第二百五十五話 突如として終わりを告げる素敵な日常 その二
お疲れ様です。
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冬の空から降り注ぐ陽光が森の木々の合間を縫って柔らかい大地に降り注ぐ。
肌が不機嫌な顔を浮かべてしまう冷涼な空気も今だけは感じられず、俺様は縁側で昼寝を享受する子猫宜しくちょいと冷たい大地の上で大変だらしない姿で寛いでいた。
「ふわぁ――、くはっ。あぁっ、ねっみぃ……」
ジャリ餓鬼共の指導に、強さにしか興味が無いシューちゃんとの組手、更に早朝に街へ向かって買い出しに出掛けたダンとハンナの見送り。
朝も早くからせっせと行動していたらそりゃ欠伸の一つや二つは出ちまうよ――っと。
巨大な獲物を飲み込もうとして顎間接を最大稼働させている蛇も思わず唸ってしまう角度で顎を開き、森の清らかな空気を肺一杯に取り込むと幾分か眠気も吹き飛ぶ……。筈も無く、俺様の超カッコイイ体にヒシとしがみ付いて離れようとはしなかった。
「ほぅ……。瞬時に魔力を上昇させるのは上手くなったな」
「ふふんっ、これもマリル先生の指導の賜物なんだからね」
直ぐ後ろからシューちゃんとエルザードの軽快な声が聞こえて来たのでだらしない姿のままで確認すると、アイツ等はこの長閑な空気の中で齷齪と魔力鍛錬に勤しんでいた。
「よぉ、そろそろ休憩したらどうだ?? 此処に来てからずっと動きっぱなしじゃねぇか」
微乳姉ちゃんが住む母屋から南へ凡そ数百メートル離れた訓練場所に到着してからというものの、アイツ等が休憩している姿を見かけなかったし。
根を詰め過ぎても良くないと思うのよねぇ。
「ふむっ、あの馬鹿が言う事は一理あるな」
シューちゃんが余計な一言を言うと真面目一辺倒の視線を解除して太い木の幹に背を預ける。
ってか、馬鹿って言葉は余分じゃね??
「はぁ、やっと休憩か……。マリル先生も大概だけどシュレン先生もちょっと厳し過ぎよ」
エルザードがそう話すと俺様と何ら変わりない姿で地面にペタリと座り込んだ。
「これでも生温い位だ。お主達は一日でも早く我々と同じ高みに昇ろうとしているのだろう??」
「まぁそうだけどさぁ……。手っ取り早く強くなる方法って無いの??」
「ある訳なかろう。強さとは一朝一夕で手に入るモノでは無い。日々の積み重ねが最も重要なのだ。それは目に見えるモノでは無いが確実にお主達の体に宿る。それを努々忘れず体の芯に叩き込め」
「うはっ、マリル先生に滅茶苦茶似た台詞を言われたわよ」
「それだけテメェ等は弱いって事だ。本当に強ぇ奴は一々文句を言わず只々自分の強さを磨いているんだよ」
その最たる例があのハラペコ白頭鷲ちゃんだよなぁ。
時間を見付けては剣技を磨き、体を鍛え、精神を統一させて強さの高みへと昇ろうとして努力を惜しまない。
偶には可愛い子のお尻ちゃんを見て目と心の保養をしろと言っても我関せずといった状態だし。
「それも耳にタコよ。私は隊全体を俯瞰して見て、隊に的確な指示を送る役目だってのは重々理解している。その為にはマリル先生みたいに魔法の扱いに優れ、咄嗟に機転が利くようにしなきゃいけない。頭では理解しているんだけど体が付いていかないのが本音かしらね」
おっ、何だこいつ。随分と自分の立場と役割を理解しているじゃねぇか。
「突貫しか能が無い龍と狐と違ってテメェは誰よりも賢いし魔力の扱いに長けている。それにその役割を理解してだけで今は十分さ」
「その通りだ。自分の進むべき道が見えて居る者は誰よりも早く強くなるぞ」
「へへっ、だったら一年やそこらでシュレン先生達を越えられるかな!?」
エルザードが頭上の太陽よりも明るい笑みを浮かべて俺様達に視線を送るが。
「「それは無理だ」」
シューちゃんと共に一年という短い期間では俺達が積み上げた強さに追い付けぬと釘を差してやった。
「何よ!! ここはそうかもなって励ます場面でしょう!?」
「ありえねぇ事実を突き付けた方がテメェは燃え上がる質だろ?? だから俺様達は敢えて厳しい言葉を投げかけているのさっ」
「あっそ!! じゃあもうちょっと休憩するからね!!」
淫魔の子が地面の上に大の字で横たわると俺様もそれにつられて両足を投げ出して引き続き心地良い正午の日を堪能し始めた。
このあったけぇ光は最高なんだけどよぉ、一体何時になったらイスハとミルフレアは返って来るんだろうなぁ……。
迷子にでもなったら大変だろうから俺様が迎えに行くべきか?? いや、でもこの森はアイツ等にとって庭みてぇなもんだし迷う事はまず無い。
という訳で!! 俺様は馬鹿狐が帰って来るまで休憩を継続させましょう!!
