第三十六話 平穏を切り裂く闇 その一
お疲れ様です!! 本日の前半部分の投稿になります!!
それでは御覧下さい。
明日に仕事に備え、もう間も無く沈む太陽。
この世に生を受ける者共は静寂なる夜を慎ましい態度で迎えるべきなのだが……。
栄えある第ニ十期生首席卒業の彼女は慎ましい処か、夕闇に染まる大地の上に燦々と輝く太陽を浮かばせ。周囲を照らし続けていた。
「あはは。それでさ――。聞いてよ」
「だから、さっきからずっと聞いているだろ」
拠点地の中を進みながら持ち前の竹を割った様な性格で地上を包もうとする闇を払い。
見ている此方に朗らかな気持ちを抱かせてくれる明るさは相変わらずだな。
同期が零す笑みを、下らない会話を続けながら温かい想いを抱きつつ見つめていると。
ふと、彼女と目が合った。
「ん?? さっきから何見ているのよ」
真正面から顔を動かし、きょとんとした顔で此方を見る。
前線に配備されたって事は聞いたけど。
俺が知っている彼女のままである事が嬉しいとは言えず。
「あ、いや。元気そうだなぁって」
「ふふっ。何よ、それ」
明るい茶の髪を嬉しそうに揺らす彼女から視線を反らし、拠点地の正面入り口へと到着した。
「お――。帰って来たか」
「はっ。有難うございます」
今も歩哨の任を務める伍長へと向かい、背筋を確と伸ばして答える。
「相変わらずアンタは馬鹿真面目ねぇ」
あのね。
これが上官に対する態度なんですよ。
腰に手を当て、やれやれといった感じで俺を見ているトアに厳しい視線を向けてやった。
『久し振りだなっ!!』
ちょっと遠くで暇そうに待機していたウマ子が彼女の姿を見付けると。
「きゃあ!! もう――。急に動かないでよぉ」
手綱を持って歩哨の任を続けていた彼女の制止を振り切り、旧友の下へと駆け寄り。粘度の高い唾液を纏わせた舌でトアの湾曲する頬を口撃した。
「きゃあっ!! あはは!! うん、久しぶりだね!! ウマ子!!」
『貴様も元気そうで何よりだっ』
ウマ子も久方ぶりの再会に高揚してしまったのか。
甘える嘶き声を上げて面長の頬を彼女の体一杯に擦り付けている。
「もぅ!! 分かったからっ!!」
襲い掛かる顔を押し退けるものの。
『ほう?? 随分と女らしい体付きになったではないか』
まだ甘え足りないのか。彼女の体を求めて大きな体を器用に動かして捕らえ続けていた。
元気な御二人ですねぇ……。
もう直ぐ夜ですから静かに、慎ましく明日に備えるべきなのに。
まぁ、でも。
旧友と出会えた時の高揚感は格別だからな。
分からないでもないよ。
「トアと知り合いなのか??」
俺と肩を並べ、馬と戯れる彼女を眺めながら伍長が話す。
「はい、そうです。今年の四ノ月に卒業したニ十期生の同期です」
「へぇ。新人なのに、あの強さなのか」
「戦闘があったのですか??」
第三次防衛線上にオークが出現したという報告は無いけどな。
「訓練でさ。アイツにやられちまったんだよ」
あ、そっち……。
「鋭い足の運びに、的確な打撃。アイツ、本当に新人なのかって思っちゃったもん」
「彼女は俺達の中でも突出した実力でしたからね」
剣技、徒手格闘、馬術。
事戦闘面に関しては他者を寄せ付けない実力であった。それもその筈、彼女の実家は剣術道場を営んでおり。幼い頃から戦闘技術を叩き込まれていたそうな。
トアの両親はてっきり道場を継いでくれるかと考えていた様なのだが、何を考えたのか。
『剣と技で御飯を食べられる様になりたい!!』 と。
両親の反対を押し切って軍に入隊した。
訓練生時代、訓練所内の夜間警備を共に続ける中。教官に見つからない様さぼっている最中に聞いた話ですけどね。
「では、そろそろ出発します」
これ以上道草を食っていたら……。
『遅い!! 御飯、全部食べちゃったわよ!?』
等と。
耳を疑う発言で迎えられかねませんからね。
「おいおい。こんな時間に出て行くのかよ」
「次の任務が待っていますので。おい、ウマ子!! そろそろ行くぞ!!」
トアの胸元に大きな鼻を埋め、彼女の香りをフンフンと嗅ぎ続けている横着者に声を掛ける。
「こらぁっ!! そこは駄目だってぇ!!」
『ほぅ?? そことはどこの事だ??』
はぁ……。
このままじゃ日が暮れちゃうよ。
「こらっ。トアが困っているだろ??」
ウマ子の体をポンっと叩き、説く様な口調で話すと。
『ふんっ。満足だ』
やっとトアの体から離れてくれた。
「はぁ――。遊んだ。すいません!! ちょっとだけ、散歩しても良いですか――!!」
は??
