第二百五十六話 失われ行く希望 与えられし絶望 その二
お疲れ様です。
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「あぁそうかよ。じゃあ何度でも結界を破ってテメェをぶちのめしてやらぁ!!」
両手に炎の力を宿して相も変わらず腹の立つ笑みを浮かべているイリシアの下へと駆けて行く。
「さぁいらっしゃいお馬鹿さん」
「誰が頭空っぽの大戯けだごらぁぁああああ――――ッ!!!!」
イリシアの反撃を予想していつでも咄嗟の攻撃に対応出来る様に姿勢を低くして突貫を続けているが……、どういう訳か奴は不敵な笑みを浮かべるばかり。
先の攻防で俺様の攻撃力を計ったみたいだけどなぁ!? 俺様の攻撃力は有象無象の魔物とは一線を画すんだよ!!
鉄拳を越える激烈な拳を食らいやがれ!!!!
「デヤァァアアアア――――ッ!!!!」
己の最も得意とする間合いにイリシアを置き、全体重と魔力を乗せた一撃を得も言われぬ結界に向かって解き放つものの。
「ちぃっ!! 破れねぇか!!」
俺様の拳は妙に柔らかい……、そうだな。これを例えるのなら水をパンパンに詰めた麻袋とでも言えば良いのか。
イリシアを包み込む不思議な七色の膜は俺様の拳の直撃を受けても破れずに健在。
「馬鹿正直な攻撃ばかりで助かりますね」
手を伸ばせば届くであろうほぉぉんの少し向こう側に居るイリシアは着弾地点を見つめたまま微動だにしていない。
余裕綽綽な態度と腹の立つ笑みが相も変わらずうざってぇぜ!!
だけどこの連撃を受けてもその態度を保てるか!? あぁんっ!?
「だったら馬鹿正直な攻撃でその……。ン゛ッ!?!?」
一撃で駄目なら二撃、二撃で破れないのなら三撃!!!!
何事も愚直にそして勇猛果敢に攻め立てる俺様の信条に従って行動しようとした刹那に不思議な七色の膜の表面全体が静かな湖の水面の凪の様に波打ち始めた。
その凪は俺様の攻撃を加えた場所を始点として全体に広がりその凪が一層激しさを増すと。
「ウグブェッ!?!?」
クソふざけた衝撃波が膜全体から放射状に迸り、超間近にいた俺様の体はその衝撃波を真面に受け取り後方へと吹き飛ばされてしまった。
「あはっ!! 面白い角度で吹き飛びましたねっ!!」
「うるせぇ!! 好き好んで地面の上を転がった訳じゃねぇんだよ!!」
坂道を転がり続け行くダンゴムシの様に地面の上を転がり続け、無言と強烈な警戒心を抱き続けるシューちゃんの足元に到達するとその勢いが漸く止まってくれた。
「い、いちち……。よぉシューちゃん。あのクソふざけた結界は何だよ」
「恐らく物理反射の効果を持つ結界だろう。ある程度の攻撃を加え続けると蓄積された力を周囲へ放出するものであろう」
あろう、あろうって……。流石のシューちゃんも初見じゃあその効果を見抜けないよな。
「この結界の効果はそちらの真面目な方が仰った通りですよ。森羅万象に遍く物理。この世界に生きている以上その摂理は確実に働きますので、私でもこれを破壊するのは相当骨が折れると判断出来ますね」
わざわざ教えてくれてど――もっ。
破壊出来るのは骨が折れるっつ――事は破壊が不可能って訳じゃねぇんだよな??
「あ、今。破壊は可能だと思いましたよね??」
「……」
その通りだ。
そんな意味を籠めて無言を貫く。
「これまで得た戦闘情報から貴方達の実力は危険だと判断しましたので私特製の結界を破壊される前に……。戦いを終わらせます」
これまでの陽性な声色から一転。
歴戦の勇士の闘志燃え盛る心にさえも容易に恐怖を抱かせる声色を放つとイリシアの足元に大きな深紅の魔法陣が浮かび上がり、そこから大人の親指程度の太さを持った真っ赤に光る大量の触手が出現した。
は、はぁっ!? 一体何だよ!?
あのグネグネした触手は!?
