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第四十三話 概ね順調になってしまった帰還

お疲れ様です。本日の投稿になります。


それでは御覧下さい。




 荷馬車の車輪が地面を食む軽快な音が等間隔に鳴り響き、足の裏から跳ね返って来る大地の力強さを体全体で感じながら本日も順調に行程が進んでしまう。



 一年の内、空に浮かぶ彼が最も元気に笑みを振る舞う季節。



 そんな空の下で歩き続けたら人体はどんな反応を見せてくれるのか?? 答えは単純明快だ。


 額から汗が零れ落ち、体が渇きを訴えて水を欲し、照り付ける太陽の陽射しが肌を焦がしてピリ付く痛みを発生させるのです。


 只歩くだけ、そんな単純な事が重労働に感じてしまう。



「カエデ、水筒投げて……」



 御者席に着き、ウマ子の手綱を手に取る彼女に請う。



「どうぞ」



 足元の竹で作られた水筒を此方に向かってぽぉんと放ってくれたのですが……。



「でやぁっ!!」



 何処からともなく現れた赤き龍にそれを横取りされてしまいました。



「いやぁ、あっついわね――!!」


「そんな事は分かっているんだよ。水筒返して」



 荷馬車の淵にちょこんと腰かけて短い足を組み。



「水分補給は怠っちゃ駄目なのよ!?」



 キュポンっと栓を抜き、此方にまざまざと見せつけるかの如く。


 海竜さん特製冷涼なお水をゴッキュゴッキュと飲み始めてしまった。



「おい!! それ、俺の水筒だぞ!!」


「ングッ!! ングッ!! ぶっはぁ――!! いぎがえっだ!!」



 大馬鹿野郎から慌てて水筒を取り戻すも……。



「うっわ……。全部飲みやがった……」



 僅かな水滴が熱射によってカラカラに乾いた地面にポトリと落ち、矮小な染みを形成してしまった。



「ふぅっ。美味しかったっ」



 満足気に喉をコロコロと鳴らし、荷馬車の上に積まれている木箱の影へとそそくさと移動。



「ん――。風通しが悪いからぁ。これをもうちょっと動かすか」



 ユウの荷物を勝手に移動させ、それを枕代わりにして昼寝の姿勢を取ってしまった。



「おい、もう直ぐ王都に到着するから人の姿に変われよ」



 俺の直ぐ後ろ。


 本日も沢山の荷物を背負ってくれているユウが眉を顰めて龍へと苦言を呈す。



「は――い、はいはい。気が向いたらね――」



 その台詞を特に真摯に受け止める訳でも無く、尻尾をフリフリと振って寝返りを打ってしまう。


 この暑さが俺とユウの苛立ちを募らせているのだろう。



「「……」」



 憤怒を滲ませた四つの目が日陰で寛ぐ深紅の龍へと注がれるのだが。


 彼女は我関せずの姿勢を貫き、剰え。顎が外れんばかりに開いて欠伸を放ってしまった。



 横着な姿勢と態度が目に入るから苛立ちが募るんだ。


 敢えて見ない様にしよう……。


 乾燥してヒビ割れた地面に視線を落とし、巨大な溜め息を吐いて荷馬車に続いた。




「マイ、私からもお願いしても良いでしょうか。王都へ向かう人、並びに王都から出て来る人の数が普段よりも多いのです。人目に付く恐れがありますので」


「あぁ――。そう言えば、何となくそう感じるわね」



 街道から死角になる位置に身を置き、ぬぅぅっと小さい頭を覗かせて周囲を窺う。




 出来ればこの時期に帰還はしたくなかったよ……。




 第三次防衛線北部のティカで化け物を退治。


 与えられた任務を滞りなく終えて、帰路に着いたのですが。順調に進んでしまっては現在王都で行われている王誕祭の期間に間に合ってしまうと考えた俺は幾つもの策を実行した。




 道中寄った街で長ったらしい昼食を摂ったり、宿泊した宿屋では敢えて朝寝坊をしたり。


 夜営した日の翌朝に提供する食事ではワザと失敗して、最初から作り直す等々。


 姑息でみみっちい作戦をコツコツと繰り返し、行程を遅延させたのですが……。


 どうやら間に合ってしまいましたね。



 王誕祭の最終日は七ノ月の二十五日。


 そして、本日は二十四日。



 俺よ!! 何で後二日頑張れなかったのか!!!!



