第三十二話 ちょっとしたお返し
お疲れ様です。本日の投稿になります。
それでは、御覧下さい。
人で溢れかえり、雑音が蠢く西大通りから一転。
夕闇に染まり、静かで草臥れた裏通りを大変重たい足取りで進む。
「ぎゃははは!! 飲めっ!! 飲めっ!!」
「これ以上飲めねぇよぉ――!!」
俺の気持ちを浮上させようとしてくれるのか、将又彼等自身が楽しむ為なのか。
この薄暗い路地裏に似合った陽性な声が飲食店から漏れて来る。
皆さん一日の終わりを楽し気に迎えられて羨ましい限りですよ……。可能であればその元気を少しで良いから分けて下さい。
「おっと……。えへへ。落としそうだった」
ユウが両手一杯に抱えた紙袋を幸せそうな笑みで抱え直す。
図書館で己の失態から取られてしまった言質により、ココナッツのパンだけでは無く。どうせなら中央屋台群に寄って行こうとなり。
それぞれの好みの食材を求めて右往左往。
皆さんの食欲が夏の空の下で炸裂し、俺の財布にとんでもない痛手を与えて来た。
足取りが重たいのは間違いなくその所為ですね……。
「お肉、パン、甘味ぃ……。ぬふふ。今日は御馳走よねぇ」
貴女。
一体全体どうやってそれを持っているのですか??
「どうやってそれ運んでいるんだ??」
両手で抱えきれない量の荷物を器用に持って運ぶマイに問う。
と、言いますか。
前が見えないのに器用に歩くね??
「右手と左手に力をグワッ!! っと籠めてぇ」
ふんふん。
「後は勘よ!!!!」
その勘が知りたいんだけどなぁ。
まぁ、いいや。
何んとかカエデの贈り物の一件は許されたみたいだし。明日には王立銀行に寄ろう。
お金を下ろさないと任務に支障をきたしてしまう。
報奨金、並びに今まで貯蓄してきた甲斐があったもんさ。先を見据えた貯蓄こそ大切である。一つ勉強になりましたね。
裏通りと似たような草臥れ具合の宿の扉を開き、今日も暇そうに欠伸を噛み殺す店主に部屋の鍵を御借りし。
長い廊下を進んで本日からお世話になる部屋の扉を開いた。
「とう!! 私はここよ!!」
四つ並ぶベッドの向こう側。
横に三つ並ぶ中央のベッドへと颯爽と移動を果たし。
「んふっ。さ、さぁ!! どれから食べようかなっ!!」
ずんぐりむっくり太った龍の姿に変わると、ベッドの上に所狭しと並べた紙袋を物色し始めてしまった。
いかん。
アイツが飯を食らい始めたら何時まで経っても食っていそうだし。
先に、次の任務に付いて話しておこうか。
前回と同じ位置のベッドに荷物を置き。
「あたしも前と同じでいいや。よっと!!」
「右に同じく」
「ま、まぁっ!! 不公平ですわ!! レイド様の御隣のベッドは私が使用する運命なのです!!」
それは何故ですかと問う前に。
「皆、食べながらでもいいから聞いてくれ。次の任務の説明をするよ」
ベッドに囲まれた部屋の中央へと移動し、アイリス大陸の簡易地図を広げた。
「レイド様ぁ――。横着者共が私のベッドを奪うのですぅ……」
「次の任務地はここ。大陸北部に連なる山々に近い場所のティカって拠点地だ」
首筋にチクチクした毛を擦り付けて来る蜘蛛を指で押し退けつつ、左手の指で大まかな場所を指した。
「目的は??」
俺のベッドに腰掛け、地図を見下ろしながらカエデが話す。
「指令書を届けるだけ。だから、行って帰ってのとんぼ返りだよ」
「ふぁくしょうなふぃんむじゃん」
「楽勝はそうなんだけどさ。最近暑くなってきたし、体調管理に細心の注意を払いながらの移動になるから。そこだけは気を引き締めてくれ」
口の中一杯にパンを頬張り、口の端っこからポロポロとパン屑を落とす大変御行儀の悪い龍へと話す。
行儀が悪い!!
