第十四話 基本は体を鍛えて、物理で殴る
寛いだ格好、姿勢で御覧頂けると幸いです。
それではお楽しみ下さい!!
恐らく、あの中では猛炎が燻ぶっているのだろう。
天幕の天蓋から立ち昇る恐ろしい黒煙がその証拠だ。
熱波により空気が陽炎の如く揺れ動く姿を、固唾を飲んで見守っていた。
「ユウ。どうする?? やっぱり様子を見に行った方が良いんじゃないのか??」
鼻腔に届く燃えた滓の匂いに顔を顰めつつ話す。
「大丈夫だって。多分、もうそろそろ決着だろうし」
何故それが分かるのだろう。
天幕の中で戦闘が行われているのは何となくは理解出来る。しかし、決着となると……。
続け様に問いかけようとすると。
「おわっ!?」
天幕が大気を震わせる爆風と爆炎と共に消失。
熱波と強風が猛烈な勢いで此方に襲い掛かり、体が刹那に浮いてしまった。
な、何だ!?
何が起こったの!?
天幕があった位置には竜巻状に黒煙が立ち昇り、周囲の空気と塵を吸い込み今も渦巻いていた。
「な、なぁ。一体、何が起こったんだよ」
高揚感全開の表情で真正面を見つめるユウに問う。
「多分、マイが奥の手を使ったんだろ」
奥の手??
「はっは――!! やっぱり、マイの奴もそうだったのか!! くぅ――!! いいねぇ!! 一度、手合わせ願いたいもんだ!!」
煌びやかな表情を浮かべ、込み上げて来る何かを誤魔化す様に拳を開いたり閉じたりしている彼女を尻目に。
このおかしな状況を確認する為、黒煙の竜巻を見つめていると。
「…………はぁっ!!」
空気を切り裂く鋭い声が響くと同時に、竜巻が消失し。
光り輝く黄金の槍を持つ、深紅の髪の女性が出現した。
黄金の槍は彼女の身の丈よりも背が高く、穂先の刃は鋭く尖り、どんな強固な装甲をも貫くであろうと此方に思わせる。
あの槍には常軌を逸した力が籠められていると、持ち主では無い俺でも理解出来てしまう威圧感があった。
深紅と黄金。
二つの美しい配色に声を失い、只々魅入ってしまっていた。
「よぉ、どうする?? あんたの一番つえぇ魔法。効かなかったわよ??」
マイが片眉をクイっと上げ、何やら薄い紫色の膜に覆われている彼女へ話す。
何だろう。
あの膜……。薄い透明の壁、みたいな感じだけど。
「あっそ。私の結界も傷一つ付いていませんよ――だ!!」
「それは……。私の攻撃を受けていないからだろうがぁ!! 食らえぇ!!」
マイが黄金の槍を結界と呼ばれる壁に向かって素早く、そして鋭く穿つ。
「つっ!!」
甲高い音が鳴り響き槍が弾かれてしまうが。クレヴィスもその衝撃で後方へと下がってしまう。
黄金の槍の攻撃力と、透明な壁の防御力は五分五分といった感じだろう。
「かってぇなぁ!! それ!!」
「この馬鹿力!! 結界が壊れたら私死んじゃうじゃん!!」
「その為に突いてんだよぉ!! こっちはぁ!!」
互いに罵り合い、時に激しい槍の攻撃が加わるも。あの珍妙な壁は健在であった。
「なぁ、ユウ」
「ん――?? おっ!! 見事な中段突きじゃん!!」
「クレヴィスは結界って言ってたけど。あの珍妙な物体は一体何だ??」
今にも駆け出し、あの戦いに参戦してしまいそうなユウに尋ねる。
「さぁ?? 知らねっ」
「そ、そっか。そして、あの黄金の槍がマイの……。継承召喚か」
「大正解っ!!」
つまり、ユウもマイも大魔の力を受け継ぐ者だった事が証明された訳だ。
アイツの普段の生活態度を鑑みて、誰がそれを予想出来ようか。
あれで性格と口調が真面なら、素直に尊敬するんだけどなぁ。
それだけが残念です。
一進一退……。
基、マイが滅茶苦茶な軌道で一方的に黄金の槍を結界に向けて叩きつけていると。
後方からずんっ……。と、腹の奥を刺激する重低音が聞こえて来た。
何?? この音……。
等間隔で鳴り響き、時間を追う毎にその音は音量を増し。
確実に此方へ向かって来ると予想させた。
こ、今度は何だ!?
