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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百四十九話 彼の名は その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 兎角女性という生物は人間であっても、魔物であっても意思伝達機能の一つである会話という行動を好む様である。


 他者に己の心の空模様を伝える術は何も会話という機能だけでは無く、表情の変化や纏う雰囲気、視線の置き外し等々多岐に渡るが何故女性という生物は会話に拘るのであろう??


 他者に己の感情を共感して貰いたいから??


 無自覚の内に会話という意思伝達機能を最優先させるから??


 それとも溜め続けた鬱憤を晴らす為??


 考え得る答えは無限に存在するが目の前に居る女性はどうやら私が推理した一つである、鬱憤を晴らす為に会話という意思伝達機能を最優先した様だ。



「それで聞いて下さいよ。ランドルトったら私のお願いを無視して南の島に行っちゃったんですよ?? 女王の命令に従わないなんてあり得ないですっ」


 薄い桜色の長髪を左右にフルっと揺れ動かして私は今現在、少しばかりの憤りを覚えていますと此方に分かり易く伝えてくれる。


「それは大変でしたね」


 中々に値が張りそうな受け皿の上で静かにその役割を待つ陶磁製のコップに手を伸ばし、私の為に態々淹れてくれた馨しい香を放つ紅茶を一口頂く。


 茶葉の香が鼻腔に抜けて行くと微かな疲労感を拭い、舌を酷使し続けている彼女とは対照的に潤い過ぎている舌が茶葉の味に酔いしれた。



 女王の部屋に足を踏み入れて早一時間。


 彼女に勧められるがままに椅子に腰かけてからというものの、ハーピーの女王様の口撃が絶え間なく襲い続けている。


 一体いつになったらレオーネさんは私の話を聞き入れてくれる態勢を整えてくれるのだろう??


 本日は御報告があってハーピーの里にお邪魔していますと冒頭でお伝えしましたのに。



「まぁ彼も彼で果たすべき責務があるのは重々理解していますよ?? でもぉ……。折角恋人同士になれたのだから私の為に時間を取ってくれても良いとは思いません??」


「その気持は分かりますけどランドルトさんは里の為にと思って行動しているのでそれを汲んであげるのが恋人の役目ではありませんか??」


「ん――……。それは分かっているんですけどぉ……。私の我儘な心がそれをヨシとしないんですっ」



『じゃあ一体どうすれば良いんですかっ』

「彼も彼なりに頑張っているのです。温かな目で見守ってあげるのが里の長の務めですよ」


 心の中に浮かんだ文字とは全く異なる言葉を放ち陽光差す窓の外を見つめる。


 空に浮かぶ雲はゆるりとした風に流されて地の果てへと向かい、燦々と降り注ぐ陽光が私の心の曇り空を少しでも明るくしてくれようとして輝いていた。



 ふぅ――……。今日もいい天気ですよねぇ。


 重大な報告をするのにじっとりと湿った空気や曇天模様では少し味気ないですし、天気を司る神様に感謝しましょう。



「それはソレ。これはコレ、です。ランドルトが次に帰って来たら思いっきり甘えちゃいましょう。もしも彼が私から逃げ遂せる様なものなら空の果てまで追いかけてあげますっ」


 空の女王の追走から逃れる術を持っている者は稀でしょうねぇ。


 例え黒翼を持つ彼でもあってもレオーネさんの追走からは逃れられず、瞬き一つの間に拘束されると恋の囁き若しくは愛の抱擁を受け取る羽目になるのだ。


 あの四角四面の彼が目を白黒させて狼狽える様を想像すると何だか笑えてきますね。



「ふふっ、ランドルトさんは女性耐性を余り御持ちじゃないので手加減しませんと高熱を出して倒れてしまいますよ??」


 二歩下がる彼に対し三歩迫る彼女。


 徐々に距離が削られて行き遂に零距離になってしまった彼が取るであろう行動を想像すると私の口角が自然と上がってしまった。


「私の一挙手一投足で変わり続ける彼の表情を観察するのが好きなんです。あ!! そう言えば聞いて下さいよ!!」


 しまった……。新たなる話題を提供した所為で回り道が始まってしまいましたね。


 親鳥に餌を強請りピ――ピ――と可愛い鳴き声を雛鳥が放つものだからついつい餌を与えてしまいましたよ。


「私が執務をほっぽり出して彼の右手を優しくキュっと握り締めてあげた時なんですけどね!?」


「はぁ……。それはちょっと臆病過ぎますよねぇ……」



 んっ、お茶も美味しいですけどこの茶菓子も美味しいですね。


 歯が喜ぶ硬度に舌の表情が蕩ける甘味。


 お腹や体の脂肪についてアレコレ考えさせられる甘さですが、今の私の体は栄養を欲していますのでこの際太る太らないの葛藤は無視しちゃいましょう。



「あれ?? 珍しく食が進みますね??」


 おぉっ!! 漸く本題に突入出来る突破口が見えて来ました!!