そう言ってもどうせ聞きやしないし。言いませんよ。
と言いますか。今の言葉を聞き取れる自分が居る事に驚きですね。
「日程は??」
「行きに十日程度だから……。往復二十日間だね」
「ふむ……。了解しました」
コクリと頷くと静かに立ち上がり。己のベッドを先日と同じく壁際にくっ付け。
「…………っ」
体操座りの要領でベッドの上に腰掛け、右手側に食料。両手に本を持ち、素敵な読書の時間が始まりましたとさ。
「ユウ!! そのパン美味いわよ!!」
「食う前に言うんじゃない!! 楽しみが減るだろ!!」
一日の終わりに相応しい宴が始まりますが……。
この陽性な雰囲気に飲まれてはいけません。
さて、此方は己に課された責務を果たすとしますかね。
荷物の中から報告書を取り出し、部屋の隅に併設されている机へ。
「あらっ?? レイド様。お食事は??」
「一段落付いてから頂くよ」
実は、昼に食った男飯が尾を引いているのです。
今日はこのまま食べなくてもいいかな。
「そうなのですか……。で、では!! 私がレイド様がお暇になられない様に御話させて頂きますわね!?」
「あ、いや。耳元で喋られると集中できませんので」
「ま、まぁ!! 妻である私が献身していると言いますのに……!!」
大変お喋りな蜘蛛さんを肩に乗っけて移動を開始した。
「カエデ――。部屋、暑いからちょっと涼しくしてよ」
マイがちいちゃな御手手で龍の横顔を扇ぎつつ話す。
「おぉっ!! あの魔法か!!」
あの魔法?? 何だろう。
ちょっと気になるな。
「アオイ」
「は、はい!! 何で御座いますか!?」
「あの魔法って??」
「此処へ帰って来る時、一度だけ天幕を使用して夜営をしましたわよね??」
「そうだね」
「その時、彼女が快適な睡眠を得られる様に使用した魔法が……。あれで御座いますわ」
顔面にベッタリと蜘蛛が張り付いたままでは見えないので。
「あはぁんっ。辛辣ですわぁ――」
横着な蜘蛛の胴体を掴み、ユウの方へと美しい放物線を描いて放り。
「アオイ。邪魔っ」
「んふっ。丁度良い緩衝材があって助かりましたわっ」
ユウの胸に満点の着地を果たした彼女から、部屋の丁度中央に浮かんだ魔法陣へと視線を送った。
新緑と青の美しい配色。
そこからサァっと、乾燥した秋の涼しい風が放たれ始めるではありませんか!!
「うっそ!! 何、コレ!? 涼しいぞ!?」
周りは夏特有の蒸し暑い気候。
しかし、この部屋は乾燥した冷涼な秋の気候に変化。
これで驚かない方が不思議だよ!!
「氷の力で冷やした風を周囲へと送ります。この程度の広さなら一日中……。いえ、一週間程私が魔力を解放しても耐えられますね」
へぇ……。
凄い便利な魔法だな。
椅子から立ち上がり、魔法陣付近に腰掛け。
涼しさを体中で受け止めた。
はぁ――。
こりゃ快適だ。
「魔法陣の大きさ、威力は自由自在??」
「勿論です。天幕内で使用した物はそれより一回り小さい物でしたよ」
「あたしも初めて見た時は驚いたもんさ。なぁ?? そうだろ??」
ユウが美味そうなパンを取り出しマイに尋ねる。
「ふぉうね――。ふぁすが、カエデふぇとこふぇね!!」
「有難うございます。後、物を食べながら会話を行うのはお行儀が悪いですよ??」
「うふぇふぇ!! ふぁたしは気にふぃないね!!」
そこは気にしなさい。
後、本に視線を落としつつ会話を継続するのもちょいとお行儀が悪いとは思いませんかね??
