第四十七話 誰が為に祝福の音は贈られる その一
お疲れ様です。本日の前半部分の投稿になります!!
それでは御覧下さい。
病院の建物内は患者が快適に過ごせるように人々は静寂を努める物であると、俺は勝手に決めつけていた様だ。
病室内の机に向かい、口喧しい入院患者に気を遣って静かに紙へ向かって筆を走らせていると。
「せんぱ――い。包帯どこでしたっけ――??」
「一回の備品室に保管されているよ!! 後!! いい加減その間延びした声は止めなさい!!」
「はぁ――い」
のんびりと間延びした声の後、パタパタと。大変だらしない足音が扉の向こうから聞こえて来てしまった。
職務上、やむを得ない状況下では大声を放っても構わないのですが……。
今の会話は上の立場の者に対しての言葉使いではありませんからねぇ。
壁越しに聞こえて来た先輩の至極真っ当な意見にしみじみと頷いてしまった。
「ほっ……。ふっ!! どうしたの?? コクコク頷いて」
此方から向かって右側。
軽快な声でトアが問うてくる。
「あ、いや。今廊下で交わされた会話の中でさ。目上の者に対する言葉使いの大切さに思う事があって頷いていたんだよ」
「あ――。今の会話ね。私は気にしないけど、あんたは馬鹿真面目だからねぇ……。ふっ!! ふんっ!!」
「馬鹿は余分だ。所、で……」
筆を机の上に置き、静かに溜息を吐いてトアの方へと体を向けた。
「ん?? 何??」
「入院している患者が元気溌剌と筋力鍛錬を行っているのはどうしてかな??」
ベッドの淵に爪先を乗っけて、大きく伸び出た体を腕の力だけで支え。
男性でも直ぐに音を上げてしまう角度て腕立て伏せをしているヤンチャな女性にそう言ってやった。
「前線に復帰した時、体が鈍っていない様に今から痛めつけてあげているのよ。ふぅっ!! ふんっ!!」
うん、一度君は入院って言葉を辞書で調べるべきだね。
入院は負傷、若しくは病気を罹患した時に病院にお世話になる事なのだが……。
どこからど――見ても。入院患者が行うべきでは無い行動についつい呆れてしまう。
ま、でも。
鍛錬を怠らないのはトアらしいよ。
「何処の世の中に素晴らしい角度で腕立て伏せを行う入院患者が居るんだよ」
「此処に居るじゃん。五――、十!! 終了!!」
いやぁ、我ながら大したもんだなと。額に浮かんだ大粒の汗を病院着の袖で拭う。
「お疲れ様でした。早く横になって休んで下さい」
「うんっ!! 水飲んで、腹筋と背筋鍛えてからね!!」
この上まだ鍛えるというのですか、貴女は……。
もう止めはしませんよ。好きなだけ筋肉を虐めてあげて下さい……。
勢い良くベッドから立ち上がり、病室に備えられているやかんから水をコップに注ぎ喉を潤す。
そして、窓枠に添えられている花瓶に生けた花へとそっと指を添えた。
「ね、レイド」
「ん??」
「この花、本当に綺麗だよ」
軍人でも女は女。
レフ准尉が仰っていた事は事実でしたね。
美しく咲き誇る花弁を愛しむ様に目を細めて眺めているのが良い証拠だ。
「喜んで頂けて光栄です」
「レイドが入院したら花束持って来てあげるよ」
「俺は花よりも食い物を取るがね」
視線が潤うのは確かですけども。
花で腹が膨れて怪我が治る訳でも無いし。怪我を癒してくれるのは、食べ物から得られる栄養なのですから。
「あはは、言うと思った。花には人の心を落ち着かせる効果があるんだよ?? 良く言うじゃない。病は気からって。花の美しさで心を癒すのよ」
「人体の不思議って奴か」
まぁトアの言う事は分からないでも無いけど。
詰まる所、自分の気の持ち様って奴だろうな。屈強な精神の持ち主は花を見つめても響く物が無いだろうし……。
最たる例はあの深紅の龍ですね。
アイツが入院したと仮定して、花束を持って見舞いに訪れたのなら。
『ふっざけんな!! 花食って怪我治せって言うのかぁ!? あぁんっ!?』 と。
取り憑くだけで人を呪い殺せる悪霊も、大絶叫を放ちつつ裸足で玄関へと逃げ出してしまう恐ろしい面持ちを浮かべて俺の胸倉尾を掴むのだろう。
アイツが入院する可能性は皆無なのが幸いです。
下らない想像は此処までにして、作業開始っと。
花を愛でる華麗な女性から、無表情な紙の束へと体を向けた。
「すぅ――……。うん、匂いも素敵」
「花の香りで落ち着いただろ。大人しくベッドの上で横になりなさい」
「えへへ、嫌――。余計にやる気が出て来ちゃった!!」
左様で御座いますか……。
「ほっ!! ふっ!!」
木の床の上に仰向けの姿勢になり、足を九十度に折り曲げ、両手は頭の後ろ。
筋力鍛錬のお手本みたいな腹筋運動を始めてしまいましたね。
それから暫く。
お互いの近況報告や、訓練生時代の話に華を咲かせていると……。
「トアちゃ――ん!! 検診の時間ですよ――!!」
昨日、屈強な軍人を見事に抑え付けていた看護師が扉を開けて入室を果たした。
「げっ!! また来たのか!!」
「げっ、とは何よ。失礼ね。あら――。まだお見舞いしていたの??」
お節介役に相応しい笑みを浮かべ、俺の顔をじぃっと見つめて来る。
「話に付き合えと五月蠅くて……」
「それがあんたの使命なのよ」
「差し入れの買い出し、並びにやんちゃな入院患者の会話に付き合うのが俺の使命だと??」
「正解っ!!」
ビシッ!! っと。人に対して指を刺さないの。大変お行儀が悪いですよ??
