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第四十四話 陣中見舞いに向かいましょう

お疲れ様です、本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 大通りのそれと比べ随分と閑散とした道を北上する。


 草臥れ果てた木製のバケツ、見ていて心配になる窓枠、誰が捨てたのか首を傾げたくなる生活感溢れた塵。


 表通りの美しい景観も捨てがたいですけども、生憎本日は人で溢れかえっていますのでこうした小汚い道でも物凄く快適に感じてしまうよ。


 いいや、愛おしい空間とでも呼ぶべきか。


 人は歩いちゃいけないんだよ。あぁんな狭い空間は。


 運良くいつもの宿の予約も取れて、道すがらお見舞い用の花束も買い終え。順調に歩みを進めてはいるのですが……。




 ふと、要らぬ不安が心の中に芽を咲かせてしまった。




 化け物相手に拠点地内で派手に暴れちゃったけど、誰かさんに見られていないよね??


 龍の力を解放して戦闘を開始。


 人ならざる力を以て奴と戦いを繰り広げ、その最中には空高い位置から叩き落とされてしまった。


 俺の姿を発見してしまった兵士さんが上層部へと報告を……。




 でも、報告がされているのなら俺が帰還した時に取り押さえられちゃうよね??


 つまり!! それから察するに誰も俺の状態を確認出来ていなかったことが推察されるのです!!


 友人を助ける為だとは言え、後先考えずに力を解放するのは気を付けよう……。


 丈夫な革製の手袋を常備すべきかな。




 今後の己の身の振り方に熟考を重ねていると、件の施設が通路を抜けた先に見えて来た。




 木造二階建ての建築物。


 広大な面積に建築されたそれは敷地面積に比例するかのように奥に、そして横に広くどっしりと構え。


 正面玄関からは今も忙しなく人の出入りが確認出来た。



 存在は知っていたけども、意外と大きいんだな。この病院。



 開きっぱなしの正面出入口を潜り、その正面に見えた受付らしき場所に歩みを進め。


 受付の看護師さん相手にアレコレ話を続けている数名の人達の後ろに待機した。




「おにぃさ――ん。こっち、空いていますよ――」



 あら、左様で??


 難しい顔を浮かべて受付の方とやり取りしている脇を抜け、随分とおっとりした看護師さんの前へと移動した。



「ごよ――件を受け賜わりますね――」


「えっと。同期が此処に入院したと伺って……。見舞いに来たのですけど。それは可能ですか??」


「そのよ――ですねぇ。綺麗な花束ですよ――??」



 彼女が俺の手元の花束を見つめて話す。


 一つコクリと頷き、引き続き質問を続けた。



「同期の名前は、トア=フリージア二等兵です」


「確認しますね――。それとぉ――。身分を確認出来るものは御持ちです――??」



 財布から軍人御用達の身分証を取り出し、受付の上に乗せてあげる。



「……。はぁ――い。確認出来ましたぁ。じじょ――聴取は既に終えられていますのでぇ。一般の方も、そして軍人さんも見舞いは可能ですよ――??」



 ほっ。


 良かった。


 折角購入した花束が無駄にならなくて幸いですよ。




「トアさんはぁ、二階の二百二号室に入院しています――。右手の階段を上がって向かってくださぁい」


「有難う御座いました」



 身分証を受け取り、間延びした声の主にお辞儀を放ち。指示してくれた階段へと向かう。





 何か病院って独特の匂いがするよね??


 右手に見えた病室の前を通過すると、ふわぁっと包帯の香りが鼻腔に届き。


 何処かの部屋から零れて来るツンっとした薬の匂い等々。複雑な匂いが絡み合い、例え目が見えぬとも此処が何処だと問われたら確実に正解出来る自信がある。



 それだけ特徴的な匂い。



 裏を返せば……。


 余り良くない思い出の中に残る香りとも捉えられるな。



 数日間以上も痛みに耐え、激痛から逃れる為に体を悪戯に動かして奥歯を噛み締める。


 その状況下に漂う病院の香。


 いつか、元気になった時に再びこの香りを嗅ぐと忌まわしき記憶がふと脳裏に過るのだ。



 この香りが嫌いな人は一定数以上居るであろうさ。



 木製の階段へと差し掛かり、広い踊り場を折り返して二階へと到達し。左右に視線を送った。



 さっきの看護師さんは二百二号室って言っていたよな??