散歩??
トアが軽快な声を上げ、拠点地の入り口に立つ二人に手を振る。
「いいですよ――」
「やった!! レイド、ウマ子!! そこまで見送ってあげるから歩こう!!」
「ちょ、ちょっと!!」
俺の手を取り、東の方向へとグングン引っ張り始めてしまう。
「一時間もあれば十分かぁ――!!」
一時間も散歩したらマイ達と鉢会っちまう。
適当な場所で足を止め、この元気の塊の相手を務めましょうかね。
早く帰らなければならない焦燥感と、まだ彼女と長話を続けていたい高揚感。
これを言い例えるのなら……。
あぁ、そうだ。
夕日を捉えてしまい、夜までに帰宅しなければ家族から恐ろしい攻撃が待ち構えているのだけど。
中途半端な遊びの結果に満足がいかずに、いつまでも空き地で遊んでいる子供の心情だな。
実際、夜になって孤児院に帰ったらオルテ先生の拳骨が脳天に直撃したし。
あの攻撃は強烈だった。
意識が吹き飛ぶかと思いましたもの。子供に与える威力じゃないって。
「はいっ!!」
「あはは!!!! 二人共――!! 覗かれない場所でしろよ――!!」
覗かれない場所??
――――――、っ!!
そういう事か!!!!
「「しません!!!!」」
おや?? 上手い事声を合わせましたね??
互いに顔を朱に染め、お茶目な悪戯を仕掛けて来た伍長へと抗議の声を上げ。ちょっと遅い時間の散歩を開始した。
「全く……。冗談が上手い先輩だな。前線はあんな感じの人達が多いの??」
「ん――……。人によるかな。真面目な人は真面目だし、おちゃらけた人も居るし。でも、戦闘になったら皆真面目だよ??」
そりゃそうだろうさ。
ふざけた態度で戦闘に臨めば、一瞬で命を落とすからね。
「しかしさぁ――。レイドとこんな場所で会うとは思わなかったよ」
「俺もだよ。前線に配備された事は知っていたけど……。どうして此処迄下がって来たの??」
今も俺の右手を持つ彼女へと問う。
手、意外と柔らかいですね??