「最近、自分の体の為にと思って沢山食べているんですよ??」


 いつもは小食の私が突然食欲を増した。


 敏感な女性ならこの違和感を見逃す筈がありませんからね!!


「そうなんですか……。うんうん!! マリルさんは体の線が細いですからね!! 沢山食べる位が丁度良いですよ!! あ、沢山食べるで思い出しました!! ついこの間の事なんですけどね!!」



 はぁぁ――……。何で私の思った通りの方向に会話が進まないのでしょう。


 自分の思い通りに事が進まないのは世の道理だと理解していますよ?? でも、少し位私の考えた道を進んでくれても良いじゃないですか。


 道を外れに外れ、剰え背に生える翼で明後日の方向へと向かって飛び立ってしまったレオーネさんを見て居ると何だか双肩に疲労感がドっと押し寄せて来てしまった。


 少しばかりの疲労を籠めた息を長々と吐き右手の指で眉間辺りをキュっと抓んで疲労感を誤魔化していると漸く私の変化に気付いてくれたのか。



「ランドルトの前で沢山食べるのは女性として流石に……。ん?? どうしたんですか?? 眉間を抑えて」


 レオーネさんが会話を区切り、紅茶で舌を潤しつつ問うて来てくれた。



「最近、少々疲れ気味なんですよ。あ、仕事とかではなくて私生活に付いての疲労ですよ」


「私生活の疲労ですか。其方は生徒さん達やダンさん達もいらっしゃる事ですし。中々気が休まらない日々が続きますよね。そうだ!! 気が休まらないのは私も同じ……」

「そうです!! ダンさんの所為で気が休まらないんですよ!!」



 あ、危ない。またとても長い回り道に誘導してしまいそうでしたね。


 彼女の立場を鑑みれば私程度の位の者が会話を遮断するのはとてもじゃないけど了承出来ませんが、このままではいつまで経っても重大な報告が出来ないので良く動くお口さんを断腸の思いで遮断してあげた。



「ダンさんの所為で??」


「え、えぇ。実は……。紆余曲折あって彼とつ、付き合うと言いますか……。結婚をする事になったんですよ」


 私が受け皿に陶磁製のコップを置いてそう話すと。



「エェェエエエエエエ――――――ッ!? それ本当ですかぁ!? 何でそんな大切な話を最初に話してくれなかったんですか!!!!」


 レオーネさんが受け皿に高価なコップをガシャンッ!! と大袈裟に置いて勢い良く立ち上がった。



『それは貴女が私の話よりも自分の話を優先したからですっ』

「レオーネさんが楽しそうに話をしていたのでその機会を奪う訳にはいかないと考えたからですよ」


 再び心に浮かんだ言葉とは全く言葉る言葉を口から放つ。


「結婚する前にお付き合いをする過程をすっ飛ばしてどうして結婚する事になったんですか!?」


 余り前のめりになると胸元から下着が見えてしまいますよ??


 現に私よりも数段高い標高の双丘を包む桜色の下着が見えていますので。



「勿論付き合う期間は短いながらもありました。しかし……、えっとぉ……。私のお腹に新しい命が誕生しましたので恋人という関係性から夫婦という関係性へと昇華させたのです」


 自分でも話している内に沸々と顔の体温が上がるのを感じてしまう。



「エ゛ッ!? こ、こ、こ、子供が出来ちゃったんですか!? 早過ぎません!?」


「私もそう思いますけど生まれたからには責任を取って産もうと考えているのです。そして此処に訪れた理由は結婚と妊娠、大まかな結婚式の日取り。そして経験豊富な助産師さんが居れば紹介して欲しいと考えております」


「結婚式には勿論参加させて頂きますよ!! それに助産師さんも紹介させて頂きます!! わ、わっ!! どうしよう!? 結婚式に着て行く服装ってありましたっけ!? ち、違いますね!! 先ずは助産師さんの確保だった!!」



 あ、いや。そこまで慌てる必要はありませんよ??


