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第三十三話 猛る調教師さん

お疲れ様です!! オリンピック開会式を観覧しながらの投稿になります。


それでは、御覧下さい。




 上空一杯に広がるどんよりとした厚い雲が強い陽射しを遮り快適な気温を提供してくれる。


 西大通りの行き交う人々も束の間の暑さから解放されたお陰か。何処か快適そうに見えますね。


 只、新しい任務へ旅立つ手向けとしてスカっと晴れ渡って欲しかったのが本音かな。



 何だか降りそうで降らなさそうな天気にモヤモヤした想いを抱きつつ、大通りを横断……。



「こらぁ!! 駄目ですよぉ――!! そこで横断しては!!!!」



 あはは。ごめんなさいね?? 急いでいるんですよ。



 交通整理を続けるお姉さんにお叱りの声を受け、我が愛馬が待つ厩舎へと急ぎ足で向かう。




 ウマ子、元気にしているかな??


 厩舎に預けて二日しか経っていないけど、その様子が気になってしまう。


 こうした短期間で彼女の様子が気になるのには勿論理由があるのです。





 遡る事、二日前。





『あ!! レイドさん!! お帰りなさい!!』



 帽子を深く被った奥から軽快な労いの言葉を受け、厩舎に到着。



『只今帰還しました。ほら、ウマ子。ただいまは??』


『あぁ、戻ったぞ』


『あはは!! 元気そうね!!』



 彼女が面長の顔を優しく撫でると、満更でもない嘶き声を上げてルピナスさんの優しさを受け止めていた。



 いつものやり取りが開始され。その流れに乗じてじゃあないけども。



『ルピナスさん、一つ頼み事があるのですけど』


『何ですか??』


『ウマ子の人参嫌いを克服したいのですが……。調教師であられるルピナスさんの力添えを頂きたいと考えていまして……』



 厩舎の奥。


 彼女と共に道具並びに、荷馬車の片づけを行いながら問うた。



 馬房の近くだとウマ子に聞かれてしまう恐れがありますからね。


 アイツ……。


 人参って単語は聞き逃さないし。賢過ぎるのも如何なものかと思いますよ。



『喜んでお手伝いさせて頂きますっ!! 調教師の名に懸け、必ずやあの子に人参嫌いを克服させますからねっ!!』


『あ、有難う御座います!! では、数日後に戻って来ますので。楽しみにしていますね!!』



 ルピナスさんから差し出された右手を掴み、我が愛馬の好き嫌いの克服を固く誓ってくれたのが本当に嬉しかったのですよ。



 短期間の間にアイツがどれだけ成長したのか……。



 ふふっ、ちょっと楽しみだな。



 厩舎に近付き、ふわっと香る獣臭の中を進みつつ。進化を遂げた彼女の姿を想像してしまうと思わず速足になってしまう。



 その勢いを保ち、ウマ子が足を休める厩舎へとお邪魔した。






「い、い、いい加減にしなさいっ!! 何度言ったら分かるの!?」



 ん??