「それは……」
おっと。
聞いてはいけない事だったかな。
饒舌だった口を閉ざし、前を向いていた顔が俯いてしまう。
「言い辛かったら話さなくていいよ」
「ん――ん。言う」
左様で御座いますか。
「えっとね……」
彼女が話すには前線で二月もの間戦闘を続け。その間、多くの仲間を失い悲しみに暮れていた時に後方へと配属を命じられたそうな。
彼女が所属した部隊長が話すには、積もり積もった身体的疲労。並びに精神的疲労を拭う為だとか。
それは大いに理解出来る。
幾ら強いといってもトアはまだ訓練生を卒業して二月の新人なのだから。
いつ心を壊しても不思議では無い。
上層部はそれを見越しての異動を命じたのだろうさ。
「――――――――。ってな訳で。私は此処で牙を研ぎ、次なる獲物を求めて休んでいるのよ」
「お前さんは獰猛な野獣か」
「へへっ。がお――って??」
左手で獣の牙を模し、にぃっと笑って此方を揶揄う。
年相応の笑みが大変良く似合っていますよ――っと。
「揶揄うなって。と、言いますか」
「ん?? 何??」
「そろそろ右手、放してくれる??」
「あっ……」
やっと気づかれました??
「ご、ごめん」
掴んでいた右手をパっと離し、此方の右側へそそくさと移動し。しんっと静まり返る素敵な大地を歩き続けた。
耳に届くのは大地を食むウマ子の蹄の音、トアの矮小な息遣いと、二人が刻む大地の音。
それと……。
ちょっとだけ五月蠅い自分の心臓かしらね。
素敵な静けさを堪能していると、トアが口を開いた。
「ね、レイド」
「ん??」
「私って弱い、かな??」
貴女が弱いのなら、世の中の人は自分の力に嘆き苦しみ続けるだろうさ。
「強さにも色んな種類がある。戦闘面の強さ、精神的な強さ。トアが話しているのは、きっと精神的な強さの事だと思うんだ」
俺がそう話すと。
「……」
無言の肯定を送ってくれる。
「トアの戦闘の強さは誰しもが認めているよ。さっき、歩哨を務めている男性が言っていたからね」
「そうなんだ」
「体は鍛えれば強くなる。でも、精神的な強さはそうはいかない。大地に種を植え、雨水が種を育てて芽が出る様に。長い時間を掛けて成長する様なもんだ」
身体的強さに関してはマイ達も突出しているが……。
師匠に比べると、何処か物足りなさを感じてしまう。それはきっと、師匠が精神的な強さを兼ね備えているからそう見えるのであろう。
あ、勿論。身体的強さも化け物級ですよ?? 我が師匠は。
マイ達の強さを普通の木と例えるのなら。
師匠のそれはたった一本で一軒家が建つ程に太い幹と高さを誇る樹木ですね。
太い幹から伸びる枝には鳥達が止まり羽を休め、体を預ける。大きな樹木にはそれだけの信頼感があるという事だ。
いつか、俺も。
師匠の様な人から頼られる強さを持ちたいものさ。
「藻掻き、足掻き、苦しんで傷付いた心は修復しようと心を閉ざしてしまう。そこから立ち直るか、将又膝から崩れ落ちて苦しみ続けるのかは自分。若しくは、周囲の者の温かい心次第だ。 トアの場合、痛んだ心を温めてくれる仲間が居る。そして、膝を着いたまま何もしない器じゃないんだろ??」
トアの肩をポンっと叩いて言ってやると。
「ふふっ。うん、そうだね」
ちょっとだけ浮上した声色で答えてくれた。
「らしくないぞ?? 首席卒業のお前さんが中途半端な成績の俺に相談なんて」
「あのね。私も一人の女なの。私だって落ち込む事位あるんだぞ!!」
拳をぎゅむっと握り、右腕に叩き込む。
ほぅ??
