見る者全てを魅了する黄金の槍。



 アレがある限り、ちょっとやそっとじゃ二人に追いつくことは叶わぬのか。

 これからの計り知れぬ鍛錬の数々を想像すると。



「はぁ」



 意図せぬ溜息が零れてしまった。


 追いつけそうかと思えば、あっ!! という間に引き離される。


 そして、そして!! その前にはフェリスさんやらボーさん等々。常軌を逸した力をお持ちなった方々がいらっしゃる。




 正に天井知らずの世界だ。




「どした?? 溜息なんかついて」


 ユウが歩みを遅らせ、此方と肩を並べる。


「ん?? ん――……。ちょっと、疲れたなぁってさ」


 御免、これは嘘。

 あなた達の強さに嫉妬したのは秘密にしておきたいので。


「そっか。里に帰ったら、一杯飯食ってぐっすり寝れば大丈夫だって!!」


 もうちょっと、大人しく叩こうか。


 背に襲い掛かる痛みに顔を顰めていると。




「「「「ウォオオオオオオオオオ!!!!」」」」




 突如として音の壁が襲来した。


 わっ!?

 な、何!?


 巨大な音の塊に思わず体が大きく上下にビクリと動いてしまった。



「は、はは!! 態々迎えてくれちゃってまぁ……!!」



 微かに聞き取れたユウの声を受け、森の奥に浮かぶ巨大な壁の下を見つめた。



「フェリス様――!! お帰りなさい!!!!」

「ユウ様――!! 良くぞ、御無事で!!」



 作戦行動に携わった兵士達が雄叫びを上げ、俺達の帰還を祝わんばかりに天へと轟く大声援を放ち続けていた。




「皆――――!! 只今――――――っ!!!!」




 屈強な兵士の塊へとユウが駆け出し、そして何の遠慮も無しに嬉しさを爆発させて飛び込んで行った。


「わははは!!!! フェリス!! 良くぞ戻って来たな」



 その脇。

 兵士達より二回り程大きな巨躯が、これまた大きく手を広げ。己が妻を迎える。



「えぇ、只今戻りました。あなた……」

「お、おぉ……。皆が見ているぞ」


 嫋やかな手付きでボーさんの腰へ手を回し。

 そして、愛の抱擁を交わした。


「構いません。偶にはいいでしょう??」

「む、む。う、む……」


 あはは。

 ボーさんって意外と初心なのかも。

 顔真っ赤に染まっているし。


「マイ――!! レイド――!! お前達もこっち来いよ――!!」



 兵士達にもみくちゃにされつつ、ユウが叫ぶ。



「は?? 嫌よ」

「もちょっとやんわりと断りなさい」



 右隣りの泥へと話す。



「あんただって嫌でしょ?? あの筋肉の塊達に囲まれるの」



 う、うむ……。

 もみくちゃにされたら内臓の一つや二つ、壊れてもおかしくなさそうだもんねぇ。



「良いから、来いって!!」