「刺し入れ?? も――。二人共若いのねぇ――……。おばちゃん、恥ずかしいっ!!」
「「そっちじゃない!!」」
あら、また声を合わせてしまいましたね??
「冗談よ。差し入れは構わないけど、私の目が届かない所でして頂戴ね」
「了解しました。けど、それも今日までですよ。明日からは任務ですので」
さて、そろそろ退室時間が迫って来たし。
帰る準備を始めますか。
「あら、そうなの。トアちゃん残念ね――。大切な!! お友達が来てくれないって」
「大切、に何か意図的な物を感じるわよ。ってかそこのボンクラ。何してんの??」
そのボンクラって渾名。止めません??
「帰りの支度をしているんだよ。もう直ぐお見舞いの時間が終わるだろ??」
窓の奥。
一日の終わりを告げようとしている赤き日を指して言ってやった。
「え――!! まだ良いじゃん!! 延長よ延長!!!!」
「ここは場末の酒飲み場じゃあなんだから。そんな都合の良い物はありません」
その通りです、看護師さん。
「それにぃ。今から服を脱がせちゃうしぃ――。帰ってくれた方が都合が良いんじゃない??」
「っ」
服を脱ぐ。
その声を受けたトアの顔がぽっと朱に染まる。
「ま、そういう事だ。体を労われよ?? トア」
全ての荷物を背嚢に入れ終え、まだ遊び足りない子供の表情を浮かべるトアに向かって右手を差し出す。
「うん……。レイドも元気でね??」
「あぁ、お互い頑張ろう」
掴んでくれた手を男らしい力で握り返してやった。
「ちょっと、私女の子なのよ?? もうちょっと優しく握りなさい」
「お前さんにはこれ位が丁度良いの。じゃ、看護師さん。ガンガン脱がせてやって下さい」
彼女から手を離し、そそくさと病室の扉へと向かう。
「任せなさい!! さぁ――……。トアちゃん?? おばちゃんに若い肢体を曝け出すのよ!!」
「ちょっと止めてよ!!」
あはは、あの調子なら直ぐにでも復帰できそうだな。
皆がお前の帰りを待っているんだぞ?? 疲れを癒して、早く戻ってあげなさい。
「レイド――!! 有難うね――!!」
「おう!! そっちも頑張れ!!」
「うんっ!!」
男らしい拳をぎゅっと作り、彼女に向け。
「わぁっ。トアちゃん、意外と張りのある胸なのね??」
「意外とって何よ!?」
病室らしからぬ声が響き渡る部屋を後にした。
元気なのも大概にしなさい……。
活発な娘を持つ父親の気持ちが理解出来た、今日この日でしたよ。
さて、報告書も残り僅か。
後は宿屋で仕上げましょう!!
入院した患者から元気を貰うってのもどうかと思うけど。アイツの笑みは人を元気にしてくれる効果があるからね。
「きゃ――!! 下は脱がさなくてもいいでしょ!?」
「駄目よ!! ついでに調べるんだから!!」
「ついでって何を!!!!」
ついで、ね。
多大に後ろ髪引かれる台詞に別れを告げ、宿屋へ向けて。夕日が優しく差し込む静かな廊下を進み始めた。
お疲れ様でした。
オリンピックの野球観戦に熱中してしまい、後半部分の投稿まで編集を続けてしまうと深夜の投稿になってしまいますので。取り敢えず、前半部分だけの投稿になりました。
大変申し訳ありませんでした。
引き続き、編集作業に取り掛かりますので今暫くお待ち下さい。