第二百五十六話 失われ行く希望 与えられし絶望 その三
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
切り裂かれた右目から湧き続ける深紅の濁流、死がそこにあるという恐怖から乱れる心と疲労から乱れに乱れる呼吸。
誰が見ても満身創痍であろうと判断出来る状態で攻撃を仕掛けるものの、彼女の訳の分からん結界を剥す事は叶わず逆に衝撃波で徐々に体力を削られてしまう。
打撃、若しくは魔法による攻撃を受けると結界は海岸に押し寄せるさざ波の様に一定間隔でウネウネと波打つ。その波が全体に伝播するとあのふざけた衝撃波が生じるのだが……。
その波と波の合間に超高威力の攻撃を打ち込んだら一体どうなる??
対岸から押し寄せる波に向かって、此方側から波をぶち込めば相殺出来るかも知れないという一縷の望みに掛けて攻撃を仕掛けるのも悪くねぇよな??
「ん?? んんっ……。アア゛ァァッ!? わっからん!!!!」
ぶっきらぼうに頭を掻きつつ頭の中のグチャグチャした思考を誤魔化す様に叫んでやった!!
だ、大体!! あんなふざけた魔法結界を初見で攻略しようって方が無理なんだよ!!
「五月蠅いぞ。少しは黙って思考を凝らせ」
ぜぇっ、ぜぇっと。
息も絶え絶えなシューちゃんの声色が背をトンっと叩く。
「うるせぇ!! 俺様なりにあのクソふざけた結界を何とかしようとして考えているんだよ!!」
「あらあら……。空っぽな頭で懸命な努力を続けているのですねぇ」
「誰の頭が蟻の脳味噌だってぇ!? そのふくよかな胸に風穴開けんぞ!!!!」
残った左目で中々に魅力溢れる女体をキッと睨んでやる。
畜生!! 奴が敵じゃなければあの中々の標高を誇る双丘に顔を埋めているってのによぉ!!!!
「それが出来ないからそうして無意味に叫んでいるのでしょう??」
ちっ、言い返せないのが腹立たしいぜ。
「待っていろよ?? そのふざけた結界をぶち破ったら俺様の聖剣を差し込んでやっから」
「ふんっ、不能な奴が良く言う……」
「あら?? 男性としての機能を失っているのですか?? それは残念ですね……。今の体は生殖機能を持ち合わせていませんがそれ相応に男性を楽しませる機能は健在ですよ」
な、な、何ですと!?
そ、それは俺様に対してのご褒美を与えてくれるという意味合いで合っているんだよな!?
だが悲しいかな……。俺様の聖剣は現在、森の奥深くで選ばれし者が引き抜いてくれるのを待機している状態でぇ……。
「ン゛ッ!? あ、あっれぇ!? 何で!?!?」
『さぁ、その腕で聖剣を引き抜くのだ』
クスンと悲しく鼻を啜って俺様の下半身に視線を落とすと……、何んとそこには輝きと切れ味を増した聖剣が見事にそそり立っているではありませんか!!!!
「シュ、シューちゃん!! 見て!! ほ、ほら!! 復活したぞ!?」
「ふざけるな!! 時と場合を考えろ!! さっさと仕舞え!!」
「箪笥に服を仕舞う訳じゃねぇんだよ!! 力を得た俺様の聖剣は猛威を揮った後じゃないと治まらないの!!!!」
俺様の聖剣を見付けて呆れと激昂が混ざり合った得も言われぬ表情のシューちゃんに向かって叫んでやった。。
「生物は生命の危機に瀕すると己の情報を次世代に残そうとするのです。恐らく、貴方の生殖機能が復活したのは命の危険を察知したからでしょう」
まっ、多分そういう事だろうさ。
コイツと対峙してからと言うものの、一秒たりとも気が抜けねぇ状況が続ているしっ。
死神の無駄にデカイ鎌が俺様の首根っこにずぅっと掛けられてそりゃおっ立つモノもたっちまうって……。
「ちっ、確かに戦いの場にはちょっと邪魔だよな……。コレ」
奴さんの体の周囲で今もグネグネとうねり続けるあの触手の先端が俺様の聖剣の先っぽにもしも掠ったらと考えると背筋が凍る思いだぜ。
「ってな訳で!! ちょっとおねんねして貰いましょうか!!」
これから襲い掛かる痛みに耐えるべく、腹筋に力を籠めると右の拳を天に向かってそそり立つ聖剣に向かって勢い良く振り下ろしてやった。
「ギィィィイイイイェェエエエエ――――ッ!?!?!?」
刹那。
腹の奥の臓物を巨人の手に掴まれたかの様な激痛が生じ、耐えがたい痛みから逃れる為に背の低い草が生える大地の上を無意味に転がり続ける。
な、何コレ!? 右目の痛みが全然軽く感じちゃう痛みなんですけどぉ!?