 ルピナスさんの声だ。



「いい!? 私は貴女の御主人様からお願いをされてやっているの!! レイドさんの期待に応えるのが貴女の役目でしょ!?」



 うら若き女性が放つべきではない怒号に近い……。


 いや、もうあれは怒号と呼んでも差し支えない声色だな。



 厩舎の入り口に足を踏み入れただけでもう既に嫌な予感しかしない。



「「「……」」」



 馬房で体を休める馬達も何事かと思い、閂の上からぬぅっと面長の顔を出して叫び声の方へと視線を向けていた。




「あっそう!! もう怒った。貴女が食べるまで、ぜぇぇったい!! 馬房の中から出さないからね!?」



 ウマ子が休む単馬房の影からそっと中の様子を覗くと……。



「ほらっ!! どうぞ!!!!」



 ルピナスさんが大地の恵みを受けて丸々と太った人参を、ポフポフで分厚いウマ子の唇に密着させていた。



 懸命に職務を遂行する姿に万感の思いを抱くのですが。


 これを良しとしないのが彼女の悪い所ですね。



『ふんっ。無駄な事をする……』



 そんな物を与えるな。


 そう言わんばかりに顔をフイっと反らす。



「食べないなら餌箱の中に入れますからね!?」



 ルピナスが年相応にプンプンと怒りながら餌箱へと向かう。



 隙だらけの背中を見せた刹那。


 ウマ子の円らな瞳が怪しく光った。




『ほぉれ。私の膝を味わうが良い』



 右前脚を器用に曲げ、彼女の丸みを帯びたお尻をちょいと突く。



「きゃぁっ!!」



 馬の何気ない攻撃によって前のめりなり、馬房内の壁に手を着いてしまった。



『はっはっ――。いい気味だ』


「こ、このぉ……。馬に対してこれ程までに怒りを覚えた事は無いわ」


『私は普通の馬では無いからなっ!!』



 前歯をにぃっと出し、彼女の憤りを更に煽る。



「絶対許さないっ!! そのふざけた口をこじ開けて、喉の奥に無理矢理突っ込んでやるっ!!」


『貴様!! 何をするっ!!!!』



 そして質実剛健な調教師と、得手勝手な馬の頂上決戦が始まってしまいましたとさ。



 馬の列脚が暴れれば地面に敷いてある藁が吹き飛び、強制的に食まされた人参を吐き出すと勢い余り宙を舞って隣の馬房へと到達。




 おっ、御馳走だぁ!!



 それをバリボリと美味そうに食む隣のお馬さんの姿に、何故か涙が溢れてしまいそうでした。



 本当に……。御免なさい。


 無理難題を押し付けてしまって……。




「きゃあ!! 服を食むなんてズルいわよ!?」


『そおれっ。情けない胸板を披露するがいい!!』


「出ちゃうから止めなさい!!」



 何が??


 まぁ、皆迄問うまい……。



『貴様!!!! 何故、気合の入った物を着用しているのだ!?』


『止めて!! これ、結構高いから!!』



 いかん。


 これ以上任せていたらルピナスさんの堪忍袋が破裂しかねん。


 いや、もう既に破裂したのか……??



「――――――――。おほんっ。おはようございます、ルピナスさん」



 今到着した感じの声をさり気無く放ち、馬房の前へと姿を現した。



「あっ!! おはよう……。っ!!!!」



 安心して下さい、ルピナスさん。


 派手にお披露目してしまったアレは見ない様に地面へと視線を落としていますので。




「い、いや――。今日は良い天気ですねぇ――」


『曇りだが??』




 閂の上から伸びて来た甘えん坊の顔が俺の頬を一つ舐める。



「あ、あはは。うん、そうだね」



 それのお返しとして、ちょっとだけ強い手の力で頬を撫でてやった。



 コイツに人参を食べさせる事は諦めた方が良いかな??