 亜人の末裔である私の妊娠期間は人間のそれとは違い五か月から六か月で出産しますので。



「ふふっ、そうやって慌てるとまた体調を崩しますよ??」


 新しい話題を得て部屋の中を慌ただしく右往左往する彼女にそう話してあげる。


「慌てさせたのはマリルさんでしょう!? 結婚式に出席するのは私とランドルトでしょ?? それに里の者達にも参加を打診して……。わぁぁああ!! もう!! こんなに嬉しい忙しさなんて久し振りですよ!!」


 人の温かな幸せは伝播する。


 それを証明するかの様にレオーネさんが満面の笑みを浮かべてくれると私も彼女の明るさにつられて口角がキュっと上がってしまう。


 でもこの幸せも直ぐに襲い掛かる準備という名の魔物によって忙殺されてしまうのでしょうね。


 結婚式の日取り準備や出産の段取り等々。


 私が考えている以上に結婚と出産という出来事は多忙を極めるのだ。


 幸せな動きを見せてくれるレオーネさんの横顔を見つめて心を温めていると、美しい木目の扉から静かな音が響いた。




「レオーネ様、いらっしゃいますでしょうか。只今戻りました」


 ん、この声はランドルトさんですね。


「居ますよ!! どうぞ入って下さい!!」


「失礼します。おや……、マリル殿ではありませんか。もしかして私はお邪魔でしたかな??」


 背筋を確と伸ばして部屋の中央辺りに歩み来ると私と彼女を交互に見つめてそう話す。


 黒を基調とした真面目な服装に左の腰に長剣を差し、物静かな空気と武人足る雰囲気を身に纏う姿は素晴らしいの一言に尽きます。


 私達と別れてから南の島で訓練をしていると御伺いしましたが、成程。その所為かは如実に表れている様ですね。


 以前と比べて魔力も筋力も増加しているのが良い証拠だ。


「お邪魔ではありません!! 聞いて下さい!! マリルさんとダンさんがけ、け、け、け……!!」


「け?? 毛虫に刺されて酷い傷でも負ったのですか??」


 日常生活がままならぬ毒を持つ毛虫は私の住む森には存在しませんよ。


 まぁそれ以上の毒を持つ植物は両手じゃあ数えきれない程存在しますけどね。


「結婚する事になったんですよ!! それとぉ!! 妊娠もしていますので助産婦さんも紹介して欲しいとの事なんです!!」


「ブハッ!? い、い、いきなり過ぎませんかっ!?」


「は、はぁ……。突然の報告で驚かせてすいません……」



 目を白黒……。ううん、そんな言葉じゃあ表せない程の驚愕を浮かべているランドルトさんに矮小な声量で謝意を述べる。



「と、兎に角火急の件という事は理解出来ました!! 私はこれから里の助産師の経験がある者共に招集をかけてきます!! その中から選りすぐりの猛者を紹介させて頂きますね!!!!」


 ランドルトさんがそう叫ぶと入ったばかりの部屋を慌てて出て行ってしまった。


 瞬き一つの間に部屋から出て行く彼の姿を見送ると忸怩たる想いが胸に湧くのは気の所為でしょうか……。


「宜しく頼みますよ――!!!! マリルさん!! 私達は出来るだけ貴女に助力させて頂きます!! つ、つきましては馴れ初めを聞かせて貰えますかっ!!!!」


「え――……。それはちょっと……。お腹の子に響くかも知れませんし??」


「だ――めですっ!! 今後の参考に役立てたいので四角四面のマリルさんを堕としたダンさんの近接格闘並びに幻惑術を知りたいんです!!」



 あのぉ――、馴れ初めとはどうして彼と婚約関係に至ったという話であって深夜の男女関係を話すという訳ではありませんからね??


 しかし、私も一人の女性だ。


 お喋りを通してレオーネさんとの関係を深め更に彼女の恋人でもあるランドルトさんとの関係性の昇華に一役買いたいのが本音ですからねっ。



「し、仕方がありませんね。では彼との馴れ初め。その他諸々を説明させて頂きますので御静聴願います」


「よ、宜しくお願いしますっ。つ、つきましては主に夜の関係性を主に進めて頂けると光栄ですっ」



 私と彼女は先程よりも距離を縮めて会話を始めた。


 その距離は互いの肩が触れ合う程に近く、私が夜の関係性並びに数時間にも及ぶ近接格闘について説明するとレオーネさんは顔を朱に染めて破廉恥だと叫ぶ。


 私もそう考えましたが兎角女性という生き物は時に男性との繋がりを強く求める時もあると説明すると妙に納得した表情を浮かべ。



「ふ、ふむっ。成程……。それをダシにして脅迫……、じゃなくて。おねだりすれば奥手のランドルトを誘い出す事が出来ますねっ」


 一族の女王様が決して浮かべるべきではない厭らしい笑みを浮かべて里で齷齪と召集作業を続けているランドルトさんの見えない姿に視線を送った。


 恐らく、彼は今頃里の中で悪寒を覚えて身震いしている事でしょうね。


 彼女の瞳にはそれだけの威力と圧が確認出来たのだから。


 それから私達はランドルさんが帰って来るまでの間、お互いの身分をそして時間という概念を忘れて会話という意思伝達機能に身を委ね続けていたのだった。



お疲れ様でした。


これから後半部分の執筆に取り掛かりますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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