表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/1223

第四十八話 差し伸べられた手

お疲れ様です。


暑過ぎる昼間にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは御覧下さい。




 はぁ――。


 何でこんな人通りの多い道を態々歩かなきゃならんのだ。



 前後左右に蠢く人達が放つ熱気が悪戯に気温を上昇させ、もう間も無く日が暮れるってのにこの暑さ……。


 人のそれよりも体力は多いと自負していますが、流石に参っちゃいそうだよ。



 額の汗を拭い、食の香りと人の香りが入り混じる何とも言えない香りが漂う狭き空間を進み続けていた。



 ま、でもさ。


 一年に一度のお祭りなんだ。友人と過ごすのも悪くない。


 今頃沢山の食べ物に囲まれ、馨しい香りを放つ屋台の前を右往左往しつつ。


 大変嬉しい困惑に直面してしまい。自分でも制御出来ない感情によって形状崩壊してしまった顔を浮かべながら、決め手に欠ける選択肢に苛まれている龍の姿を想像しているとついつい笑みが零れてしまう。



 アイツに誂えたような祭りだからな。


 楽しんでくれれば幸いです。



 考え事、並びに下らない妄想を続けて歩いているのが不味かった。



「きゃっ」



 目の前の女性の踵を踏んづけてしまいましたね。



「すいませんっ!! ――――。大丈夫ですか??」



 踵を踏まれ、前のめりになって転んでしまいそうだったので思わず彼女の肩を掴んでしまった。



「あ、はい。大丈夫ですよ」



 良かった。



「大変申し訳ありませんでした。御怪我はありませんか??」



 彼女が姿勢を立て直すと同時に肩から速攻で手を放し。


 女性二人組の内、踵を踏んでしまった彼女に対して問う。



「えぇ。特には……」



 うん??


 何ですか?? 此方の爪先から頭の天辺までジロジロと見つめて。



「失礼ですけど、お兄さんって軍人さんですよね??」


「そうですけど……」



 恐らく、彼女の知り合いに軍人が居るのだろう。


 だから服装をジロジロと見ていたのか??



「ふぅん、そうですか。因みに何期生です??」


「ニ十期生です」



 馬鹿正直に答える方もアレだけど。


 粗相を行った手前、無下にする訳にもいかんし。



「そっかぁ、はいはい。それじゃあ、失礼しますね――。行こっか??」


「へいへ――い」



 前方へと流れて行く人の流れに乗って進む二人の姿を見送り。


 左手側に見えて来た銀時計広場前に偶然発生した、人一人が寛げる嬉しい空間へと足を運んだ。




「ちょっと休憩っ!!」



 暑すぎて頭が参っちまうよ。


 その所為で女性の足を踏んでしまったし。


 集中出来ていない証拠だ。



「ふぅ――……」



 夜空と昼空。その中間の色の空へと大きな溜息を放ち、肩の力を抜く。


 遠くに見える銀時計の針を見つめると、間も無く午後六時を指そうと躍起になっていた。



 これ以上の進行は厳しそうだな……。もう直ぐ鐘の音が鳴り響くし。


 この時間帯の人通りは大変不味いのです。北大通から溢れた人々が生みし大渋滞が人の流れを堰き止め、堰き止められた人が詰まり詰まって一切の身動きが取れなくなってしまうからね。




 此処で皆を待つか。



 本日も多くの男女が盛大に愛の歌を奏でている銀時計広場前で腕を組み、これ以上は絶対進まないと自分自身に待機命令を放ち。


 空気を震わせる勢いで盛大に放たれる愛の歌を背に受けつつ、甘ったるい雰囲気とは真逆の断固たる姿勢と表情を貫いて皆の到着を待ち続けた。























 ◇








 目頭の奥がじんわりと熱を帯び、頬の筋力が喜々とした悲鳴を上げ、まるで焼かれた石を飲まされたみたいに喉の奥が灼熱の業火で焼かれている。


 祭りの熱気が最高潮に向かう中。


 私は一人、群衆の中で泣き叫んでいた。




『辛っっ!! うっまぁああああああ!!!!』



 西大通りに丁度差し掛かった際に、私の足首をもぎゅっと掴んで進行を妨げた物を食むとついつい嬉しい涙が溢れてしまう。




 な、何よ。コレぇ……。


 辛くて手が止まらなぁい……。



 トマトソースと黄色いソース。


 この二色が美しく絡み合ったソーセージを食んだ刹那に感じた旨味と辛味ときたらもぅっ。



 此処は天国かっ!?