 仮病を装い、床に伏せる計画もあったのだが……。生憎、賢い御方が居ますのでそれは通用しないし。演技力にも自信が無いので実行に至れなかったのが悔やまれますね!!



「よぉ、レイド。何で人の往来が多いか分かる??」



 此方の左隣りに並んだユウが尋ねて来る。



「はぁ――。此処まで来ちゃったんだ。説明しようかな。実は、今王都では国王様の生誕を祝う王誕祭ってのが開催されていてね??」



 祭り。



「……っ」



 その言葉に反応してしまった龍の耳がピクッ!! と動く。



「王誕祭?? たかが一人の人間を祝う為に大勢の人が集まるのは大袈裟じゃない??」


「まぁこの大陸を統治する人の誕生日だからね。祝うのは当然だと、民衆は考えているんだよ」



「……。ふんっ」



 なぁんだ。


 只、人が集まるだけかぁ。っと。


 興味を無くした龍の耳が普段通りの角度になるのだが……。




「ほら、街の中央に屋台群があるだろ?? 王誕祭の時は西、東大通りの車道を片面通行止めにしてさ。各地方から訪れた商人達が屋台を出して商いを始めるんだ。それ目当てで訪れる人も居て。一年で一番人口が多くなるんだ」



「……っ!?」



 ほ、ほぅ!?


 それは本当かね!?



 今度は屋台という言葉に反応した龍が尻尾を、散歩に出掛ける前の高揚感全開にした犬みたいに激しくブンブンと振り始めてしまった。



 忙しない奴。




「うげっ。態々そんな時に帰って来ちゃったの??」


「まぁね。人が多過ぎるから宿屋で大人しく過ごすのも悪くな……」



「とぉぉうっ!!!! それは聞き捨てならない台詞ね!!」



 はい、厄介な人の登場です。


 龍の姿から颯爽と人の姿に変わり。遠足を心待ちにする頑是ない子供の笑みを浮かべて此方を見上げた。



「あの広くて、なっげぇ大通りの端から端まで屋台が出ているの!?」


「そうだよ。想像以上に人通りが多くて歩くのも困難なんだよ」



 あの祭りに良い思い出は無いからなぁ。


 俺は本部へ帰還報告をして、大人しく宿で報告書を作成していよう……。



「ほ、ほぅ!? 屋台が沢山出るって事はだよ!? 色んな料理も堪能できるのよね!?」


「――――――――。はい、その通りです」



 ここまで来たらもう諦めよう。


 好きなだけ食べて、好きなだけ祭りを堪能して下さい……。



「うっひょ――!!!! やったぁぁああ!! なんという僥倖!! 真の楽園が私を待ち構えているぅぅ!!!! ウマ子ぉ!!!! さっさと歩けやぁ!!」



 大馬鹿者が彼女のお尻をピシャリと叩くと。



『貴様っ!! 馬の尻を気安く触って良いと思っているのか!?』



 突然の衝撃に驚き、その足を速めてしまう。



「マイ!! 止めて下さい!! ウマ子が驚いちゃったじゃないですか!!」


「それで良いのよ!! グヘヘェ……。待ってなさい!! 王誕祭!! 私が、ぜぇんぶ食らい尽くしてやるんだからねっ!!」



 御者席に無理矢理搭乗し、カエデの小さなお尻をグイグイと押して狭い椅子に腰掛け。彼女が持つ手綱を強奪してしまった。



「はぁ――。あのまま放置していたらカエデが参っちまうな」


「二人で御しますか」



 ユウと共に速足で横着者を取り押さえに向かうのですが……。



「あっ、んっ……。レイド様っ。余り早く動かないで下さいまし。お腹が擦れてしまって……。私、イケナイ子になってしまいますぅ!!」



 服の内側から可笑しな声が聞こえて来たので、無理矢理その体を取り出し。


 荷馬車の荷物の中へと投擲してやった。



「はぁ――んっ。王誕祭に相応しい軌跡ですわぁ――」



 どんな軌跡だよ。


 荷馬車の荷物の狭い隙間、そこでひっくり返って嬉しそうにワチャワチャと八つの節足を動かす黒き蜘蛛を見送り。


 狂暴龍の無茶な指示によって暴走寸前になってしまった荷馬車を食い止める為に、速足から駆け足となって追撃を開始した。























 ◇












 足の踏み場も見つからない空間。


 今現在の歩道の状況を端的に言い表せばこうなのですが……。


 まさか、此処まで酷い状況だとは思わなかったよ。



「は――い!! 立ち止まらないで進んで下さ――いっ!!」



 交通整理員のお姉さんの声が何処からともなく響き、その声に従い人々は移動を続けているのですが。


 これ、歩いているというよりも。人が生みし波に乗って移動しているって感じだよね??