まぁ、絶対言えませんけども……。
机の前へと戻り、再び右肩に乗った蜘蛛さんと素敵な攻防を繰り広げつつ。
快適な環境下の中で仕事を再開した。
◇
夜の帳が下り、宿の周囲にはこの時間に相応しい暗闇が存在し。私達を静かに包む。
外から偶に零れて来る酒に酔った方々の陽性な声。その声を捉えるとこんな時間まで騒いで明日に響かないのだろうかという余計な心配がふと湧いてしまう。
それを言うのであれば、私もそうですけどね。
矮小な光球を宙に浮かべ、その明かりを頼りに図書館から御借りした本を読み続けていますから。
読書に誂えた様な静かで素敵な空間。
日中は五月蠅くてとてもじゃないですけど、集中出来ない時間が多いのです。
この空間は深夜まで起き続けている者の特権、とでも申しましょうかね。
「ガッビィィ……。ンガッフッ……」
ベッドの上で大の字で眠り、こんもりと盛り上がったお腹を鋭い爪でガリガリと引っ掻く深紅の龍。
「すぅ……。すぅ……」
ミノタウロスの女性はキチンとシーツを被って眠り。
「……」
蜘蛛の女性は天井に張り付いて眠って……。いるのかな??
良く分かりませんが、兎に角。
室内には素敵な夜の時間が溢れており、私はそれを体全体で受け止めていた。
只、それは一部を除いて。ですけどね。
部屋の四隅の一角。
そこで蝋燭の明かりを頼りに今も紙と戦いを継続させている方へと視線を送る。
「ふわぁっ。ねっみ」
大きく顎を開き、グルンっと肩を回す。
もう何度も見た光景が私の気分を更に落ち着かせてくれた。
私も、ちょっと休憩しようかな。
読みかけの本をベッドの上に置き、彼の下へと音を立てずに歩み始める。
「はぁ――。やっと半分かぁ」
「――――。明日には終わりそうですね」
「のわっ!?!?」
背後から声を掛けると、体をビクンッ!! と動かし。
「びっくりしたぁ!! まだ起きていたの??」
睡眠不足気味の顔色で此方を見上げた。
「えぇ。借りて来た本を読まなければなりませんので」
「あぁ、五冊だっけ。今、何冊目に入ったの??」
「五冊目です」
「はっや。そんなに慌てて読む必要もないんじゃない??」
あははと軽い笑みを浮かべてそう話す。
「私のお気に入りの作者の本ですからね。どんどん読み進めてしまうのですよ」
「そっか。良かったね?? お気に入りの作品があってさ」
その点に付いては、私は気にしていません。
私が大変嬉しく感じているのは……。貴方が私の為に贈り物をして頂けた点ですよ。
彼は私の普段の労を労おうとして作ってくれたのでしょうが。私も女性なのですね。
男性の感情が籠められた贈り物を受け、大変心地良い感情を抱いているのです。
父親以外の異性から初めて受け取った贈り物。
それはもう本当に嬉しくて、ついつい素の感情が矢面に出てしまいましたから。
「睡眠不足は仕事の効率を下げます。適度な睡眠を摂る事に心掛けて下さい」
「了解しました。隊長殿」
彼がピンっと背筋を伸ばし。私に向かってちょっとだけふざけた声色で話す。
「隊長命令には必ず従う事。良いですね??」
「はっ、了解しました」
うん、宜しい。
コクンっと一つ頷き、自分のベッドへと戻る。
硬くも、柔らかくも無いベッドに腰掛け。彼の姿を見つめるのだが……。
隊長命令を無視して、仕事に没頭していた。
むっ。
即刻命令違反ですか。
貴方は人間の部分が強いのですからね。余り無理はいけませんよ。
読みかけの本を手に取ろうとするのだが……。
枕の下に潜ませておいた図書カードを手に取り、その感触を指先で楽しむ。
彼が私の為に贈ってくれた素敵な、贈り物……。
ふふっ。
今日はいい夢が見れそうですね。
再び大事に枕の下へと仕舞い、読書を再開。
しかし、彼は私の忠告を無視して小説の最終局面に至っても作業を続けていた。
これ以上看過出来ませんね。
命令違反は。
海竜の姿へと変わり、上下に体をくねらせながら彼の足元へと移動。
「――――――。机の上に移動させて下さい」
彼の脹脛をちょいちょいと突いてやった。
「いぃっ!?!? な、なんだ。カエデかぁ……。そう何度も驚かさないでくれ。心臓が止まっちまうよ」
「大袈裟ですね」
変身した事を気付かなかったのは、仕事に集中していたのか。それとも、睡眠不足から来る注意散漫なのか。
彼の顔色からして後者であると断定出来ます。
目の下、ちょっとだけ青いですよ??