も、もう驚かないぞ!?
激戦、結界、継承召喚。
この戦いで様々な経験を積んだので、早々の事では驚かないと高を括っていたが……。
「フゥ……。フゥゥ……。フゥゥゥゥ……ッ!!!!!」
天へ届けと言わんばかりの巨大なミノタウロスが背の高い木々を馬鹿デカイ両手で掻き分け、この空間へと出現した!!
「ひぃっ!!」
ユウのミノタウロスの姿より三回りも大きい姿を目の当たりにした刹那。
思わず慄く声を上げ、ユウの後ろへと隠れてしまった。
「だ、誰!? 誰なの!! アレは!!!!」
誰だってあんなドデカイ生物が出現したら驚くだろ!!
「あ、あはは。母上だよ……」
嘘でしょ!?
あ、あ、あれが。あの清楚なフェリスさんの姿なの!?
身の丈、十数メートルは優に超える巨体。
人の住む民家程度なら一撃で粉砕出来てしまう、極太の両腕。巨体を支える素晴らしい輝きを放つ筋力を備えた両足。
あれに抗おうとする者が居たら是非ともその勇気を褒め讃えたい。
どうしてかって??
俺なら武器を捨て、踵を返して退却を決めますから。
抗おうとする気持ちさえ湧かないのが本音です……。
「やっべぇな。相当プッツンしてる」
「激怒しているの??」
「うん。もう目の前の敵を叩き潰す事しか考えて無い位に……」
巨大な鼻からは白き蒸気が呼吸と共に噴出され。
荒い呼吸と共に、肩が大きく上下に揺れる。
それは容易く看破出来ます……。
あの外見を見れば。
「ど、どうすればいい!?」
「どうするも何も。あたし達が出来る事と言えば、道を譲り。攻撃に巻き込まれない事を祈るだけさ」
フェリスさんが堅固な大地の上を踏み出す度に振動が足から肩へと伝わり、常軌を逸した重量であると此方に理解させる。
一歩、また一歩とクレヴィスへと向けて静かに。
そして……。確実に殺意を滲ませて進む。
「んぉっ!? ユウの母ちゃん!! こいつは私の獲物なのよ!!!!」
喧嘩を止められ、憤りを感じたのか。
あの巨体に向かって何んと……。握り拳を叩き込むじゃあありませんか!!
アイツは本当に怖い物知らずだな。
「…………」
血走った黒き瞳でマイをジロリと見下ろし。
「な、何すんのよ!!」
『邪魔だ』
そう言わんばかりに彼女の襟を掴み。
此方に向けて、ポイっと投げ捨てた。
「いでっ!! ひ、人の喧嘩相手を取るなぁ!! く、くっそう!! 文句言ってやる!!」
ポテンっと。尻餅を付くも一瞬で立ち上がり、袖を捲って再び戦場へと向かう。
「ま、待てって!!」
マイの腕を取り。
「そうそう!! 母上は相当怒り心頭中だから巻き込まれても知らないぞ!!」
ユウが通せんぼをする。
良くもまぁあんな相手に向かって喧嘩を売ろうと思いますね?? あなたは。
「うっさい!! こちとら、喧嘩の途中だったのよ!? 折角!! 気持ち良くぶっ倒そうと……」
そこまで話すと、マイが豆の投擲を食らった鳩みたいにキョトンとした目を浮かべた。
「どうし……」
何事かと思い、その視線を追うと。
「フゥ……。フゥ……ッ!! フゥゥゥゥ…………ッッ!!!!」
フェリスさんがクレヴィスの結界ごと左手で掴み上げ、宙に浮かしていた。
「ざ、残念でしたぁ!! あんたみたいな馬鹿力でもぉ!! この結界は健在で――すっ!!」
恐怖からか。
目に大粒の涙を浮かべ、震える声を悟られまいと大声を放つ。
気持ちは分からないでもない。アレを目の前にして失神していない事に賛辞を送りたいくらいだ。
でも、あなたがここに喧嘩を売ったのですからね??
