第五十二話 海老で愚者を釣りましょう その一
お疲れ様です!!
本日の投稿になります!!
御盆ですので、特別に速い時間での投稿になりました!!
それでは御覧下さい。
背の高い木々、そして西に聳え立つ山々が陽射しを遮り。もう間も無く夕方に差し掛かるってのに夜のそれと変わらぬ暗さが静かに広がる。
闇に抗うべく街道の脇に篝火を設置し、鋭い目付きを浮かべて森の奥の闇に視線を送り続けていた。
此処で調査を開始し、今日で二日目。
正確には間も無く二日目が終了する時間帯に差し掛かる訳なのですが……。
これといった進捗も無く。只々無駄に時間が過ぎて行く。
だけど、この哨戒任務は決して無駄という訳では無く??
「お、お疲れ様で――すっ!!!!」
北から南へ。
荷馬車が出す速さでは無いですよ?? と。思わず突っ込みたくなる速さで駆けて行く騎手さんに労いの声を送って頂けた。
きっと数日前にスノウを目指して森を通過した商人さんだな。
この一帯が危険な事を知っているのか。
此方に一瞬だけ目配せをすると、勢いそのままに駆けて行ってしまった。
「気を付けてお帰り下さいね――!!」
「有難うございま――――すっ!!」
飛ばし過ぎて車輪が壊れなきゃいいけど……。
彼を見送り、再び森の奥へと視線を送るが、暗過ぎて森の奥の様子が不明瞭であった。
そろそろ夜間の警備に切り替えますか。
「ウマ子。奥に行くけど、異変があったら直ぐに逃げろよ??」
街道沿いに荷馬車と共に待機を続けている彼女の体へ優しく手を添えて話す。
『あぁ、分かった』
小さな嘶き声を受け、南から北へ向かって左側。
つまり西の森の奥へと移動を開始した。
今回の作戦はこうだ。
力を抑えているとはいえ、微弱な魔力を感知されては不味いと考え。ウマ子、並びに物資を街道沿いに待機させ。俺達は少し離れた位置で野盗ががら空きの物資を強奪しに来るのを待ち続ける。
海老で鯛を釣る、じゃあないけども。良く考えてあるなぁとカエデの案に感心したのは事実。
しかし……。
「少し入り過ぎじゃないか??」
賢いウマ子の事だから異変を察知したら直ぐに知らせてくれるとは思いますけども。
飼い主の心情としてはもう少し近くで待機していたかったのが本音ですよ。
街道の地面と比べ、森の中の柔らかい土を踏み続け。
「ぎゃはは!! ユウ!! その顔止めて――!!」
此方の心の空模様とは正反対の声色が放たれている夜営地へと到着した。
「よっ!! レイド、お疲れ――!!」
「お疲れ様ですわ、レイド様っ」
「うん。お疲れ」
此方の姿を見付けると同時。
右肩にぴょんっと飛び乗って来た蜘蛛さんにそう話す。
「異常はありませんでしたか??」
倒木に背を預け、先の本屋さんで購入した本を読み続けるカエデが言う。
「異常無し。さっき北から商人さんが物凄い勢いで街道を駆け抜けて行ったよ」
「この森が危険であると知っているのでしょうね」
「そうだろうね。――――。所、で。俺の御飯は何処かしら??」
数時間前。
早めの夕食を作り、自分の分は皆と離れた位置に置いて哨戒任務に向かったのですが……。
お皿の上にあった筈のこんがり焼いたパンは綺麗見事に消失していた。
「へ?? あれって、私の為に作ってくれたんじゃないの??」
地面に毛布を敷き、随分と寛いだ姿勢でお馬鹿さんが話す。
「そんな訳無いだろ。はぁ――。まぁいいや。夕食は抜こうかな」
実の所、この森に入ってから緊張しているのか食欲が余り湧かないのです。
今日も幼き子供が満足する量しか口にしていないし……。
火にくべてあるやかんを手に取り、白湯をコップに満たす。
「ふぅふぅ――……」
白湯の熱さに注意し、慎重に口に含んであげると若干強張っていた肩の力がすっと抜ける。
うん、美味い。
「温めた水を飲んでも美味くないでしょ」
「白湯は体に良いんだぞ?? それより、夜間の歩哨の任の順番はどうする??」
東は餌が撒いてあるので放置。
しかし、そこ以外はそうはいかない。
二人を残し、他の三名はそれぞれの方角へと向かって歩哨の任を続け。時間を見計らい交代をする。
因みに、これもカエデさんの提案です。