「ちょっと!! 何すんのよ!!」

「ユウ!! もっと優しく掴んで!!」



 右腕を掴まれ、今も雄叫びを上げ続ける兵士達の下へと強制的に連行され。



「「「せ――のぉっ!! そぉぉれええ――――!!」」」


「「のわぁあああ!!」」


 マイと二人仲良く胴上げされ、宙へと舞う。


「ははは!! どうだ!? これがあたし達流の祝い方だ!!」


 宙へ舞い続ける中。

 ユウの嬉しさを爆発させた声が届く。


 悪い気持ちはしないけどさ。

 ちょ、ちょっとだけ怖いのが本音です。


 人の力であれば、宙へ舞うのは数メートル程。

 しかし。

 力自慢の彼等が腕の筋力を炸裂させれば、それはどうなるか火を見るよりも明らかですからね……。



 背の高い太い丸太の壁の『天井』 の汚れを視界に捉えつつ。

 自由落下しながら、頼むから受け止めてくれよと願い続けていた。






   ◇






 猛々しい猛者共にもみくちゃにされ、やっとの思いで解放された後。

 ユウ達の屋敷へと再び招かれた。

 招かれた理由は至極簡単。



『此度の戦いの詳細を聞かせろ!!』



 だ、そうです。


 泥と疲労を洗い落とし、失礼の無い恰好に着替え。部屋で待機していると。



「よ――。居る――??」



 マイの声が扉越しに届いた。


「どうぞ――」


 椅子に腰かけつつ返事を返す。


「もう直ぐ御飯だから食堂に来て、だってさ!!!!」


 泥……。基。

 いつも通り、いや。その倍以上の輝きを取り戻した深紅の髪を揺らしつつ話す。


「そっか。それじゃあお呼ばれしましょうかね」


 重い腰を上げ、扉へと向かう。



「よっ」


 廊下に出るとユウがいつもの快活な笑みで迎えてくれる。

 笑みを浮かべつつ当たり障りない応答を返し、その足でずぅっと奥にある食堂へと足を向けた。



「ぬ、ぬふふ……。今日の私は、凄い事になりそうなのよねぇ」

「凄い事??」


 直ぐ前を歩くマイに問う。


「腹が減って、腹が減って……。今なら百キロの米程度なら食らい尽くせそうだもの」



 食えるものなら食ってみろ。そう言いたいのは山々だが……。

 コイツの場合。本当に食べ尽くしそうだから言いません。



「まぁ、確かに腹は減ったな」

「ユウ達は……。あぁ、おにぎりだけだったね」



 携行食用のおにぎりをパクついていた姿が思い出される。



「その後戦闘だったからね。そう言えば、レイド。今日全然食べてないじゃん」


「緊張しているとさ。飯が喉を通らないだろ?? 多分、自分でも考えていた以上に緊張していたんだよ」


 右肩をポンっと叩いたユウに言葉を返す。


「情けないわねぇ。食える時に食っておかないと、いつ食べられるか分かったもんじゃないのよ??」


 お分かり??