因果応報とでも言うべきか……。
肩をカタカタと震わせる姿を見ていると、僅かばかりにも同情しちゃいますけど……。
「フゥゥ……。ウゥゥンッ!!」
フェリスさんが美しい筋力に喝を入れ、左手に熱き魂を注入すると。
「きゃあっ!? ほ、ほらね!? わ、わ、割れないもん!!!!」
甲高い音が響くも、それでもあの結界は尚健在。
見た目以上に防御力は高い様だな。
「だ、だっさ――!! 力で割れる訳ないのよ!! あ、あ、諦めてとっと帰れ!! 牛野郎!! ――――――――。へっ??」
彼女が焚き付けた言葉が、フェリスさんの憤怒に要らぬ炎を与えてしまった様だ。
「…………」
クレヴィスを左手で掴んだまま、上半身を大きく捻り。
右手を後方へ、更に後方へと置いた。
『今から私は、この右手をあなたに叩き込むわ』
そう言わんばかりの構え。
防御、後退、退却。
そんな物はあの構えに存在しない。
唯一存在するのは……。
前に向けて、只愚直に拳を送り込む。
そう。
至極簡単な構えだ。
「ちょ、ちょっと。ね、ねぇ!! そ、そんなに体捻ったら。腰、痛めるわよ??」
「やっべぇ!! レイド、マイ!! 少し離れるぞ!!」
ユウが俺とマイの腕を掴み、森と空間の境目と飛び出す。
「ど、どうしたのよ!?」
「あの構えは不味い!! 昔、父上と喧嘩した時に使った技みたいなんだよ!!」
「その時、ボーさんはどうなったの!?」
ユウに引っ張られながら話す。
「この森から……。南の海まで吹っ飛んで行っちまったんだよ――!!!!」
「「いぃっ!?!?」」
此処から南の海まで一体何キロあると思っているんだ!?
それだけの一撃が今、此処で!! 放たれる!!
つまり、それだけの衝撃が起こす余波は計り知れない。
ユウが焦っているのはその所為か!!
「や、やだっ!! 止めて!!」
クレヴィスの泣きそうな声が届く。
「こ、ここまで逃げれば取り敢えず大丈夫だ……」
森の影に身を置き。大きく肩で呼吸をしながら、安全地帯で行く末を見守る。
「フゥッ!! フゥッッ!!」
フェリスさんの右手が……。灼熱の炎に晒された鉄の様に真っ赤に燃え出す。
「あ、あれは一体??」
「付与魔法にも見えるけど……。ユウ、分かる??」
「え、っと。多分、付与魔法だと思う」
「「多分!?」」
「だってあたしも初めてだもん!! あの技?? 付与魔法見るの!!」
俺達が騒ぎ立てる間も、熱が急上昇していく。
右拳周辺の空気が揺れ出し、熱い拳からは白い蒸気が放たれていた。
こっわ……。
「ちょっとぉ!! あんた達!! 助けてやるからぁああ!! こいつを何んとかしなさい!!」
「「「無理っ」」」
泣き喚いているクレヴィスへ。
三人仲良く声を合わせて言ってやった。
あれを止める勇気はありません……。
止めたとしても、その余波で吹き飛びたくありませんので……。
「や、やだ……」
奥歯をカタカタと震わせ、結界の中でペタンと尻餅を付いてしまった。
そして。
それを合図と捉えたのか。
遂に……。
あの拳が解き放たれた。
「グゥゥッ!! グモモォォォォォォォォォオオオオオオ!!!!!!」
「キャア――――――――!! アアアァァァァ…………」
「「「ギィヤアアアアア!!!!」」」
クレヴィスの結界に着弾した刹那。
常軌を逸した爆風が発生し、安全地帯だと思われた此処に衝撃波が襲い掛かり。
三人仲良く後方へと吹き飛ばされてしまった。
周囲の木々が揺れ動き、大地が震え、上空に浮かぶ雲が霧散。
拳一つでここまでの衝撃を起こすってぇ!!
おかしいですよぉぉおお!!
