第三十五話 順調過ぎた到着 その一
お疲れ様です。猛暑の中の投稿になります。
それでは、御覧下さい。
太陽の光が空の頂点へ昇り、夏に相応しい光量が強烈に肌を刺す。早朝の爽やかで心地良い光は何処へやら。
動かずに、只じっとしていても全身の肌から汗が零れ落ちてしまう。
まぁ……。
汗が流れ落ちてしまうのは訓練中だから、なんですけどね。
拠点地から外れた空き地。
そこで数十名を越える兵士達が輪を形成し、その輪の中央へ怒号にも近い声で声援を送り続けていた。
「おっしゃ――!! そこだ!! いけっ!!」
男性兵の突き出した鋭い拳が相手に向かって進むが。
「おいおいぃ!! 今の外すかぁ!?」
相手の男性兵は華麗に拳を躱し。
「ふっ!!!!」
「ぐぁっ!!」
みぞおち付近に素晴らしい一撃を加えた。
うんっ。
見事な一撃でしたね。
無駄の無い動き且一直線に体の弱点へと攻撃を加える。
軍人足る正確さと破壊力に一つ頷いたんだけど……。
何か、足りない??
最前線で、といっても。
その基地から三つ北上した拠点基地だけど。そこで戦う先輩方と比べると二つ三つ物足りない。
「いよっしゃ!! 一本!!」
「ちっ。やられたぜ……」
「「「二人共良くやったぞぉぉおお!!!!」」」
盛り上がる先輩方々には悪いけど、本当の強い人達を知っている私はちょっとだけ冷めた感情でその様子を見つめていた。
強いのは強いんだけども……。
必要最低限の強さを持っているだけって感じだものね。
絶対言いませんよ??
此処に居る全ての者は私よりも階級が高いですから。
「よしっ!! 次は新人隊員のトア!! 前へ出ろ!!!!」
「はっ!!」
審判役を務める男性の声を受け、輪の中央へと進む。
「頑張れよぉ!!」
「トアちゃ――ん!! 負けたら私が慰めてあげるからねぇ――!!」
負ける、か。
私が新人だから、始める前から負けると考えているのだろう。
申し訳無いですけど。
私はたかが訓練だろうが、一切手を抜く事はしません。
純粋な戦いには上官も部下も関係無い。
拳を交え、闘志を燃やし、相手を倒す!!!!
「やったぜ!! 俺の相手は新人の可愛い子ちゃんか!! お兄さんが優しく倒してあげるからね!!」
「宜しくお願いします」
軽い笑みと、軽い言葉を掛ける伍長にお辞儀を放ち。
「ふぅ――……」
両腕の先に作った相手を打ちのめす為の攻撃の要を、体の真正面へと上げ。
その時に備えて呼吸を整えた。
「さぁ……。いくぜぇ!!」
中途半端に上げた拳、普通の移動速度。
目を見張る物は無い、か。
「おらぁっ!!」
何の工夫も無く真っ直ぐ放つ拳を薄皮一枚で躱し。彼から一歩距離を取った。
よしっ。
今の間合い、ね。覚えたわよ。
「俺からビビって逃げたな!? 追撃だぜ!!」
これ以上この人から得る物は無い。
悪戯に訓練を長引かせてもお互い得る物はありませんからね。
決めますよ!!!!
「食らえっ!!!!」
「ふぅっ!! 」
放たれた拳を左手の甲で弾き。
「はぁっ!!!!」
がら空きになった伍長の脇腹に拳を突き刺し。
「おぐぶっ!?」
相手の肉を穿つ感覚に拳と私の体は勝利を確信した。
一応手加減したけども……。骨、折れていないかな??