 と、有り得ない妄想に耽ってしまいましたよ。


 串に刺されたソーセージちゃんとアミュアミュと食み、この世に生まれた事を感謝していた。



 ふぅっ!!


 ごちそ――さまでした!!



 屋台の脇に添えられている塵箱に串をポイっと投げ捨てボケナスの下へと再び駆け始めた。





「ねぇねぇ!! もう直ぐ鐘が鳴るね!!」



 キャピキャピした口調の女の声が何処からともなく聞こえて来る。



「そうなの??」



 それに対して、特に感情を籠めて答える訳でも無い野郎の野太い声が添えられた。



「もぅっ。一緒に聞くと良い事が起こるんだよ??」


「へぇ――。それならここの屋台で買うの止めて、北大通りに向かう??」


「うんっ!!」



 ちぃっ、迷信だっつ――の。


 だがまぁ――……。


 私を含め、現在四人の女性が一人の男の下へとその為に向かっているので??


 真正面から女々しい声を放ちおってと言えないのが歯痒いわね。




 私の場合はユウに驕らせる為に駆けているのだけども、どういう訳か。怪力爆乳娘は私よりも僅かに先行しているのだ!!



 有り得ないでしょ!! 私の方が速いってのに!!



 やっべぇな。


 このままじゃユウにも、カエデにも。そしてきしょい蜘蛛にも負けちまう。


 カエデ程じゃあ無いけども。私は負けず嫌いの口があるので出発時よりも数倍上の速さでボケナスの力を感じる銀時計前へと駆け続けていたが……。
































『おねぇ――さん!! 行っちゃ駄目――っ!!!!』




 本日最大級の馨しい香りが私の体にしがみ付いてしまった!!




『にゃんばらぁっ!?!?』



 お、おっふぅ……。


 すっげぇ良い匂い。何ぃ、これぇ――……。



 急停止し、通り過ぎてしまった屋台の前へと戻り。店前の看板をじぃぃぃぃっと眺めるとそこには。



『どーなっつ』



 と、端的な文字で書かれていた。



 どーなっつ??


 参ったわね、初耳だ。



「いらっしゃい!! 甘くてサックサクのどーなつだよ――!! 王誕祭限定の商品!! 是非食べて行ってね!!」



 若い女店主がふぅふぅと嬉しい汗を流しつつ、鍋からカラっと揚がった真ん丸を取り出す。


 只、完璧な円では無く。円の中央がクリっと抜かれている斬新な形の食べ物だ。



 屋台の前に並んでいるのは三人、か。



 これならまだ間に合うかも??



『そうそう!! ぼくはこのお祭りの期間内でしかおね――さんにあえないんだよ??』



 こ、この横着者めぇ!!


 私を迷わせないで!!



 あぁ、でもぉ……。


 銀時計の前に向かうべきか、それとも期間限定の商品を並んで食うべきか。



 悩みに悩みまくった私は…………。





『――――――――。ごめんっ!! 後でぜぇってぇあんたを迎えに来るから!! それまで待ってて!!』



 可愛いどーなっつちゃんへ、断腸の思いで御断りの声を放ち。



『やだ――!! 行かないで――!! 売り切れても知らないよぉ!?』



 私の肩を必死に掴むイケナイ香りを振り払い、銀時計前へと猛走を開始した。



 ち、ちくしょう!!


 何で、何で!! 私が我慢しなきゃいけないのよっ!!




「ねぇ、今の子。泣きながら走って行ったわよ??」


「きっと、彼に振られたんだろうさ」



 張り倒すぞ!? この軟弱激弱男女め!!!!



 私が涙を流しているのは美味しそうだった物を捨ててまで走らなきゃいけない理由があるからなのよ!!