 調教師さんが心労祟って倒れちゃうよ。



「お、おはようございます。レイドさん」



 帽子の上から、プシュ――っと蒸気を放ち。顔の表情が一切窺えぬ程に深く帽子を被った彼女から挨拶の言葉を頂く。



「おはようございます。え、っと。申し訳ありませんね。無理なお願いをしてしまって……」


「いえ。これも私の職務ですからね。本日から任務ですよね」



 閂の下を潜り抜け、通路へと体を出して話す。



「そうですよ」


「期間はどれ位ですか??」


「ざっと見繕って……。二十日間、でしょうか」



 任務の詳しい内容は伝えてはいけませんが、日程程度なら良いでしょう。



「二十日間。そうなりますとぉ……。帰還後は七ノ月の終わり頃ですから、丁度王誕祭の週ですね!!」



 あ、そっか。


 もうそんな季節か……。




 一年を通じて、最もこの街の人口が多くなる週。それが王誕祭なのです。



 アイリス大陸の各地から観光客、並びに商人が王の誕生を祝う為に訪れ。これだけ広い街だってのに足の踏み場さえ発見するのに苦労する程に人口密度が高くなる。



 普段は馬車が通る道を片側だけ閉鎖。



 車道には中央屋台群宜しく、各地から訪れた商人が屋台を開き。観光客、そして此処に住む者達の胃袋を満たしてくれるのだ。



 普段は味わう事が出来ない料理に舌鼓を打ち、祭りの最後には北大通の終着点に特別設置された舞台で王様が挨拶で締め括る。



 この大陸を統治する王を謁見しようと人が押し寄せ、その熱気たるやもう酷いの何の……。



 街の中央にまで人がぎゅうぎゅうと押し詰められ、それはさながら万力で握った密度が高いおにぎりですよ。


 いいや、土鍋に溢れんばかりの具材を入れてコトコトと煮込んだ鍋料理とも呼ぶべきか……。



 何はともあれ。


 王様が国民に向けての挨拶を終え祝福の鐘を打ち鳴らし。祭りは終了。


 商人達は大金を手にして、地元へと大手を振って帰還するのです。




「物凄く人が多いですからねぇ……。辟易しちゃいますよ」




 訓練生時代。


 同期の連中に連れられて嫌々ながら祭りに参加したのだが……。


 足を踏まれ、体当たりをぶちかまされ、挙句の果てには酔っ払いの喧嘩に巻き込まれてしまった。


 当然、手は出していませんよ?? 逮捕されちゃいますからね。



 そんな事もあってか。


 余り良い印象を持てないのです。



 それに……。



「そうなんですか?? 私は好きですけどね。あ、そうそう!! あの祝福の鐘の音!! 凄く綺麗ですよねぇ……」



 そう、鐘の音。



 幸せ一杯の花畑に頭をやられた恋人同士の話が発祥だか知らぬが。



 王様が挨拶を終え、打ち鳴らされる祝福の鐘の音を恋人同士。若しくはそれに近似した関係の男女で聞くと、末永く結ばれるそうな。



 あのね??


 どれだけの男女が鐘の音を聞いていると思うの??



 その中で末永く結ばれる幸せな関係もあれば、破局を迎える不幸な関係もある。つまり!!


 人間は良い方に視線を向けがちですからね。


 末永く結ばれた関係の方を掬い上げ、自分に当て嵌めようとしているのですよっと。



 浅はかである事に変わりはない。


 迷信ですよ、迷信。




「確かに、綺麗な事『だけ』 は認めましょう」


「あれ?? 随分と冷たい声色ですね??」


「余り良い思い出はありませんからね。あの祭りには……」


「何があったんですか??」


「実は……」



 ウマ子の頬をよしよしと撫で続けるルピナスさんに、苦い思い出を話してあげる。



 と、言いますか。


 短期間の間に随分と仲良しになりましたね??


 ウマ子、気持ち良さそうな嘶き声を上げて目を瞑っていますし。



「へぇ……。それは、大変でしたね??」


「大変どころか二度と行くもんかと考えましたよ。横っ面を腫らして訓練所に帰ると教官からお叱りの声を受け。更に、更にぃ!!!! 同期の連中がその姿を指差して笑い転げる始末!! あの時ばかりは本当に怒りましたね」



 あの三人の顔は未来永劫忘れる事は無いだろう。


 いつか、同じ目に遭ったら同じ様に指を差して笑ってやるからな??



「あ、あはは……。レイドさんでも怒る事はあるんですね??」



 乾いた笑みと表情を帽子越しに表して話す。



「俺も感情を持つ生き物ですからね。人並みの感情を持ち合わせていますから」


「そうですか。――――――――。えぇっと、レイド、さん」


「はい??」



 何だろう。


 随分と急にしおらしくなりましたね??