「私が南を担当、アオイは北、レイドは西を担当して下さい」
さて、仕事を再開しましょうか。
そう言わんばかりに本を閉じ、静かに立ち上がってぐぅんと背を伸ばした。
「了解。俺は夜通しで哨戒を続けるから、二人はカエデ達と交代してやってくれ」
元より、俺が単独で受け持つ任務でしたからね。
一番疲れる仕事を受け持つべきなのです。
「あんた、昨日も徹夜だったじゃん」
「それが仕事なの。よし!! 早速行動を開始しよう!!」
抗魔の弓を背負い、腰には短剣を携える。
いつもと変わらない装備が逆に安心を与えてくれた。
「レイド様ぁ。私と共に熱い夜を過ごしましょうよぉ――……」
「任務を優先しますので、それはまたの機会に」
チクチクした毛が生え揃う胴体をムンずっと掴み。
「では、行って来ます」
北へと向かい始めたカエデの背に向けて放ってやった。
「あ――れ――。美しい愛の放物線ですわぁ――」
彼女の白いローブに八つの足をバッ!! と広げて満点の着地を決める。
うん、素晴らしい身のこなしですね。
「アオイ、ふざけていないで移動して下さい」
バッサバッサとローブを揺れ動かすも。
「焦らなくとも構いませんわ。私と貴女が居れば容易く敵を察知出来ますので……」
激しく揺れ動くローブに張り付く蜘蛛は決して外れる事は無かった。
「よし。じゃあ行って来るよ」
その姿を見届け、更に西へと移動を開始。
「レイド様!! 夜は冷えますので気を付けて下さいまし――!!!!」
「うん、有難う!!」
二本の前脚を器用に動かし、左右にブンブンと振ってくれたアオイにさっと右手を上げて進み始めた。
――――――――――。
「この辺りでいいか」
誰とも無しに声を上げ、森の中に現れた少し開けた空間に寂しそうに横たわる倒木に腰を下ろす。
夜の森はアオイの言っていた通り少しばかり冷えるな、上着を着て正解ですね。
静寂が周囲を包み、木々の枝が柔らかい風に揺られ心地良い音を奏でそれに呼応するかの様に遠くから梟の歌声が鼓膜に届く。
「お――。星が綺麗だ」
木々の合間から覗く満点の星空を見上げると自然に声が出てしまった。
それはまるで宝石を散りばめたようであり光の瞬きが何とも言えない美しさを放っている。
随分と昔、孤児院の皆で赴いた土地の夜空もこんな感じだった。
夜、一人でこっそり抜け出して森の中で見上げていたっけ。そしてオルテ先生に見つかって酷く怒られたな。
力強い平手で頭を打たれ、目玉から星が飛び出てしまった思い出が不意に蘇って来る。
あれは本当に痛かったよ……。子供に与える威力じゃないって……。
最近は任務や訓練の事で頭が一杯だった所為か、こうしてゆっくりと空を見上げる時間も無かった。
息をゆっくりと吸い肺に新鮮な空気を取り込み、肩の力を抜きながら吐き出す。そうすると自分も自然の一部になり、周囲に溶け込むような感覚になる。
俺は上手く任務をこなせているのかな?? 誰かの役に立っているのだろうか??
暗い闇の中、煌びやかに輝く星を見つめていると弱気な自分が顔を覗かせた。
魔物と人間、そして魔女と醜い豚共。
それぞれの勢力が独自の考えを持ち行動に至っている。そんな中、俺は……。どうするべきだ??
勿論、魔女を殲滅し人間達の平穏を取り戻すのが最優先だ。その為に今もこうして任務に就いている。
しかし、問題はその後だ。
マイ達魔物はどうなる?? 魔物達は人間に比べ少数。自然淘汰では無いがイル教の思想の手前、迫害を受けるのでは無いだろうか。
そして……。人だけがこの星に生き残る。
そう考えると俺の心の中にドス黒い塊が現れ波紋状に広がって行ってしまう。
そんな事は絶対させない、彼女達もこの星に生きる生命。それを淘汰して得る平穏なぞ紛い物だ。
一度、シエル皇聖に本心を聞いてみた方が良いかな??
包み隠さず話したら理解をしてくれるだろうか?? もし、こちらの思いを拒絶されたら??
恐らくこのまま任務に戻る事は叶わないだろう。
けど彼女達の存在を認めて欲しい、そして手を取り合い語弊無く分かり合えるようになれば互いに素晴らしい人生を送る事が出来るのではないだろうか??