「机の上でいいの??」
「はい。どうせ眠らないと考えまして…………。よいしょ。それなら、私が誤字脱字を確認した方が理に適っているとの考えに至りました」
机の上に満点の着地を決め、後ろ足でぐっと立って見せた。
どうですか??
久し振りに見たこの姿は??
「そっか。頼りになりますよ、隊長殿。皆は揃って眠っているし。眠気を誘うこの雰囲気に負けちゃいそうだったからね」
むっ。
違いますよ?? 今は私のこの姿を褒めるべきなのです。
もうちょっと大きく背伸びしてみようかな……。
更に力を籠めて背を伸ばすと。
「じゃあ宜しくねっ!!」
私の頑張りを放置して仕事を再開させてしまった。
「了解しました」
気付けと言う方が難しいかな。
疲労困憊って顔色ですものね……。
「……」
彼が羽筆を走らせると、紙が心地良い音を立てて文字が現れ。
「ふぅ……」
彼が吐息を漏らすと私の中の何かがポッと温まる。
誤字脱字を監視する名目でお邪魔させて頂きましたが。
ここも素敵な場所ですね。
大変落ち着きます……。
「レイド。そこ、間違っているよ??」
「あ、本当だ。訂正印を押して――っと」
「しっかりして下さい。私が監視する以上は、今晩で終わらせますからね??」
これは御褒美なのです。
私も眠たいのを我慢して作業に携わっていますから。
――――。
御褒美、じゃあないな。
私から彼に贈る贈り物、かな。
本当は形に見える物を贈りたいですけど……。異性に何を贈っていいのか、経験不足の私には理解出来ませんので。
もうちょっと大人になって。
様々な人生経験を得た後に贈らせて頂きますね?? 素敵な、贈り物を……。
「眠いの??」
彼が奏でる音と、体から放たれる癒しの香りが私を眠りへと誘ってしまう。
「い、いいえ。大、丈夫です」
駄目だ。
目を開けていられない……。
「あはは。そこで眠ってて良いよ?? もうちょっとしたら俺も眠るから」
「そういう訳には、いきませんよ」
口では強がりを言うものの。
体は正直ですね。
自然に蜷局を巻いてしまいましたので……。
「おやすみ。ゆっくり休んでね」
本日は有難う御座いました。
素敵な贈り物を贈って頂いて。そして、レイドも早く眠って下さいね??
その言葉を最後に、私の意識は夢の中へと旅立って行ってしまった。
おやすみなさい。
お互い良い夢を見ましょうね。
最後まで御覧頂き、有難う御座います。
明日に迫ったオリンピックの開幕ですが、皆さんはどの競技を御覧になられますか??
私は超絶怒涛のマイナーな競技を現地で観覧する予定でしたのが……。残念ながら無観客となってしまい、自宅での視聴になってしまいました。
応援する声は競技者に届きませんが、熱き想いを届ける為に応援させて頂きます!!