 そんな感じでマイが振り返りつつ片眉をクイっと上げた。



 コイツの言う事も一理ある。

 戦闘が長引けば、長引く程その時間に割く余裕は無くなるだろうし。

 これも貴重な経験として捉えましょう。



 日常会話の続きが行き交う中。

 目的地である食堂の大きな扉の前に到着した。



「失礼しま――っすぅ!!」

「ノックの一つくらいしなさい……」



 人の家で、いきなり扉を開いたら失礼でしょうが……。



 呆れた溜息を吐きつつ扉を潜ると。



「「「おおぉぉっ!!」」」



 大変馨しい香りを放つ品々が俺達を迎えた。


 緑が目に嬉しい野菜と、もう味が想像出来てしまう川魚の天ぷらがドンっと中央に腰を据え。

 その脇を固める野菜たっぷりの炒め物、見ただけで舌と頭が喜びの歌を口ずさむフェリスさん特製のスープ。

 御櫃一杯に盛られたお米とぷっくりと膨らんだパン。



 まだ食事を開始していないのに……。もう心が満たされてしまいますよ。



「御馳走だぁ……」



 花の蜜に誘われる蜜蜂の如く。

 馨しい匂いに誘われ、料理に一番近い席にマイが陣取った。



「に、匂いだけで心が満たされちゃいそう……」


 口の端から零れる液体をジュルリと引っ込めつつ食欲の塊が話す。

 普段なら大袈裟な奴。

 と、呆れた口調で話せるのだが……。この料理を前にしてそれは言えない。



 いや。

 本当に美味しそうですもの。



「ははは!! そうだろう!! 妻は料理が得意だからな!!」

「もう、煽てても何も出ませんよ??」


「いや、本当に素晴らしい料理ですよ。――――。失礼します」


 マイの左の椅子に着席し。

 正面にボーさんを捉えつつ口を開いた。


「食事の前に、礼を言わせてくれ」

「礼、ですか??」



 快活な口調から一転。

 酷く真剣な声色でボーさんが話す。



「娘と共に、作戦を成功に導いてくれた礼だ。ありがとう」

「私からも伝えさせて下さい。ありがとうございました、レイドさん。マイさん」



 二人が静かに頭を下げたので、慌てて首を横に振る。



「そ、そんな!! 頭を上げて下さい!! 自分が成し遂げた功績は極僅かです!!」



 ユウやマイ。里の兵士達。

 そして、クレヴィスを地平線の彼方へと吹き飛ばしたフェリスさんに比べれば俺の功績なんて石ころ以下の功績だろうさ。



「娘一人での作戦行動では不安であった。だが、レイド。貴様達が行動を共にしてくれたお陰で作戦は成功した。礼を述べて当然であろう??」



 目上の方から直接感謝を述べられる事に慣れていない所為か。

 どうも背中がムズムズしてしまう。



 先に述べたように、大それた事はしてないのですけどね……。



「そう言えば、そうと。妻から……。聞いたのだが。敵の親玉を吹き飛ばしたそうだな?? 感じ慣れた魔力が弾けたので恐らくそうかと思ったのだが……」



 その通りです。

 ボーさんの奥様が常軌を逸したお力で貴重な情報源を空の彼方へと吹き飛ばしてしまったのですよ。



「え、えぇ。で、ですが!! 貴重な情報も入手出来ました!!」



 クレヴィスが持っていたあの結晶体。

 その詳細について述べた。



「――――。ふ、む。結晶体か」


 ゴツイ顎に手を当てつつ話す。


「何か思い当たる節でも??」


「いや、無い。だがその結晶体がオーク共を従える一因を担っていたのだろう。そう考えるのが自然だ」



 ですよね。

 そうやって考えると本当に惜しい事をしたよな。



「あなた。もしかして、私の事責めています??」



 目元は美しい軌道を描いて湾曲し、口調も大変穏やか。

 しかし。

 言葉の端に言い表しようの無い棘を感じる。



「そ、そんな事は無いっ!!」



 長年連れ添った経験。

 若しくは彼にだけしか理解出来ない何かを感じ取ったのか。


 背筋をシャキっと伸ばし。

 膝に手を置きつつ上擦った声で取り繕った。



 魔物は女性の方が強いのだろうか??

 人間社会でもそれは多々当て嵌まる場合があるのだが……。

 此方側の社会でも男性は肩身を狭い思いをしているようだ。



「さ、さて!! それでは……」



 場の空気を転換させようと、一つ大きな咳払いを放ち。

 無理矢理大きな声を上げる。



 そして。

 これを違う意味に捉えた右隣りのお馬鹿さんが手に匙と、皿を手に持ち戦闘態勢を整えた。




「奴等がここを襲った理由なのだが……」



「っ……」



『えぇ?? まだぁ??』



 そんな感じでボーさんを一つ睨む。

 もう少しの辛抱ですから我慢なさい。


「此処からずっと西へ向かうと、蜘蛛一族が根城を構える密林がある」


「蜘蛛一族ですか」



 彼等以外にもこの森に住んでいるとは考えていたけど。

 正直、蜘蛛と聞いて恐ろしい印象を抱いてしまう。



 八つの足、鋭い牙、口又は臀部から放出する粘着質の糸。



 それがボーさん達と同じ位の大きさを誇るとしたら……。


 ちょっとおっかないよね。




「我々ミノタウロスは彼女達へ食料を供給、そして向こうからは衣類の供給を受けている。 持ちつ持たれつの関係なのだが……。今から数十日前の事だ。彼女達からの連絡がぱったりと途絶えた。何が起こったのか。伺おうにも向こうの連絡係。つまり、衣類の運搬者は取引場所にも現れぬ。 彼女達は森の中を、西から東へと侵攻を企てるオーク共を迎撃する役割を担っている。その彼女達から連絡が途絶え、そしてここにオークが訪れた。それが指し示す事は……」




 分かるな??