 群衆の中を器用に駆け回り、空いた空間を探しては体を突っ込み捻じ込んで進んでいると……。


 銀時計前の広場が人と人の間の僅かな隙間から見え、それと共に顰めっ面を貫いているボケナスの顔もチラリと見えた。



 あはは。


 混雑ぶりにうんざりしている顔だったわね。


 私達が、その顔をもっとクチャクチャにしてやるわよ!?




 同時、左方向からはユウの。そして、右からはカエデ。正面の北側からは蜘蛛がボケナス目掛けて移動を続けている力強い圧を掴み取る。



「さぁ!! 鐘の音が鳴るぞ!!」



 銀時計の針がもう間も無く午後六時を指し示そうとすると。


 一際大きな歓声が蠢く人の波の向こうから立ち昇った。




 おっしゃ!! ギリギリ間に合ったわね!!


 どーなっつを我慢した甲斐があったわ!!



 勢いそのまま、最後の壁を突き破ろうとした刹那……。



『いでっ!!!!』



 運悪く誰かの足に引っ掛かり転んでしまった。



 や、やばい!!


 間に合わない!!



 慌てて立ち上がるものの。更に壁が分厚く構築されてしまい、人々の合間から見えていたボケナスの姿が完全に消えてしまった。




 ど、どうしよう。


 私だけが置いて行かれちゃう……。



 前後左右を流れて行く人の流れの中、一人静かに佇み。動く事を止めていると。




































 一本の力強い手が分厚い壁をブチ破って、動くことを諦めてしまった私の手をしっかりと握ってくれた。



「すいませ――ん。連れが居るんで、退いて貰えますか??」



 へっ!?


 嘘!? 何で!?



 力強い手によって堰き止められた人の流れが穏やかなり、もう何度も見たボケナスの顔が輪郭を帯びて行く。




 そして……。


 祝福の鐘の音が打ち鳴らされた……。





『ったく。他人様の足を踏んで転ぶなよ』



 ヤレヤレ、仕方がない奴め。


 そんな感じで呆れ果てるも、何処か優しさを残した顔で私の顔を見下ろす。



『ほっ??』

『でやぁっ!!!! 間に合ったぞぉ!!』

『時間ピッタリですね』

『レイド様ぁぁぁぁっ!! 末永く結ばれましょうねぇ――――!!!!』



 美しい鐘の音が何度も等間隔に鳴らされると同時に群衆の中から引っ張り出され、それと同時に三方向から見慣れた女性達が出現した。



 ど、同着よね??



『ちょっと!! アオイ!! 背中にしがみ付かないで!!』


『お会いとう御座いましたぁ。レイド様ぁ』



 鐘の音が鳴り響く中。


 ボケナスの背中に顔をイヤイヤと横に振りながら埋める蜘蛛。



『はっは――。皆一緒だったな??』



 いつもの快活の笑みをユウが浮かべれば。



『えぇ。計算では私が一番早く到着する筈だったのですけど……。途中で男性に声を掛けられ、振り切るのに時間を割いてしまいまいたからね』



 カエデがふぅっと大きく溜息を吐く。



 日常とは掛け離れた熱気溢れる祭りの中で、いつもの光景が目の前に広がる……。



 これが、きっと私が求めていた物なのかな。



 美味しい物も捨てがたいけどさ。楽しい時間の方がやっぱり大切だし。



 慌てふためく野郎をじぃっと見上げて、そんな事を考えていると。



『――――。所でさぁ』



 ん?? 何?? ユウ。



『二人共、いつまで手を繋いでいるの??』


「「っ!?!?」」



 ぬ、ぬぅ!!!!


 しまった!!!!



 ユウの声を受け、夜空の中を流れ行く流星よりも速くパっと手を放してやった。



 あ、あっつ!!


 顔、あっつ!!



『ね、ねぇ。何で私が居る場所分かったのよ』



 恥ずかしさを誤魔化す為、道に転がっている塵を見下ろしつつボケナスに尋ねる。



『え、っと。ほら、倒れた時に声を放っただろ??』



 あぁ、そう言えばそうね。



『それと、群衆の中で偶々目立つ深紅の髪を見付けたから……』



 ふぅん……。


 これだけの大人数の中で私の髪の色を見付けてくれたんだ。


 ちょっと嬉しい、かも?? いや、結構??


