第五十一話 用意周到にて到着 その二
お待たせしました!!
後半部分の投稿になります。
ごゆるりと御覧下さい。
通りの人の往来は疎らで数える程度、この街へと訪れた客を呼び込み利益を得ようとする店主達の威勢の良い声が行き交う。
品定めをしながら歩くと、どこも良心的な値段で俺のか弱き心を惑わしてしまう。
街に入って直ぐ見付けたお店も良いけど。
さっきの店も安かったな……。
ん――。
実に迷う……。
優柔不断な己の心に狼狽し、強き決断力を養う訓練は無いものか。
そんな下らない事を考えていると、一件の店に目が留まった。
随分と古ぼけた木造建築物の店構え。
お店の前には丁度良い塩梅で経年劣化した木製の看板が立て掛けてあり、その看板の文字には、
『本屋』
と、簡素な文字であのお店がどんな店かと大変分かり易い文字でよそ者へと示していた。
そして……。
大好物を目の前に差し出された海竜様は。
「…………」
これから補給作業があるので己の使命を果たさなければならない。
しかし。
大好きな物があの古ぼけた建物の中にある。
右隣りを歩く彼女は何度も後方へと振り返っては前を向き、卑しい気持ちを捨て去る為。
横一文字に口をぎゅむっと閉じ、フルフルと首を横に振るものの……。
「……っ」
我慢が出来ないのか、遂には歩みを遅らせてしまいましたね??
何と分かり易い優柔不断振り。
女心を理解出来ない男の一人ですが、これは簡単に理解出来ます。
その答えは、ずばり。
「カエデ、見て来ていいよ」
そう。
賢くて可愛い海竜さんはあの本屋に後ろ髪を引かれているのです。
引かれる、じゃあないな。
強力な力で引っ張られているとでも言いましょうかね。
『だ、大丈夫です』
台詞を噛んじゃいましたね??
よっぽど気になるのだろう。
『私とレイド様で補給の品は買い揃えておきますので、足を運んでも構いませんわよ??』
『でも……』
アオイが彼女の気持ちを汲んで了承するものの、まだ決断出来ていない様だ。
あと一押し。
小さな背中をトンっと押してあげましょうかね。
「たまには甘えてくれ。但し、ちゃんと時間に……」
『分かった。行ってきます』
決断はっや!!!! そして、足もはっや!!!!
最後まで言い終えていませんよ!?
本人は努めて速足程度に抑えているのだろうけど、傍から見たら普通に走っているのと然程変わらない速度でお店の中へと突入してしまった。
突然、可愛い子が鼻息を荒げて入店して来たら店主さんは驚かないだろうか??
それだけが心配ですよ。
「あの子もまだまだ子供ですわね」
「カエデにはいつも頼ってばかりだからね。たまには自由に行動してもらった方が良いよ」
「そうですわね……」
普段の海竜さんからは想像出来ない素早い行動を見送ると再び歩み始めた。
しかし、移動を開始したものの……。
「どこも同じような値段だな」
「えぇ。これといって品質に差がある訳ではありませんわね」
一軒の店舗の前で立ち止まり品を手に取るが。
アオイの話した通り品質、値段に差は見受けられなかった。
「いらっしゃい!! どうだい?? うちの商品は!!」
愛想の良い笑みで店主が接客を始める。
店先に並べてある一本の人参を手に取り、状態を確認。
ふむ……。
程よく太って鮮やかな色が目に嬉しい。
「良い品ですね」
食料と日常品、どちらも悪くは無い。ここに決めようかな。
これ以上アレコレ移動していたら日が暮れちまうし。
「綺麗なお嬢さん、この人の彼氏かい!?」
店主さんの的を大きく外した質問に対し。
『まぁ!! やっぱりそのように見えまして??』
あたかも的を射た様な表情を浮かべ、此方の右腕に甘く体を絡めてしまった。
「お兄さん達の熱さに免じておまけしちゃうよ!! どうだい??」
「分かりました。では……」
調査に対し必要な五人分の食料を彼に伝えて行く。
勿論、横着な体付きの彼女から適切な距離を確保した後にです。
「そんなに必要なのかい??」
一人で数名分飯を食らってしまう御方が居ますからね。
それを加味した最低限の量がそれなのです。
「北の大森林に向かっているので、森を抜けるのに必要な量がそれなのです」
「ええ!? 悪い事は言わない、今はやめときなよ。先日、ここから出発した一団が野盗に襲われてね?? 根こそぎ物資を奪われちまったって話だ」
その調査に向かっているんですよ。
とは言えず。
「冗談ですよ。西に向かっています」
流石に軍の任務を市井の方に漏らす事は出来ませんのでね。
適当な嘘で誤魔化しておいた。
「そうかい、それは良かった。何でも、巨大な化け物に襲われて……。しかも狼の声も聞こえて来たって噂だ。危ない所には力寄らないのが賢明さ」
「その化け物ってのはどんなのか聞いた事あります??」
「う――ん。確か……、太い腕に鋭い鉈、そしてぎらりと光る瞳。凡そ人間とは思えない姿って聞いたな」
人間とは思えない、か。
それは魔物で間違いないのか??
