第二百五十六話 失われ行く希望 与えられし絶望 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
常軌を逸した化け物と対峙して捕食者に睨まれた草食動物の様にビクビクしている大変臆病な己の両足に喝を入れると音の速さを越える速度で風の空気をブチ破り、倒すべき敵を己の間合いに捉える。
傍から見れば最短距離を突き進み完全完璧な侵入速度に見えたのだろうが、どうやら奴に取っては欠伸が出る所作と速度であった様だ。
「フフ、自ら死地に飛び込んで来るとは……。愚人は夏の虫とは正にこの事ですね」
俺様の地を這う様な体捌きの角度と侵入速度を両の眼で確実に捉え続けていてもその瞳には驚愕の二文字では無く、落胆の二文字が滲み出ているのだから。
ちぃっ!! 小細工無しの突貫で後手に回ってくれれば儲けものだと思っていたけどよ!!
この化け物に対してそれは少々甘過ぎる考えだった様だぜ!!
「うるせぇっ!! 取り敢えずその横っ面に一発捻じ込んでやる!!」
俺様の背よりも高い位置にある顔面に目掛けて火の力を宿した右の拳を放つが。
「へぇ……。その小さな体躯からは想像出来ない攻撃速度ですね」
イリシアは俺様の拳を視線で追い、余裕を持って上半身を逸らして躱してしまった。
はっ、牽制用の攻撃だから避けられるのは織り込み済みなんだよ!!
次で確実に当ててやらぁぁああ!!
「おらぁっ!!!!」
奥歯をギュムっと噛み締めて右方向に流れた体をその場に留めると右足を軸にして体を半回転。
左足に炎の力を籠めて隙の匂いが漂うイリシアの胴体に目掛けて解き放ってやった。
どうだ!? テメェはそれ以上体を後ろに反らせねぇだろ!?
それから予想出来る行動は……。
両腕のどちらかで防御する。後方に飛び下がって回避する、若しくは半身の姿勢で回避する。局所展開した結界で俺様の攻撃を受け止める。
このいずれかの行動を取る筈だぜ。
防御されたら反動で下がった体に追撃。
回避されたら息を付く隙を与えずに攻撃を加え、更に結界を展開されたらそれをブチ破って胴体に雷撃を加えてやる。
頭の中で幾つもの選択肢を思い描きつつイリシアの胴体に向かって攻撃を加えてやると奴は俺様が思い付いた選択肢を選択しやがった。
「あら、これは真面に受け止めたら不味いですねっ」
「っ!!」
俺様の左足の攻撃範囲から逃れる様に後方へ飛び退く様を捉えると右足の筋力が捻じ切れても構わない勢いで稼働させて追撃を図った。
ギャハハ!! んだよ、コイツ!!
魔力だけべらぼうに高くて事近接格闘に付いては全くのド素人なのか!?
接近戦が得意な野郎に対して馬鹿正直に下がったら不味いとその身に教えてやるぜ!!!!
「食らいやがれぇぇええ――――ッ!!!!」
「……っ」
今も愚直に後方へと下がって行く大馬鹿野郎の鼻頭に向かって火の力を籠めた左の拳を放つと会敵してから初めてイリシアの瞳に驚きの色が滲み出やがった。
うっし!! 初手は貰ったぜ!!!!
俺様の拳が今もイリシアの体全体から滲み出る漆黒の潜在魔力を突き抜け、腹を空かせた拳ちゃんが美味しそうに肉を食む感触を捉えるかと思いきや……。
どうやら俺様の考えは砂糖を長時間クツクツ煮込んで作った甘過ぎる飴よりも甘かった様である。
「うんうん!! 及第点以上の攻撃ですよ!!」
「いでぇっ!!!!」
薄皮一枚まで迫った拳はイリシアが展開した結界に阻まれ、拳は肉の柔らかい感触の代わりに鋼よりも硬い感触を捉えてしまった。
お、おいおい。本気かよ……。
瞬きよりも速い速度で緊急展開した結界がこの硬度を誇るのか?? 咄嗟に展開した防御にしてはちょ、ちょいと硬過ぎるんじゃね??
俺様と距離を取ったイリシアの薄い桜色の結界に視線を送るが、視界が捉えたのは何も絶望ばかりでは無い。
そう、俺様が与えた攻撃によって結界には微かな綻びが見えて居るのだから。
お、おぉ!! 何だよ!! きっちり効いてんじゃん!!
完全無敵に見える敵に己の攻撃が通じる。
たったそれだけの小さな出来事が俺様の心に陽性な感情を齎してくれた。
そして俺様の一挙手一投足を見逃さんとしていたシューちゃんも同じ感情を抱いている様で??
「追撃を図るぞ!!!!」
普段の物静かな姿からはとても想像出来ないシューちゃんの雄叫びが静かな森に轟いたのだから。
「分かっているぜ!! 俺様に合わせろ!!」
「貴様が某に合わせるのだ!! 古の時代より伝わりし魔力の波動……。今、此処に解き放つ!!」
シューちゃんの魔力の鼓動が背中から腹に掛けて突き抜けて行くと。
「螺旋炎昇!!!!」
イリシアの本体が見えなくなる程の炎の柱が立ち昇り周囲の空気を焦がす熱量が迸る。
眼球の水分があっと言う間に蒸発してしまう様な炎の威力、火炎竜巻から生じる旋毛風の圧は正に天晴の一言に尽きるぜ。
あの熱量に包まれたのなら例え結界の中に閉じ籠って居ようとも無傷ではいられねぇ筈だ。だが、このまま炎に焼かれて行く様を静観している訳にはいかねぇよ。
「……」
炎の柱に阻まれて奴の姿は見えないが周囲の空気を焦がす熱量の中からは会敵時と何ら変わりない禍々しい圧の魔力を感じる事が出来るのだから。
や、野郎……。あれだけの炎に囲まれても無事だって言うのか??