西へと吹き飛んで行ったクレヴィスを視界の端に捉えるも。
体が面白い角度で吹き飛んでしまったのでその詳細を最後まで見届ける事は叶わなかった。
◇
体中が痛みで顔を顰めている。
これは戦闘で受けた影響も多少はあるのだが、一番の原因は恐らく。というか、確実にフェリスさんの一撃で発生した余波であろう。
柔らかい何かが顔に覆い被さり、呼吸困難に陥っている中でそんな事を考えていた。
「いちち……。はぁ……。酷い目にあった」
この声はユウか。
まぁ、そんな気はしましたけどね。
「フゥ。退いふぇ」
「ひゃっ!?」
ふぅ。
やっと真面に呼吸が出来る。
暗闇から一転。
森の木々の合間から零れ落ちる太陽の光を視界が捉えた。
「レ、レイド。大丈夫だった??」
「お陰様でね。よっと……」
真っ赤な顔になっている彼女の手を取り、大地へと両足を付けた。
「マイの奴はどこだ??」
周囲を見渡すも。
美しい緑一色。
緑の中で目立つ深紅は見当たらなかった。
「マイ――!! お――い!! 何処だ――!!」
ユウが聞き取りやすい大声で叫ぶ。
「ここよ……」
俺達の後方から声が届く。
体重が軽い分、余計に飛ばされたのかな。
「大丈夫だった…………」
そこまで話すと、つい口を閉じてしまった。
それは何故か。
笑いを堪える為です。
頭の天辺から、足の先まで泥に塗れ。
体の至る所には緑の葉っぱ。そして、髪の合間に突き刺さった木の枝が腹筋に追い打ちを掛けて来る。
「ヒッでぇ目にあったわ……。吹き飛んで、転がり。やっと止まった先が泥沼だもん……」
お願いします。
どうか、どうかそこで言葉を止めて下さい。
笑い声が喉付近まで込み上げて来ていますので……。
「ギャハハハ!!!! マ、マイ!! お前っ……」
「笑うな!! 私だって好き好んで突っ込んだ訳じゃない!!」
腹を抱えて笑い転げるあなたが羨ましいです。
可能であれば、俺も堰き止めている笑いを放出したいです……。
腹筋を抑え、口を真一文字閉じていると。
「あらぁ。此処に居たのですか」
のんびりしたフェリスさんの声が届いた。
「ちょっとぉ!! 何の考えも無しにぶっ放すから酷い目に遭ったじゃない!!」
泥型の人がフェリスさんに詰め寄る。
「まぁっ、ふふ。泥だらけですね」
「ユウの母ちゃんの所為なのよ!?」
「ま、まぁ落ち着いて……」
泥型と人型の間に割って入り、泥型の方を宥めた。
「所で、フェリスさんが使用した先程のアレは……。魔法、ですよね??」
泥の怒りが鎮まったので、彼女の方へと振り返りつつ問う。
「魔法……??」
カクンと小首を傾げる様がまぁ可愛い事で。
「ち、違うのですか??」
彼女に倣い、此方も首を傾げた。
「魔法少々、筋力大量。そんな感じですっ」
そんな軽い感じで言わないで下さいっ。
「兎に角っ!! これで状況終了ですっ。皆さん、里へ帰って美味しい御飯を頂きましょうっ!!」
両手をパチンと叩き、此度の作戦の終了を知らせてくれた。
「やっほぉぉぉい!! 御飯だ、御飯だぁ!!」
「マイの場合は先に風呂だな。あたしが付き合うから、一緒に入ろうや!!」
「あんたにもぉ……。この泥をお裾分けしてやるぅうううう!!」
飯を喜ぶ小躍りから一転。
悪戯心満載の笑みでユウへと突貫を開始した。
「止めろ!! 汚いっ!!」
「誰がきたねえだぁっ!! 誰の母親の所為でこうなったと思ってんだ!!」
「うふふ。元気一杯で何よりです」
騒ぐ二人と、それを見守る温かい瞳。
これで全て丸く収まったと思いきや。
大切な事に気付いてしまう。
「あ、あのフェリスさん」
「はい?? 何でしょう??」
いつもの温かい笑みを浮かべ、此方を向く。
「その。オーク達が統率を取れている理由なのですが……。相手を吹き飛ばしたら聞き出せない、ですよね??」
「「「あっ」」」
俺の言葉に時間が止まり。
三人が此方に振り返る。
そして、全員が全員。
『しまった』
そんな顔を浮かべていたのだった。
最後まで御覧頂き、有難うございました。
続きます。