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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百五十一話 華燭の典 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 森の澄んだ香りとは一線を画すむさ苦しい野郎共の匂いが漂う部屋の中で一人静かに吐息を漏らすと服の襟首を正す。


 服全体の皺、着こなし、そして貧乳龍から手渡された手鏡によって蓬髪気味の黒髪を一生懸命に直すと誰も居ない空間の中で縦に大きく頷いた。



「うむっ、我ながら超絶怒涛に似合っていねぇな!!」



 キチンと整った黒髪の下にはいつもの無精髭ちゃん達は存在せず、茹でた卵の様なツルンとした地肌が御目見えしている。


 まぁ多少のカミソリ負けによって摩擦係数が全くの零とまではいかないが及第点をあげられる整い方でしょう。


 問題は首から下の礼服だよなぁ……。


 馬子にも衣裳とは良く言ったもので??


 ミキシオン陛下と謁見する時にも着用したが他者から見てもそして自分から見ても服に着られているという虚しい感想しか湧いて来ない。


 今日という日が無ければ恐らくこの服は虫食いによってその寿命を全うしていた事だろうさ。



「さ――ってと。準主役がいつまでも部屋の中でウジウジしていたら事は始まらねぇし。さっさと最終準備に取り掛かりましょうかね」


 妙に動き難い服の肩回りを懸命に動かして上半身の筋力を解し、安物の扉を開いて陽光差す森の中へと静かに歩み出ると。



「ギャハハ!! あ、相変わらず似合わねぇなぁ!!」


「ふっ、某の腹筋を鍛える為の服か?? それは」


 扉から出た途端に受けた友人達の言葉は祝福からかけ離れた揶揄いそのものであった。



「うるせぇ!! 俺だってそんなの分かりきった事なんだよ!! 俺を笑うのなら相棒も笑いやがれ!!!!」


 母屋に近い位置に置かれている二対の長机の側で己の食欲をグッ!! と堪えて机上に置かれているおもてなしの食事の数々をじぃぃ――っと見下ろしている青き髪の男性に指を差してやる。


「アイツはまぁまぁ似合っているし」


「そうだな。服に着られているダンよりもハンナは華麗に着こなしていると判断出来るぞ」



 何でこうも感想が百八十度も違うのでしょうかねぇ……。まかり間違って百八十度を越えて三百六十度に変化してアイツも揶揄ってくれよ。


 顔の作りが違うから?? 背丈の差?? それとも纏う筋力量からかしら??


 いずれにせよ阿保鼠二人が話した通り、礼服を着用する相棒は普段の不格好とは違い正式な場に相応しいキチンとした雰囲気を携えていた。



「よ――っす。お待たせ――」


 今にも箸と取り皿を手に取り料理に襲い掛かろうと画策している相棒の背に軽い言葉を掛けてやる。


「あぁ、遅かったな」


「そりゃあ式の直前まで料理と格闘していたら遅くもなりますわなぁ」


「それは俺に対する皮肉か?? 俺は料理を運びこの開けた空間を掃除してやったのだぞ」


 当たり前の行動を誇らしく語るのはちょいと不味くないかい?? まっ、処世術のショの字を知らぬ横着白頭鷲ちゃんが当たり前の行動をしてくれるように冒険の中で成長したのだ。


 此処は一つ、素直に褒めるべきなのでしょうね。


「有難うね。助かったよ」


 彼の大きな肩をポンっと叩いて労ってやる。


「ふ、ふん。式の開始まで時間が空いていたからな。それと、これを全て食らい尽くす為に腹を空かせておかなければならなかったのだっ」


 いやいや、お前さんは約五十人前の料理を全部食らい尽くすおつもりなので??