本部で見た報告書と類似した外見、そして襲われた人達の噂話。信憑性に欠ける事は無さそうだけども……。
しかし、言伝では確証を得られない。
調査を行い確実に、この目に刻む事が必要だな。
「商品はどうするんだい??」
「荷馬車に乗せます」
「あいよ!! じゃあおまけして値段はこれくらいかな……」
手元の紙に提示額を記す。
うん、良い値段だ。吹っ掛けられるかと思っていたがここの住人は皆良心的だな。
「毎度あり!! じゃあ商品を運ぶよ!!」
代金を支払うと店主は嬉しい汗を浮かべながら荷物を重ねて行く。
久々に商品が沢山売れて嬉しいのでしょう。田舎の街では珍しい物資の量ですからね。
化け物か……。
果たして俺達だけで対処出来る物だろうか?? 相手が大群で、しかもマイ達以上の実力者なら??
それに狼の問題もある。これは相当慎重に行動しないと……。
「お兄さん!! どこに運べばいいんだい??」
「あ、こっちです」
ぼうっと考え事をしていると店主に声を掛けられふと我に返り、ウマ子が待つ厩舎へと案内を開始した。
果たして森の中では何が待ち構えているのか。
小さな不安が心の隅に残り、それが徐々に積もって大きくなっていく。
それはまるで真綿で首を絞められる様、こちらに一切悟られる事無く。その存在が静かに巨大になっていくようだ。
『レイド様、御安心下さい。私がお守り致しますから』
こちらの姿を見越してか、アオイがじぃっと覗き込んで来る。
「俺も皆の足を引っ張らないように善処するよ」
『レイド様のご活躍、期待しておりますわ』
彼女達に敵う相手は早々いやしないと考えますけど……。
足元を掬われる恐れもある。
慢心を捨て去り、虚心を胸に抱いて向おう。
何とかして此方の体に絡みつこうとする我儘なお肉さんから逃れつつ、心に固くそう誓った。
◇
ベラードの街を経ち本日で二日。
予定ではそろそろ大森林の入り口が見えて来る筈。空は此方の空模様を映してか、雲が薄く広がり夏の日光を遮っている。
大陸を北上、並びに日の光が届かぬ為か。八ノ月というのに少しばかり肌寒く感じた。
「カエデ、到着までどれくらい??」
正面。
荘厳に聳え立つ山の麓に生い茂る森林を見つめながら御者席に着くカエデに問う。
「そうですね……。後少しです」
荷馬車の席に着きながら膝元に地図を広げ、現在位置を確認した後に教えてくれた。
目視だと近く見えるのに、いざ実際に移動してみると。意外と遠く感じるんだよね。
早く到着して調査を開始したいと考える真面目な自分は足を前に動かそうと躍起になり。
弱気な自分は恐ろしい生物を想像してか、心の中に要らぬ不安を咲かせてしまう。
男ならこういう時こそ、どっしりと構えなければならないのだけども……。
経験不足が悔やまれますね。
「いよいよかぁ。さてどんな奴が待ち構えているのかしら」
ユウの頭の上に胡坐を掻いて座り、鋭い目で前方を睨みつける。
その目は既に相手を捉えている様にも見えた。
そうそう。
あぁやって構えるべきなんだよね。
経験よりもこういう事は性格が多大に影響を与えるのだろう。
「どこを調査するんだ?? やっぱり森の入り口から??」
ユウが此方の方へ顔を向けつつ話す。
「カエデと相談して決めたんだけど、最初の襲撃地点の近くに夜営地を張るよ。どこの襲撃箇所もそう離れていない、焦らずに相手の出方を待つ考えだ」
昨晩。
皆が寝静まった後も、重い瞼を必死に開け。カエデと共に地図を睨み続けて練った作戦内容を発表した。
「それが手っ取り早いかもね。良く知らない土地を歩き回るよりかは効率がいいでしょ」
珍しくマイが的を射た発言を放つ。
「まぁな。相手の正体は未だ不明、そして数も分からない。マイ達の実力を見縊っている訳じゃ無いが……。状況次第では撤退するからな」
指令書にもそう記載してあったし。
「撤退?? 私に逃げろって言うの??」
片眉らしき箇所をクイっと上げて話す。
「今回の任務は調査だ。無理をするなという指令も聞いている。それに……」
「何よ??」
「マイ達の身に危険が迫るのは避けたい。仲間を失う事は最も留意すべき事態だ」
俺の場合、悲しみの雫を流してくれる家族は居ないが。
マイ達の場合は別だ。
それぞれが素晴らしい家族を持っていますのでね。他人様の大事な娘さんを亡くすわけにはいかないから。
「私なら大丈夫よ」
