第五十四話 王都への報告 その二
お疲れ様です。
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それでは御覧下さい。
いい加減見飽きた深い森の風景の中を進んでいると、此方が待ち望んでいた出口がずぅっと先に漸く見えて来た。
何処までも続くかと思われた森を抜ける。
安堵にも似た感情の吐息を漏らすと同時に口を開き、誰とも無しに素直な感想を述べた。
「やっと森を抜けるな」
「ふわぁぁ……。リザードの奴らを退治してからは何も無くて退屈だったし。随分と長く感じたね」
ユウが欠伸を噛み殺さず、見ていて心配になる角度で顎を開いた後。
瞳の端っこに大粒の涙を溜めた目で此方を窺う。
「でもさぁ、本当に日帰りで帰るの?? どうせだったら泊まって行こうよ」
左胸のポケットから龍の頭がにゅっと飛び出し、意見を放つ。
この森に入ってからずっと寒かったし。
茶の革の軍服を着込んでいるのですが……。貴女の為じゃないのですよ??
いつもそこに潜り込んで勝手気ままに昼寝をされるこっちの身を考えて欲しいものです。
「駄目だ。どうせ食い物目当てだろ?? 物資が不足していて、お前さんがたらふく食べられたら街の皆が困るだろう」
「失礼ね!! それくらい弁えるわよ!!」
どうだか。
怪しいものだ。
「町長を見付けて報告。そして伝令鳥を上官宛てに飛ばしたら直ぐに街を発つ。そして、各町で補給を済ませて王都に帰って任務完了。美味い物はそれまで我慢してくれ」
「仕方ないわね……。帰ったら美味しい物食べさせなさいよね??」
食べさせる以前に、お前さんは自分から食いに行くだろう。
「はいはい。分かりましたよ」
取り敢えずの肯定を横着な龍に送り、出口から差し込む光に誘われる様に深い森を抜けた。
森を抜けると、そこは辺り一帯を見下ろせる形になっており。この出口は平地からちょいと登った位置にあると窺い知れた。
空に浮かぶ太陽は所々に浮かぶ雲に遮られ、中途半端な笑みを俺達に送っている。
空から西へと視線を動かすと、遠く彼方に街の片鱗が朧げに視界に入って来た。
あそこがスノウかな??
「カエデ、あそこがスノウで合っているよな??」
「えぇ、間違いありません。今からですと……。帰りは夕方になりますね」
ウマ子を停止させ、膝元に広げた地図を確認して話す。
「よし。じゃあ俺が街に訪れている間、皆は離れた所で待機していてくれ。話は直ぐ終わると思うけど何かあったら念話を飛ばす様に」
「分かりましたわ。お帰りをお待ちしております」
右肩に乗っている黒き甲殻を身に纏った蜘蛛さんが話す。
その声色は少しだけ微睡を含んでいる様に聞こえてしまった。
「アオイ、寝てた??」
「少し……。こうも暇ですと、どうも眠気が襲って来まして」
口に生える二本の牙をわちゃわちゃと動かし、二本の前脚で器用に複眼を擦っている。
蜘蛛の欠伸、なのかな??
珍しい所作を見れて光栄なのですが……。
「そろそろ降りて。ウマ子と一緒に街へ行かなきゃいけないし」
「嫌ですわぁ……。此処はレイド様の香りを存分に嗅げる最適な場所なのですっ」
蜘蛛流の精一杯の抗議なのか、二本の前脚をグンッ!! と高く掲げた。
「いやいや。蜘蛛を乗っけたまま街に入ったら変人扱いされちゃうよ」
「んふふ、それはそれで構いませんわ。人の世界で住み辛くなったら私の里で共に過ごしましょう」
「楽しそうですけども。まだ自分にはやる事が山積されていますので、またの機会にお願いしますね――」
蜘蛛の胴体を掴み、えっと……。
「ふわぁ――。やっべ、欠伸が止まらねっ」
あぁ、ユウでいいや。
街道の脇に転がる岩に腰掛けている彼女へ向かい放ってあげた。
「あはぁぁんっ。夏の青空に愛の軌跡を描きますの――」
「何言ってんだよ。後、あたしの胸を緩衝材代わりに使うな」
「この御山は意外と張りもあって、着地し易いのですわよ??」
へぇ……。
張り、ね。
「おい、それ以上凝視したら顎が三つに割れんぞ??」
「さ、さてと!! 向かいましょうかね!!」
左胸から肝が冷える言葉を受けると同時、御者席に着いて手綱を取る。
「さぁ!! ウマ子!! もう少しで到着だからなぁ!!」
『情けない奴め……』
ウマ子の呆れた嘶き声を受け、整理が施されていない悪路を進む。
邪な妄想を払うように頬を叩き、気を引き締め。目的地であるスノウへと向かって行った。
◇
マイ達と別れ、ウマ子に力強く引かれた荷馬車に跨り街へと向かう。
車輪が小石を食むと振動が直に伝わり、臀部へ予期せぬ痛みを発生させる。
もう少し整備して欲しいよな……。この悪路。
元々田舎なのだから最低限の道を確保出来れば良いと考えているのでしょうが、それでも使用する人は少なからず存在する。
公共投資を増額し、今こそ地方に活力を!!