聖剣周りを抑えつつ苦悶の声と所作を取っていると前後から呆れた声が俺様に降り注いで来た。
「阿保を此処まで極めると逆に尊敬したくなるぞ」
「あら?? 偶然ですね。私もその様な考えを持とうとしていました」
「外野!! うっせぇぞ!! 戦いの場に相応しくないと言われて無理矢理収めたのにもう少し労わった言葉を与えてくれても良いんじゃねぇのか!?」
左目に浮かぶ大粒の涙をスっと拭うと生まれたての小鹿ちゃんみてぇにプルプルと振るえる両足を大地に突き立てて叫んでやった。
た、立つ事ってこんなに疲れる事だっけ??
あ、勿論。ソッチの立つって意味じゃないぜ??
「馬鹿に与える言葉等あるものか」
「以下同分ですっ」
味方処か敵にまで愛想を尽かされてしまうって……。俺様の剽軽ってそんなに見栄えが悪いのかい??
「俺様が転がり続けている間に攻撃を仕掛けて来ないとは随分とお優しいな。撤退したアイツ等を追わなくても良いのか??」
「貴方達程度の力を制圧するのは赤子の手をひねるよりも簡単ですので。でも、そろそろ喜劇にも飽きて来ましたね」
イリシアの瞳の殺気が宿ると体全身から放たれる魔力の圧が急激に上昇。
身に纏う空気は数多多くの戦士を屠って来た英雄でさえも抗う事を諦める程に強烈な殺意と怒気を帯びていた。
俺様達の力はテメェの足止めにもならねぇってか??
嘗めやがって……。
忍ノ者の実力をその身を以て分からせてやる。そ、そして戦場を制圧したのならさり気なく何気なく!! あの中々の標高を誇る双丘にお邪魔させて頂こうかしらね。
戦闘中にも縦横にプルンって動いていたからきっと素晴らしい柔らかさを俺様の毛皮に提供してくれる筈さ。
も、勿論?? 全員の安否が確認出来てからだよ??
流石の俺様でもそこの分別は付くのであしからずっと。
「よぉシューちゃん。あのクソふざけた結界をぶち壊す算段はあるのかい??」
「正直な所……。現段階では皆目見当も付かないのが本音だ」
でしょうねぇ……。
あぁんなふざけた効果を持つ結界なんて今まで見た事がねぇしっ。
「だが、結界を展開するだけであれだけの魔力を使用しているのだ。結界の展開を維持するのにも限界がある筈」
「筈じゃあ困るんだけど??」
「黙って聞け。某が中、遠距離から攻撃を加えお主は近距離から攻撃を加え続けろ。結界から迸る衝撃波は某がお主に結界を張って防ぐ」
「じゃああのねぇちゃんの足元の魔法陣からウネウネと動く触手はどうするんだ??」
「そこまで面倒を見れぬ。己の実力でどうにかしろ」
「へいへい、辛辣な事で……」
触手の攻撃を回避して結界に攻撃を与え続け、いつ破壊出来るか分からないジレンマに苛まれつつ戦闘を継続させろって事ね。
悪態の一つや二つを付きたいのが本音だけどよ、とどのつまりそうしなければ俺様達はこの戦場で生き残れねぇって話さ。
戦を司る女神様も酷だぜ……。
素敵な日常を謳歌していたら突然、あぁんな化け物を送り込んできやがったのだから。
「作戦会議は終わりましたか??」
イリシアが特に表情を変えずに俺様とシューちゃんに視線を送る。
「おうよ!! テメェをボッコボコにする作戦が今整った所さ!!」
「それは結構。現代の魔物が古代の超越者に何処まで食い下がるか見物ですね」
あ、あのクソ女が!! いつまで上から目線でこっちを見下ろしているんだよ!!