 その意味を含めた視線を此方に送る。



「つまり。その蜘蛛一族の身に何か不幸が起こった、と??」


 恐らく。

 いや、十中八九その通りだろう。


 それよりも……。

 蜘蛛一族の方々が人知れず奴等と刃を交えている事に感謝してしまった。

 あの醜い豚共が森を抜け、人が住む平原に出現しなかったのはそのお陰だったのか。

 機会があれば誠心誠意を籠めて、感謝を述べましょう。



「それは分からん。あくまでこちらの予想だ。そこで!!」


 おっと。

 急に明るい顔になりますね??


「レイド!! 貴様は西へ向かうと言っていたな!?」

「えぇ。ルミナの街に書簡を届ける任務があります」



 もしかして、もしかしてだよ??


 そこへ向かって様子を窺って来いと??



「それなら丁度良い!!」



 残念。

 あの顔からして、その通りになりそうだ。



「蜘蛛一族の密林はその街から凡そ十日間進んだ先にある!! 様子を見て来てくれ!!」



「え、えっと……」



 任務を優先しなければならない。

 だけど、この大陸に住む人間を守ってくれている彼女達の身を案じる思いもまた確かに強い。


 このジレンマが言葉を詰まらせる。



 どうしようか。

 その答えを求め、机の上に視線を泳がせていると。



「ち、ち、父上!! 今、宜しいでしょうか!!」



 食堂に足を踏み入れ、沈黙の姿勢を保っていたユウが勢い良く静寂を打ち破った。



「何だ??」


「え、っと。その……。あの……」



 ズボンに指を食ませ、俺同様忙しなく視線を動かす。

 言い出したくても、言えない。

 そんな表情を浮かべている。



「ユウ。もうちょっとよ?? 頑張んなさい」



 右隣りからマイが声援を送る。


 もうちょっと??

 実の父親に何を伝えようとしているのだろうか??


 その様子を見守っていると。


「ふぅ……。うんっ!!」


 大きく息を吸い込み、決意を固めた表情に変化した。




「あたしは……。レイドとマイと共に行動を続けたいです。それに、この里へ襲い掛かって来た奴等の原因解明をするのもあたしの仕事だと考えています。レイドは任務。そして、あたしは蜘蛛一族の根城へ。利害が一致していると、か、考えていますの、で……」




 そこまで話すと、再び俯いてしまった。



 下唇をぎゅっと噛み、再びズボンに指を食ませ。

 ボーさんの答えを待つ。



「それは自分で考えた答えか??」


 厳しい視線と声色でユウに問う。




「はい。あたしは……。この里が、森が大好きです。でも、他の世界を知らないあたしにとって此処は小さな世界。もっと見聞を広め、いつか。そう、いつか。 父上の跡を継ぐ時に他の世界を知ることは、必要だと考えています。そして、何より……。レイドとマイはあたし達の為に、里の為にこれから行動を続けようと考えてくれています。それを見捨てて、見送るのはお門違いだと考えたのです」




 ボーさんと視線を合わさず、机の一点を見つめて話す。


 その姿は。大戦斧を肩に担ぐ膂力溢れる姿の欠片も見当たらない。


 自分の想いを切に願うが、それを跳ね返される事に恐れる年相応の女性の姿であった。



「――――。そうか」



 ボーさんがふっと息を吐き、険しい顔でユウの顔を見つめる。

 そして。




「ユウ、お前の気持ちは受け取った。だが、里を出る事は了承出来ん」



 険しい顔に相応しい無情な言葉が彼女の肩に重く圧し掛かった。


「…………」


 その言葉を受けると。

 ユウの目の淵に、哀しみの代弁者が僅かに溢れてしまった。




「ユウの父ちゃん。私からもお願いしていいかしら?? ユウはこの大陸に来て初めて出来た同性の友達なの。此処でお別れするのも寂しいし」



「ボーさん。俺からもお願いします。ユウはいつかこの里で素晴らしい力を存分に発揮する人物です。その彼女が世界を知らない事は此処に不利益しかもたらさないと考えます。此処は……。本当に素晴らしい地です。ですが、それは自分が他の世界を知っているから断定出来る事。ユウさんにも、自分と同じ意見を持って頂きたいのが素直な考えです」