「悪断罪鞭……」
地面に浮かぶ魔法陣から生え伸びる無数の触手は獲物を求める様に彼女の体の周りを怪しく蠢き時折激しくうねる。
一本の長さは周囲の木々から推定して凡そ五、六メートル。
アイツから俺様までの距離はそれ以上離れているが此処で油断は禁物だ。
あの怪しく光る触手の威力や攻撃範囲は未知数だからな……。
「現代で目覚めてまさかこの魔法を使用するとは思いませんでしたね」
イリシアが強烈な殺気を籠めた瞳で俺様の目を直視して話す。
「って事は俺様達の力を認めたのかい??」
「ある程度は。これまで会敵した魔物は先の魔法で瞬殺してしまいましたからねぇ……」
こ、この野郎!!
「テメェ……。自分の快楽の為に無実の魔物を殺したのか!?」
「話を最後まで良く聞くべきです。私達に牙を向けた魔物だけを殺して来たのです。不必要な殺戮は我々の存在を世に知らしめてしまいますのでね」
「はっ、そうかよ。それじゃあ今日此処でテメェの連戦連勝記録は途絶えるって訳だ」
「中々面白い事を言いますね。それでは……。私の断罪の鞭の威力を堪能して貰いましょうか」
来るぞ!!
ぜぇぇったいに気を切るんじゃねぇぞ!?
超強力な警戒心を胸に抱き、軽く腰を落として全方向からの攻撃に備えていると奴の足元から生え伸びる数本の触手が俺様の体を穿とうとして襲い掛かって来やがった!!
「ッ!?」
は、はぇぇええ!! そして触手の動きがきしょい!!!!
想像よりも一つ二つ上を行く速さの触手が目の前を通過すると空気を撫で斬る甲高い攻撃音が俺様の鼓膜を強烈に揺らす。
袈裟切りの要領で撃ち下ろされた触手は俺様の体の真横を通過して地面に当たり土の硬度で上方に跳ね返ると思いきや……。
深紅の触手の威力はどうやら俺様が想定している以上の超強力な力を有しており。
土程度の硬度では触手の威力を受け止め切れず、土を容易に切り裂き激しい弧を描いて土中から俺様の体を切り裂こうとして跳ね戻って来やがった!!
何だよ!! このふざけた威力は!!
つ、土が焼け焦げてんじゃん!!
触手が切り裂いた土の断面から摩擦熱の白き湯気が微かに立ち昇り、何んとも言えない焼け焦げた臭いが周囲に漂う。
「シューちゃん!! この触手はちょっとやべぇぞ!!」
「分かっている!! 回避に専念するか、極限まで高めた付与魔法の拳か小太刀で跳ね除けろ!!」
それは分かっているけど……。
「んっ!! んぎぃっ!?!?」
真正面から何の遠慮も無しに襲い掛かって来た触手は半身の姿勢で躱し、斜に構えた体を捉えようとして大きくうねる触手は炎の力を付与した右手の甲で弾き。
更に!! 俺様の足を絡め捕らえようとして地を這って向かって来た触手に対しては宙に逃れて回避する。
触手の数が一本や二本なら大した脅威じゃねぇけど!! この数はやべぇだろうが!!
俺様の手足はたった四本しかねぇんだぞ!?!?
「へぇ……。卓越した身の熟しで躱し、避け切れないと考えれば必要最低限の動きと付与魔法で防ぐ。貴方達は我々が生まれた時代でも存分に通じる動きを見せてくれますね」
「動きだけじゃねぇぜ!? 俺様達の攻撃力も見くびるなよ!?」
懐からクナイを取り出してあの馬鹿げた結界に向かって投擲してやるが……。
「ふふっ、まるで子犬のじゃれ合い程度の威力ですよ??」
俺様のクナイは奴の結界に阻まれてしまい、肉を食む事も無く地面に虚しく落下してしまった。
と、とほほ……。俺様の遠距離攻撃は相も変わらず頼りないモノだぜ。
無数の深紅の触手で相手を牽制しつつ、攻撃の隙を縫って襲い掛かって来た攻撃は反物理結界で防ぐ。
そしてあの余裕綽綽な態度からして、本体からも遠距離魔法を使用出来る筈だ。
近距離、中距離、遠距離。
そのどれにも対応出来る完全無敵の万能型に思わず尻尾を巻いて逃げ出しそうになるが……。
「ぬぉっ!? 馬鹿者!! もっと結界に厚みを持たせて触手の攻撃に対応するのじゃ!!」
「分かっているわよ!! 五月蠅いから口を閉じておけ!!!!」
「何じゃと!?」
「イスハ、ちょっとうるさい」
「はぁっ!?」
俺様達がこの場から逃げ去ればアイツ等は瞬き一つの間にブチ殺されちまうのが目に見えて居るぜ。
ったく……。誰かを守りながら戦うってのはほんっっっっとうに厄介だぜ!!!!