何を一市民が喚ているのだ。そう捉えられようとも、地方を疎かにしてはいけませんからね。
まっ、政治関係はさておき。
自分に課せられた任務を全うしましょう。それこそがこの国の為になるのだから。
御者席に跨り手綱を操り進み続けていると、街の入り口付近に居た一人の男性がこちらに気付き随分と速い駆け足で駆け寄って来た。
そんなに急いで走ったら転んじゃいますよ??
「お、おい!! あんたあの道を抜けて来たのか?!」
彼が大きく目を開いて此方を見上げる。他所からこの街へとやって来るのは珍しいのだろう。
それもそうか。
野盗が出没する道に態々来る物好きもいまい。
「えぇ。軍の任務で野盗の調査に参りました」
「そ、それで野盗の連中はどうなった??」
う――ん、どうしよう。
手柄を奪う訳では無いが撃退したのはマイ達だし……。
「一応、撃退に成功しました。けれど警戒は怠らないで下さい」
皆さん、ごめんなさい。
話の都合上、手柄を奪わさせて頂きました。
「良かった!! いや助かったよ!! これで道が確保出来た訳だ!!」
男性がぐっと拳を握り喜びを体で表した後、俺の手を取り力強く握ってくれる。
大の大人がこれだけ大袈裟に喜びを表現するのだ、余程切羽詰まった状況だったんだな。
「あの、町長に報告をしたいのですがどこに居るのか分かりますか?? 後、首都へ向かって伝令鳥を飛ばしたいのですが……」
「案内するよ!! こっちだ!!」
「分かりました。ウマ子、此処で待っていてくれ」
『あぁ、分かった』
ウマ子を入り口付近に停めると、男に誘導されるがまま街へと入った。
街道が街を横断する形で入り口の先に続いている。
その両脇に家々が建ち並び、いつもなら客を引いている店等があるのだろうが……。今はどこも閑古鳥が鳴いているようで扉を固く閉ざしていた。
良かった。
この状況下で龍を連れてきたら文句しか言わなかっただろう。
『何も無いじゃない!! シケてる街ねっ!!』
そうそう。
顔を顰めて何の遠慮も無しに叫ぶんだよね。
恐ろしい顔を想像しつつ、何とも言えない感情のまま暫く道なりに歩いていると一軒の家の前で男が歩みを止めた。
「ここが町長の家だよ。伝令鳥に書く紙を持って来るからその間に報告を済ませておいて」
「分かりました。宜しくお願いします」
此方が頭を下げると男は歩いて来た道のりを戻って行く、その足取りは枷を外されたかの如く。少しだけ軽そうに見えた。
「すいません!! パルチザンの者ですが!!」
草臥れた木製の扉を数度叩き、家の奥まで届く声量を上げる。
「――――。どうしました??」
暫く玄関先で待機を続けていると、扉と同じく草臥れた表情の白髪の老人が扉を開けこちらを迎えた。
「初めまして。パルチザン独立遊軍補給部隊のレイド=ヘンリクセンと申します。この度、任務で野盗の調査に参りました」
所属部隊、並びに氏名を伝えると。町長さんの顔に光が灯った。
「あぁ!! 君がそうなのか!! いや、首都から手紙が届いてね。近い内にレイドって男がそちらへ向かうかもしれないと言伝を受けていたんだ」
「それは誰からですか??」
まぁ、恐らく。
大切な書類をぽぉんっと放ってしまう直属の上官でしょうけどね。
「えっと……。レフって人からだったような……」
ほら、当たった。
「自分の上官です。それで一応、野盗の撃退に成功しましたので報告に参りました」
「本当かい!? いやぁ……。助かったよ……。野盗が出没した所為で物資の到着が滞って。にっちもさっちもいかなくて途方に暮れていたんだ……」
「恐縮です。では、失礼致しますね」
町長さんから踵を返して、街の入り口へと向かおうとするが。
彼が小さな声で此方を呼び止めてしまった。
「もう行くのかい??」
「えぇ。次の任務も控えていますので」
「大変だねぇ。ちょっとそこで待ってて」
何だろう?? 何か渡す物があるのかな??
