第五十五話 鮮血と双狼 その二
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
それでは御覧下さい。
翡翠と金色。
二つの異なる色の瞳が微動だにせず俺達を捉え続けていた。
デイナを掴んだまま此方に体の正面を向けると……。
「……」
何と、此方に向かって勢い良く投擲するではありませんか!!
コイツ!!
何考えてんだよ!!
「くそっ!!」
意識を失ったまま、この速さで木の幹に直撃したら不味い!!
森と彼女の間に体を捻じ込み、猛烈な勢いで向って来るデイナを受け止めるものの。
「おわっ!!」
人、一人分の質量を持った物質が空を飛翔する鷹よりも速い速度で投擲されたのなら。そりゃあ馬鹿みたいな衝撃ですよね。
彼女を受け止める事には成功したのだが、二人仲良く森の中へと転がり続けてしまった。
「お――い!! 大丈夫か――!!」
「大丈夫!!」
ユウの声に反応し、ぐったりと体を弛緩させて横たわるデイナの容体を確認する。
「…………」
他のリザード達と同様。体の至る所に裂傷が目立ち、打撃痕も複数箇所に確認出来たものの。
胸が上下にゆっくり動いているし。うん、ちゃんと生きてる。
「此処で休んでて」
今から激しい戦闘が予想される。
あの空間の中で休ませるよりも、森の中の方が安全だろう。
彼女の安全を確保し、再び開いた空間へと舞い戻り。
中央付近で対峙し続けているマイとユウへ合流を果たす為に駆け出す。
「「……」」
「……」
互いが互いに固唾を飲み相手の出方を窺っている。
両者の視線が衝突すると周囲の空気が重苦しい質量を持ち、見ている者に対して息苦しさを発生させる。
マイ達は自他共に認める実力者。
その両者に対し。
堂々とした振る舞いと鋭い瞳で特に何をする訳でも無く傑物二人を品定めする様に見つめていた。
何か切っ掛けがあればどちらかが仕掛ける。
一触即発の雰囲気にただならぬ緊張感を覚え、合流を果たそうと足を速めた。
「すまん!! 遅れ……」
「ちょっと。さっきから黙ってないで何か言ったらどう??」
俺が言葉を放つと同時。
終始無言を貫く相手に痺れを切らしたマイが言葉を投げ掛けた刹那……。
「……っ!!!!」
深く腰を落とし、右足で大地を蹴ると。常軌を逸した速さでマイ達へと向かい突撃を開始した!!
「ぬぅっ!?」
「はっや!!」
判断が遅れたのか、それともあの馬鹿げた速さを予想していなかったのか。
女がマイとユウの顔面を掴むと堅牢な大地が微かに振動してしまう勢いで地面に叩き付け。
その衝撃によって大量の土埃が宙に舞ってしまった。
「マイ!! ユウ!!」
な、何て速さと威力だ。
たった一撃でコイツはマイ達と同じく、傑物の類だと体と頭が判断。
「……」
土埃の中から音も無く俺の前に現れた彼女に対して警戒心を強めた。
やっべぇ。
く、来るか??
無言で此方を凝視する彼女に向かい構えを取ると。
「くたばりやがれぇぇええ!!!! このクソ野郎がぁぁああ!!」
煌びやかな黄金の槍が土埃の中から暴言と共に出現した。
お嬢さん??
言葉が悪いですよ??