 ユウの様子を見かねた俺とマイがほぼ同時口を開き、ボーさんに対して頭を下げた。



「うふふ。御二人共?? そして、ユウちゃん?? 人の話は最後まで聞くものよ??」



「「「え??」」」



 フェリスさんの声を受け。頭を上げてボーさんの方へと視線を向ける。



「う、む……。そ、その。何だ。蜘蛛一族は縄張り意識が強い。二人だけでは手に負えぬかも知れない。そ、それにだな?? 里の為にこの世界を知る事はレイドが話した通り、利益しかもたらさぬと俺も考えている」



 ゴツイ顔に似合わず、頬をぽぅっと染めて話した。



 ボーさんが仰った答え。

 それが指し示すのは……。



「じゃ、じゃあ。あたしは……」



「いってらっしゃい、ユウちゃん」

「あぁ。世界を知り、己を鍛えて来い!!」



 ふふ。

 ボーさんも不器用だな。

 最初からそう仰ればいいのに。



「や、やった。やったぁぁぁぁあああ――――!!!! あははは!! レイド!! やったぞ!! あたしも付いて行くからなっ!!!!」



「わ、分かったから離れて下さいっ!!」



 いきなり抱き着かれたらそりゃこんな声も出ましょう。



「至らぬ娘だと思いますが。温かい目で見守ってあげてくださいね??」

「も、勿論です」


 こっちがお世話になる可能性が高いですけどね。


 彼女が残した残り香に狼狽えつつ、そう答えた。



「よし!! 重たい話は此処迄だ!! 疲労を拭い去る為、腹が悲鳴を上げるまで食え!!」


「待ってましたぁぁああ!!」


 さぁ、戦闘開始だぁ!!