老人が家の中へ、外見からは想像出来ない速さで戻って行ってしまった。
ふぅ、ちょっと休憩っと……。
家の玄関前で姿勢を崩し、何とも無しに街の通りへと視線を送る。
通りを歩く人は皆俯き、どこか疲れている表情をしているな。
補給路は確保された訳だし。これでこの街に再び活気が戻れば良いのだが……。
草臥れた街の様子を眺めていると、後方から扉が開く音が放たれ。その音に従い振り返った。
「――――。お待たせ、少ないけどこれを持って行きなさい」
町長さんがクシャクシャな折り目が目立つ紙袋をこちらに渡してくれる。
「これは??」
「パンだよ。歩いて来て腹も減っているだろう。それでも食べて元気を付けなさい」
「受け取れませんよ!! 次の物資が届くまでまだ時間がありますし!!」
人様の物を頂く訳にはいきません!!
彼等は腹を空かせて物資の到着を待ち望んでいるのだから。
「人の好意は素直に受け取るんだ。それに次の物資が届くまでそう日にちも掛からない。それくらい我慢出来るさ」
「……。分かりました。有難く受け取ります」
町長さんから紙袋を受け取ると、それは外見よりもやけに重たく感じた。
彼の想いが籠められているんだ、重く感じる筈だよ。
「最近狼の遠吠えが頻繁に聞こえるんだ。道中気を付けるんだよ」
狼……。
そう言えば報告にもあったな。
野盗の一件ですっかり忘れていた。
「狼ですか??」
「ここからずっと西。人も寄り付かない所に狼が縄張りにしていると言われている森があるんだ。恐らくそこからはぐれた狼がこの近辺に潜んでいるんだろう。何、火を絶やさなければ襲っては来ない」
食料よりもウマ子が心配だ。
幾ら頑丈だとはいえ、狼に襲われては無事では済まないだろうからね。
「分かりました。気を付けて行動します」
「うん。それじゃ気を付けて」
「はい!! ありがとうございました!!」
町長に一礼を放ち、街の通りを進んで行くと。
「お――い!! これこれ!!」
正面から先程の男が一枚の紙を持ちこちらへ駆けて来た。
「態々すいません」
彼から礼を述べて紙を受け取り。
「荷馬車で記載しますので申し訳ありませんが付いて来て貰えますか??」
その足でウマ子が待つ入口へと向かった。
「勿論。あんた兵隊さんなのに随分と物腰が柔らかいんだねぇ」
「良くそう言われますよ」
うぅむ……。
どうやら軍属の者に対する印象は余り宜しく無いようですね。
市井の方々から見れば無頼漢にでも映るのだろうか??
軍人の印象を変える為、今こそ行動に移るべきであろう。そうすれば、入隊希望者も増え。安全安心な暮らしを過ごせる平和な国を……。
「そう言えば、狼を見なかったかい??」
朧に模る改革案を頭の中で構築していると、彼が少しだけ心配そうな顔色で尋ねて来た。
「狼ですか?? いえ、遠吠えも。姿形も見かけませんでしたよ??」
また狼の話題、か。
野盗に狼。
この街も災難だな……。平和に暮らしたいだけなのに、問題が次々と襲い掛かって来て。
「そっか、そりゃ良かった。ここ数日間、遠吠えは聞こえていないけど。その前は夜な夜な聞こえて来たからさ。馬や食料を狙ってくるかもしれないから、街の皆で警戒を続けているんだよ」
「かも??」
「実害は無いんだ。被害を未然に防ぐ形で警戒についている感じかな??」
実害は無いのか。
それなら駆除には至るまい。
狼の話、特産品の話等々。ほぼ雑談に興じながら歩みを進めていると入り口に戻って来た。
受け取った紙を荷台に乗せ、レフ准尉宛に任務の内容を纏めて行く。
えっと。
『襲撃犯である野盗は三名。恐ろしい姿の魔物であり、これを辛くも撃退。補給路の安全は確保されました。引き続き警戒を続けながら王都へと帰還致します。任務の詳細は帰還次第、追って説明致します』
こんな感じで良いだろう。
人数を敢えて少なく報告するのは、俺が一人で六体もの魔物を撃退出来てしまうのは不自然ですからね。
後でカエデと退治した方法と、どうやって軍部に魔物の姿を伝えるべきか。
その他諸々を相談しておこう。
「これを王都の軍部宛てに送って下さい」
紙をキチンと四つ折りにして、男性に手渡した。
「分かった!! もう行くのかい??」
「えぇ。まだ任務がありますので……」
御者席に乗り込み、手綱を引く。
「そっか。今度来た時、俺の料理店に来てくれ!! 贔屓にさせてもらうよ!!」
「ありがとうございます!! では、失礼しますね!!」
満面の笑みで手を振る彼に対し一礼を送ると、スノウを後にした。
良い人達だったな。
あぁいう笑顔を見ると、頑張った甲斐があるなって感じるよ。
さて!! これ以上アイツを待たせてはいけない。食料を根こそぎ食われたら困りますからね。
夕日を背に受け。ウマ子の足を速めると、腹ペコで横着で狂暴な者が待つ集合地点へと向かった。
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