「っ!?」
背後から急襲するマイの攻撃を素早く察知し、体を捻りながら宙へと逃れる。
何気無く避けたけど、今の体捌きは素晴らしいよな。
空中で回転しながら槍の切っ先を躱すなんて、俺には無理だから。
「ちっ。完璧に捉えたの思ったのに……。ユウ――。騙し討ち、外れちゃった――」
「ん――。まぁ、そんな所だと思ったよ」
そして、何事も無かったかのように。
首を左右に傾け、筋を慣らしながら穏やかな歩みでユウが向って来た。
「あ、あはは。二人共呆れるくらい頑丈だな」
「これ位楽勝――よ。やい!! 女!! いい加減なんか喋れや!!!!」
ですから、もうちょっと口調に気を付けましょうか。
マイが槍の切っ先を女に向け、少々汚い台詞を放つ。
すると、女は卑しい笑みを浮かべ。獲物に襲い掛かる獣の様な四足歩行の形態を取った。
「何だ?? あれ??」
ユウが迎撃態勢を整えながら女の様子を訝し気な表情で見つめる。
「さぁ?? 尿意を我慢してんじゃない??」
「どんな我慢の仕方だよ。大体、あんな姿勢でぶちかます奴なんていない……」
ユウの刹那の隙を見付けた女が地面を激しく両足で蹴ると、彼女に向かい。指先に生えた鋭い爪で襲い掛かる。
「こっのぉ!! 同じ手は食らうかよ!!」
ユウが迎撃の為に突き出した拳を女がいとも容易く躱し、宙へと舞う。
そして、宙で一回転。
体の回転を利用し、右足の踵を無防備なユウの顔面へ。空気を切り裂く恐ろしい音と共に叩き込んだ。
不味い!!
あの角度は……!!
「…………。にしっ!! 残念!! そっちは地獄行きでした!!」
はい??
「どぉぉぉぉおおりゃぁぁああ!!」
「ぐっ!!」
ユウの背後からマイが女の更に上空へと飛び上がり。
『こうやって攻撃すんだよ!! アホんだらぁあ!!』
そう言わんばかりに先程女がユウに対して加えた攻撃方法で、女が咄嗟に構えた両腕の盾に向かって右足の踵を叩き込んだ!!
間一髪それを防御するが、龍の乾坤一擲の一撃は甘くは無い。
後方へと吹き飛び。地面へ強烈に叩きつけられ。先と同様に激しい土埃が舞った。
やられたらやり返す。
マイ達らしい攻撃ですね。
「やりぃ!!」
「さっすが!!」
二つの右手を派手に合わせ、心地の良い乾いた音が響く。
「相変わらず息が合っているな」
口頭で伝えていなくても、ユウはどうやってマイが攻撃を加えるか分かっていたみたいだし。
格好良かったぞ?? 二人共。
「ふふん。これくらい楽……ありゃま、奴さん全然堪えていないな」
ユウが快活な笑みを浮かべたのも束の間。
立ち込める土埃の中から、何事も無かった様に女が現れ。再びこちらを正面で捉えた。
頑丈な体だな。マイの一撃を食らって直ぐ立つなんて。
しかも、戦意を失う処か。闘志に火が付いたって表情を浮かべている。
俺達を鋭い視線で睨みつけていると、不意に口を開いた。
「……。貴様らは狩るに値する」
初めて上げる声は俺の想像よりも透き通った声で、それは此方の鼓膜の奥まではっきりと届いた。
「狩る?? 一体何の事だ??」
警戒を続けながら女に尋ねる。
「私の名は、リューヴ=グリュンダ。狩ると決めた者にしか名乗らない、誇り高き狼の一族だ」
狼……。
街で噂されていたのはこの人の遠吠えか??
「えっと。リューヴさん、出来る事なら戦う事を止めてくれないか?? 怪我人を治療したいんだ」
「弱き者に手を貸す必要など無い。弱き者は群れて徒党を組む。それでしか己を守る術が無い虫の様な存在だ」
森の中で横たわるデイナの方へと氷よりも冷たい視線と声を送る。
「弱き者を助け、そして導いて行く。それが強者の務めだと思わないのか??」
俺の意見に対し一瞬思考を巡らせたのか、視線を下に向けるが……。
直ぐに思い直してこちらへと視線を戻す。
「それは弱者からの視点だ。弱者は虐げられいつかは野垂れ死ぬ。そういう運命だ」
戦いに付いての討論会を繰り広げていても話は進まないし。
何より、この人が何を考えてアイツ等に危害を加えたのか要領を得ない。
一体、何が目的なんだ??
「君の目的は一体何だ??」
回り道をせず、単刀直入に問う。
「私の目的は……。強者を狩る事。それが私の存在意義だ」
狩る??
倒すって事かな??
