第二百六十話 漆黒の闇か煌々と輝く光か その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「純潔なる者には生を。そして、不浄な貴様等には死を与えよう…………」
イリシアが朱に染まった瞳で俺達を捉えると静かに右手を天に翳す。
森の上部に血よりも朱に染まった魔法陣が浮かび上がるとそこから無数の深紅の矢が緑蔓延る大地に向かって降り注いだ。
「どわぁぁああああッ!? 何だよこれぇ!!!!」
俺の頭に狙いを定めた深紅の矢を短剣で叩き切り、足の甲に着地を決めようとした馬鹿野郎には体捌きで。そして左右の肩口に甘い接吻をしようと画策した二本の矢は死ぬ気で体を斜に構えて回避してやった。
俺の体を穿とうとして飛来した矢が地面に着弾するとそのまま地中奥深くにまでめり込み、その姿があっと言う間に見えなくなってしまう。
じ、地面を貫通しやがった……。なんつ――威力だよ!!
「広範囲の殲滅魔法です!! 私が皆さんに天蓋状の結界を張りますのでそのまま戦闘態勢を継続させて下さい!!」
マリルさんの掠れた叫び声が俺の背を穿つ。
「それは有難いんですけども!! もう少し自分の身を案じたらどうですかぁ!?」
頭上から天蓋状の結界をぶち壊そうとして激しい体当たりを続けている深紅の矢の着弾音に負けない様、喉が張り裂けそうな勢いで後ろに向かって叫ぶ。
「私の事は気にしないで!! 触手の勢いが弱まった今が大好機なのです!!!!」
マリルさんの声を受け取りイリシアの足元に視線を送るとそこには確かに、数十秒前に比べるとその規模が縮小した触手の数が確認出来た。
ほっほぅ……。広大な範囲魔法を詠唱する代わりに触手の数を減らしたのか。
頭上からの矢はマリルさんが天蓋状に張ってくれた結界で防ぎ、数が減少した触手の攻撃は体捌きと短剣の斬撃で対処。
そして、数々の攻撃の数々を潜り抜けた先に待ち受ける敵を倒せば俺達の勝利だ。
言葉で言う、頭で考えるだけは単純な作戦で至極簡単そうに見える勝利への道筋だが……。それを実行する為には強烈な勇気と行動が必要とされる。
前に出れば触手の迎撃が俺の首を刎ねようとして、頭上から降り注ぐ矢は命を閉ざそうとして降り注ぐ。
例え二つの攻撃を避けて本体に接近してもイリシアが放つ魔法がこの身を襲う事だろう。
誰だって死に向かうのは怖いさ。
でもな?? その死の先にある光り輝く勝利に向かって俺は……、いいや!! 俺達は突き進まなきゃいけないんだよ!!!!
行くぞ!! 俺の体……、その時までもってくれよ!?
「すぅぅ――……。ハァァアアッ……。ズァァアアアアアアアア――――ッ!!!!」
桜花乱舞状態を発動すると周囲の景色が白に呑み込まれてしまう。
地面の茶、空の青、森の緑、相棒達の姿。
俺の周りを取り囲む色とりどりの景色は白に変わり、鼻腔に届く天然自然の香りは無臭に、そして肌に感じる森の柔らかい空気は白一色の世界に漂う空気によって猛火に当てられたかの様に熱くひり付く。
自分だけしか確知出来ない特化領域に足を踏み入れると心臓の拍動が苛烈に上昇した勢いで燃える様な熱さが体内から迸る。
いや、自分だけしかというのは些か語弊があるな。
「……」
白一色の世界にたった一つだけ浮かぶ敵の姿を捉えた。
あぁ、分かった。俺が倒すべき敵はそこに居るのか…………。
俺達の素晴らしい世界を破壊しようとするテメェを!! 全てを賭して倒すッ!!!!