今は互いの間に高い壁が聳え立ち、互いが互いを恐れそれが分かり合う事を阻害している。
言葉の問題、種族の問題。
そして……。畏怖。
これを取り払わない限りこの星に真の平和は訪れないであろう。俺はその為にはどんな努力を惜しまない。
例え、この体が傷を負い立ち上がれなくなってもそれは平和の為なら必要な犠牲なのさ。
「はぁ……」
まるで自分の憤りを吐き出すかの様に大きな溜息を吐く。
どれから手を付ければ良いのか迷う程に、やる事が山積みだ。
様々な考えが頭の中を巡る中、淡い星の光を見つめていると。
『よっ、御苦労――さん。そろそろ眠るか??』
睡魔さんが優しく肩を叩き始めてしまった。
此処迄の移動、哨戒任務、気負い。
様々な疲労と心労が積もり、俺が考えている以上に体は休息を欲しているのかも。
このまま眠ったらどれだけ楽だろうか??
そんな甘い考えが頭の中に広がって行きますが今現在は任務中。
それに、俺が眠っている間にここへ野盗が現れたらどうする?? 物資に釣られて東に出現したら??
そういった考えが俺の意識をかろうじで繋ぎ留めていた。
…………。
どれだけ時間が経ったであろう。
深夜の心地良い静寂の中。
微睡を体全身で受けつつ、腕をしかと組み倒木の上でそれを楽しんでいたようだ。
そう、静寂を打ち破る恐ろしい声が現れるまでは。
「起きなさい!!!!」
「ギャッ!!」
突然鳴り響いた声に思わず飛び上がってしまう。
「あはは!! 何て顔してるのよ!!」
大絶叫に驚き振り返るとそこにはマイが腹を抱え、深夜に相応しくない明るい笑みを浮かべていた。
「勘弁してくれよ。心臓から口が飛び出すかと思ったぞ」
「は?? それを言うなら口からでしょ??」
ん?? 今そう言ったつもりだが……。
いかん、寝起きなのか。頭が回らない。
「言わなかったか?? と、言いますか。交代はカエデとだろ??」
コイツがアオイの所に行くわけは無いし。
「ん――。交代までちょっと時間があるからその暇潰し」
暇潰しと称して、俺の様子を見に来たのだろう。
それは大正解だったね。あのままだったら完全に眠りこけていたし……。
「よっと!!」
体一つ分離れた位置の倒木の上に腰掛け、ふっと視線を上げた。
「ん――。もうちょっと綺麗だったら見惚れるんだけども。でも、まぁまぁな夜空ね」
これだけ綺麗な夜空がまぁまぁ、か。
「マイの故郷。ガイノス大陸の夜空はそんなに綺麗なの??」
眠気覚ましでは無いけども、雑談に興じますか。
「勿論よ!! もう凄いの何の。手を伸ばせば夜空に浮かぶ宝石達に手が届きそうで……」
故郷の空を思い出す様に目を瞑る。
手が届きそうな宝石、ね。是非とも拝見したいものさ。
「いつか行ってみたいな。マイの故郷へ」
世の中が平和になり、時間を持て余す位に暇になったらお邪魔するのもいいかもしれない。
それと!!
是非ともご両親に一言挨拶を送りたいのです!!
あなた達の娘さん。とんでもない量の御飯を食べてしまうのですよ!? と。
「へ??」
唐突な答えと感じ取ったのか、少しだけ声が上擦る。
「マイのご両親にちゃんとした挨拶もしなきゃいけないしさ」
そう。
御飯だけじゃなくて、要らぬ暴力も受けていますので。
是非とも再教育の程を宜しくお願いします!!!! と御両親に懇願する為です。
「あ、あ、挨拶!?」
さっきから何だよ。慌てふためいて。
「マイに命を助けて貰ったお礼を言いたいんだ」
勿論、これは二の次ですよ??
先ずは生活態度を鑑みて頂く事を、御両親に伝えるのが最優先です!!
「あ……。そっち」
「そっちって何だよ」
「何にも!!」
そのまま顔をプイっと背けてしまった。
「変な奴。ガイノス大陸ってどんな食べ物があるんだ??」
ところ変われば食べる物も変わる。
ふと湧いた疑問を問うてみる。
「山菜、木の実、動物。この大陸には無い珍しい食料がわんさかあるわね。幼い頃は食材を探しに森へと良く遊びに行ったもんよ」
まだ見ぬ食材か。
腹ペコ龍と行動を共にしている所為か、自然や文化等を聞く前にそちらの方へ考えが傾いてしまう。
悪影響、なのかな??
「あ、でもお前。料理出来ないじゃん」
「それには海よりも深ぁぁい理由があるの」
腕を組み、しみじみと語り出す。
「昔、私が台所に立った時の事なんだけどさ」
結果は言わずとも伺い知れてしまう。
多分、大失敗して食材を台無しにしてしまったのだろう。
「私は普通に料理をしていたつもりなんだけど、どういう訳か台所が火の海になってしまったのよ」
「火の海??」
「そう。何もかもが灰へと還って行ったわ。あの時は怒られたなぁ」
「何をしたらそうなるんだ……」
此方の予想の遥か上を行く答えに呆れた声色になってしまいましたよ。
「火の使い方かしらね?? 外だと火加減は出来るんだけど室内だとどうもねぇ。それ以来、姉と母からは台所へは勝手に入るなって。拒否される事になったのよ」
――――――――。
うん??