「そこまで、一本!!!!!」
「「「「うぉぉぉおおおおお!!!!!!」」」」
そこまで凄い事じゃないけど……。
まぁ、素直に歓声を受けましょうかね。
「有難う御座いました」
「お、おぉ。お疲れ……。ゴホッ……」
あっちゃ――。
強く打ち過ぎちゃったかな?? でも、骨に異常は無さそうだし。
我ながら上手に手加減出来たわね。
伍長が脇腹を抑え、痛そうに輪の中へと戻るのを見届け。私も輪の中へと加わった。
「トアちゃん凄いねぇ!! あの伍長さん。結構強いんだよ??」
輪に加わり引き続き行われる組み手を眺めていると、隣でふんふんと頷きながら観戦を続けている女性から声を掛けられた。
「そうなんですか??」
この人、名前なんだっけ。
えぇっと……。
「そうそう!! 私より後に此処へ来た人なんだけどね?? 俺は強いんだよ――!! って言いふらしていたんだっ!!」
まぁ、いっか!!
人が良さそうな人だし。
さり気なく後で聞こうっと。
「あ、あはは。確かに強かった、かな??」
私が男だったら全然弱かったでしたよ!! って。堂々と言えるんだけども。
ここで女性である私が男性である伍長をぶちのめし、勝利を高らかに宣言すれば。
『女の癖に』 と。
周りから冷たい目で見られる恐れもある。
女性の場合は相手を立てる事も言わなきゃいけないのよねぇ。はぁ――っ!! こういう時。女性って本当に面倒っ!!
願わくば、男に生まれて来たかったわね。
「やっぱそうよね!? 私も嫌々訓練に参加したんだけどさ――。あの人に一発で負けちゃったっ!!」
嬉しそうに敗戦を語らないで下さい。
でも、まぁ……。
本来であれば、闘志を剥き出しにして戦うのが兵士足る姿なのですけど。
「もう直ぐ訓練も終わるし。今日は先輩である私が御飯を作ってあげるよ!!」
「有難うございます」
餅は餅屋、じゃあないですけども。
戦闘は戦闘員に任せ、後方支援はそれに相応しい者に任せるべきだと思いますよっと。
因みに私は前者であり、この人……。
「んぉっ!? パトリー!! 飯作るのか!?」
そうそう!!
そんな名前だったわね!!
「そうですよ――!! 皆さんの分も御作り致しますね――!!!!」
「「「「やっほぉぉいい!!!!」」」」
パトリー一等兵が御作りになられる御飯は美味しいですからね。
前線で戦う者達が全力を出して戦う為には、食事で栄養補給と精神回復を図らなければならない。
私は腕力には自信がありますけども。
そっちの腕は正直、自信が無い。
「パトリーちゃん!! 俺にだけ大盛にしてよ!!」
「あはは――。駄目ですよ――?? 皆さん、平等ですからね――」
「「「はぁ――いっ!!!!」」」
男はあぁいう感じの女の子が好きなんでしょうね。
パトリー一等兵が。きゃはっ!! と女性らしい笑みを群がる男共へと向けていた。
顔も良し、料理の腕も良し。
そりゃあモテルだろうさ。
私は私の道を突き進みますから関係ありませんっ!!!!
まっ、まぁ。
せめて料理程度は出来ないと駄目よねぇ。一応女性なんだし……。
そう言えば、料理で思い出したけど。
訓練生時代。
『なぁ、トア』
『何よ』
『それ……。食べ物、だよな??』
鉄鍋の中でドス黒い煙を放つ料理擬きを見つめながら、ボンクラが溜息を吐く。
『そうよ?? 見た目はアレだけど。食ったら美味いわよ』
さぁ、召し上がれ??
料理擬きを匙で掬い、ボンクラの口元へと運ぶのだが……。
『ん――。今はお腹一杯だからいいかな』
折角私が作って、しかも!!
人生初となるあ――んの行為から逃れやがったのだ!!