「ア、アハはははは!!!! す、素晴らしいぃぃいい!! 何んと言う素晴らしい魔力の鼓動ですか!! 貴方は私が倒すべき敵に昇華しましたよ!!!!」
タガが外れた獣の様な笑い声を放つものの、イリシアの声は水中で音を聞いた様な濁った音に変わり俺の鼓膜を揺らす。
「さぁぁああ……!! 私の体を素敵な鼓動で貫いて下さい!! 貴方の力を感じさせて下さいよぉぉおおおお――――ッ!!!!」
来た……。正面四つ……。
白一色の世界に突如として出現した朱の鞭が俺の体を切り裂こうとして襲い来る。
「……」
右上方から袈裟切りの軌道で向かって来た触手に対して猛火を宿した右手の甲で弾いて軌道を逸らし、左手側と真正面から馬鹿正直な軌道で襲って来た二本の触手は宙に浮いて躱し。
そして、地面から俺の腹を貫こうとして垂直に伸び来る触手には足撃で対処して霧散させてやった。
これまでその動きを捉える事がやっとだった攻撃が手に取る様に理解出来てしまう事に何の驚きも感じ無い。それは恐らくこの特化領域に何度も足を踏み入れた経験があるからであろう。
だが……。この理から外れた領域に足を踏み入れ続けられるのは現実世界の数分程度なのだ。
倒すべき敵を只捉え続け、全方位から向かって来る悪意の塊をどんな形にも姿を変えられる水の動きを模して回避。
「クククッ!! 何んと素晴らしい動きでしょう!! そうじゃなければ戦いは面白くありませんよねぇぇええ!!!!」
相変わらず鼻に付く笑い声を放つイリシアを漸く攻撃の間合いに捉えると柔らかく腰を落としてその時に備えた。
まだだ……。まだ足に力を溜めろ……。奴の命を絶つ為にはまだ力が足りない。
攻撃範囲に捉えたとしてもまだアイツは範囲の端に身を置いているんだ。
全てじゃあ足りない、乾坤一擲でも足りないそう……。
己の燃え盛る魂を乗せた一撃を放つ為にも!!!! 最後の一瞬までも力を蓄えるんだ!!!!
「灼熱の動から無垢の静へ。本当に貴方は面白い戦い方をしますねぇ。ですが!! 死が行き交う戦場で足を止めるのは自殺行為ですよ!?」
あぁ、そんな事は勿論分かっているさ。
でもな?? 俺の家族達の方がもっとそれを深く理解しているんだよ!!
「オラァァアアアア――――ッ!! その首貰ったぁぁああ!!」
触手の群れを突破したフウタがイリシアの左手側から現れ、彼女の首元に小太刀で狙いを定め。
「その首……。貰い受けるぞ!! 第七の刃、雷轟疾風閃ッ!!!!」
フウタと同じく……、いや。彼よりも派手に触手の壁を突破した相棒が強烈な雷を刀に乗せてイリシアの胴体へと向け。
更に。
「此処で……。決めますッ!!」
マリルさんの放った抗魔の矢が俺の右の肩口を駆け抜けて行き倒すべき敵の正中線へと飛翔して行った。
忍ノ者の刃、武を極めた相棒の刀、そして森の賢者の一撃。
お前さんはこの三方向からの攻撃に対処出来るか?? しかも、それを捌いたからと言って俺の攻撃を受け止められるか!?
「ふぅ――……。我が拳、刹那千撃ッ!! 咲き乱れろ百華の花冠ッ!!!!」
左右の足の太腿から下腿三頭筋、爪先にまで順次力を行き届けて前進のみに力を振り絞り前傾姿勢に移行。
そして確実に敵を屠ると言う決意を胸に秘め、両手に渾身の魔力を溜めて倒すべき敵に狙いを定めた。
「烈火四星拳ッ!!!!」
さぁ行くぞ!! 俺達の魂が籠められた攻撃の波を受け止めてみやがれ!!!!
「ククッ……」
右足の爪先に全神経を集約させたその時、窮地に追いやられて居る筈のイリシアが右の口角を僅かに上げて薄ら笑いを上げやがった。
あの野郎……。何でこんな時だってのに笑っていやがるんだ??
もう間も無く死が訪れると自覚しての精一杯の強がりなのか将又俺達の心を動揺させる為なのか。それは定かでは無いがこの千載一遇の好機を逃せば俺達に勝ちの目は訪れない。
わりぃけどテメェの薄ら笑い事吹き飛ばしてやるからな!? 覚悟しやがれ!!!!
イリシアによって強制的に与えられるであろう死を克服すべく体の芯から両足に力を伝播させて、太陽よりも眩い勝利の輝きに向かって突撃を始めようと決意した。
「――――。私を倒すよりも後ろの女性を守った方が宜しいのでは無いでしょうか??」
イリシアの目に強烈な殺意の波動が迸ると同時に背後から死の腐敗臭が漂い始める。
そしてその元凶を確かめるべく微かに顔を横に向けて横目で真後ろを捉えると。
「ッ!?」
マリルさんの足元にとても大きな深紅の魔法陣が浮かび上がり、そこから自分の目を疑いたくなる量の触手が出現していた。
触手の攻撃に対して自分以外に結界を張り続けている為、マリルさんの体を防御する結界は脆弱だ。とてもあの量の触手の攻撃を防ぎ切れるとは思えない。
あ、あ、あの野郎ぉぉおお!! 深紅の触手は自分の近くだけでは無くてある程度移動出来る事を隠していやがったな!?
相棒が良く口にする言葉。
『奥の手は最後の最後まで見せるな』
その意味が本当に良く理解出来たぜ!!