「本当に良い匂いだよなぁ!!」


 本日も真っ赤な忍装束を身に纏うフウタがこんがりと炒めてある鶏肉に顔を近付けてスンスンと匂いを嗅ぎ。


「あぁ、式の開始まで待てるかどうか疑問が残るばかりだ」


 もう一人の忍ノ者は黒装束をキチンと着こなし、黒頭巾の中から覗くお目目は料理を捉えぬ様にギュっと閉じられていた。




 太陽がまだまだ布団の中で寝返りを打っている時刻。


 俺はむさ苦しい野郎共が住む簡易家屋から一人静かに出ると、本日の挙式に訪れる客達のお腹を満たす料理を作る為に母屋へと移動を開始した。


 森の静謐を破壊せぬ様、大変静かに扉を開くと。


『ダンさんっ、おはようございますっ』


 頭上の太陽が目の前に現れたのでは無いかと有り得ない錯覚を他者に与えてしまう眩い笑みを浮かべているマリルさんが既に料理を開始していたのだ。


『ふわぁ――……。お早う御座います。それにしても早いですね??』


 昼寝明けの犬の様に大きな欠伸を放ち、台所に立つ彼女の脇へと移動をする。


『何だか眠れなくて……。それならいっその事早めに行動しちゃおうと考えたんですよ』


『えっ!? という事は眠っていなんですか!?』


『本日行われる挙式で緊張しているのでしょう。意識が途切れたのは三十分程度でしょうかね。ベッドの中で無意味な寝返りを打っていても仕方が無いので……。それに?? 動いていた方が緊張感も解れますから』


『それは……。お疲れ様です。それでは自分も早速料理を開始しますね!! どれから手を付けたら宜しいでしょうか!!』


『ダンさんはそこの丸々一羽使用した若鳥の味付けをお願いします。来客数が多いので大変ですよ??』


『お任せください!! 一羽だろうが十羽だろうが、皆の舌をあっと驚く味付けにしてあげますから!!』


『ふふっ、私と同じで今から飛ばすと式までもちませんよ?? 味付けは塩と胡椒。それとそこの香草で……』


 森の賢者様と肩を並べて料理という名の格闘を開始。


 それから数時間経つと生徒達が徐々に起き始めつまみ食いを画策する横着な狐と龍を辛くも撃退し、そろそろ身なりを整えろと淫魔の子がキツイ目元で注意したのでこうして着替え終えた次第であります。




「料理だけじゃなくて街まで色々買い付けに行ったもんねぇ――」


 相棒の左肩にポスンっと頭を乗せつつ話す。


「止めろ、気色悪い」


 うふふ、そうやって邪険に俺の頭を払うのは照れ隠しの一つだもんね。


 お母さんは何でもお見通しなのよ??


「この焼き菓子また買って来てくれたのかよ!! 甘味と塩味がばっちり合うから俺様好みなんだよね――!!」


 フウタが大きな皿の上に盛られている大量の焼き菓子目掛けて右手を伸ばすので。


「こら、食事の時間まで我慢なさい」


 横着な右手をペチンと叩き落としてやった。


「んだよ……。これだけあるんだから一個二個ならバレやしないって」


「そういう事じゃねぇよ。偶には我慢しろって意味さ」




 昨日の夕刻、相棒と共に田舎街へ出掛けて大量のパンを購入した。


 本日仕上げた肉汁滴るお肉を挟んだパンや乾燥させた果実の実を混入したモノ。更に粉砂糖を大量に塗したモノに至るまでその種類は飽きが来ない様に種類が豊富だ。


 トマトの果肉を潰して出た果汁を入れて炒めた焼き飯は食欲を増加させる酸味ある香りを放ち、季節の葉野菜は清らかな水気を帯びて陽光を煌びやかに反射して人々の視覚を魅了させ、更に!! 俺が主役だと言わんばかりに若鶏を丸々一羽使用した鶏肉ちゃん達が机の上で雄叫びを放つ。


 喉を潤す為に用意した果実酒の瓶がずらっと並びお酒が苦手な人でも楽しめる様に茶菓子やら、やたらと可愛い色をしている菓子類が脇を飾る。



 これだけの料理と酒と菓子を用意するのにかなりの出費だったが、祝いの席なのでそれには目を瞑りましょう……。



「挙式っていっても通過儀礼的なもんだろ?? それにちゃちゃっと済む訳だし。ってなわけで!! お一つお呼ばれしま――っす」


「だ――!! 勝手に食うなっていってんだろうが!!」


 大変美味しそうな香りを放つ焼き菓子に向かって伸び行く手を迎撃するものの。


 甘味の香りに魅了されて直進が止まらないフウタの体を必死に制止していると上空から大勢の人々が清らかな風を纏いつつ降り立った。



「皆さん!! お邪魔させて頂きますね!!」


 ハーピー一族を一手に纏める女王様が里の大勢の者を引き連れて地上に降り立つと一族を代表して俺達に礼儀正しいお辞儀を披露してくれる。


 春の訪れを彷彿させる薄い桜色の髪は綺麗に後ろで纏め、淡い水色の上着と白く長いスカートが清潔感に拍車を掛ける。


「ダンさんとマリルさんの挙式を祝い一族を代表として先ずは挨拶をさせて頂きますね!! 本日はおめでとう御座います!! 我々一堂は御二人の結婚を心から祝っております!!」