だが、イリシアが余裕な表情を浮かべるのも無理は無い。アイツと俺様達にはそれだけの実力差があるのだから。
「すぅ――……。ふぅぅ――――……」
ふざけた感情と思考の尻を蹴飛ばして心の四隅に追いやるとその代わりに真っ赤に燃え盛る闘志を胸に宿す。
古代種の力を解放出来るのは残り五分程度。
その間に……。テメェの横っ面に超激烈な往復ビンタをブチかましてやるぜ!!!!
「行くぜ?? 絶四門ッ!!!!」
魔力の源から湧き起こる魔力を体全体に流転させて後退と左右の移動、防御を捨て去った型を取ると。
「っと……。貴方達は後方で待機して下さい」
「えぇ、分かりました」
「……」
イリシアが男と女児に後方で待機する様に指示した。
「さぁ、戦神が愉悦する饗宴を始めましょう……。私を失望させないで下さいね」
「その良く動く口を閉ざしてやらぁぁああああ――――ッ!!!! はぁっ!!!!」
足に万力を籠めて突撃を開始するとこれを待っていましたと言わんばかりに触手の束が俺様の体を両断しようとして襲い掛かって来る。
分かっていたけども!! 動きがきしょい!!!!
目に痛い朱の閃光が迸る触手が眼前で俺様の体を捉えようと急激にうねり、しなり、ウニョウニョとした動きを見せる。
蛸や烏賊の触手の動きを彷彿させる行動を捉えると全身の肌が一斉に泡立ってしまった。
此処で足を止めたら確実に殺される!!
俺様の種を次世代で咲かせる為にも!! 俺様は負けられないんだよぉぉおお!!!!
「ふっ!!」
左側面から襲い掛かって来た触手を炎の力を付与させた左拳で弾き。
「ぜぇぇええいッ!!!!」
右上方から降り注いで来る二本の触手は左手と同じく炎を宿した拳で跳ね上げ。
「ドリャアアアアアア――――ッ!!!!」
真正面から襲い掛かって来る俺様の視界を全て覆い尽くす量の触手に対しては両の拳を我武者羅に打って弾き飛ばす。
拳と触手が触れ合うと視界が明滅する眩い火花が飛び散り、深紅の触手のうなる先端と手の甲が衝突すると爆炎が生じて鼻腔に焦げ臭いが侵入する。
太陽の光量を凌駕する火花、肌を色濃く焦がす爆炎、質量を持ってしまった濃厚な煙。
饗宴が始まりたった数秒の間に俺様の体の周りは超ド派手な演目が包み込んだ。
クソが!! 分かっていたけどこの触手が超うざってぇ!!
前に進もうとすれば壁と見間違うばかりの量の触手が行く手を阻み、少しでも下がろうとすれば左右から俺様の体を両断しようとして触手が薙ぎ払われ、攻撃の手を少しでも休めようものなら瞬く間に退路が塞がれちまう!!!!
自分から死地に飛び込んでおいて何だが……。 こ、ここはヤバ過ぎるぜ!!!!
惨たらしい死しか存在しねぇ絶死帯じゃねぇかよ!!
前後左右から襲い掛かって来る深紅の触手の対応に四苦八苦処か、八苦十六苦していると躱しそびれた一本の触手が俺様の首元に狙いを定めて襲い掛かって来やがった。
これは不味い!! 避け切れねぇ!!!!
「シュ、シューちゃん!!」
「分かっている!!」
気色悪くうねる触手が俺様の首の肌を薄っすら傷付けると同時に後方から風の刃が襲来。
「うひょう!! 相変わらず絶妙だぜ!!」
俺様の命を断とうとした一本の触手がシューちゃんの風の刃を受け取ると先端が千切れ飛び、地面に落下した触手は淡い火の粉を放ちながら霧散した。
ほぅ?? この触手は打撃には滅法強いが斬撃には弱いのか??
では試しに小太刀に付与魔法を与えて切り裂いてみようと考えそうになるのですけども……。
「む、む、無理ぃぃいいいいいい――――ッ!!!!」
そんな余裕がある訳ねぇだろうが!!
瞬きをする暇すら与えてくれない攻撃量の中で懐に手を入れるなんて自殺行為なんだよ!!
一発の威力がそこまでなら行動するのも一考だけどよ!! その一発一発が即死級なんだからな!!