 立ち止まったら後方から波が押し寄せ、俺の体を飲み込み。数えるのも億劫になる人々に生える二つの足で背中を踏みつけて行くのだろうさ。



 常軌を逸した熱気にもう既に嫌気が差し、その波から逃れる様に北上を開始した。



「――――。ぷはっ!!!! ぜぇ……。ぜぇ……」



 な、なんて人の多さだよ!!


 厩舎から本部に繋がる道に到着するまで小一時間以上も掛かったぞ!?



 横幅の広い西大通りの左車線を完全閉鎖。


 北向きと南向きに屋台が開かれ、人々はその前を西から東へ。そして東から西へと絶えず移動し続けている。



 人の流れに乗って気になったお店に立ち寄り、お店の前に出来た列に並んで嬉しい汗と悲鳴を上げる店主から品を受け取るのですが……。



「しょ、正気かよ……」



 まだ昼前だってのにこの人口密度だぞ??


 暑さに強い蝉も顔を顰めて近付こうとしない熱気の中で飯を食おうとは思わないよ。



 カエデ達、大丈夫かな……。


 マイに強引に連れられて人並みの中に飛び込んで行ったけども。少々心配だな。



 人の体に己の肩が触れない空間に安堵を覚えつつ、やっとの思いで民家擬きの本部へと到着した。




「レイドです。只今帰還しました」



 痛んだ木の扉を軽くノックして中に伝えると。



「入って良いぞ――」



 普段通りのレフ准尉の声が扉越しに届く。



「失礼します」



 少々暑さにやられた声色で扉を潜り抜けた。




「よっ!! お帰り――」



 いつも通りにコップ片手に新聞を拝読される姿は想像していましたけども……。




「凄い人だろ??」


「えぇ、何人か吹き飛ばして進みやすい空間を捻出してやろうかと考える位でしたよ」


「あはは!! そんな事したら懲戒免職だぞ??」


「しません。例えですよ。それよりも……。その馬鹿げた量の広告の紙は何ですか??」



 机の上に並べられた幾つもの紙。


 その紙には。



『王誕祭特別価格!! 靴のお求めは是非当店で!!』


『王誕祭に相応しい価格でお客様をお出迎え致します!! 夏の下着は当店がイチオシ!!』


『新商品販売開始!!!! 今夏、当店は泳ぐ為の服を新発売します!! 水着をお求めの際は是非当店へお越しください!!』



 等々。


 この祭りの熱き流れに乗って利益を上げようとする店主達の迸る想いが籠められている広告の山が並べられてた。



 と、言いますか。水着って何??


 初耳だぞ。




「はっは――。凄いだろ?? 人通りが少ない早朝を散歩していたらさ、アチコチで店主達が広告を配布していてね?? 折角だから全部貰っちゃおうと考えたらこの有様さ」



 態々全部貰う必要はありませんよね??


 水着の詳細を書かれた広告を手に取り、言葉を放つ。



「明日で王誕祭は終了ですからね。店主達も利益を上げようと必死なんですよ」



 え――っと。


 どうやら水着という服は、泳ぐ時に着用する物で??


 今まで女性は普通の服。つまり薄着で水泳を楽しんでいたのだけれども、それでは女性の美しさを台無しにしてしまうと言う事から開発が進んでいたらしい。


 紆余曲折あって、今年になって開発が終了し販売を開始したそうな。



 別に泳ぐ時の服装なんて男は気にしないけどな。


 女性の場合、そうはいかないみたいですね。




「その水着を販売している店、すっごい行列だったぞ??」


「人間は新しい物に目が無いですからね。その類の連中が並んでいるのでしょう」



 広告を机の上に戻し、ふぅっと息を吐いた。



「私もその類の連中なんだよ。水着かぁ……。気になるよなぁ――」



 いやいや。


 仕事しましょうよ。



「それよりも、報告書を頂けますか??」



 水着の広告を手に取り、ウンウン唸り続ける彼女に問う。



「報告書を渡す前に……。お前、ティカで何があったのか知っているか??」



 おっ。


 軍人らしい鋭い瞳に変わってくれましたね??



