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第二十九話 新人達の苦労

お疲れ様です。本日の投稿になります!!


この御話から新たなる御使いが始まりますので、どうか温かい目で見守って頂ければ幸いです。


それでは、どうぞ!!




 夜空に浮かぶ月が怪しい光を放ち、地上に広く広がる森を照らすが。鬱蒼うっそうと茂った森の中には闇も恐れる深い黒が静かに佇み月明りでさえも、闇を打ち払う事は叶わなかった。


 闇の中、鳥達は木々の枝に止まり。翌日に備えて羽を休め休息に興じていたのだが。



「「「っ!?!?」」」



 突如として発生した形容し難い負の波動により束の間の休息は終わりを告げてしまった。



 何事かと考え、円らな瞳を開けてその存在を確認すると。木々の合間にぽっかりと空いた黒き穴を捉えた。



 そして、その中からこの世の者とは到底思えぬ生物が出現し。



「…………。グォォォォオオオオオ!!!!」



 闇を切り裂く凶悪な雄叫びを上げた。



 彼等は生物が発する声色に恐怖を感じ。


 我先にと逃亡を画策。



 異形の生物は周囲の様子を窺う様に漆黒の瞳をギョロリと動かす。その様はまるで獲物を執拗に狙い続ける山猫の様であった。



 暫しの沈黙の後。



 異形の生物が徐に体を動かし、向かった先には剣の様に尖った高い山々が連なり。生物はその頂きへと向かって粘度の高い液体を零しながら目を疑う速さで移動を始めたのだった。




























 ◇







 扇形に盛り上がった土の前。


 私は特に何を言う事も無く、只々その湾曲した土を無感情のままで見下ろし続けていた。



「構え――――……。剣っ!!!!」



 上官の指示に従い、左腰に装備する長剣を抜き。



「正面……。構え!!!!」



 長剣の柄を掴み、体の真正面へと構え。



「黙祷!!!!」


「「「「「………………」」」」」



 静かに瞳を閉じ、先に逝ってしまった仲間へと兵士達が鎮魂の想いを捧げる。



「――――――――。止めっ!! 納剣っ!!!!」



 素早い所作で長剣を納剣し、静かに頭を垂れた。




 自分が志願した最前線に配備されたものの、私が想像した以上の悲しみが此処には溢れていた。


 戦闘は日を追う毎に下火になりつつあるが、それでも戦闘が起こらない日は無かった。


 ニ十期生首席卒業の名を引っ提げ、着任したが……。自分が考えている以上の実力を発揮する事は叶わなかった。


 日々、精神が削られ擦り減り。


 気が付けば私は、悲しみの雫を流して仲間の別れを見送る事が出来なくなってしまっていた。




 自分の心がこれ以上痛まぬ様、無感情になってしまうのだろうか??


 私自身でもそれは理解出来ない。


 涙……。どうやって流すんだっけ??