戦場を右往左往する大量の触手の対応に後手、後手に回り続けているとイリシアが苛立ちを募らせた声を上げた。
「ふぅっ、何だかちょっと飽きて来ましたね。手っ取り早くこの戦場を制圧したいので本意ではありませんが……。あの三名の命を頂きましょう」
クソ野郎が!! 俺様達よりも先に弱い奴等を仕留めるつもりかよ!!!!
そして俺様が思い描いた最悪の筋書き通り、イリシアの周りに蠢く大量の触手がイスハ達に恐ろしい牙を向けた。
アレだけの数は流石の俺様達でもキツイ!! ましてやジャリ餓鬼共が対処出来る威力と量じゃねぇぞ!!!!
「避けろぉぉおおおおおおおお――――ッ!!!!」
喉の筋力が裂ける勢いで叫び、呆気に取られて身動きが取れずに居る餓鬼共に向かって飛び出すと。
「回避行動だ!!!!」
「「「えっ??」」」
俺様と同じ想い、考えを抱いたシューちゃんもほぼ同じ機会で後方へ向かって飛び出した。
た、頼む!! 間に合ってくれ!!!!
「――――。よ、よぉ。シューちゃん。そっちは大丈夫か??」
「も、問題無い……」
「へっ、左手を切り落とされても弱音は吐かねぇか」
ちっ、畜生めが。右目がヤらちまった……。
額の上部から受けた攻撃はそのまま下方へと流れ行き、俺様の瞼を切り裂き瞳孔と眼球を綺麗見事に両断しやがった。
目を空けようと瞼に命令しても全く動かねぇし……。
それに瞼を開けたとしても視覚は真面に機能しねぇだろうなぁ……。
任務を最優先、任務達成の為には手段を問わぬ忍ノ者が自分よりも弱い者を庇って重傷を負うのは流石に不味いよなぁ。
自分の甘さに反吐が出るがそれでも輝かしい三つの命を守れた事に対しては胸を張って誇ろうぜ。
「フ、フウタ!! 大丈夫か!?」
「へ、へへっ。よ、余裕――だぜ」
俺様の怪我の状態を捉えた慌てふためくイスハにそう話す。
「シュ、シュレン先生!! ひ、ひ、左手がぁぁああ!!!!」
「ミルフレア、某の心臓はまだ動いている。戦いが終わるその時まで心を揺らすな」
シューちゃんが右手の先に浮かぶ淡い水色の魔法陣を左の患部に当てて治療を続ける。
彼の左腕の手首から先から流れ出る血の勢いは治療により徐々に収まりつつあるが、激痛により黒頭巾の奥から覗く彼の目元はいつものそれと比べて覇気が失われつつあった。
「あらっ!? ごめんなさい!! まさか貴方達が庇うとは思いませんでした!!」
「けっ、良く言うぜ。最初からコレを狙っていたんだろう??」
相手の弱みを握り戦力を削ぐのは常套手段だからな。
「御想像にお任せしましょう。さて、主戦力である御二人が重傷を負ってしまいましたけど……。それでも戦闘を継続させますか??」
主戦力である二人は片や左手を失い戦力を落とし、片や右目を失い視覚の半分を失う。
奴の言った通り俺様とシューちゃんは満足に戦える状態じゃねぇ。
左手を失う事によって攻撃方法の選択肢が狭まり、右目を失う事によって敵の攻撃及び防御行動に陰りが見えちまうからな。
絶望的な強さを誇る敵に対して互いに満身創痍の状態。
血と汗が混ざり合った臭いが漂う戦場には一縷の希望も見出せない漆黒の絶望だけが蔓延っていた。
はは、参った。お先真っ暗とはこの事じゃねぇかよ。
『シューちゃん。俺様が全力を賭して奴の気を惹き付ける。その間にイスハ達を引き付けて逃げろ……』
満身創痍のシューちゃんの近くで小声で囁く。
そう、此れがお先真っ暗の中に浮かぶ最善の選択肢だろうさ。
俺様の一つの命で四つの輝かしい命が助かるのなら本望さ。