「帰還の道中、街に寄った時に知りましたよ。何でも?? 正体不明の敵に襲われてほぼ壊滅状態に陥ったとか」



 その情報を得る為に、街の食堂に寄った際に店主から情報を入手したのです。


 事件の顛末を知っていますけども。何処まで情報が広まっているか、確認しなきゃいけなかったし。



「その通りだ。未だ情報が錯綜しているのだけども。レイモンドの軍人病院に入院している連中から事情聴取した所……。どうやらこの世の者とは思えない化け物に襲われたらしいんだ」



 えぇ、その通りですよ??


 あの化け物を倒す為、本当に苦労したのですから。



「本当ですか!? その化け物は何処へ!?」



 ふふ、俺も演技上手になったもんさ。


 敢えて知らない振りをしてレフ准尉に詳細を問う。



「それが分からないんだって。拠点地に居た全七十五名を一度帰還させ、入院させているんだけど。全員が口を揃えて知らぬ存ぜぬさ。化け物の行方が不明な以上、北部に戦力を集める必要がある。只でさえ少ない戦力を北部の大森林へ、そして南の不帰の森からも化け物が出現する事も危惧しなきゃならん。正に天手古舞って奴だよ」



 ヤレヤレ。


 そんな感じで両手を上げて話す。



「自分が訪れた時には特に不審な点は見られませんでしたので……。恐らくその後……」


「悪運が強い奴め。どうせなら一緒にやられちゃえば良かったのに」



 上官が仰る台詞では無いですよ――っと。



「入院した全兵士は今も入院中なのですか??」



 俺達よりも数日早く帰還したのだから、恐らくそうだと思うのだけど。



「多分ね。聴取が終わるまで缶詰状態だろうさ」



 と、なりますと……。


 トアも入院しているんだよな?? 



「見舞いは可能ですか??」



 同期の誼、じゃあないけど。


 友人の容体が気になるのは確かだからね。



「同じ軍人だし、可能だろうさ。知り合いでも居るの??」


「はい。拠点地内で同期とばったり会いまして……。安否が気になるのですよ」


「ふぅん。何なら、見舞いの許可証作成しようか??」



 おぉっ!!


 准士官になるとそんな事も出来るのですね!!


 是非、お願いしますと口に出そうとしたのですが……。




「偽造だけど……。まぁ、バレないだろう」


「結構です!!!!」



 頼もうとした自分が馬鹿でしたよ!!




「あはは!! 私の腕、見縊るなよ??」


「違う方面にその力を注いで下さい」


「は――い、はいはい。そして……。これが今回の報告書――」



 後ろの棚に向かい、無難な量の紙の束を。



「受け取れっ」



 ぽいっと机の上に放ってしまいましたとさ。



「いつも言っていますよね?? 貴重な書類は大切に扱うべきだと」


「そだね」



 ニヤニヤしちゃってまぁ――!! 腹立たしい!!



 上官でなければ文句の一つや二つ言ってやりたい気分だよ。


 キチンと紙の角を整え、背嚢の中にぎゅっと詰めてやった。



「次の任務は二日後に詳細が届く。二日後、午前九時頃に此処へやって来い」


「了解しました。では、同期の見舞いへと行って来ます」



 扉に向かって踵を返す。



「入院している同期って女??」


「えぇ、そうですよ」


「それだったら花の一つや二つ買って行け」



 えぇ――……。


 あの人混みの中を抜けて花屋まで行けと??


 それに、トアだったら花より飯を請うんだけど。



「軍人だって女は女。花を貰って嬉しくない奴なんていないさ」


「了解しました。では、花屋に向かい。店員さんに見繕って貰います」


「ん――」



 用が済んだのなら早く出ていけ。


 そう言わんばかりにシッシッ!! と。犬をあしらう手の動きを放つ。


 それに従って扉に手を掛けるのですが。






「間違っても病院のベッドでヤルなよ?? あそこの看護師さん、すっげぇ怖いから」


「絶対しませんっ!!!! 失礼します!!!!」



 勢い良く扉を開き、その勢いを保ったまま扉を閉めてやった。



 全く!!!!


 上官だったらもっと真面な言葉を掛けるべきじゃないのか!?


 頭上に光り輝く太陽も。



『まぁ、そう怒るなよ』 と。



 肩にポンっと手を置き、此方を労う姿勢と声を掛けてくれるのですが。それを乱雑に振り払って再び人混みの中へと向かって行った。




最後まで御覧頂き、有難う御座いました。


この王誕祭が終了次第、次なる御使いへと向かいます。


次の御使いが気になる御方もいらっしゃいますかと思いますが、今暫くお付き合い下さい。

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