「右目の視界が失われているのにその身の熟し……。ふ、ふふっ!! アハハハハハ!! いいですねいいですね!! もっと私を楽しませて下さいよ!!
イリシアの感情が上向くとそれに呼応する様に触手の動きも苛烈に上昇して行く。
左右、上下、仕舞には前後……。
シューちゃんから見れば俺様の小さな体は恐らくこのヤバ過ぎる触手に包まれて見えない事だろう。
「馬鹿者!! その場に留まるな!! 動いて触手の動きを乱すのだ!!」
ほら、シューちゃんの焦った声色がその証拠さ。
だけどな?? アイツの感情が昂るにつれて触手の動きが散漫になっているんだよ。
冷静にそして正確に俺様の体を捉えようとしていた触手の動きが大雑把になり、イリシアとの間にほんの僅か……。
そう、目の前に立ち塞がった壁役である大男達のむさ苦しい体と筋骨隆々の体の間の様に俺様の小さな体が通り抜けられるような隙間が見えた。
あ、あそこだ!! あそこに向かって飛び出せばあの憎たらしい顔に一発ぶち込めるぜ!!
頼むぜぇ?? 動いてくれよ!? 俺様の足!!!!
「ハァッ!!!!」
数本の触手が頭上から降り注ぎ、真正面から薙ぎ払われた触手の動きを見切ると地面の矮小な虫を捕らえようと鋭い飛翔を見せる燕の軌跡を模して突貫を開始。
「ッ!?」
俺様の侵入を許して後手に回って素直な驚きの表情を浮かべるイリシアを間合いに捉えた。
さぁって!! お仕置きの時間だぜ!! 俺様の怒り狂った鉄拳を食らいやがれ!!!!
「天衣無縫……。不退拳ッ!!!!」
確実に敵を撲殺出来る力と魔力を籠めた右の拳をイリシアの体を薄く包み込む訳の分からん結界にぶち込んでやるが……。
「――――。へっ、これでも駄目だったか」
淡い七色を放つ結界は健在であった。
だけどぉ!! 薄い膜にほんの少しだけ、そう。
完璧に閉じられていた絶望という名の扉が歪な音を立てて開いてその先にある輝かしい希望の光を捉える様に。
クソふざけた効果を持つ結界に矮小な綻びを捉える事が出来た。
こ、此処だ!! 此処で死力を出さなければ俺様達は確実に殺される!!
「クソがぁぁああああ――――ッ!! ぶっ壊れやがれぇぇええええ――――ッ!!!!」
両手に烈火の魔力を籠めて己の両腕が千切れ飛んでも構わない勢いで動かして摩訶不思議結界に連撃を加えて行く。
だが、クソふざけた結界の機能は健在の様で??
目の前の結界が激しく波打つと再びアノ衝撃波が俺様の体に目掛けて放たれた。
鼓膜をつんざく激しい衝撃音と地を揺るがす衝撃が襲い掛かるその刹那。
「ハァッ!!」
シューちゃんが張ってくれた結界のお陰で俺様の体はその場に留まる事が出来た。
くぅっ!! 相変わらずイイ機会で結界を張ってくれるぜ!!
左手を切り落とされても素晴らしい判断と行動力は健在だな!!
さぁさぁ!!!! テメェの結界を維持出来る魔力と俺様達の熾烈な攻撃との我慢比べと行こうじゃないか!!!!
俺様は例え四肢が砕け散っても残る頭部の牙でテメェの体を食い千切ってやるからな!?
忍ノ者のド根性を嘗めんじゃねぇ!!!!
「フウタ!! 此処が正念場だ!! 全ての力と魔力を燃やし尽くせ!!」
「んな事分かってんだよ!! 俺様達の乾坤一擲を受け止めやがれ!!!!」
「ふふっ、死に抗う者達の絶望の声は何と甘美に聞こえる事か……。さぁもっと美しい音を奏でなさい……」
う、うるせぇ!! 妙にいろっぺぇ声色で別方向の俺様を刺激するんじゃねぇ!!
眼前で妖艶な笑みと声色を放つ傑物に向かい己の体力、気力、魔力等々。凡そ使用出来る力を全て籠めた激烈な拳を愚直に打ち続けていたのだった。
お疲れ様でした。
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