頑丈過ぎるのも大概にしやがれ……。
地面から立ち昇る炎の柱が徐々に威力を弱めて行くと爆炎の中に薄っすらと桜色の結界が見えて来る。
そして森の中に吹く微風によって爆炎が晴れるとそこには俺様が待ち望んでいた景色とは真逆の景色が存在していた。
「ふぅっ、中々の熱量で良い汗を掻きましたね」
イリシアが結界の中で己の右手で軽く仰ぎながら余裕な表情と態度を持って話す。
「「っ!!」」
ちぃっ!! やっぱり無傷か!!
だけどぉぉおお!! それだけで俺様の闘志を絶やす事は出来ねぇぞ!?
「ずぁぁああああああ――――ッ!! 食らいやがれ!! 絶一門ッ!!」
敵の攻撃、殺気、魔法。
凡そ想像し得る敵の行動からの後退を封じた代わりに増強した俺様の攻撃を受け止めてみろ!!
魔力の源から体全体に流転する魔力が心臓の拍動の様に激しく鳴動する。
その音や圧は俺様の体内に収まる事無く体外へと飛び出して森の木々の枝を微かに揺れ動かした。
「凄い圧ですね!! 良いじゃないですか!! その勢いを保ったまま攻撃を続けて下さいね!!」
結界内のイリシアが俺様の上昇した魔力を捉えると鼻に付く高揚した笑みを浮かべて小さく柏手を打つ。
その様を捉えた刹那に頭の中で何かがプチっと千切れる音が響いた。
「さっきから随分と上から目線で話しやがって!! いい加減うざってぇぞ!! ハァッ!!!!」
一度目の突貫よりも一回りも、二回りも速い速度で己の間合いに奴の結界を収めると両手に炎の力を籠めた拳の連撃を繰り出してやる。
「天衣無縫無頼拳!! ズリャリャリャリャァァアアアアアアアア――――ッ!!!!」
息をする時間さえも惜しむ速度の拳の連打を見舞うと眼前に閃光と爆炎が迸り俺様の視界を明滅させる。
「うぅん……、派手な攻撃ですねぇ。私としてはもっと穏やか且静かな攻撃を好むのですけど」
拳に感じるのは相も変わらず鋼よりも硬い硬度の結界だが……。
熱い一晩を共に過ごす許可を与えてくれる女性の滅茶苦茶分かり辛い合図の様に、ほんの僅かだが結界の硬度に変化が現れた。
も、もう少しでブチ破れそうだ……。だけど!! その前に俺様の拳がぶっ壊れちまうよ!!
「ぐ、ぐぎぎぃぃいいい!!!!」
奥歯を食いしばり、丹田に力を籠めて後退を排除した連撃を続けていると後方から本当に頼りになる攻撃が前衛に届いた。
「全てを断ち切れ我が風刃!!!! 風切鎌ッ!!!!」
さっすがシューちゃん!! 相変わらず絶妙な機会で打ってくれるぜ!!
そしてぇ!! 此処からが俺様達の真骨頂よ!!!!
「おらぁぁああああ!! 吹き飛びやがれ!!」
激しい爆炎と閃光が迸る眼前にシューちゃんが詠唱した分厚い風の刃が着弾すると、漸く……。
勝利への活路が切り開かれた。
「あらっ、結界が剥がれてしまいましたね」
「「ッ!!!!」」
イリシアの本体が露呈した刹那に懐から小太刀を抜いて正面から奴の首を、そしてシューちゃんは彼女の後方から奴の命を断とうとして強力な殺意を籠めた小太刀を振り翳した。
『殺った!!』
『殺った……』
俺様とシューちゃんの小太刀がイリシアの柔肌を切り裂き、太い筋線維を断ち、彼女の細い首が吹き飛ばされて無残に宙へと向かって飛翔する残酷な画を確信したのだが。
「反物理結界」
「どわっ!?」
「むっ!?」
イリシアの体を薄く包む形容し難い膜によって二つの小太刀の攻撃が防がれてしまった。
な、何だよ!! あの薄い膜は!?
随分と柔らかい結界なのに俺様の小太刀が跳ね退けられちまったぞ!?
奴の体全体を淡く薄く包む膜は石鹸水の様に不思議な七色を放つ。
普通の結界の硬度とは真逆の感触に驚きを隠せずに居るとイリシアが再び鼻に付く笑みを浮かべた。
「まさか貴方達にこの結界を使用するとは思いませんでしたね」
「よぉ、姉ちゃん。その気味の悪い結界?? みたいのは一体なんだ」
「これですか?? 私特製の特殊結界とでも呼びましょうか。かなりの魔力を消耗する代わりに詠唱出来る大変優れた結界です」
ふぅむ?? 特殊な結界って事だけは理解出来たけどもそれ以外の効果は以前分からず仕舞いか。まぁ敵に対して効果を親切丁寧に教える馬鹿は居ねぇよな。
このまま阿保面浮かべてボ――っと突っ立って居たら確実に負けちまうし……。あの結界の効果を確かめる為に行動を開始しますか!!
お疲れ様でした。
現在、後半部分の執筆並びに編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




