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第三十話 それぞれの楽園 その二

お疲れ様です。


夜分遅くの投稿になってしまい、大変申し訳ありませんでした。


それでは、どうぞ!!




 さて、と。


 カエデ達に宿の場所を伝えましたし。俺も遅い昼食を摂るとしますか。



 街の中央屋台群で食べてもいいけど……。


 あそこは人がやたら多いし。


 ココナッツのパンにするか??



 あ――、でも。


 日中は駄目だ。看板娘さん目当てに人が押し寄せて真面に選べないからなぁ……。


 どうしたもんか。


 街の南西区画へと向けて、生活感を前面に押し出した汚れがこれ見よがしに目立つ細い裏道を進みつつ。本日の献立に苛まされていると。



 ふと、馨しい香りを捉えてしまった。



 おや??


 こんな路地裏に良い香りが??



 どこぞの龍じゃあないけども。


 鼻を引くつかせ、その匂いの下へと進んで行くと……。



「ほぉ……。これはまた……」



 立派な建物とは呼び難い出で立ちの家屋の前に到着した。



 経年劣化した木製の扉、二階建ての建物は周囲の建物と同化する様に佇んでいる。


 扉の脇にはこれまたイイ感じにくすんで、黒い汚れが目立つ看板が立て掛けてあった。



 目を凝らし、看板の店名を確認。


 そこには男らしい文字で。





『男飯』





 と、簡素に書かれていた。



 ふむ。


 男飯、か。



 男の、男による、男の為の飯屋を意味しているのだろう。



 アレコレ探すのも面倒だったし。丁度良いや、此処にしよう。


 傷が目立つ木製の扉を開き、中にお邪魔した。



 ――――。


 店内は昼下がりもあってか。片手で数えるだけの男性客が食事を摂っていた。



 右手側に四人掛けの机が二つ。


 左手側には店主と客の仕切りを兼ねた長い台の前に、一人客用のこじんまりとした席が用意され、その向こう側。



 店主であろう男性が椅子にどっしりと腰掛け、俺を鋭い目でギロリと捉えた。



「…………。いらっしゃい」



 し、渋いっ!!


 く、くそう!! 何だ、今の声!!



 俺には雄度が足りない所為なのか。真似しようにもどう頑張っても真似出来ない声色に、店主の雄としての男気を垣間見た気がした。



 ずらっと横に並ぶ一人用の席に着用し、背から背嚢を外して足元に置いた。



 さ、さて。


 先ずは料理を決めないとな……。



 長い机に置かれている、油汚れが目立つ品書きを手に取り。この店の雄度を推し量る。




『唐揚げ定食』


『牛肉焼き定食』


『鶏肉焼き定食』


『豚肉生姜焼き定食』


 等々。


 この店に存在するのは午後からの仕事に必要な栄養を補給させてくれる、素敵な品揃えばかりであった。



 これぞ正に、男の飯!!!!



 看板に偽り無しとはこの事さ。



「…………。お決まりで??」



 惚れ惚れしてしまう体格の先に生えたゴツイ手を器用に動かし、コップにお水を注いでくれる。


 こうした細かい気の配り方も雄ならではだろう。



「えぇっと……」



 優柔不断な声を上げると。



「「「…………っ」」」



 周囲の男性客が。



『そんな女々しい声を此処で出すな!!』 と。



 大変手厳しい視線を浴びせて来た。



 し、しまった!!


 な、何を考えているんだ。俺は!!!!


 郷に入っては郷に従え。


 つまり!!



「…………。唐揚げ定食で」



 日常使用する声色よりも数段落とした低い声で注文を伝える。


 完璧だ。


 自画自賛も良い所だけど、何んとか注文を伝え終えた。



「…………。御飯の量は??」



 いっ!?


 それも決めるの!?


 慌てて品書きを取ると……。



『ド素人が……』



 再びお客さん達の鋭い視線が背に刺さってしまった。



「…………。男盛りで」



 男飯で男の飯を食らう。つまり、それは雄度を磨くことに等しい。


 普通盛り??


 はっ。


 何を馬鹿な……。男は男の盛り方って相場が決まっているのさ!!