「どっちだ??」



 右手、左手側にずぅっと続く廊下に忙しなく視線を送っていると。



「迷われましたか??」



 包帯と書類を大切に胸に抱く看護師さんが声を掛けて下さった。



「えっと。二百二号室はどちらですか??」


「左手に進んで頂ければ見えて来ますよ」


「有難う御座いました」



 キチンと頭を下げて謝意を述べ。



「ふふ、お気になさらず」



 彼女の柔和な笑みに見送られ無駄に長い廊下を進み始めた。




 職業柄笑顔には細心の注意を払っているのだろう。


 入院中、顰めっ面で対応されたら治るものも治らないだろうし……。


 先程の彼女が浮かべた笑みは。



『素敵な笑みの代表作』



 とでも言いましょうかね。



 少なくとも……。




「こらぁあああ!! トア!! あんた、また文句言うの!?」


「何度でも言ってやるわよ!! 私はもう元気なの!! 事情聴取も終わったし、早く退院させて!!」


「後一周間は入院させろって指示だからね!! 私の目が黒い内はぜぇぇったい退院させないよ!?」


「あっそう!! じゃあ、おばさんをブチのめして出て行くわよ!?」


「あ――そうかい!! やれるもんならやってみなさい!!」


「あったまきた!! やってやろうじゃないの!!」




 この病室から零れて……。


 いいや、突き抜けて来る声の主にアレを浮かべてみろと言っても絶対無理だろうさ。



 病院で何て声を出すんだよ……、ったく。



 二百二号室の扉を優しくノックし、中からの反応を窺うが。



「ほら!! 捕まえた!!」


「こ、このぉ!! 馬鹿力めっ!!」




 相変わらず戦闘が行われている様ですね。


 このままでは日が暮れてしまうので……。



「失礼します」



 これが病院に相応しい声色であると。


 我が同期に見本となる声を上げて、病室にお邪魔した。



「えっ!? レイド!?」



 白いシーツの上。


 恰幅の良い看護師さんに抑え付けられているトアが俺を見付けると、信じられないといった表情になる。


 入院患者らしく白を基調とした服装に身を包んではいますが、怪我人らしからぬ溌剌とした姿に何だか肩の力が抜けてしまいましたよっと。




「見舞いに来てやったぞ」


「ちょ、ちょっと待って!! 髪型が……」


「あははは!! 何だい、トア。急にしおらしくなっちゃってぇ!!」


「う、五月蠅い!! ほらあっち向け!!」



 はいはい。


 ベッド脇に立って直ぐ、今入って来た扉に向かって体の真正面を向けてやる。



「う、うん。これなら……。良いわよ」



 彼女の指示に従い、振り向くが。



「……」



 さっきと然程変わらないじゃないか。


 女性って生き物はどうして外観に拘るのだろうなぁ。本当に大切なのは中身ですよ、中身。



「これ、見舞いの花」



 大人しくベッドの上に足を伸ばして座る彼女に、白と橙が交互に咲き誇る花束を渡してやった。



「わっ……。凄く綺麗……」


「へぇ、百合にガーベラ。あんた軍人さんなのに、随分と礼節に長けているんだねぇ」



 上官の指示です。


 とは言えず。



「大通りを歩いている時に偶々花屋を見掛けまして」



 超無難な答えを伝えておいた。



「花は私が預かるよ。花瓶に生けて持って帰って来るから」



 看護師さんがトアから花束を受け取り。



「じゃあ、失礼するね」



 その足で出て行こうとするのですが……。










「――――――――。気を遣って、一時間位で戻って来ようか??」



 それ、どういう意味です??


 俺達がシパシパと瞬きを繰り返し、意味深な笑みを浮かべる彼女を見つめる。



「ほら、一時間もあればお互いキモチ良くなれるだろ??」



 そう言う事かっ!!