 顔が熱過ぎて分からん!!




『あ、有難う……』


『お、おう……』



 互いに視線を合わさず言葉を述べる。



 こんな時。経験豊かな女性なら野郎の目を見つめて礼を述べ、温かい雰囲気を醸し出すのだが。


 生憎、経験不足の私にそんな術は持ち合わせていないのだ。


 温かくも何処かよそよそしい雰囲気。でも、今はそれが丁度良い雰囲気にも感じてしまった。




 私としては嫌いじゃあない雰囲気ね。




 だ、け、ど!!!!


 この何とも言えない雰囲気をブチ壊す事を得意とするのが、アイツなのよ。




『レイド様っ。ささ、私と共に二人だけで鐘の音を聞き終えましょう』



 ボケナスの腰に両腕を回し、グイグイと後方へと引っ張って行く。



『行かないって。今から皆で祭りを回るんだろ??』


『レイド様は私と大人の火遊びをするのですぅ。お互い、燃え上がって至る所に火傷の跡を刻みましょう……』


『ちょっと!! 放して!!』



 さぁって、顎にぶち込むか。


 私が拳をきゅっと握ると。



「……」



 我が親友はグルンッ!! っと相手に見せつけるかの様に右肩を回し。



「……っ」



 カエデに至っては氷柱も背筋を凍らせる冷たい瞳でボケナスの顔を注視していた。



 あはは。


 流石、私達ね。物言わずとも合わせてくれるし。



『なぁ、レイド?? あたし達。汗流してこっちに合流したんだけど??』


『そうですね。嫌がる貴方を態々迎える為にこうして参った次第なのですが……』



 私達の圧にビビったボケナスの額から一筋の汗がたらぁっと零れ落ちて行く。



『で、ですから!! アオイ!! お願い放して!!!!』


『んふふっ。レイド様の香……。素敵ですわぁ』



「「「はぁぁぁぁ――……」」」



 三人同時に仲良く溜息を吐き尽くし。




『『『せ――…………のぉっ!!!!!!』』』


『や、やめてぇぇっ!!』



 慌てふためくボケナスの顎、胴体、脇腹に三つの拳が大変ふかぁく突き刺さってしまいましたとさ。



『あぐぶっ!?!?』



『ふぅっ!! スッキリ!!』


『だな!!』



 ユウとパチン!! っと手を合わせ。明るい祭りの雰囲気に相応しい笑みを浮かべた。



『何も殴る事は無いだろう!?』



 すっげ。


 私達の攻撃を食らって直ぐに立ったよ。



『あんたが悪い。美味そうな物があったから、あんたが私達に奢れ』


『えぇ――……。お金渡しただろ??』


『おら、さっさと来いや』



 ボケナスの服をぎゅうっと掴み、今も流れ続ける群衆の中へと向かった。



『止めて!! 服が伸びる!!』


『あ――んっ。レイド様――。置いて行かないで下さいまし――』


『暑いから離れて!!』





 大勢の人々が犇めく中、一人の男性が胸倉を掴まれ、横っ面を殴られ涙目を浮かべる。


 その様子を温かい瞳で眺めていた人々は祭りに喧嘩は付き物であると、しみじみと頷く。


 又、男女の交流が盛んな銀時計前もあってか。この場所と雰囲気に酷く似合っていた所為もあり。三名の女性から攻撃を受け続ける彼に救いの手は伸びなかった。


 誘拐事件の現場かと思わせる勢いで彼が深紅の髪の女性に後ろ襟を掴まれて群衆の中に消えて行くと、何事も無かった様に広場では大勢の男女が陽性な会話を継続させる。


 それは祝福の鐘の音が鳴りやみ、夜が更に更けても続けられていたのだった。




最後まで御覧頂き有難う御座いました。


今日はちょっと危険な暑さですので、不必要な外出を控え。クーラーの適切使用を心掛けて下さいね??




さて。


次話からは新しい御使いへと赴きます。


その先に待ち構えている問題を楽しんで頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