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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百六十一話 世界に終焉を齎す者 その一




 己の口から零れ出る吐息は体内に籠る熱を逃そうとして燃え盛る熱量を帯び、四肢には途轍もない筋疲労が山積して通常の行動に至る為にはかなりの労力を強いている。


 酷い病や激しい運動後に襲い掛かる疲労度が可愛いモノに思える程に私の体は疲弊していた。


 体は休息を欲して素敵な生命が広がる大地に座って体力の回復に努めようとしているが、私の意識はそれを完全完璧に拒絶。


 誰かが一突きしただけで崩壊してしまいそうになっている両足に向かって立ち続けろという強烈な命令を下し、徐々に魔力を失って俯いている第二の心臓である魔力の源の背に鞭を放ち私達の前に立ち塞がる敵に弱みを見せるなと指示を送った。



「はぁっ……。はぁっ……」


 これまで会敵して来たどの敵よりも、又強力な魔力を持つ友人達よりも強烈な力を持つ敵を前にしても心と魂が挫けないのは恐らく私の背後の存在のお陰なのでしょうね。



「どわぁっ!? 何じゃこれは!! い、いい加減に勢いが弱まっても良いのではないのか!?」


 イスハが私の結界を破壊した触手に対して素晴らしい身のこなしで回避し。


「阿保狐!! 叫ぶ暇があったら少しでも触手の気を引き付けなさいよね!! 後!! そこの無駄にデカイ龍!! あんたは只でさえ的がデカいんだから避ける事に専念するよりも自慢の龍爪で触手を吹き飛ばしなさい!!」


 エルザードが最後方から私の補助として各自に結界を張り的確な指示を送り。



「やってるわよ!!!! だけど……、いったぁぁああい!! 一本一本の威力が強過ぎて私の爪が剥がれて来ているのよ!!」


 森の木々と変わらぬ背丈を持つ龍の姿のフィロが数本の触手を纏めて引き裂くと、出血が目立つ己の指先を労わる様に大事に抑える。



「爪はまた生えて来ますのでどうぞご安心を。我々に与えられた使命は先生とハンナ様……、ハンナ先生達の後方支援ですわ。先生達の負担を軽減させる為にも各自やれる事をやるべきなのです」


 フォレインは死がそこにある戦場でも一切己の気を揺るがす事無く刀で襲い来る触手を切断して我が子を守り続け。



「フォレインのいうとおり。シュレン先生……。もういいかげんにさがって。このままじゃほんとうに死んじゃうよ」


「某は前衛に加われないが此処から奴等を援護する事は出来る。フォレンが言った通り、各自与えられた使命を果たすのだ」


 ミルフレアはシュレンさんの左腕の切断面に拙い回復魔法で懸命に治療を続け、シュレンさんは瀕死の重傷を受けながらも私達が倒すべき敵に向かって鋭い視線を向け続けていた。



 数か月前まで空の飛び方も知らなかった生徒達がこうして懸命に戦う姿を見せてくれるのは指導者として正に本懐の至りです。


 雛鳥の巣立ちを見届ける親鳥もきっと私と同じ気持ちを胸に抱いて雛鳥の空への軌跡を見送るのでしょうね……。


 でも今は充実した満足感で心を満たす訳にはいかない。


 そう……、今は私達の目の前に立ち塞がる敵を打ち破る事だけに全神経を集中させるべきなのです!!!!



「すぅぅ――……。ハァァアアッ……。ズァァアアアアアアアア――――ッ!!!!」


 ダンさんが勝負を決する為に桜花乱舞状態を発動すると戦場の空気が刹那に大きく揺らいだ。


 凄い……。何て美しい魔力の光なのでしょう。


「……」


 彼が纏う魔力の光は春の終わりに咲き乱れて散り行く桜の花びらの様に舞い光りその美しさは戦場に居る者達の視線を刹那に奪う程のものであった。



「ア、アハはははは!!!! す、素晴らしいぃぃいい!! 何んと言う素晴らしい魔力の鼓動ですか!! 貴方は私が倒すべき敵に昇華しましたよ!!!!」


 現に私達と相対しているイリシアも彼の魔力の光を捉えると無表情であった顔に喜々としたモノが現れたのだから。


「さぁぁああ……!! 私の体を素敵な鼓動で貫いて下さい!! 貴方の力を感じさせて下さいよぉぉおおおお――――ッ!!!!」


「……」


 獰猛な野獣の様に猛狂った叫び声をイリシアが放つと、それと同調する様にダンさんに向かって行く触手もその激しさを増す。


 常人ならば燕の飛翔速度を優に越える触手の速度に手を焼いている間に命を枯らす事でしょう。しかし、ダンさんは己に襲い来る触手を一つ一つ見切り……。


 いいや、見切るとはまた違う動きですね。


 どの角度で、どの程度の速度で襲来するのかをある程度予想してそれから万物に姿を変える水の様な嫋やかな動きで触手の攻撃を躱していた。



 敵の行動予測と理に適った一切の無駄の無い正確無比な回避行動。


「す、凄い……。どうやったらあんな動きが出来るのよ……」


「さ、流石我が師じゃな。あれこそが武の極みの到達点なのかも知れぬぞ……」


 徒手格闘に疎い私でさえも思わずハッと息を飲んでしまうこの一連の美しい動きがイスハとフィロの口から感嘆の声を勝ち取った。



 誰だって最初からあれだけの動きは出来ない。


 今、私達が目の当たりにしているのはダンさん自身が積み上げて来た努力の結晶なのだ。



「クククッ!! 何んと素晴らしい動きでしょう!! そうじゃなければ戦いは面白くありませんよねぇぇええ!!!!」


 触手の攻撃を掻い潜り徐々にダンさんの間合いに近付きつつあるものの、イリシアは相も変わらず狂った声を放ちダンさんに向かって攻撃を加え続けている。


 その御蔭か、私達に向かって来る攻撃の波が少しずつではありますが穏やかなモノに変化した。



 そう、今が本体に攻撃を加える好機なのです!!