「随分と帰りが遅いな……。某が様子を見に行くべきか??」
俺と同じ考えに至ったシューちゃんが南の方角の森へと視線を送る。
「大丈夫だって。ここはアイツ等にとって庭みてぇなもんだし。それに…………。ほら、聞こえて来ただろ?? アイツ等の足音が」
耳をよぉぉく澄ますと微かに森の至る所に生える草々が揺れる音や地面の上に無数に存在する砂利が擦れる音が聞こえて来たしっ。
「漸く到着か。ではマリル殿から拝命した指導を継続させるとしよう」
「へいへい、了解っと。俺様も重い腰を上げるとしますか……」
阿保狐達の足音が徐々に大きくなり間も無くその姿が緑を掻き分けて日の下に晒される事を予想して立ち上がると俺様の視界は狐の金色の髪と綺麗な桜色を捉えたのだが……。
「到着じゃ!!」
「もうすこしすすむと私たちの先生がいるからね」
「へぇ、此処はちょっと開けた空間なのですね」
「「ッ!?!?!?!?」」
幼い少女の後ろに付いて出て来たこの世の理から外れた化け物の姿が現れると、ほぼ同時に古代種の力を最大解放して一秒にも満たない速度で戦闘態勢を整えた。
「どわっ!? 何じゃ!? 急にどうしたのじゃ!!」
俺とシューちゃんの姿を捉えたイスハが三本の尻尾を天に向かってピンっと立てて狼狽える。
「馬鹿野郎おおおお――――ッ!!!! 今直ぐそいつから離れろ!!」
「その通りだ!! 某達の後ろに来い!!!!」
「う、うんっ。分かった」
「い、いきなり叫ばんでも良かろう……」
森と開けた空間の狭間で静かに立つ黒みがかった翡翠の長髪の女を最大限の警戒心を抱きつつ睨み付け、イスハ達が俺様達の後ろに回り込むのを確認し終えると改めて化け物と対峙した。
「シューちゃん。見えるか?? な、何だよアイツ……。身に纏う潜在魔力で本体が見えやしねぇ」
「あぁ、あれ程に禍々しい潜在魔力は見た事が無い」
大勢の者を呪殺して来た世界最強の呪物を封印してある呪いの箱の禍々しさを感じさせる……。とでも言えば良いのか。
魔力自体は強力に抑え付けてあるのだが、その呪いの箱から滲み出る負の力がヤバ過ぎるぜ。
ドス黒い魔力が体全体を覆い尽くして本体が霞む程だからな……。
「はぁっ……。はぁっ……」
鍛え抜かれた大蜥蜴、全てを飲み込む巨大砂虫、そして巨龍一族。
これまで会敵して来たどの強敵からも感じた事の無い常軌を逸した圧迫感が俺様の四肢を微かに震わす。
何もせず只そこに立っているだけで全身から溢れ出て来る冷たい汗と、微かに震える四肢がそれを物語っていた。
「ふむ、一秒にも満たぬ速度で戦闘態勢に移行しましたか。合格とまではいきませんが及第点を与えるべきでしょう」
ドス黒い魔力を纏う姉ちゃんらしき物体がそう話すと彼女の背後から二名の人物が遅れて出て来る。
「おや?? 此処にも魔物が居ましたか」
短い黒髪に戦いを生業とする者とは到底思えぬ華奢な体躯に纏う白きローブ。
遅れてやって来た一人の人物は普通の大人の男性であり。
「……」
もう一人の少女も魔力の欠片も感知出来ない普通の人間だ。
死んだ感情の目で俺様達に視線を送る少女の姿を捉えると俺様の体を拘束する恐怖という名の鎖を懸命に振り解いて口を開いた。
「一体テメェ等は此処に何をしに来たんだ」
こ、これが俺様の声色かよ……。
恐怖に囚われてビビっています――って感じじゃねぇか。
「貴方にそれを話す必要性があるのかどうか。疑問を抱くばかりですね」
「某達と敵対する関係なのか?? それなら容赦はせぬぞ……」
はは、シューちゃんも俺と一緒で超――ビビった声だな。
魔力探知に長けたエルザードも俺様達と同じ感情を抱いているのだろうさ。
「な、な、何よ。アレ……。正真正銘の化け物じゃん……」
余りにも強烈な負の力を捉えたのか、地面に情けなくペタンとお尻を付けてアワアワと震える口からは奥歯がカチカチと鳴る恐怖の音が奏でられていた。