「よっ、お疲れ。トア」


「あ、先輩……」



 一人静かに拠点地へ向かって進んでいると、私が所属する分隊の隊長であられるイリア准尉が声を掛けてくれた。



「うっわ。あんた、目元やばいわよ??」


「ここ二、三日真面に眠れていませんので……」



 天幕の中で眠りに就けたと思いきや、突然の夜襲を告げる鐘の音で起こされ。


 日中は分隊三隊で哨戒任務。


 心が休まる暇も無いのが本音かしらね……。



「あはは!! 何よ、配属初日の活気溢れるトアは何処に行った!?」



 明るい笑みを浮かべて私の肩を叩く。



「この二月の間で思い知らされましたよ。前線で戦うって、自分が思っている以上に辛いんだなぁって」


「まっ、そうね。でも貴女が思っている以上に板について来たわよ??」



 気休め程度の褒め言葉だろうが……。


 沈んだ気持ちの今、それが嬉しい。



「今日で……。三十人目ですよ?? 私が配属されて亡くなった方は」



 三十名もの輝かしい命が奪われてしまった。


 あの醜い豚共の所為で……。やりたい事も沢山あっただろうに。愛する人もいただろうに……。



「辛い時は忘れる事が一番と言われているけどさ。彼等の存在は決して忘れてはいけない。彼等を想い続ける事が最高の手向けになるのよ」


「はい……。了解しました」


「よっし!! 今日は私が御飯を作ってあげる!!」



 イリア先輩が私の沈んだ気持ちを浮上させようと明るく努めてくれるのが嬉しい。



 首席卒業の名を引っ提げて着任したのはいいけど。皆の御荷物になっちゃっているな……。


 もっとしっかりしなきゃ。



「お――い!! トア!! 指令書が届いているぞ――!!」



 男性兵が私に向かって駆けて来るので、慌てて姿勢を伸ばして迎えた。



「指令書??」


「おう!! はい、確かに渡したからな――!!」



 何だろう?? 突然ね。



「ん――?? どれどれぇ?? 私が覗いてあげよう」


「ちょ、ちょっと。先輩……」



 私の体に女らしい体をぎゅむっと密着させ、頬がくっ付く程に接近させて封筒を持つ私の手元を見つめる。



 封を開け、中から指令書を取り出し。私に課せられた指令を確認すると……。



「――――――――。ふぅむ?? 第三次防衛線北部……。ティカへと移動、だってさ」


「つまり……。私はお払い箱、ですか」



 戦力不足通知じゃない。これ。



「あはは!! 違うって。二月もの間、頑張ったんだから。ちょっと休みなさいって上からの計らいよ。私達もちょいちょいこうして移動させられるし」



 あ、そうなんだ……。



「新人であるトアは私が考えている以上に頑張ってくれた。その事は誇って良い。だから……。しっかり休んで、心を入れ替えて戻って来なさい。私は待っているわよ??」


「は、はい……」



 あ、あれ??


 何で涙が??


 悔しい、のだろうか??


 皆を残して此処から去る事、至らない自分の実力。様々な感情が湧き起こり、自分でも気付かぬ内に涙を流してしまった。



「んっ!? 私と離れるのが寂しいのか!? ほらっ!! 寂しくならない様に私が慰めてあげるっ!!」


「ちょ、ちょっと!! 止めて下さいよ!!!!」



 明るい陽射しの下でじゃれ合う二名の女性。


 その姿を見付けた兵士達はこぞって口を揃えて笑い声をあげた。


 それは永遠に晴れぬ闇の中に不意に訪れた明るい小春日和の陽射しにも見えたのだから。



































 ◇






 互いを想う心が外部へと露見してしまい、白昼堂々互いの腰に手を回して大通りを歩く男女。


 額に汗を浮かべて御届け物を運ぶ男性。


 今日は御馳走を振る舞うぞ!! 容易に他人にそう思わせる気合の入った表情の女性。


 多種多様な表情の中。


 一人静かに歩いていると、行き交う人々の多さに思わず辟易した顔を浮かべてしまう。



 田舎出身の悲しい性と呼ぶべきでしょうかね。


 慣れた筈の超都会。しかし、たった十日間程離れただけだってのにこの人混みにもうウンザリし始めてしまっていた。


 レイテトールの街は程よく栄え、程よく方々に田舎が存在していたから……。住むならあっちの街が良いよねぇ。




「あ、ごめんなさいね――」


「お気になさらず」



 俺の肩に堂々と己の肩を当ててすれ違う女性。


 どこを見て歩いているのですか?? と。思わず問いかけてしまいそうになってしまいましたよ。



 真っ直ぐ歩く事も困難な道からちょいと逸れ、北上を開始。


 昼間なのに薄暗い道を進み続ける事、数十分後。超絶普遍的な家屋が俺を出迎えてくれた。



「レイドです。只今帰還しました」



 背嚢を背負い直し、軽く扉をノックする。


 レフ准尉、居るかな??



「ん――。開いているよ――」



 今日ものんびりとした声で返事を頂けた。



「失礼します!!」



 扉から返って来た声と対照的な覇気ある声を放ち、キィっと軋む音を奏でる扉を開き。


 我が隊の本部へと足を踏み入れた。



「よぉ――!! お帰り――!!」



 濃い灰色の半袖の夏服を着用し、いつもの席で大変寛いだ姿勢で此方を迎えてくれる。


 机の上には開きっぱなしの新聞と、飲みかけの紅茶と半分欠けたパン。


 全く……。


 こちとら御令嬢様の我儘を聞き続け、負傷し。口煩い龍に絡まれ続けているってのに。


 素敵な朝食の光景が本当に羨ましいですよ。



「随分と大変だったみたいだな??」



 ニィっと口角を上げてそう話す。



「えぇ、程々に大変でしたよ」



 レフ准尉の近くで歩みを止め、何気なく新聞へと視線を落とした。



 えぇっと……。何々??