 彼女が中々に素早い所作で頭を上げると素敵な明るい笑みを浮かべて俺の目を直視して簡易的ながらも祝福の言葉を述べてくれた。


「あ、いえいえ。本日は態々御足労頂き有難う御座います」


 此方も彼女に倣ってキチンとお辞儀をしてあげる。


「二人の晴れ舞台ですからね!! これを見逃す訳にはいきませんから。所で……。本日の主役であるマリルさんは何処ですか??」


「彼女なら母屋の中で生徒達と共にドレスの着付けを行っていますよ」


 キョロキョロと周囲を見渡す彼女に対して母屋に向かって指を差してあげると。


「そうなのですか!! じゃ、じゃあマリルさんにもご挨拶をしたいのでお邪魔させて頂きましょう!!」


 ハーピー一族の女王様は何の遠慮も無しに母屋の扉を開き、鼻息を荒げたまま大股で進んで行ってしまった。


 マリルさん達もきっとびっくりするだろうなぁ……。扉を開いたらいきなり一族の女王様が興奮気味に出現するのだから。


 現に。


『おぉぉおお!! マリルさん!! 滅茶苦茶可愛いじゃないですか!!』


『あ、有難う御座います』


『晴れ舞台に相応しいドレスですよね!!!! うんうん!! 凄くイイですよ!!』


『自分の事の様に喜んでくれるのは結構なのですが、もう少し離れてくれますか?? そんなにくっ付いてしまわれますと着付けが出来ませんので……』


『あっ……。ご、ごめんなさい』


『なはは!! 一族を一手にまとめる女王なのに揶揄われるとはまだまだじゃのぉ!!』


 生徒達の笑い声、マリルさんの狼狽える声、そして女王様の竜頭蛇尾な声が母屋の壁の隙間から森の中一杯に広がって行った。



 あはは、たった一匹の鳥ちゃんを招いただけで大変な騒ぎですな。


 まぁ厳かな雰囲気よりもこうした明るい雰囲気の方が俺達らしいからね。



「ほぉ、これは中々見事な食事だな」


「どれも美味しそうだよねぇ……。私的にはこの焼き菓子かな!!」


「そうだよね!! 焼き菓子に私達の里で作った蜂蜜を掛けて食べれば……。あぁ、もう!! 早く食べた――い!!」


「先日はお世話になりました。御蔭様で里の復興は滞りなく進み現在は養蜂と南の街との交易を再開していますよ」


「そうか。某達もその言葉を聞けて嬉しいぞ」


「怪我人の回復訓練リハビリも済み素敵な日常が戻って来た事に喜びを感じていますね」


「そうかそうか!! 困った事があったら俺様にいつでも頼むと良いぜ!! 快刀乱麻を断つ勢いでどんな困難な事件でもスパッ!! と解決してやるからな!!」



 三十名を越えるハーピー一族が周囲に散開するとそれぞれの場所でこれから始まるナニかを期待しつつ陽性な会話を続けている。


 その様子を心温まる感情を持ったまま眺めて居ると一人の男性が大変硬い雰囲気を纏って近付いて来た。



「ダン様。本日はおめでとう御座います」


「あ、どうもどうも」


 黒を基調とした清楚な服を身に纏うランドルトさんから祝福の言葉を受け取ると彼に向かってキチンとした角度で頭を下げる。


「いや、しかし……。これだけの食事を用意するのは大変だったのでは??」


「昨日から今日までほぼ休み無しで動いていましたからねぇ……。マリルさんに至っては何だか眠れなかったみたいで徹夜で本日を迎えました」


「徹夜で御座いますか!? それは……、大変ですね」


「何でも?? 緊張していて眠れなかったらしいんですよ」


「ははっ、マリル殿の様な聡明な方でも緊張なさる事があるのですね」


 ランドルトさんから見ると彼女は完全無敵な森の賢者様に映るのだろうか??