「「しませんっ!!!!」」



 トアと声を合わせ、病室で放つべきではない声量で叫んでやった。



「あはは!! それじゃあ普通に帰って来るよ」



 豪快な笑みを残して彼女が去ると。



「……」


「……」



 何だか妙な沈黙が訪れてしまった。



「す、座っていいかな??」



 ベッド脇に寂しそうに置かれている椅子に目を向けて話す。



「あ、う、うん。良いよ」


「それじゃあ……。ふぅ――。いや、しかし。今日は人が多くて参っちゃったよ」


「王誕祭だものね。あ――あ。入院中でなければ、色々買い物に出掛けるんだけどなぁ」



 大きな溜息を吐き、左手側の窓の外へと少しだけ寂し気な視線を向けた。



「買い物何処の騒ぎじゃないって。歩くだけでも億劫になっちまうからさ」


「それを乗り越えてこそ得る物があるのよ」



 そこまでして安い物を得ようとは思いません。



「所、で。どうして私が入院しているって知ってたの??」



 窓の外から此方へと視線を戻す。



「あぁ、実はね……」



 帰還報告した際に聞いた経緯を端的に述べてやった。。



「――。ってな訳で。様子が気になって足を運んだ訳さ」


「そうなんだ。有難うね?? 忙しいのに態々見舞いに来てくれて」


「同期の誼だって。それより……。化け物に襲撃されたって聞いたけどさ。大丈夫だったの??」



 今度は此方の質問の番です。



「いや、それがさぁ――……」



 彼女が話す化け物の形態は当然であるけども、俺達が退治したアイツの形態と一致した。


 首を絞められ意識を失い、目を覚ました時には既に奴の姿は無く。周囲の拠点地と連携して捜索したものの。


 化け物の痕跡は一切見つからなかった様なのです。




「拠点地の東側にさ、何か物凄い衝撃が起こった跡地を発見したのよ。化け物が見つからない。焼け焦げて抉れた大地。この事から察するに、もう一体別の化け物が出現してアイツを倒した。若しくは、あの化け物自体が爆散したのか……。派遣された兵士達が難しい顔を浮かべて捜査していたけど。結局は分からずじまいで終わっちゃった」



 はぁぁ――。危なかった……。



 俺達の姿は認識されていないようなので、改めて胸を撫で下ろした。




「大変だったな??」


「まぁね――。……。所でさ」



 何だろう??


 急にマゴマゴし始めたな。



 頬をぽっと赤く染め、何かを我慢する様に足をモジモジと動かしてふいっと視線を反らす。


 夏、だから暑いのかな??


 もう少し窓を開くべきか……。




「えっとね?? 一つお願いして良いかしら??」


「おう、良いぞ」



 入院患者からのお願いだ。無下に断る訳にもいかんだろう。



「実は、ね。ここで出される御飯が物凄く味気なくてさ。差し入れを……」



 恐らく、買って来いと伝えようとしたのだが。



「っ!?」



 キュルリリンッ!! っと。


 大変可愛いお腹の音が鳴り響き、彼女の言葉を断ち切ってしまった。



「――――。成程。味、量共に満足がいかず、腹が減っているんだな??」


「う、うん……」



 トアも一人の女性なのだな。


 己の失態から発生した羞恥に耐えられず、シーツの中へとモゾモゾと避難を開始してしまう。



「じゃあ適当に見繕って買って来てやるよ」


「本当!?」



 隠れたり、出て来たり忙しいですね??


 ノロマな蝸牛さんが是非ともご指導を!! と。懇願してしまうような出入りに思わず笑みが零れてしまった。


 色々あったけどさ。


 またこうして下らない会話が出来て俺は嬉しいよ。




「ココナッツのパンで良いか??」



 丁度、俺もあそこのクルミパンを食べたかったし。


 裏通りを駆け抜けて向かえば面会時間内に帰って来る事が出来るだろう。



「うんっ!! えっとね、お肉が挟まったパンと甘いパンは絶対入れて!! 後は……」



 これだけ元気な怪我人も珍しいだろうて。


 ポキポキと指を折りながら、体が今現在欲している物を述べて行く。


 しかし、量が多くないかね??




「了解。ちゃちゃっと買って帰って来るよ」


「頼んだわよ!? このお礼は退院してから返すから!!」


「別に良いよ。困った時はお互い様だし」



 膝をポンっと一つ叩いて扉へと向かう。



「早く買って来てね!!!! 後、隠して持って来なさい!!!!」



 はいはい……。


 一々指示を送らなくても理解していますから……。


 トアに了承の意味を伝える為右手をすっと掲げ、病院の廊下へと出た。




 裏通りからゆっくり歩いて行こう。


 大通りを堂々と進む勇気は俺にはありませんからね。



 病院の廊下に相応しい速度の歩みと、足音を奏でながら一路クルミパンを求めに出入口へと向かって行った。




最後まで御覧頂き有難うございました。


猛暑が続く日々ですが、体調管理にお気を付けて下さいね。

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