「武者修行……。みたいなものか」
恐らくそういう事でしょう。
では、何故。強者を求めているのか尋ねようとしたのですが……。
「どうとでも捉えろ。貴様ら三人は狩るに値すると判断した。感謝するぞ、三人もの強者を相手にする事が出来るなんて!!!! すぅぅぅ……」
『ウォォォォォンッ!!!!』
大量の空気を肺に取り込むと、リューヴの口から狼の遠吠えが放たれた。
「「「うるさっ!!」」」
何て音量だよ……。
空気が大幅に揺れ動き、鼓膜が激しく振動して耳鳴りがする程だ。
「ああいう奴には一発ガツンと拳をぶち込んでやれば考えを改めるわよ」
「そうそう。世の中にはお前より強いやつがごまんといると分からせてやらないとなぁ!!」
「ははは!! いいぞ!! そうだ、私と戦え!!」
こうも血の気が多い三人が集まると話し合いも纏まりませんよ……。
仕方が無い。
抵抗力を奪い、その後に事情を聴くとしますか。
背から抗魔の弓を外し、照準を彼女に合わせて対峙した。
「さぁ……。狩りの時間だ!!」
来るか!?
弦を強く引き、朱の矢をリューヴに向けて放とうとしたその時。
「ちょっと!! リューだけずるい!!」
周囲に聞き覚えの無い声がこだました。
ん!? 誰の声だ??
慌てて周囲に視線を送るものの、俺達以外居ないし。
一体、今のは……。
「何だ、ルー。邪魔をするな」
「私はあの男の人と戦いたい!!」
「駄目だ。私が三人と戦う」
「ずるいずるいずるい!!」
「えぇい!! 仕方が無い!!」
どうやら聞き覚えの無い声はリューヴの体内から発せられているようだ。
声質はほぼ同じだが、一方は明るく。一方は冷静。
何だか、ちぐはぐな声だよな……。
多重人格か何かか??
もう一人の自分が心の中に存在し、その人格が何かをキッカケとして表に出て来ると賢い海竜さんに借りた本で読んだ事がある。
突如として現れた正反対な性格にその人物を知る人は、まるで人が変わった様だと口を揃えて驚くのですが……。
彼女はその性質を宿しているのでしょう。
等と、一人で納得していると。此方の考えは全く的を射ていない答えが目の前に現れた。
「すぅぅ――……。ふんっ!!」
リューヴの体から激しい閃光が放たれ、その光が止むと……。
何と……。
彼女が二人に増えているではありませんか!!!!
そう、完璧に二人に!!
「「「はぁぁぁ!?」」」
三人同時に驚嘆の声を上げてしまう。
そりゃそうだろう。
瓜二つの顔、体格、そして佇まい。双子とは生ぬるい、全く同じ体に別れたのだから。
「げぇ。何だあの魔法」
「二人も一人も変わらないわよ。両方ともぶちのめせば解決だって!!」
「「いやいや」」
俺とユウが同時にマイへ突っ込む。
そういう問題じゃない。瓜二つの体が現れた事が問題なのだ。
「ん――!! 久々にこの体になったよ」
窮屈な姿勢から解き離れた様な。
上半身をぐぅんと上に伸ばし、背の中央まで伸びた髪をフルっと揺らし。ふぅっと大きな息を吐く。
「全く。貴様は少し気を抜き過ぎだ」
「いいじゃん、別に。リューが厳し過ぎるんだよ。あ、初めまして!! ルーっていいます!!」
顔は全く同じだが性格と声色は正反対だな。
こちらの体、ルーと呼ばれる方は明るく飄々とした感じで。リューヴと呼ばれる体の彼女は己に厳しく冷静といった感じ。
ルーの髪は背の中央まで伸び、リューヴは肩に掛る程度の長さ。
リューヴの鋭くキッと尖らせた翡翠の瞳とは対照的に。優しく大きな丸い金色の瞳でこちらを見つめて声を出した。
「どうも……」
挨拶を頂いたのなら、挨拶を返す。
それが大人の処世術です。
「ねね!! お兄さん名前何て言うの??」
「俺?? レイド=ヘンリクセンだけど……」
「レイド……。いい名前だね!!」
「はぁ……」
今までの緊張感は何処へ。明るく振る舞う彼女の雰囲気に何だか肩の力が抜けてしまいますよ。
「何馬鹿正直に答えているのよ!!」
