第三十四話 浅学菲才な彼
お疲れ様です。週末の夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。
それではごゆるりと御覧下さい。
月明かりが優しく大地を照らし、本日は快適な夜であると。梟も満面の笑みを浮かべて狩りに出掛ける頃。
俺は地面に横たわりながら顔を顰めて、美しく輝く真ん丸お月様。並びに、月を横切って狩りへと向かう鳥達の姿を睨みつけていた。
「はっは――!! 一本だね!!」
「いつつ……。あ、あのね。もう少し手加減してくれよ……」
痛む肩を抑え、硬い大地に両足を突き立て。
「んふふ――。無理無理!! レイドとの組手、楽しいからさ!!」
上空に浮かぶお月様も。
ほぅ?? っと。丸い顎に指を添えてしみじみと頷いてしまう。
星々の煌めきが美しい夜空の下で快活な笑みを浮かべている彼女へ向かってそう言ってやった。
「ったく。何も思いっきり投げる事もないじゃないか……」
龍の力を解放し、ユウの懐に入るまでは良かった。
自分でも納得出来る形で攻撃態勢に移り、此方の攻撃を決して通さないぞと防御の型を取ったユウの右腕に右拳を叩き込んだのだが……。
「レイドは接近戦が超得意だからなぁ。近接攻撃を受け続けたら厄介だし、パパっと掴んで放り投げた方があたしも楽だからね!!」
此方の攻撃力では彼女の分厚い装甲を貫く事は叶わず。
右腕を掴まれ、地面から体を引っこ抜かれて空高く体が舞い上がり。空高い位置から地面に叩きつけられてしまったのですよ。
俺の体は玩具ではありません。もっと丁寧に扱って欲しいのが本音であります。
「はいはい。今度は負けないからな!?」
ユウの肩を軽快に叩くと。
「おう!! 優しく叩き潰してやるよ!!」
お返しに肩を叩いてくれるのですが……。
もう少し優しく叩いてくれませんかね?? 肩が外れちまうよ。
王都を出発して今日で丁度十日。
道中立ち寄った街で補給を繰り返して順調に進み、予定通り拠点地ティカまで凡そ半分の距離まで到達出来た。
次の街まで随分と距離が空いているので、本日は街道から大分外れた草原での夜営に至り。
夕食後。
いつもの組手へと興じていた訳です。
只、この組手が物凄く疲れるのですよ……。
日中歩き続けるよりも、此方の方が体力を削っているのは言わずもがな。
しかし、確実に腕前は上がっていると思う。
現に。
「いちち……。なぁ、レイド。あたし、女の子だからさぁ。もうちょっと優しく拳を叩き込んでくれよ」
痛そうに顔を顰めて右腕を抑えている力持ちさんの御顔がそれを証明していた。
「中途半端に攻撃を加えたら酷い仕返しが待っているからね」
「んっ。正解っ!! あたしは嬉しいよ」
「嬉しい??」
「うん。こうして、さ。レイドだけじゃなくて。皆で切磋琢磨して強くなって行く事が」
皆で、か。
優しい彼女の言葉らしいや。
「俺の場合は皆に置いて行かれまいと必死だからなぁ。切磋琢磨というよりも、歯を食いしばって縋りつく感じかな」
彼女達には俺には無い奥の手、継承召喚がある。
それだけじゃなくて、魔法もござれだ。傑物に囲まれている此方の心情も少しは汲み取って欲しいものだよ。
「そんな事無いって。ほら、龍の力もある程度使える様になってきたし。それに抗魔の弓もあるだろ?? あたし達と遜色ないって」
「そうだと良いけどね。ただいま――。組手、終わったぞ」
本日の野営地へと帰還し、先に寛ぐ三名へと声を掛けた。
「おっそ。ユウ、もっと早く片付けなさいよね」
俺は雑魚扱いですか??
まぁ、言い返しませんよ?? 目を覆いたくなる残酷な仕返しが待ち構えていますので。
「えへへ、楽しかったからさ。よいしょっと!!!!」
カエデが設置してくれた焚火代わりの光の前にポンっと座り。
「さてと……。続きを開始しますかね」
右手を宙に翳し、春の訪れを予感させる緑色の魔法陣を展開させた。
「なぁ。前々から聞こうと思っていたけどさ」
「は?? 何。忙しいから話し掛けないでよ」
あ、いや。
貴女にはでなく、どちらかと言えば皆様に問うているのですよ??
ユウとは真逆の色。
深紅の魔法陣を浮かべ、それと睨めっこしている彼女からお叱りの声を受けた。
「それ、何やっているの??」
先程まで行われていた食事の後片付けを再開しつつ問う。
うわっ!! 包丁が刃こぼれしてる!!