「…………。多いが??」



 す、すげぇ。


 たった数言で全てを俺に教えてくれた。これも雄の力、なのか。



「……。宜しく、お願いします」



 彼に向かって背を伸ばし、素晴らしい角度でお辞儀を放つ。



「…………。暫くお待ち下さい」



 彼がむっふぅぅっと雄の匂いを滲ませた鼻息を漏らし、店の奥にある扉の向こうへと姿を消してしまった。



 はぁぁぁ。


 何んとか初手は及第点って所か。



 水をチビリと口に含み、何とも無しに店内へと視線を送った。



 油汚れが飛び散り人がそれを踏み続けた結果、木の床に深く刻まれた歴戦の汚れ。


 幾百の客が飯を食らって雄を証明し、見事にそして華麗に汚した机。


 それに……。天井に広がる無数の滲み。



 こじゃれた店で服装規定、並びに綺麗な食べ方を意識して。肩身が狭い思いで飯を食らうより。


 汚れ、食べた方、服装。


 そんな物、飯を食うのに必要ないのだ!! それを見事に体現したこの店で食う方が俺には合っているのかも知れない。



 勿論、上質な店で高級な料理に舌鼓を打つのも捨て難いですけどね。



 厨房から漂って来る馨しい香りが腹の虫を鳴らすと同時、雄の塊である店主が扉から注文の品を運んで来てくれた。



「…………。お待たせしました。唐揚げ定食です」



 俺の頭の高さと同高さを誇るアツアツ揚げたての唐揚げの山。


 キャベツの千切りがその山を支え、新緑の緑と茶の配色がぐっと食欲を湧かせてくれる。


 雄の飯に相応しい出で立ちなのだが……。



 問題なのは量ですよ。量!!!!


 唐揚げならまだしも、俺の右手に収まりきらない丼に。



 久方ぶりに実家に帰省し、母親が余計なお世話を利かせてくれた量の米が丼に盛られ。


 漆塗りのお椀には琥珀色の汁物が注がれふわっと蒸気を揺らしていた。



 食えるか食えないかの瀬戸際に立たされるが。その窮地が俺の心を逆に奮い立たせる。




 こういうので、良いんだよ。こういうので。


 男は仕事に備えて栄養を補給せねばならぬのだ。それに誂えた様なもんじゃないか。


 師匠の所で提供される量に比べれば……。ふふっ。















 大型犬と狼ぐらいの差だよ。






 ――――――――。


 あっれ??


 どっちも同じ位の大きさだよね??



 と、兎に角!! 食べよう!! 



「……。頂きます」



 食に、そして店主に一礼を放ち。


 頂点に立つ唐揚げを一つ箸で摘み、口の中に含んだ。



 ――――。



 う、うっま!!!!


 え!? 何、この唐揚げ!!



 外の衣はパリッ!! っと揚げられ。咀嚼すれば程よい硬さに歯がニッコリと笑みを浮かべる。


 衣を裁断し、中身から肉汁が零れ落ちれば舌が素晴らしい!! と満点を叩き出してしまった。


 いつまでも転がしていたい肉の感触に惚れ惚れしてしまう。



 だが!! 男は此処で立ち止まる訳にはいかぬのだ!!!!



「はむっ!!!!」



 そう!! 必要なのは米だっ!!


 肉と米を交互に食らう。


 人類が生み出した最高の食文化として位置づけられている行為。


 それに従い、愚直に白米をかっこむ!!



 御米のほんのりとした甘さ。


 肉の塩気が口の中で混ざり合えば、どうでしょう。


 地上に楽園が生まれるではありませんか。



 いや、凄いぞ……。


 この店。



「……。御馳走様でした」


「…………。毎度あり」



 男性客達が素晴らしい角度でお辞儀を放ち、お会計をして店から去って行く。


 その間。


 俺は終始無言で飯を食らい続けていた。



 言葉は要らない。


 必要なのは食を摂るという単純明快な答えのみ。



 舌が油で疲れて来たら、キャベツ。並びに汁物で洗い流し。


 スッキリした舌で再び唐揚げを食らう。


 最初はどうなる事かと考えていたが……。意外と食えるもんだな。




「……。ふぅ、御馳走様でした」



 額に浮かぶ幸福の汗を拭い、キチンとお辞儀を放って素晴らしい食事を終えた。



「……。お幾らですか??」



 荷物を纏めて立ち上がり、店主に問う。



「…………。六百」



 やっす!!


 腹一杯食えて、尚且つ味も良いのに!?



「……。どうぞ」


「…………。毎度」



 うぉぉ……。


 受け取る所作も渋いよ……。



 この店、絶対アイツには教えないでおこう。



 都会の中にひっそりと潜む、男だけの憩いの場所ですからね。



 扉を開き、表へと出ると。午後からの仕事に誂えたような爽快感溢れる青い空が出迎えてくれる。


 そして、青い空は俺にこう言っていた。



『もっと雄を磨け』 と。



 その言葉を確と胸に刻み、体を大きくうぅんっと反らして体を解すと。




「――――。うっぷ!!!!」



 あっぶねぇ!!


 何か出て来た!!!!


 今度は普通盛りにしようかしらね……。



 俺自身の雄度が至らない事に歯痒い思いを抱き、一路。北区画に位置する図書館へと向かった。



最後まで御覧頂き、有難う御座いました。


今日も蒸し暑い夜ですので、水分補給を怠らない様に気を付けて下さいね。

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