「そうそう。その気遣いは嬉しいけどさ、あたし達の力を信用しなよ」
「有難うね、二人共」
本来であれば付き合う必要も無い任務に帯同してくれる。
剰え、強力な力を貸してくれるのだ。
間接的にこの大陸に住む人間達の為にもなっている事に、感謝の言葉だけでは足りない温かな想いが湧いてしますよ。
温かい気持ちのまま歩き続けていると、カエデがポツリと言葉を漏らした。
「皆さん、見えて来ました」
この道の終着点はまだまだ先なのですが……。
森と平地を境目に、ピッタリと途切れている様に見えてしまう。
あのどんよりと暗い森の中に道が続ていると思うと、何だか気が滅入ってしまうよ。
「あれが入り口か」
ユウが普段と変わらぬ口調でそう話す。
「予想以上に早く到着出来ましたね」
予定では十四日。
しかし、行程は滞りなく進みここまで十二日で到着。師匠に鍛えて貰ったお陰か、体力も随分と付いたものだ。
「これも皆のお陰さ。さぁ、気を引き締めて向かうぞ」
襟をキチンと正し、背筋を確と伸ばして向かう。
「何気合入れてるのよ。まだ先でしょ?? 襲撃地点は」
「別にいいだろ。これから本格的な任務が始まるのだからしっかりしろ。自分にそう言い聞かせているんだよ」
「馬鹿真面目ねぇ……」
馬鹿は付け加える必要あったのかな??
要らぬ一言を放つと、くにゃぁっと。だらけた姿でユウの頭の上に横たわってしまった。
「おい。しっかりしてくれよ?? 今から森に入るんだから」
「着いたら起こして。暫く掛かりそうだしさ」
顎間接を最大限迄稼働させ、見ていて心配になる角度で欠伸を放ち。しっかりと閉じてからむにゃらむにゃらと口元を波打つ。
「マイ、たまには歩けよな。相手はいつ襲って来るか分からないんだぞ」
だらけきった姿に憤りを感じたのか。
将又、あの口から零れ落ちる粘度の高い液体を危惧したのか。
ユウが顰めっ面で至極当然の台詞を放った。
「だらしが無く、醜い姿ですわねぇ」
右肩に留まる蜘蛛さんが援護攻撃。
「ほら、皆もそう言っているだろ?? 起きて歩けよ」
それに乗じてじゃあないけども。
気を抜き過ぎている赤き龍の小さな頭へと、指先でちょちょいと突っついてやった。
「おほっ。楽しそうじゃん」
「結構硬いんだな。龍の皮膚って」
ユウと共にツンツン、ツンツン突きまくっていると……。
「ふんがっ!!」
突如として赤き龍が起き上がり、俺の大切な指に噛みつくではありませんか!!!!
「いっで――!!!!」
な、何コレ!?
俺の指、どうなってんの!?!?
「離せ!!」
「わふぁふぃをおこふぁせたのがわるい!!」
激痛から逃れる為、勢い良く手を振るも。
一度噛みついた龍はスッポンの如く決して離れる事は無く、鋭い痛みを与えながら指の肉を奥深くまで切り裂いてしまった。
や、やばい!! このままじゃ指が噛み千切られるっ!!
「悪かったって!! ユウも突っついていただろ!!」
お願いします!!
対象を切り替えて下さい!!
「ふぁに?!」
龍の目に鋭い眼光が灯り、ユウの体を捉えてしまった。
ふ、ふぅ!!
助かった!!
「こ、この前!! 散々胸に噛みついただろ!?」
慌てふためく表情を浮かべ、鋭い眼光の龍からじりじりと後退りを始めてしまう。
「言い訳無用!! その山、崩してみせる!!」
「やめろって!! まだ胸に牙の跡残っているんだから!!」
いって――……。
包丁で切った時よりも出血量が多いじゃん。
大量の血液の噴射を確認し、いつもの民間療法を開始した。
「こら待て!!」
「これ以上傷ものにされたらお嫁に行けなくなる!!」
任務に支障が出ないよな??
キュポンっと、口から指を抜き。
改めて指先の状態を確認すると。手の平と確実に接続されており、関節も滞り無く曲げる事が出来た。
これからアイツ揶揄う時は気を付けよう。
指を失っては堪りませんからね……。
「ふんがぁっ!!!!」
「うぎゃ――――!!」
向こうもどうやら決着がついたようですね。
勝敗は言わずもがな。
胸に食らいつき、勝利を確信した龍の荒い鼻息がここまで聞こえてくるようだ。
そして、ユウ。
後でカエデかアオイに治療を施して貰いなさい。
怪我の跡が残ったら大変ですからね……。
泣き喚く彼女の大絶叫を受け、何処までも奥に闇が広がる森の中へと突入した。
最後まで御覧頂き誠にありがとうございました。
深夜の投稿になってしまい、大変申し訳ありませんでした。