後で研いでおかなきゃ。
「術式を構築しているのです」
カエデが自身の体の真正面に浮かぶ明るい光の魔法陣を睨みつけながら話す。
『術式』 ……、ね。
もっと分かり易く教えて頂けないかしら?? こちとら、魔法関係についてはド素人ですのでね。
カエデの前の光輝く魔法陣を何とも無しに眺めていると。
「レイド様。魔法の属性については周知ですわよね??」
「えぇ、っと。火、水、土、風。後は光と闇だっけ」
右肩にポンっと飛び乗って来た蜘蛛さんにそう話す。
「大正解ですわ。魔力を持つ我々は術式を構築して魔法を詠唱する事が可能になるのです」
ふぅむ。
魔法を演奏会と仮定するのなら。
術式は楽譜みたいなものか。
「例えば、マイやユウが付与魔法だっけ。それを使用する時には魔法陣が現れないけど……」
「詠唱する方法は多岐に渡ります。自身の内側で詠唱するものもあれば、外側で詠唱するのも存在します。内側で詠唱する魔法は、どちらかといえば単純な術式になります」
ほうほう、大分理解出来て来たぞ。
「じゃあ、アオイやカエデが詠唱する時に浮かべる魔法陣は。難度の高い術式なんだね??」
「流石レイド様ですわっ。真、聡明であられますぅ」
これが無ければ素直に尊敬しますのに……。
チクチクした毛を摺り寄せて来るお腹を指で押し返し、再び質問態勢に入った。
「じゃあ、皆は魔法を詠唱する為に術式を構築している訳だけどさ。カエデの奴と、マイの奴ではその大きさが違うのはどうして??」
マイが浮かべる魔法陣とカエデのを比べると、倍近い大きさの差があるからね。
「この術式構築の際に最も気を付けなければならない事が二つあります。それは、術者の『許容量』 と。『対消滅』 ですわ」
また初耳の単語が出て来たぞ……。
「一度構築した術式は体内に収めれば、不変となり。いつでも詠唱が可能になります。しかし、魔物の種族差とでも言いましょうか。体内に取り込める術式の容量は限られているのです。これが、許容量ですわ」
「つまり……。えぇっと……。大きなコップと小さなコップみたいな感じかな??」
「んっ、正解ですわっ……」
ですから。
毛を擦り付けないで!! 集中したいの!!
「じゃあ、対消滅について教えてよ」
「畏まりましたっ。魔法の属性には対となる物が存在します。『火と水』 『風と土』 『光と闇』 。術式構築の際には対となる属性を含める場合。大変慎重にならざるを得ません」
「どうして??」
「異なる属性の配分。例えばぁ……。水の力よりも火の力を強くし過ぎてしまった。そうなりますと、折角構築した術式が霧散してしまい。初めからやり直しとなります」
「げっ……。最悪だな」
「それはもう……。目の前が真っ暗になってしまいますわよ?? 今までの努力が気泡と化してしまいますから。完成した術式を体内に溜めると、今度は術式同士の対消滅が始まります」
完成品同士が体内で衝突し合う感じかしらね。
「現在構築している術式が、体内に存在する術式と相反した時に消滅します。つまり!! カエデと能無し猿との術式の大きさの違いは今まで構築した術式の量の差とも呼ぶべきですわね」
それは一言余分ですよ――っと。
「…………」
ほら、彼女。ものすっごく睨んでいますもの。
「体内に存在する術式と反発しない様、慎重に術式を構築するが為にカエデが現在構築している術式は膨大な情報量になってしまうのです。そして、完成した術式。つまり魔法には強弱、反発しない限り組み合わせる事が可能です。つい最近ですと、室内を涼ませてくれたカエデの魔法がいい例ですわね」
あの涼しい風を送ってくれる奴か。
あの魔法を強力に詠唱すると、周囲の空気を凍らせ。周囲に居る者達の心と体を凍てつかせる。
使い方によっては残酷な魔法にもなりえるのか。
「多くの種類の魔法を詠唱する為には、膨大な努力の時間を要する訳ね。有難う、勉強になったよ」
「い、いえ。そんな……」
二本の前脚をワチャワチャと動かし、嬉しさ?? を表現してくれた。
「私も先程、治癒魔法について習得したばかりですのよ??」
「へぇ!! カエデが詠唱出来る奴??」
あの魔法は特に便利だからな。
「その通りで御座いますっ!! これでぇ、レイド様がいつ怪我をしても直ぐに治療を開始出来ますわよ??」
「怪我をしない様に気を付けます。皆は今、どんな術式を構築しているのかな??」
食器の片づけを終え。
輪の中央の明かりの前に座りつつ話す。
「あたしは土中の鉄を集めてぇ……。んで、拳に纏わせる魔法――」
緑色に光る指先で魔法陣の中に術式を描きながらユウが話す。
それは魔法なのかな?? どちらかと言えば物理では??