「ちょっと待った、お姉さんがいるの??」
「そうよ。言ってなかったっけ??」
「いやいやいやいや。初耳だよ」
恐ろしい龍の姉……。
マイよりも沢山食べて、傍若無人で……。想像すると背筋に嫌な汗が浮かびそうなのでこれ以上は想像しません。
「姉には頭が上がらないわ。賢くて、綺麗で……。私と違って何でも出来ちゃう。私よりも龍っぽいわね」
龍っぽいって何だろう。
それは話が長くなりそうなので、聞かないでおくことにした。
「私も、姉みたいになりたい。そんな事を一時期考えていた事もあったくらいよ」
「マイはマイだろ??」
「え??」
「食いしん坊で我儘で自分勝手。食費の事を考えず朝から晩まで食べてばかり」
そして所かまわず暴力を振る舞う。
うん。
俺が思い描いたままの姿ですね。
「人の姿だからって噛まないって訳じゃないわよ??」
あ――んっと口を開き、恐ろしい咬筋力をちらつかせる。
「あはは、冗談だって。本当は、仲間思いで友人を大事にする。口には出していないけどアオイも大切に思っているんだろ??」
「あぁ?? う――っ?? え――…………。お、おぉっ……??」
眉を顰め、首を傾げ、腕を組んで唸った後。
何とも言えない答えを捻り出した。
「それだよ。その優しい心は誰もが持っている訳じゃない。皆に必要とされる力だからな」
「あっそ………………。あんたは、私が必要なの??」
暫く時間を空け、こちらに尋ねて来た。
その顔は先程までの自然体と違い、少しだけ緊張している様に見えた。
「あぁ。マイがいないと寂しいぞ」
「へ?? さ、寂しい??」
予想外の答えだったのか、赤き瞳をぎょっと開いて狼狽えてしまった。
どんな答えが来ると思っていたんだよ。
「食事の時間になると真っ先にはしゃいで、誰よりも良く笑い、良く寝る」
「私は子供か!!」
うるさ!!
深夜なんだからもう少し静かにしなさい。
「そこまで言ってないよ。ただ、場が明るくなるのはいい事だ。そういった意味でマイがいないと寂しく感じるのかな」
「何だ、そういう意味か……」
ふんっと鼻息を荒げた後、何やら小声で呟く。
「何か言った??」
「別に!!!! それよりあんたの小さい頃の話聞かせてよ!!」
「構わないけど……。予想より面白くないぞ??」
「それは分かっているわよ。私も色々話すからそれで相殺よ」
酷い言われようだ。
それから俺達は互いの事を、時間を気にする事無く語り合った。
幼少期の頃にどういった遊びをしたか。思い出に残った出来事。まるで自分の宝物を自慢するかのように言葉に表していた。
「森でさ、でかい動物に襲われて命辛々に逃げて来たのよ」
「へえ。良く生きていたな」
「私の生存術を甘く見ない事ね」
「俺が黙って授業をさぼりどこかへ行くと、オルテ先生の鉄拳が良く飛んで来たもんだ」
「あの先生、優しそうに見えて意外と厳しいのね」
「私が食べた木の実を姉さんが食べたら……」
「どうなったんだ??」
「お腹を壊して三日三晩熱が引かなかったのよ」
「お前は一体どんな胃袋してんだよ」
「母の部屋に忍び込んで。姉さんと一緒に母さんの服を勝手に着て遊んでいたら……」
「いたら??」
「この世の物とは思えない形相で叱られたわ」
「お前が言うくらいだ。相当なものだったんだな」
「一時期、石をどこまで飛ばせるかっていう遊びが流行ったんだ」
「危ないわねぇ」
「子供ってのは何でも遊びに変える天才だからな。それで俺が投げた石が通りの向かいの窓に直撃してな。先生に朝まで尻を叩かれたよ」
「朝まで!? 痛そう」
任務中なのを忘れてしまう程に楽しい会話は夜が更に更ける迄続けられた。
森の中で大変長い瞬きを続ける梟さんが。
『お前達、一体今何時だと思っているんだ??』
ぎょろっとした黒き瞳で睨まれても会話は途切れる事は無く、彼をその場から強制的に移動させるまで交わされていた。
最後まで御覧頂き、有難う御座います。
後半は現在執筆、そして編集中ですので今暫くお待ち下さい。