 マイがボーさんの声を受けると、誰よりも速く取り皿に一通りの料理を乗せ。

 自分の手元に置いた。


「じゃあ、頂きましょうか」


 フェリスさんの声を受け。




「「「「頂きますっ!!」」」」




 御機嫌な食事会が幕を開けた。


「レイド!! これ!! 食べて!!」



 ユウが川魚の天ぷらを箸で掴み、此方の取り皿の上に置いてくれる。



 黄金色の衣を身に纏い、さぁ早く食してくれと言わんばかりの姿にもう唾液が湧いてしまう。


「いいの?? それじゃあ……」


 お腹付近を箸で摘み、頭から豪快に噛り付いた。



「――――。うっま!!」



 歯に心地良い衣の食感が通過した後。

 魚本来の優しい甘味と、衣に纏わせている塩気が舌を喜ばせてくれる。


 素敵な咀嚼時間を終え、喉の奥に送り込む。


 ふぅ……。

 失われた活力がグングンと湧いて来そうだよ。



「美味いだろ!? じゃあ、次はこれ!! ほらっ!!」

「いや、まだ食べてるからね??」



 満面の笑みで玉葱の天ぷらを差し出すユウを宥める。


「いいからっ!! ほれっ!!」


 はいはい。


 行儀が悪いですけども。

 食べかけの川魚さんを取り皿に置き、ユウが差し出した玉葱を口に迎えてあげた。


「んぅ!! ホロ甘くて、良い味だな!!」


 相も変わらず噛み心地の良い衣を前歯で裁断し、奥歯できゅっと噛むと。野菜本来の甘味が口の中にじんわりと、そしてゆっくりと伝播していく。



 これを飲み込むのは待て。



 頭がそう命令し、大地の恵みを頂いていた。



「へへっ。気に入ってくれて何よりだよ」



「ユウちゃんとレイドさん。お似合いですよ??」

「どうだ!? レイド!? 婿に来ないか!?」



 何だろう。

 突拍子も無い台詞って、逆に冷静になってしまう時もあるよね。



「まだ先の事ですので……」



 玉葱をゴクンと飲み終え。

 親切丁寧に二人へ、この場に相応しい超無難な御言葉を返した。



「若い内に結ばれた方が良いぞ!?」

「そうですよ?? 共有する時間が多ければ多い程、互いに親密な関係が構築されますので」



 いや、ですから……と。

 此方が伝える前に。



「あっ!! そうだ!! マイさんも如何です!? どうせなら三人仲良く結ばれちゃいましょう!!」

「それも良いな!! 式はここで挙げよう!! 盛大に祝ってやるぞ!!」



 突拍子を軽く超えた発言を御二人が放ってしまった。



「だから!! 勝手に私を入れんな!!!!」



 食べかけの口を開き、形容し難い何かを口の中から放ちつつマイが叫ぶ。



「魔物は重婚を禁じられている訳じゃないのですよ??」


「雌は優秀な雄を求める。そして、雄は己の役目を果たす。うむっ。実に理に適った自然の摂理だ!!」



 う――む……。

 この二人は人の話に耳を傾けない性格がありますね。


 右隣りでギャアギャアと騒ぐ深紅の髪の女性に対し、左の深緑の髪の女性は終始頬を赤く染めながら俯いている。



 それに対し、俺はと言えば。

 大変素晴らしい食事に舌鼓を打ちつつも。二人の思惑に嵌らぬ様、適切な指摘と言葉を返し続けていた。





   ◇





 頬を撫でて行った少しだけ強い風。

 その後、遅れて鳴る草々の擦れた音が心を何処までも落ち着かせてくれる。


 嬉しい溜息を吐き、木々の合間から覗く青を仰ぎ見た。



『どうした??』



 悪戯に地面を蹴るウマ子がチラリと此方を見つめる。



「いい天気だなぁって思ったんだよ」


 彼女の額を優しく撫でると。


『そうか』


 優しい嘶き声を上げてくれた。



 出発に相応しい朝。

 いや、強いて言うのなら。彼女の新しい門出を祝う出発だな。


 勇気を振り絞り、己の想いを告げて新しい世界へと羽ばたく。

 未だ見ぬ世界に胸を膨らませていたのか。




『なぁなぁ!! 人間の街ってどんな所なんだろうなぁ!?』

『うっさい!! いい加減寝ろ!! 今何時だと思ってんだ!!』




 隣の部屋から、あ――でも無い。こ――なのか?? 等々。


 梟が元気に歌う時刻に相応しくない声量の歌声が漏れ続けていたのがその証明だ。


 腹一杯のまま幸せに眠りたかっただろうに。


 その点だけはマイに少々同情してしまった。



 恐らく、二人共目に深いクマを刻んで来るだろう。

 用意に想像出来る姿を思い描き、城門の外で二人を待っていると。



「「おはよ――――…………」」



 想像通りの顔色を引っ提げて、二人がナメクジ紛いの重い足取りでやって来た。



「はは、おはよう。二人共、酷い顔だな??」


 ウマ子に荷物を載せつつ言ってやる。

 フェリスさんからのご厚意で食料の補給を受けたので少々量が多いのだが。


 それでもウマ子は涼しい顔を浮かべている。

 流石、俺に似て頑丈だな。



「コイツがいつまでも話し掛けて来るから眠れなかったのよ!!」

「コイツがずっと聞いてくれなかったから寝れなかったんだよ!!」



 互いに互いの顔を指で差し、朝に相応しくない声量で叫んだ。



「お互い様だって奴だろ。ってか、ユウ。背中の荷物は一体何です??」


 大人の背丈ほどの量の荷が彼女の肩から天へ向けてピンっとそそり立つ。


「あぁ、これ?? 追加の食料とあたしの着替え」

「そう……」


 それにしても多過ぎないかしらね??