『アーリースター家で襲撃事件発生。犯人は自殺か!?』




 うっそ!!


 記事になってんじゃん!!



「はは――。予想通りに目玉ひん剥いて驚いているな??」


「そりゃそうですよ。つい先日の事件が公になっているのですからね」



 新聞の見出しはこうだ。



 アーリースター家の御令嬢の継承式典が行われている最中、凶器を持った犯人が現れ。彼女を殺めようと画策するものの。


 周囲に居た招待客達が犯人を取り押え、事なきを得た。


 しかし、犯人は隙を見計らって毒を服用しこの世を去った。



 あれ??


 取り押さえたのは俺じゃなくて、招待客達になっているんだ。個人名を公表するのは憚られたのだろうか。


 続けて紙面に書かれている文字を追い続けた。





 ベイス上院議員への本誌独占取材に成功。


 彼曰く。



『皆様の協力があって娘は無事に至りました。犯人の動機は分かりませんが……。人の命を奪い去ろうとする者に対して徹底抗戦の構えを取るつもりです』 と。



 鋭い瞳で御言葉を頂けた。


 更に、暗殺者に狙われた次期当主レシェットさんに取材を敢行。




 へぇ――。


 あの後、取材を受けたんだ。



 大変興味がそそる内容なので、新聞を両手で掴み。食い入る様に文字を読み漁った。





 暗殺者の襲来によって酷く落ち込みましたが、現在では回復。


 日常生活に支障をきたす恐れはないと、父親譲りの覇気ある声で答えて頂けた。


 そして、事件については。




『来場された方々の御協力によって凶悪な事件は未然に防げました。ですが、その中でも一番の功労者は私の飼い犬です。現在、放し飼いになってしまっていますので。近日中に受け取りに行くつもりです』 と。


 軽快な冗談を放ち、取材を行った筆者達を楽しませて頂ける余裕を見せてくれた。





 こ、この飼い犬って……。


 俺の事だよな??



 放し飼いになり、受け取りに行くって……。


 まさか、此処まで来るつもりなの!?




「てな訳でぇ。飼い犬さんの御蔭様で、事件を未然に防げた訳さ」


「――――。そ、その様ですね」


「ん?? どうしちゃったのかなぁ?? ワンちゃん?? ほら、飼い犬らしくキャンキャン吼えてみ――??」



 ちぃっ!!


 流石、鋭い考察眼を御持ちですね!!!!



「何故、自分が犬であるとの考えに至ったのですか??」



 さり気なく惚けておきましょうか。



「そんな事、少し考えれば直ぐに分かるさ。招待された客人達は皆裕福な家庭の出。襲撃犯に対処出来る訳が無い。まぁ、あのタンドア議員は別だけどな。噂だけど、個人で我が軍の一個中隊を相手に出来る戦力を保持しているみたいだし。それに、議員個人も鍛えているみたいだからなぁ――」



 個人で一個中隊、ね。


 ベイス議員が仰っていた話は強ち、眉唾物じゃあ無かったか。



「――――。所、で。どうしてタンドア議員が来ていた事を知っているのですか??」



 ふと、強烈に感じた疑問を問うてみる。



「ん――……。うん。次の任務の説明をしようかなっ!!」


「はぁ――。ですから。勝手に情報を盗み見したら罰せられますよ??」



 もう突っ込むのも止めます。


 どうしてかって??


 言っても止めないし、例え上層部に告げ口しても道連れにされてしまう可能性が大いにありますからね。



「はぁ――いっ」



 可愛い声を出さない。



「これが次の任務だよん」



 そして、大切な指令書を投げない!!!!



 後ろの棚へと進み、一通の便箋を毎度宜しくぽぉんと机の上に放ってしまった。



「次の任務はその便箋を第三次防衛線北部に位置する……。ティカへと届けて貰う」



 ティカ?? 何処だろう??



「えぇっとぉ……。地図上では……。此処だな」



 机の上に広げたアイリス大陸の簡易地図上の一点を指す。



 そこは大陸北部に連なる山々に近い位置であった。



「大陸の屋根に近いですね」



 アイリス大陸の北部。


 そこは西から東へと標高の高い山々が連なり、その荘厳な姿を見た人々は大陸の上に広がる空を支える屋根と形容している。


 山の麓には大陸南部に位置する不帰の森程深くは無いが、森林が山と連れ添う形でこれまた西から東へと連なる。


 勿論、所々に森林が途切れている箇所が存在するが。それでも広大な面積である事には変わりない。



 山を挟んで北側にも同森林が存在し、山の北側の西方は人がおいそれとは足を踏み入れる事が出来ない未開の土地として有名だ。


 何でも??