「私は光の魔法ですね。先日、エルザードさんが詠唱した広範囲殲滅魔法。その一種だと捉えてくれれば」
お、おぉ。
大変恐ろしい魔法ですね。
「マイは??」
「あ??」
こっわ。
せめて数言で返事を下さい。
「私の場合は……。ん――。何て言えばいいかなぁ?? ほら、私って最強じゃん」
それは肯定しかねますね。
貴女よりも強い人物を数名知っていますので。
「それに似合った最強の魔法の術式を構築しているんだけどさぁ」
「何か問題??」
「詠唱から発動までに至る時間が、すんげぇ掛かるのよ」
戦闘は一瞬で勝負が決まる時もある。
そんな時にチンタラ詠唱していたらやられてしまいますからね。
「術式自体はさっき完成したのよ。後はその問題を解決するのが大変でさぁ――」
「気長にやれば?? 対消滅だっけ。そうなったら大変だし」
「んっ。あんがと」
有難う、ね。
コイツの口から久し振りに聞いた感謝の言葉だな。
馬鹿みたいに飯を食って大騒ぎしていても、より高みへ昇る為に努力を惜しまない。
うんうん。
良い傾向じゃあないか。
俺も見習うべきだね。
「あ――!! 面倒!! 今日はもうお終い!! ユウ!! 寝るわよ!!」
体の正面に浮かんでいた魔法陣を消失させ、顰めっ面を浮かべ続けている彼女の下へと歩む。
「ん――。先に寝たら?? あたしはもうちょい頑張る」
「何よ!! 私が寝ると言ったら、ユウも寝るのよ!!」
どんな決まり事だよ。
理不尽過ぎるって。
「わぁったから!! 胸を揉むな!!」
さて、此処からは見てはいけませんね。
俺ももうちょっと頑張ろうっと。
抗魔の弓を手に取り、明るい輪から静かに移動を開始。
「うひょ――!! おっめぇ!!」
「きゃはは!!!! や、やめ……っ。んっ……」
「――――。レイド様?? お分かりかと存じますが……。決して振り返ってはいけませんわよ」
了解です。
どこぞの龍に首を捻じ切られ、無造作に地面へ放置されて骸と化したくはありませんのでね。
深紅の龍の横着に深緑の髪の女性が大変あまぁい声を漏らしつつ抵抗を続ける。
更に。
右肩に乗る蜘蛛さんからはお叱りの声。
もう少し静かに行動出来ないのですか?? 貴女達は。
その中で一人静かに作業を続けていた藍色の髪の女性が、ふぅっと大きな溜息を吐き。
人知れず天幕へと移動。
それを見付けた龍が待っていましたと言わんばかりに後へと続く。
これで収まるかと思いきや。
「ユウ――。お腹借りるわよ――」
「ふざけんな!! 一人で寝ろ!!!!」
「バッグス!! て、てめぇ!! 耳から脳が飛び出て来たらどうすんのよ!!」
残念無念。
二回戦は天幕内で開催されてしまいましたね。
カエデも可哀想に……。
我が隊の隊長殿の労を労おうとしたのだが、そこは流石で御座います。
「んほっ!! 先端み――っけ!!」
「やめろぉ!!」
「いい加減にして下さいっ!!!!」
「「アババババ!?!?!?」」
何かが弾ける音が響くと同時に女性二人の悲鳴がこだました。
「あれも、強弱の内??」
「左様で御座いますわ。流石、カエデですわ。死なない程度に雷撃を加えるなんて」
死なない程度、ね。
あの二人ならカエデからの雷撃を食らっても大丈夫でしょう。問題は、俺の場合ですね。
カエデが常々言っている。
『心の乱れは風紀の乱れ』
この短い言葉に全てが集約されている気がするよ。
海竜様からのお叱りを食らわない様に己の行動、並びに言動に注意を払いましょう。
口数が少なくなった蜘蛛さんを右肩に乗せたまま自主練習を開始。
だが、深紅の矢を射る度に。
「あっ、はぁっ。素敵で御座いますぅ」
やら。
「はっ、んんっ……。レイド様のお力が私の体を貫いてぇ」
等々。
集中力を掻き消す甘い声を放つので、断腸の思いで彼女の体を掴み。闇の先へと投擲してやった。
「辛辣ですわぁぁぁ――……」
絶対そんな風に思っていないだろうと、問いたくなるが。
今は集中しましょう!!!!
彼女達と共に高みへと登る為、何処までも広がる虚無の闇へと向かい深紅の矢を撃ち続けたのだった。
最後まで御覧頂き、有難う御座います!!
さて、明日は私が楽しみにしているオリンピック競技が開催されます。
弾けろ筋肉!! 飛び散れ水飛沫!!!!
体格差を物ともせずに勝利を掴み取って欲しいです!!
午後二時からの放映ですのでその間は投稿出来ませんので御了承下さいませ。