 米俵とか括り付けられているし。



「それより、いよいよ出発だな!!」



 遠出を待ちきれない前日の子供の笑顔。

 まさにそれがユウの顔に現れてしまっている。



「先ずは南に向かって……。海!! そう!! 海に出るんだ!!」

「そっか。森から出た事が無いから海も初めてなのか」



 ちょっとだけ距離感を間違えた彼女から、一歩足を引いて話す。



「くぅ!! 楽しみだなぁ!!」

「大袈裟な奴。海なんて青いだけで何もないわよ」


 マイがユウをジロリと睨みつつ、ウマ子に荷物を載せる。


「それでも良いんだよ!! さぁ、出発しよう!!」

「お、御待ちなさい!!」


 俺の腕を引き、南の方角へと進み出そうとする暴れ牛さんを宥めた。



「何で??」

「何でって……。ほら、あれ」



 城門から姿を現した二人に視線を向けて話す。


「うふふ。もうユウちゃんったら……。朝から大胆ねぇ」

「ユウ様!! 見送りに来ましたよ!!」


「母上!! それに、レノアも!!」


 俺の腕をぱっと離し、二人の下へと小走りで駆けて行く。


「屋敷で見送ったけど……。やっぱりここで見送りたかったから来ちゃった」


「ユウ様。不必要な買い物、並びに食事には気を付けて下さい。後、珍しい食べ物を見つけても口に入れては駄目ですよ??」



 そんな人は……。

 あぁ、ここに一人いたな。



「くあぁぁ……。ねっみ……」



 龍の姿に変わると、俺の左胸のポケットに飛び込み。

 早速昼寝の体勢を整えよと画策する深紅の龍。


 レノアさんの言葉はユウじゃなくて、コイツに与えようとしていたんじゃないのかしら。



「分かってるって!! 母上、それでは行って参ります」

「頑張ってね??」


 フェリスさんが優しく彼女の肩に手を置くと。


「う、うんっ!!!! 頑張って行って来るよ!!」


 母親に与えるべき微笑ましい表情を浮かべた。



 子が親を慕い、親が子へ寵愛を送る。

 良いもんだな。

 母娘って。



「よし!! じゃあ、行こうか!!」



 ユウが先頭で進み出し、遅れて此方も彼女に続く。


「そうだな。フェリスさん、レノアさん!! 行って来ますね!!」



「ユウ様を頼むぞ!!」

「ユウちゃん!! 帰って来る時は、初孫よ!!」



「だからしませんって!!」

「するか!!」



 顔を真っ赤に染め、ほぼ同時に叫ぶ。


 そして、これに呼応する形で兵士達の咆哮が里から届けられた。



『せ――のっ!! 新しい門出を祝ってぇええ!! ユウ――――!!!! 行ってこぉぉぉぉおおおおい!!!!』




 はは。

 すっげ。


 離れていても腹の奥にずんっと響く声量に思わず頷いてしまった。



「うっさい!! 寝れねぇだろうがぁ!!」



 此処は相手の気持ちを汲んで、静かに。そして有難く声援を受け取る場面なのですよ??

 ポケットから顔を覗かせ、此れでもかと眉を寄せている深紅の龍にそう言ってやりたい。

 しかし。

 悲しいかな、それは叶わない。



 口を開いた途端に顎へと狂気の一撃を見舞う虞がありますのでね。



「行って来るよ――――!! じゃあ、行こう!!」

「あぁ!! 道中、道案内宜しく!!」

「おぉうっ!!」



 彼女と手を合わせ、新しい道へと踏み出す第一歩に相応しい音を奏でる。

 背を打つ猛々しい鼓舞を歩く力に変え。

 生い茂る緑の中へ。

 八つの足が綺麗な音色を放ちつつ向かって行ったのだった。


如何でしたか??

次回からは新しい地での御話になります。

彼等が向かった先には一体何が待ち受けているのか……。次話も引き続き御覧頂ければ幸いです!!

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