「ふぅ――……。此処まで力を抑えて行動して来ましたが貴方達の力を亜人様の片割れは感知したでしょうし……。良いでしょう我々が此処に来た理由を教えて差し上げますよ」
「はぁ?? 何でテメェは微乳姉ちゃんが此処に居る……」
俺様がそこまで話すと。
「……っ」
シューちゃんが俺様の背を突き彼女の言葉の続きを聞くべきだと忠告して来た。
はいはい、引き続き強烈な警戒心を胸に抱いたまま耳を傾けますよっと。
「先ずは自己紹介を。私の名前はイリシア=グランティ。我々の創造主である亜人様が名付けて下さった有難い名です。短い時間ですがどうかお見知りおきを」
イリシアがそう話すと仰々しく俺様達に向かって頭を下げる。
「我々と言ったけどよ。テメェ以外にもヤベェ奴が後ろに居るのか??」
コイツ級の力を持った奴等がうじゃうじゃと後でやって来たら洒落にならん。
最悪の話を想定して尋ねた。
「いえ、今日は此方にお邪魔したのは亜人様の善の心を正当に継承したフロポロス親子だけですよ?? 私の別の名は 『是なる者或いは統率者』……。 曲者揃いの忌嫌遺物のまとめ役とでも申しましょうか」
ほっ、それは何よりだぜ。
「アンセスターシリーズとは一体何だ」
相変わらず強烈な硬い口調でシューちゃんが問う。
「亜人様は残る九祖との最終決戦に臨む際、戦いに不必要な感情を取り除きました。その取り除いた感情は思いの外強力で……。その器となったのが我々アンセスターシリーズなのです。我々は必要な時が迫った時に目覚める様に設計されており、もう間も無くその時が訪れるとして気の遠くなる過去から眠り続け現代で目覚めたのです」
「その必要な時ってのは一体何だよ」
「そこまで話す必要はありませんね。我々は貴方達の後方に居る亜人様の悪の心を継承した者に用があって来たのですから」
ちっ、話せば儲けものだと思っていたけどそこまで甘くねぇか。
会話で時間稼ぎも出来たし微乳姉ちゃん達もそろそろ臨戦態勢を整えてこっちに向かって来るだろうさ。
だが、一つだけ懸念がある。
「彼女は赤子を抱いて静かに暮らしている。安寧が蔓延る平和な場所に貴様の様な修羅を通す訳にはいかぬな」
そう、シューちゃんが言った通りレイドの存在が気掛かりなのだ。
コイツ等が一体何の用で北へ向かおうとしているのか知らねぇけど、生まれたばかりの赤子を危険に晒す訳にはいかねぇのさ。
「赤子……?? その赤子の性別は分かりますか??」
イリシアが弧を描く眉をピクリと動かして問う。
「玉の様な愛らしさを持つ可愛い男の子だよ。テメェ等みたいな得体の知れねぇ連中を通す訳にはいかねぇぞ」
俺様が精一杯にドスを効かせた声でそう話すと。
「男……。クククっ、丁度良いじゃないですか」
これまで無表情であったイリシアが口角を厭らしくニィっと上げて俺様達に感情を見せ。
「アハハハハハ!!!! いいぞ!! やはり天は我々の味方なのだ!!!!」
彼女の直ぐ後ろで待機していたフロポロスって野郎がケタケタと薄気味悪い笑みを浮かべて肩を上下させた。
「何笑ってんだよ」
「失礼しました。余りにも我々に誂えた様な状況でしたので。それでは我々は本来の行動に移りますね」
「だから俺様達がそう易々と通す訳は……」
「……っ」
イリシアが右腕をスっと上げて右手の人差し指をイスハの顔面に向けた刹那。
「先ずは有象無象の滓から排除しましょうかね」
「ッ!!!!!!」
「むぉっ!?!?」
頭が考えるよりも早く足が動き、俺様の左後方に居るイスハを力の限りに右腕で吹き飛ばしてやった。
「けほっ!! 何じゃ!! 何でいきなりわしを……。ッ!?」
「いちち……。俺様が動いた訳が理解出来たか?? この大馬鹿野郎め」
イスハが俺様の直ぐ近くにある人差し指程度の穴と、俺様の右上腕から吹き出る血を見付けると真ん丸お目目が更に大きく見開かれた。
イリシアの指先から放たれた血よりも赤い朱に染まった細い一筋の光は猛烈な勢いでイスハの顔面へと向かって直進していた。