 狂暴な狼が存在するとか、しないとか。まことしやかに噂されていた。



「王都から北北西に街道を進み、ざっと見繕って十日。北側の森との境目に近い北部防衛線の拠点地だな」



 ふぅむ……。


 苦労するのは長時間の移動だけか。あ、いや。


 飯の世話が一番の苦労ですけども……。


 街で補給を繰り返しつつ向かいますか。



「そこの拠点隊長に指令書を渡して今回の任務は終了っと。超簡単な御使い任務じゃん。良かったな」


「簡単に言いますけどね?? 移動だけでも疲れるんですよ??」



 指令書を大切に背嚢の中に仕舞いながら話す。



「お前さんなら楽勝だろ。後……。はい、これが今回の報告書」



 レフ准尉がすっと立ち上がり、後方の棚から慎ましい高さの報告書を机の上に乗せた。



 あらっ??


 意外と少ないですね。



「前回の半分以下の量で安心したろ」


「えぇ、全くその通りです」



 毎度毎度あんなふざけた量の報告書を書かされた体が壊れちまうよ。



「任務開始は二日後、六の月最終日の三十日に出発。朝一番に補給物資を受け取りに来い」


「了解しました。あ、そうだ。レフ准尉」


「ん――??」



 此れにて私の仕事は終了。


 飲みかけの紅茶を啜りながら、新聞の続きを読み始めてしまった。



「自分宛てに届いた荷物って何処に仕舞ってあります?? 夏用の服もそこに入れてありますので」



 訓練所から此処宛てに送った荷物の存在を尋ねた。



「あぁ。二階の……。一番奥の部屋に押し込んであるよ」


「了解しました。では、受け取りに上がりますね」


「へ――い。――――。あ、そうそう」



 二階へと続く階段に足を乗せると、レフ准尉が此方を呼び止めた。



「手前の二つの部屋は私の私物で覆われている。勝手に開けるなよ」


「了解です」



 私物、ねぇ……。


 本部から盗み出した資料がわんさか置いてあるのだろうか??


 興味が無いと言えば嘘になりますが……。勝手に覗いたら命は無いだろうし。



 急な勾配の木製の階段を上り、木の香りが漂う二階部分へと足を乗せた。



 へぇ。


 二階ってこんな感じになっているんだ。



 程よく狭い廊下。


 左手側には三つの扉が存在し、廊下の奥には本部入り口を見下ろせる形で窓がはめ込まれており本日も元気一杯な太陽の光を取り込んでいる。



 廊下を進み、三つ目の扉をあけると……。



「お、おいおい。何だよ、この有様は……」



 本来であればベッドやら、机やらが併設され。


 人が住むに適した空間を提供してくれるのですが……。今現在は足の踏み場も探すのに苦労する程、木箱やらこんもりと盛り上がった麻袋が置かれていた。



 レフ准尉の私物も置いてあるのだろう。


 せめて、もう少し片付けて下さいよね……。



「本部を私物化して……。俺が使用する部屋だったんじゃないのか?? 此処」



 文句を垂れつつ目的である木箱を探すのだが……。



 あっれ??


 見つからないな。



 木箱を動かし、麻袋を退かしながらも発見には……。



「あぁ!! あった!!」



 部屋の奥の奥。


 目的物は四隅の一角に寂しそうな顔を浮かべて俺を見つめていた。



 ったく。


 人様の荷物を適当に押し込んで……。


 いつか文句を言ってやる。



 木箱の蓋を解放し、己の冬服並びに秋服を背嚢の中から取り出し。夏服と交換していく。



「軍服は夏用に変えて……。上着は暑いから要らないかな?? あ、でも……。北部は山から吹き降ろす風が強いし。一応持って行くか」



 適当に服を見繕って取り出し、現在使用する服をキチンと折り畳んで木箱の中へと仕舞い込んだ。


 うむっ!!


 これで良し!!


 後は、宿の予約だけだな。



 前回と同じ宿、空いているといいけど……。



 交換作業を終え、乱雑に放置されている荷物を踏まぬ様。悪戦苦闘を繰り広げながら部屋を後にした。




最後まで御覧頂き、有難うございました!!


大変暑い日が続ていていますが、体調を崩さぬ様気を付けて下さいね。

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