「帰還する予定は、二十日後。なのですよね??」


「何事も起こらなければ、の話ですけど」


「そ、そうですか!! えっと、じゃあぁ……」



 体の真正面で手を合わせ、十本の指をしっちゃかめっちゃかに絡み合わせ始めた。


 蛸、かな?? 指がフニャフニャになっていますよ??











「も、もし宜しければ。その……。お、王誕祭を一緒に回りませんか?? ほ、ほら!! 珍しい料理とか並びますので!!」



 ふぅむ。


 頑張る調教師さんと回るお祭り、ね。



 共に肩を並べて屋台の前を練り歩き、愛馬や普段の私生活についてあれこれ語る。


 二人で取捨選択した屋台へと足を運び、熱気渦巻く中で嬉しい汗を流して舌鼓を打つ。



 大変楽しそうなのですが……。




「申し訳ありません。帰還後、報告書を仕上げなければならず。しかも、その量が大変多いのですよ。仕上げて提出する間にきっと祭りも終わっていますので」



 それだけじゃなくて。



『うっひょ――――!!!! な、何これ!? こ、これが祭り!? 全部食べて良いのぉぉ!?』



 あの龍が横着しない様に監視の目を光らせねばならないのです。


 まぁ、その役目はカエデが担当してくれるかと思うけど。万が一に備え。おいそれとは、了承出来ない誘いですね。



「そ、そうですよね!! お忙しいですよね!! い、いやぁ。そっかぁ……。忙しいかぁ……」



 何もそこまで凹む事は無いでしょうに。


 祭りは毎年行われるのですから。



「来年も、そして再来年も行われますのでね。機会が合えば行きましょうか」



 俺がそう話すと。



「は、はいっ!! 是非、お願いします!!」



 帽子の奥から満面の笑みを放って頂けた。



「あはは!! よぉし!! ウマ子!! 装備を整えるからね!! 奥に行くわよ!!」



 あ。


 余り派手に叩くと怒りますよ?? 彼女は。



『貴様っ!! 私の体に易々と触って良いと考えているのかっ!!』



 馬房からぬっと出している面長の顔に先に生える分厚い唇で彼女の帽子を剥ぎ取ってしまった。



「きゃああ!! ごめん!! 分かったから返してぇ!!」


「あはは。ルピナスさん、そうやって帽子を被らない方が似合いますよ??」



 額に大粒の汗を浮かべて、年相応にキャアキャアと騒ぎながら帽子を取ろうと躍起になり。


 丸みを帯びた瞳に誂えたような湾曲する頬を伝う、羞恥の汗が良く似合っていた。



「へっ?? あ、いや!! でも!! 素顔を見られるのは慣れていないので!! お願い!! 返して!!」



『ふふ、悔しかろう??』



 届きそうで、届かない絶妙の位置に帽子を上げる。


 それに向かって飛び跳ねる一人の調教師さん。



 全く……。


 絵になりますよ。



 いつまでも眺めていたい光景なのだが……。生憎、予定が押していますからね。


 我が愛馬を説き伏せ、漸く帽子の返還に至り。




 帽子の鍔にべったりと付着した馬の唾液を辟易した顔で拭い去り、憤りを露わにした彼女が仕返しと言わんばかりに作業着のポケットから人参を取り出す。




 人参を差し出された馬は。



『き、貴様!! 悪魔か!?』



 面長の顔をグングンっと上下に揺れ動かし、馬房の奥へそそくさと退却。



 一進一退の攻防を繰り広げる様に俺と周囲の馬達は呆れにも似た吐息を吐き出し、調教師さんと馬の本日二度目の頂上決戦を観戦する羽目になってしまったのだった。




最後まで御覧頂き有難う御座いました!!


いよいよ始まるオリンピック。


各国の選手達が繰り広げる超人決戦をこの目に焼き付けたいと考えております。



そして。


ブックマークをして頂き、有難うございます!!


暑さで執筆意欲が失われる中、嬉しい励みになりました!!

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