 ダンさんが己の身を切って開いてくれた活路を無駄にする訳にはいきません!!


「……ッ」


 指の肉が引き千切れても構わない勢いで抗魔の弓の弦を強く引いてその時に備えていると。


「オラァァアアアア――――ッ!! その首貰ったぁぁああ!!」


 彼女の左側から触手の群れを突破したフウタさんが現れ更に。


「その首……。貰い受けるぞ!! 第七の刃、雷轟疾風閃ッ!!!!」


 妖刀月下美人に雷の力を宿したハンナさんが雷音を伴ってイリシアに向かって刃を向けた。


 流石はダンさんと共に長き時間を過ごしているだけはありますね。彼が行動するとほぼ同時に今の状況になると予測して行動したのは絆の強さの表れでしょう。


 でも、彼と深めた絆は貴方達に負けていませんよ!?



「此処で……。決めますッ!!」


 微かに震える左腕で照準を定めるとイリシアの体の真正面に向かって矢を解き放った。


 私の願い、ダンさん達の想いを乗せた矢は触手の群れの微かな隙間を縫って直進。


 彼女の身を覆い尽くす反物理結界に着弾すると陶器にヒビが入った様に、反物理結界に綻びを与えた。



 ダンさん!! 今です!!


 此処で決めて下さいッ!!!!



「ふぅ――……。我が拳、刹那千撃ッ!! 咲き乱れろ百華の花冠ッ!!!!」


 私の心の声を聞き取ってくれた彼が魔力を炸裂させると四肢に素晴らしい魔力が宿る。


「くっ!! 凄い魔力の圧ね!!」


「フィロ!! 驚いていないで集中しなさい!! ダンが決められ無かったらあんたが決めるのよ!!」


 その力は最後方で見守る生徒達の体の芯を大きく揺らす程のモノであった。



「烈火四星拳ッ!!!!」


 そして彼の魔力の圧が最高潮にまで高まると私の脳裏に勝利の二文字が朧に浮かんだ。



 そう、朧にです……。



 フウタさんの勇気ある刃とハンナさんの誰にも負けない強烈な想いを乗せた刀の挟撃に、ダンさんの聳え立つ壁を破壊し尽くす乾坤一擲を越える一撃。


 勝利を手繰り寄せる事が可能となるこれ以上ない選択肢でもあるのに関わらず何故、勝利の文字に霞が掛かっているのだろう……。


 その原因を突き止めるべくイリシアに鋭い鷹の目を向けていると。




「ククッ……」


 窮地に追いやられている筈の彼女は絶望に打ちひしがれる処か、微かに厭らしい笑みを浮かべた。



 何故彼女は死がそこに迫っているのに笑う事が出来るのだろう……。


 あの窮地から脱出出来る算段があるのだろうか?? 彼等の攻撃では反物理結界を破壊出来ないと決め付けたのだろうか??


 それとも手負いの獣程手に負えないモノは無いと言われている様にもう一人の慎重な私が最後の最後まで気を抜くなと忠告しているのだろうか……。



 今直ぐにでも攻撃を仕掛けようとしているダンさんの大きな背とイリシアの薄ら笑いを交互に捉えていると。


「――――。私を倒すよりも後ろの女性を守った方が宜しいのでは無いでしょうか??」


 勝利の二文字に霞が掛かっていた理由が理解出来てしまった。


「ッ!?」


 彼女の体から魔力の鼓動が迸ると私の足元に深紅の魔法陣が浮かび上がり、そこから大量の触手が現れ私は瞬き一つの間に絶死地帯に陥ってしまった。



 イリシアが余裕の態度を見せていたのはこれですか!!


 奥の手を最後の最後まで隠し続けていた貴女の戦略には頭が下がる思いですが……。残念ですね。


 彼等はこれから確実に貴女の命を枯らす事でしょう。不退を決めたダンさんの足を見ればそれは一目瞭然です。



「……ッ!!」


 ダンさんが横目で私の顔を捉えるとその表情に刹那の迷いが生まれるが。


「……」

『行って下さい。私は大丈夫ですから』



 私は赤一色の景色に染まる直前でほんの微かに口角を上げて無言のまま静かに一つ頷いてあげた。


 私の事は一切に気にしないで下さい。彼女を倒す事で世界に一時の平和が訪れのですから……。



「せ、先生ッ!! そこから早く逃げて!!」


「ば、馬鹿じゃないの!! 私達の事は構わないで自分自身に結界を張りなさいよね!!」


 フィロとエルザードの叫び声が届くと私の視界は血よりも赤い朱に染まってしまった。


 これが私の人生の最後に見る景色ですか……。どうせなら一緒に年を取ったダンさん達に見守られそして沢山の孫に見守られながら逝きたかったですね。



 ごめんなさい、レイド……。


 私は貴方の成長を見守る事が出来ません。でもね?? お父さん達が本当に素晴らしい景色を見せてくれるからそれで我慢してね。


 ダンさん達の行動に迷いを与えるべきでは無いと判断した私は生きたいと願う叫びを喉の奥から放つのを我慢する為。


 これから襲い掛かるであろう激痛に対し、両手を強く握り締め口に施錠を施してその時に備えた。



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