許せる訳無いわよね?? 当然。
『大丈夫だって!! スレイン教官の料理よりマシだから!!』
『自分で味見しろ!! 俺に変な物食わせるな!!!!』
『美味しいから……、ねっ!! きっと、美味しいからっ!!』
『アレとか、マシとか、きっととか!! 抽象的な言葉を使っている自体でヤバイ奴なんだよ!! それは!!』
脱兎の如く私の右隣りから逃げ出すものだから、当然追いかけるわよね??
私は両手に鉄鍋を持ち、獲物を追い駆ける獰猛な野獣となり。目に涙を浮かべながら泣き叫ぶ草食獣の背中へと襲い掛かって押し倒し。
『さぁ……。あ――んっ??』
私達の姿を見て腹を抱えて笑う同期の連中達に、己の高揚しきった感情を悟られぬ様。
人生初のあ――んを行った。
『や、やめてっ。お、お願いしますトア様。俺、まだ死にたくない……』
『たかが料理で大袈裟なのよ、あんたは。材料は皆一緒なんだし、大丈夫!!』
――――――――。多分だけども。
『い、今多分って言っただろ!!』
『うっさい!! 私が食えと言ったら、あんたは食う運命なのよ!!』
『理不尽過ぎますってぇえええ!!』
『さぁぁぁぁ、食うのだ。さすれば貴様の願いを叶えてしんぜよう』
匙の上に乗っかった黒き物体を彼の唇へとあてがう。
『んっ!? ん――んっ!!!!』
ははぁん。
嫌、だと??
私が大変冷たい目で見下ろすと。
『っ!!』
首の筋を痛めてしまう勢いで激しく上下に振ってしまった。
『そっか!! あはっ!! 嬉しいよ!! 目に涙を浮かべて私の料理を食べてくれるなんてっ!!』
『ふぃがいます!! おねふぁい!! やふぇ……』
『はぁい。召し上がれっ』
刹那に開いた口に黒き物体を押し込み。
『ンブッ!?』
『ほら、咀嚼』
吐き出さない様に右手で喉元を抑え、そして左手で口を覆ってやった。
『ごっくんしないと、此処から退かないわよ??』
彼の体に跨り、馬乗りの姿勢のまま話してやる。
彼が恐る恐る震える顎を一度だけ、ゆぅぅぅぅっくり上下に動かすと。
『っ!!!!』
意外っ!!
そんな感じでぱぁっと顔が明るくなった。
『どう美味しいでしょう??』
『プハっ!! 料理は見た目も大事なんだ。例え、味が良くてもな』
ふふ、有難うね?? 褒めてくれて。
彼に跨ったまま大変楽しい言葉を交わしていると。
『ビッグス教官――!! トアとレイドが子作りをしようとしていま――す!!』
あろうことか。
同期の馬鹿野郎共が私達の事を揶揄い始めてしまった。
『なぁにぃいいい!! 貴様等っ!!!! そういう事は夜にしなさいっ!!』
『ビッグス教官。論点がずれています』
スレイン教官の放った冷たい指摘が私達の体の奥から笑い声を引っ張りだし、辛い訓練中なのを忘れて大笑いしてしまったのを今でも覚えているわね。
レイド、元気にしているかなぁ――。
多少なりに料理の腕も上達したし。今度会ったら作ってあげよう。
勿論、逃げたら取っ捕まえて無理矢理鼻の奥から捻じ込んでやるけどね。
だだっ広い平原から拠点地へと移動しながら、泣き叫ぶアイツの顔を人知れず頭の中で想像すると口角がにゅっと上がってしまう。
いけない。
ニヤニヤしながら歩いていたら変な奴扱いされちゃうわ。
気を引き締め、新人らしく慎ましい態度で過ごしましょうかね。
両頬をピシャリと叩き、気合を入れ直して拠点地へと足を踏み入れた。
最後まで御覧頂き、有難う御座いました。
後半部分は現在執筆、並びに編集中ですので本日の夜に投稿予定になります。もう暫くお待ち下さい。