マリルさんの体を覆い尽くす様に出現した触手の群れが鋼の硬度にまで高めた俺の心を強烈に動揺させてしまった。
このまま前に突っ込めば確実にあの野郎の胴体をぶち抜いて平和を勝ち取る事が出来る。しかし、敵性対象を倒す事が出来ても彼女の命を救う事は叶わなくなってしまう。
『ふふっ、何だか腹ペコの子犬さんみたいな食べ方ですね』
食卓で俺達に向ける朗らかな笑み。
『あらあらぁ……。私がこれだけ言っても貴女達は言う事を聞いてくれないのね??』
横着な生徒達に向ける多くの魂を連れ去った死神すらも慄かせてしまう生気を感じさせぬ表情。
『んっ……。私はまだまだ初心者ですのでもう少し手加減してくれると幸いです……』
森の上部から降り注ぐ木漏れ日を受けて頬を朱に染める乙女の顔。
そして。
『ダンさん。私は貴方に会えて本当に良かったと心の底から感じていますよ』
他の誰でも無い俺だけに見せてくれる心の空模様がそのまま表情に現れたかの様な柔らかく温かな笑み。
世の金銀財宝よりも価値のある素敵な宝物がもう間も無く失われてしまうと思うと頭が、心が判断したと同時。
俺は右手の五本の指の骨を砕く勢いで強烈に握り締め、敵を倒すという揺るぎの無い意思の大炎を両足に宿して……。
不退を決めたその場から振り返ってしまった。
「マリルゥゥウウウウ――――――――――ッ!!!!」
俺達の大切な物を全て破棄し尽くそうと画策する邪悪な敵では無く無限の光を与えてくれる彼女の身を守る為に俺の全てを賭し。もうその殆どを朱に覆われてしまって見えなくなってしまったマリルさんの下へと向かって言葉では表せない苛烈な速度と力を纏って突貫を始めた。
亜人という化け物を降誕させて世界を混沌の渦に堕とそうとしている漆黒の敵を倒すよりも、俺は……俺はぁぁああああああ!!!!
ぜぇぇええええええったいにお前を守り抜いて見せる!!!!
「「「「ッ!!!!」」」」
此方の急接近に気付いた触手達の頭部が俺の方に向けられるとほぼ同時に両手で触手達を弾き、空気の壁を破壊し尽くして朱の壁に無理矢理体を捻じ込んで美しき光の下へと辿り着いた。
「――――。へ、へへ。マリルさん……。大丈夫ですか??」
「ダ、ダンさん!?」
俺の姿を捉えると丸い目がキュっと縦に見開かれて此方を見上げる。
「間に合って良かったです。生徒達を守りたい気持ちは分かりますがもう少しご自分の身を守る為に力を割く……。ゴフッッ!?!?」
そこまで喋ると喉の奥から猛烈な熱さを保つ液体が込み上げて来やがった。その元を確かめる為、視線を落とすとそこには……。
俺の胸から数本の朱の触手が生えていた。
いや、正確に言えば背から貫いた触手が俺の胸から飛び出ているんだな。
「あ、くぁっ……」
マリルさんの命を守れたという達成感が胸一杯に広がると足の力がフっと抜けてしまい、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「ダンさん!! お願い!!!! 立って!! 立って下さい!!!!」
ふ、ふふ。
出来れば瀕死の状態じゃなくて日常生活の中でも心配してくれる優しい言葉を掛けて欲しかったのが本音かしらね。
ほ、ほらいつもは肝がヒェッと冷えてしまう言葉と態度ばかりでしたもの。
マリルさんの絶叫が聖母の子守唄の様に聞こえ始めて来ると瞼が鉄球を括りつけられたかのような重さに変化。
土と草の香りが漂う大地は美女達の香が染み込んだ柔らかいベッドの柔らかさに変化してしまい、俺の意識は猛烈な眠さに抗う事を諦めそのまま終わりが見えない漆黒の闇の中へと落下して行ったのだった。
お疲れ様でした。
久し振りの投稿でかなり緊張してしまいました。前回の後書きで、前書きやらは書かないと申しましたがどうしても読者様達にこの場をお借りしてお礼を述べたいと考えたので後書きを執筆しております。
長い間、更新が途絶えていましたがこの作品に興味を持ち続けて頂いて有難う御座います。これからも読者様のご期待に添えられる様に精進して参りますのでどうか温かい目で見守り続けてくれれば幸いです。
次話からは前書きも後書きも作品の雰囲気を守る為に執筆は致しません。そして、過去編最終話まで突っ切る覚悟です!!
沢山の応援、そしていいねをして頂いて有難う御座いました!!
寒い日が続きますが体調管理に気を付けて下さいね。
それでは皆様、お休みなさいませ。