 聡明でお淑やかな外見とは違いその正体は俺や生徒達の横着に目を光らせ、ある線を越えてしまうととんでもねぇ指導をブチかまして来る可愛い女性なのですよっと。



『先生!! 髪の毛を纏めるからさっさと椅子に座って!!』


『あ、いや。まだドレスの着付けが……』


『そんなもの後でいい!!』


『先生、どうせなら後ろを敢えてガバっと開いて出て行ったら?? そっちの方がダンも喜ぶだろうし!!』


『フィロ。それはさすがにない』


『あはは!! 皆さん!! もっとマリルさんを嬉しく困らせてあげましょうねっ!!』


『レオーネさん?? 今の御言葉は決して忘れませんよ?? いつか同じ状況になったら……。それを努々忘れない様に』


『えぇ――!? どうしてそんな酷い事を言うんですかぁ!!』


『『『あははは!!!!』』』




「少し騒がしいですな……」


 ランドルトさんがちょっとだけの疲労感を籠めた吐息を放ち今も何やら喧しい音を放つ母屋の方へと視線を送る。


 その顔は陽性な感情と四角四面が混ざり合った複雑なものであった。


 恐らく、一族の女王足る者が他所で横着を働いている事に対して辟易若しくはそれに似た感情を胸に抱いているからでしょうね。



 そして緊張感の最たる理由は……。



「本日、挙式の司会進行を受け賜った訳なのですが……。これ程の大役を私目に務められるかどうか……。一抹の不安を抱いているのが本音です」


 そう、マリルさんから頼まれた司会進行の役についてヤキモキしているからでしょう。


「あはは、普通――に話してくれればいいんですよ?? 台詞を噛んで出た笑い、たどたどしい雰囲気、何とも言えない硬い表情。その全てが良い思い出になるのですから」


 いつか……。何十年も経ってから今日という日を思い出すと方々で上がる笑い声や素敵な笑みが脳内で映し出される。


 そう言えばそういう事もあったな、と。


 普遍的な料理が並ぶ卓上を囲んで笑いの種に変えて平凡な日常に華を添えるのさ。


「ダンさんはそう仰いますけどね?? 私としては与えられた大役を全うしたいのですよ」


「そのお気持ちだけで十分です。後は本日の主役が登場するまで待機していましょう」


「分かりました……」


 強張った双肩を誤魔化そうとして落ち着かない様子を醸し出している彼にそう話すと再び主役の準備に忙しい母屋へと視線を送る。




『よ、よぉし。何んとか髪型は纏まりそうね』


『エルザード。それよりも昨日の深夜に我々が決めた髪型の方が似合いませんか?? 私的には今よりもそちらの方に興味があるのですが』


『フォレイン!! 今から髪型を変えたら式の始まりがもっと遅くなるでしょう!? だから勝手に……』


『ん――。私的にもここの丸みを変えた方が可愛く映ると思いますよ?? ほらっ、こんな感じでっ』


『だぁぁああああああ――――ッ!!!! そこの鳥の女王!! 私が折角キメた髪型を勝手に変えるなぁぁああああ――――――ッ!!!!』


『いいじゃないですか!! 折角の晴れ舞台なんですから可愛く映りたいのが花嫁の心情なのに!! そうですよね?? マリルさんっ』


『レオーネさんの仰る通りなのですが、只でさえ始まりの時間が押しているのに更に遅延を招く行為は了承出来ませんねっ』


『ほらみろ!!』


『エルザードもう少し静かにしなさい。それと……貴女には明日の朝一番から特別授業を行いますからね?? それを忘れない様に』


『だから何でいっっつも私だけに手厳しくするのよ!!』


『『『あははははははは!!!!』』』



「「はぁ――……」」


 母屋から漏れて来る女性達の軽快な笑い声が俺とランドルトさんの口から溜息を勝ち取ってしまった。


 彼は女王に対して、そして俺は生徒達に対しての溜息だったのだろう。


 そちらも苦労しますなという意味の視線を宙で交わすとヤレヤレといった感じで右の口角を上げ、そして空に昇って行った明るい女性達の声によって顔を顰めている太陽を見上げる。


『もう少し静かにしてくれると助かるんだけど??』


 不機嫌になりつつある太陽さんから放たれる陽光が木々の合間から差し込み、俺はそれを大変居たたまれない気持ちのままちょっとだけ熱い顔面で受け止めてあげた。




お疲れ様でした。


まだまだ夏バテが治らないので本日の投稿はここまでになります。本来であればもう少し書きたかったのですが……。


読者様達も体調管理には気を付けて下さい。



それでは皆様、お休みなさいませ。

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