アイツの小さな体を吹き飛ばさなければ今頃、イスハの顔面には人差し指大の穴が貫通して絶命していただろう。
地面の小さな穴から湧き上がる摩擦熱の白き湯気と俺様の肉を抉り取った威力がそれを証明している。
ちょぉぉっと魔力を開放しただけでこの威力かよ……。
あのねぇちゃんが本気を出したらこの森一体が消失するんじゃねぇの?? いや、森処か大陸の地図を書き換える必要がある程の被害を齎すかもな。
「フウタ、怪我の容体は??」
シューちゃんが奴に視線を向けつつ尋ねて来る。
「上腕二頭筋は無事だがその周りの肉がごっそりと抉られちまったぜ。ってか、この状況ってかなり不味くね??」
「某も同意しよう。長期戦はかなり不利になる」
だろうなぁ……。俺様達だけならまだしも後ろには守らなきゃいけない存在があるし。
「シューちゃんが考えている通り、超超短期決戦に臨むしか生き残る術は残されていないぜ??」
古代種の力を解放していたからこそアイツの初手を見切れた。
この力はいつまでも解放出来る訳じゃない。そう、俺様達に残された時間は本当に極僅かなのだ。
「理解しているのなら結構だ。貴様が前衛を、某が中近距離から攻撃を仕掛ける」
「了解――っと」
さぁって……。地獄から送られて来たとんでもねぇ怪物退治の始まり始まりっと……。
戦を司る神様もエゲツナイ事をしてくれるぜ。
数十分前まで長閑で幸せな時間を享受していたのに、こんなべらぼうな化け物を突然送り込んでくるのだから。
「へぇ!! 現代で私の攻撃を見切ったのは貴方が初めてですよ!!」
「そりゃど――も。そっちがその気ならわりぃけど俺様達も容赦しないぜ??」
これが最終警告だ。
そう言わんばかりに懐に仕舞ってある小太刀を見せるがどうやら奴さんは俺様の言葉を聞く気は毛頭ないらしい。
「クク……。アハハッ!! いいですよ、いいですよ!! これでこそ戦いは面白くなるのですからね!!」
相変わらず鼻に付く笑い声を上げて肩を上下に震わせているのだから。
クソが!! 俺様達は取るに足りない相手って訳かい!?
任務達成の邪魔となる行動、感情、思考は一切殺して任務に臨め。そうやって忍ノ者は行動するように体の芯までに叩き込まれている。
俺様達の任務はこれから始まるであろう上から与えられる仕事に対応出来る様に強くなる事。
冷静沈着な行動と思考を持つ忍ノ者から見れば俺様の行動は愚行に映るかも知れねぇ。
いや愚行処か忍ノ者失格か……。命を落としたら任務は遂行出来ねぇし。
でもな?? 時には任務よりも大切な事があるんだよ。
そう!!!! 輝かしい命を守る為の自己犠牲って奴さ!!!!
寿山の麓の里で生を受け、不思議な縁で故郷に草履を脱いだ瘋癲の大馬鹿野郎の一大大博打をみせてやるぜ!!!!
男、フウタ=ライゾウの超絶カッコイイ生き様を刮目しやがれ!!!!
「最後通告はしたからな?? 此処からは単純明快な殺し合いの始まりだぜぇぇええええ――――ッ!!!!」
化け物に向かって進むのを億劫になっている両足に強烈なビンタを送って発奮させると心に本物の修羅を宿して正真正銘、混じりっ気なしの化け物へと向かって突貫して行ったのだった。
お疲れ様でした。
これからがっつり戦闘描写が入って来ます。私が苦手な描写の一つなので四苦八苦しつつ執筆を続けている次第であります。
所で……。ゲーム好きな人なら御存知だと思われますが、ボーダーランズ4というゲームが既に発売されております!!
執筆に私生活に忙しい為、まだ手を付けていませんが年末年始の休みの時にがっつりプレイしようと考えています!! 本当に楽しみにしていますのでネタバレは御法度ですよ??
沢山の応援をして頂き有難う御座いました!!
読者様の温かな応援が執筆活動の嬉しい励みとなります!!
それでは皆様、良い週末をお過ごし下さいませ。