「馬鹿者!! もう少し緊張感を持て!!」
「名前を聞かれただけだろ?? 別にいいじゃないか」
「いいじゃん別に!! 挨拶は大事なんだよ!?」
互いに互いが同じやり取りを繰り広げていた。
只一点違う所は……。
「私に口ごたえすんな!!!!」
「いってぇ!!」
理不尽な暴力を受けた所位ですかね。
「何を甘い事を言っている。戦士足る者常に気を張り戦いに備えろ、そう教わっているではないか」
「もう……。五月蠅いなぁ」
ルーはそう言うと耳を塞ぎ、プイっと明後日方を向いてしまう。
「大体お前は少し緩み過ぎだ。狼の一族足る者、誇りを胸に抱き……」
「ほらまたそうやって説教臭いこと言う。そんな事だから何時まで経っても彼氏が出来ないんだよ??」
「な……っ。それとこれは関係ないだろうが!! 大体!! 貴様も出来た事がないだろう!!」
おっ。
初めて表情が崩れたな。
冷静沈着な表情に桜色がぽっと咲いてしまいましたからね。
「関係ありますぅ!! 今回は里の成人の儀式で私達が強者と認めた者を狩って来いって言われているけどさ。あれ多分花婿を連れて来いって意味も含まれているんじゃないかなぁ??」
「そんな訳あるか!! この成人の儀式は、由緒正しき物であって……」
「あ、でもお父さんはこの儀式でお母さんと知り合ったって言っていたよ??」
「それはそれ。今は私達の問題だ!!」
「あ、あの――……」
何だか猛烈に居たたまれなくなり、思わず声を上げてしまう。
「「今は取り込み中!!」」
左様で御座いますか……。
お好きに話し合いを続けて下さい。
会話の中から情報を掬い上げますので。
「第一だな、今回の儀式で私達は掟に従い行動している。それは絶対だ」
「掟ねぇ。厳し過ぎるのもどうかと思うんだ。ほら、時代に合わせて変える事も必要なんじゃない??」
「う……む。それはそうかもしれないが……」
ふぅむ。
どうやら彼女達は里から成人の儀式?? なるものに参加して此処に来たらしいな。
目ぼしい情報が早く出て来ないかと、首を長くして耳を傾けていたが。
「なぁ、あたし帰っていいか??」
いつまでも続く内輪もめに痺れを切らし。
ユウが気の抜けた顔で踵を返そうとしてしまった。
「駄目に決まってるじゃない。今動いてみなさい、あのリューヴって奴が血相変えて向かってくるわよ」
「そうは思わないけどなぁ」
此方としても、早いとこ話を付けてリザード達の治療に取り掛かりたいのだが……。
「兎に角!! あの女二人は私が相手をする!! いいな!!」
「はいはい。じゃあ私はレイドの相手ね??」
「そうだ。気を抜くなよ?? あの弓、嫌な感じがする」
「それは私も感じているよ」
狼の嗅覚か、それとも戦士の勘か。抗魔の弓を見ると一層警戒を強めた。
切り札を先に見せたら対処されてしまうし、先に放たなくて良かったのかも。
「しっかりと相手を務めろ」
「何それ?? 性的に襲っていいって事??」
「違う!! 戦士らしく戦えって事だ!!」
「分かってるよ。もう……。冗談が通じないんだから。レイド、お待たせ!! 私達はあっちで勝負しようか!!」
ルーが此方に向かい、明るい笑みに良く似合う手の振り方で手招きを開始した。
「分かった」
仕方が無い。ここは大人しく従いましょうか。
三対二の大混戦に縺れ込むよりも、一対一の戦いの方が慣れているし。
「気を抜くんじゃないわよ?? あの子、ああ見えてかなり強いから」
「分かっている。そっちこそ、気を付けろ」
「要らぬ心配よ。おら、去れ去れ」
足元に絡みつく子犬をあしらう様に手をシッシッと払い、早く行けと促す。
別に求める訳では無いですけど、もう少し真面な見送り方は無いのですか??
若干重たい気持ちのまま、軽快に奥へと駆けて行くルーの背を追い始めた。
最後まで御覧頂き有難うございます。
引き続き執筆活動、並びに編集作業を続けますので次の投稿まで今暫くお待ち下さい。