『お主一人では荷が重かろう。某も全力を賭して奴を殺す』
『はぁっ!? 立っているのも精々だろ!? 痩せ我慢をするんじゃねぇ!!』
地面に形成されたとても大きな血の池を見下ろしつつ話す。
『馬鹿か貴様は。お主だけでは奴の気を惹き付けるのは無理な話だと某は言っているのだ』
何も死地に付き合う必要はねぇってのによ……。
へへ、分かった。お前さんの気持ちは受け取ったぜ。
「イスハ!!!! 俺様達が全力を出して攻撃を防ぐからその間に逃げろ!!」
「そんな事出来る訳ないじゃろうが!!」
「そ、そうだよ!! シュ、シュレン先生!! 一緒に逃げようよ!!!!!!」
「放せ、ミルフレア。某はこの邪悪なる者を討たねばならぬのだ……」
イスハとミルフレアが撤退に難色を示して後退するのを躊躇していると。
「――――。分かった。二人の言う通りにする」
この窮地に立たされても冷静さを欠く事無く、普段通りの声色でエルザードが俺達の指示に従ってくれた。
流石、将来のジャリ餓鬼共の纏め役だぜ。
戦いの流れ、冷静な状況判断が良く出来ている証拠だ。
「はぁ!? お、お主は仲間を置いて逃げろと言うのか!?」
「違うわよ。後退するのは崩れた戦力を立て直す為なのよ」
「そ、その間にシュレン先生たちが殺されちゃう!!!!!」
「そうなるかもね。でも……、二人はそんな玉じゃないでしょう??」
「おうよ!!!! 俺様は最強無敵の忍ノ者だからな!!」
「あぁ、余裕過ぎて欠伸が出て来る程だ」
向かう先には圧倒的実力差が生む絶望の壁、背を向けたら獰猛な獅子が牙を剥いて追いかけて来るこの絶体絶命の状況下で生き残る為には……。そう、誰かが命を賭さなければならない。
俺様とシューちゃんの二つの命で残る三つの救うのが俺様達に与えられた任務だ。
二つと三つ。
命の重さを量る訳じゃあないけどよ、二つよりも三つの方が大切だとは思わないかい??
少なくとも俺様はそう考えているぜ。
「先生を連れて来るから!! それまで絶対に死なないでよね!!」
「やだ!! いやだぁぁああああああああ!!!! シュレン先生が死んじゃうからいかない!!」
「たわけ!! わしらはじゃまな存在だと何故気付かぬのじゃ!! さっさと行くぞ!!」
最後まで戦場に残ろうとするミルフレアの腕をイスハが取って後方に下がると大きく息を漏らし、改めて化け物と対峙した。
よし、行ったな……。後は微乳姉ちゃんの判断に任せよう。
俺様達はイスハ達が微乳姉ちゃんと出会うまでの時を稼ぐのみ!!
「さぁ行くぞ!! この化け物が!! 俺様の魂を籠めた攻撃を食らいやがれ!!」
「ふふっ、さあいらっしゃい。死に抗う愚か共よ……」
今も余裕綽綽の様子で俺様達を見下ろしている化け物に対して啖呵を切り、徐々に失われて行く闘志の炎を再燃させてやった。
お疲れ様でした。
普段より投稿が少し遅れてしまって申し訳ありませんでした。現代編にもそして第二部にも繋がりがある話が続きますので慎重に執筆している為、かなり執筆速度が遅れてしまいます……。
さて、漸く秋らしい空気が吹き始めましたね。過ごし易い季節で何よりだと安心していたのですが……。
季節の変わり目に突入した所為で風邪を引いてしまいましたよ……。喉がイガイガして間接がギシギシと痛むこの感覚。
いつまで経っても慣れるとは思えませんね。今日は温かい恰好をして熟睡しようかと考えております。
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それでは皆様、お休みなさいませ。