中々良い物を御持ちで……。
「いって。――――。まっ、トアなら大丈夫!! 自信を持って思う様に行動しろ!!」
右手をすっと掲げると。
「おうよ!!」
右手を合わせ、パチンと軽快な弾ける音を奏でてくれた。
「もう少し優しく叩きなさい」
じぃんっと痺れが残る手を下げて話す。
「これが私の優しい叩き方なの!!」
「あっそ。てか、いいの??」
「何が??」
「拠点地から結構離れちゃったぞ??」
クルリと振り返ると。
拠点地内から見える篝火が小石程度にしか確認出来ないし。
「まだ一時間経っていないし」
いやいや。
一時間も歩いたら数キロ離れちまうだろ。
「じゃあ……。あぁ、あそこでいいや」
何も無い平原に寂しそうに横たわる岩を見付け。
「よいしょっと。此処で座って、中途半端な暗さをおかずにして話に華を咲かせましょうか」
ウマ子の手綱から手を放し、岩の上に腰掛けた。
「やった!! 隣、邪魔するわね!!」
体一つ分離して腰掛け。
「さ、あんたの近況報告をして貰おうかしら??」
「俺の話を聞いても大して面白くないぞ??」
「良いじゃん!! 同期の誼って奴!!」
はいはい。
分かりましたよ。
「じゃあ……。えぇ――っと。俺はほら、パルチザン独立補給部隊に配属されただろ??」
俺がやれやれといった感じで口を開くと。
『ふんふん!!』 っと。
忙しそうに首を立てに動かして頷く。
首、痛めますよ??
「俺と上官含めてたった二人の部隊でさ。任務内容もこうした御使い任務ばかりでね?? 各地へとひっきりなしに移動を続け……」
俺の話を興味津々といった感じで聞き続け、時に俺の経験を自分に挿げ替えた様に頷いてくれる。
ウマ子が手持ち無沙汰の如く、蹄で大地を蹴り。早く行くぞと急かすのだが。
俺も古き良き友人に会えた所為なのか。
話に熱を帯びてしまい、珍しく饒舌に語ってしまう。
先日の任務、つまりレシェットさんの護衛の任ついて話し終えると。
「――――。そうして御令嬢様を御守り致して、此処に至った訳なのですよ」
「へぇ、暗殺未遂ね。左手見せてよ」
どうぞ。
「ん――?? 暗くてよく見えないけど……。傷口は指の感覚で分かるわね」
くすぐったいからあんまり擦らないでよ。
「自分の体を庇って美しい御姫様を守ったのか。まるで王子様みたいじゃん」
「王子様は白馬に跨って御姫様を助けに行くけど、俺の場合は……」
「「……」」
二人でウマ子に視線を送ると。
『貴様等、何を見ている』
地面の草を食む口の動きを止め、此方をジロリと睨んでしまった。
「ま、まぁ――。ウマ子は賢いから!!」
『それが精一杯の褒め言葉か??』
トアへ向け、冷ややかな瞳を向けていた。
「と、兎に角。今日は久々に会えて嬉しかったわ」
腰掛けていた岩からささっと立ち上がり、間近に迫った馬の攻撃を躱す。
『良く避けたな??』
「伊達に鍛えていないわよ?? じゃ、私は行くから。レイドも頑張ってね!!」
「おう!! トアも頑張れよ――!!」
「うんっ!! ありがと――!!!!」
拠点地へと向けて駆けて行く彼女へ向かい、激励の声を放つ。
そして、その姿が見えなくなるまで見送り続けていた。
旧友との再会、か。
疲れが積もる中嬉しい発奮材になりましたね。
岩に腰掛けつつ訓練生時代の懐かしき日々を思い返しつつ、夜空を仰ぎ見る。
夜空に浮かぶ美しく煌めく星の瞬きの一つ一つが、俺の胸の中に残る思い出の様に見えてしまう。
あの一際大きな星は……。
ビッグス教官にド叱られた記憶で。
その周りを囲む小さな星はトアにぶん殴られ。不気味な飯を無理矢理食わされ……。
これは良い思い出じゃない!!
もっとよく思い出せ!! 俺!!
『いい加減出発するぞ』
ウマ子の口撃が肩を襲うも、せめて良い思い出を思い返すまで待ってくれと。
それに反応する事無く闇に包まれながら感傷に浸り。何とも言えない温かい気持ちに包まれていた。
最後まで御覧頂き、有難う御座います。
今から後半部分の執筆、並びに編集作業に取り掛かりますのでもう暫くお待ち下さい。