第二百四十八話 超重要事後報告 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
家屋全体から滲み出る古ぼけた木材の香り、本棚の隅々にまでキチンと収まった古本から放たれる古紙独特の匂い、そしてちょっと早めの昼食として用意した食材の数々が放つお腹が空く香り。
幾つもの匂いと香りが混ざり合った素敵な空気の中で私は台所に向かいつつ鼻歌を奏でた。
「ふふんっ、ふふ――んっ」
その音色ときたら……。
心の空模様がそのまま現実世界に出現した音色は奏者である私自身も少し浮かれているなぁっと思う程に陽気なモノであった。
何故私はこうも浮かれているのか。
それは恐らく、と言いますか確実にとある男性との関係が一気に前進した結果だと思うのですよ。
私も一人の女性。
意中の男性と太い絆で結ばれれば浮かれてしまいますよっと。
「ん――……。午前中の指導で失った汗を補う為にもう少し塩気を強くした方が良いのかしら」
目の前でクツクツと小気味良い音を奏でる土鍋の水面に視線を落としつつ独り言を放つ。
ダンさんは私が作った料理を何でも喜んで食べてくれますし、少々薄めの味付けでも良いのかなぁ。
あ、勿論ハンナさんやフウタさんそしてシュレンさんも喜んでくれますよ??
彼の嬉しそうな顔が真っ先に思い浮かんだからそう考えたのです。
ハンナさんはお肉が好みで、フウタさんは塩気が強い料理がそしてシュレンさんはどちらかと言えば仄かな味付けを好む。
三者三様の舌を唸らせる為にはどうすれば良いのか。
「うんっ、ちょっと季節外れですけど美味しい味付けに出来ましたねっ」
牛乳や季節の野菜、そして解凍したお肉が嬉しそうに白濁の湯の中で踊る様を捉えつつ大きく頷いた。
私の手料理の中で最も得意なシチューならダンさん達だけで無く生徒達も喜ぶでしょう。
「後は火を止めて……。余熱で煮ればいい感じに染み込む筈」
窯の中で燃える薪の火を消失させ、昼食に出す一品に付いて目処が立った事に安堵感を覚えたと同時。
「――――。うっ」
胃の奥がグニャリと歪む様な猛烈な嗚咽感と倦怠感が体全身を襲った。
え……。何、この眩暈は……。
「ふぅっ……。ふぅっ……」
倦怠感と気怠さが襲い掛かって来ると同時に足元から力がふわぁっと抜け落ち、台所の中央で片膝を着いて浅い呼吸を続ける。
今日の朝ご飯に当たったのかしら……。いや、でも朝ご飯は軽く済ませたしそれに同じ朝食を食べた皆さんは今も元気に外で訓練に勤しんでいるからその可能性は薄い。
強烈な力を籠めて瞼を閉じ、乱れに乱れた心と体の凪が鎮まるまで慎重な呼吸を続けていると大分体が楽になって来た。
「す――……。ふ、ふぅっ……。一体何があったの??」
己の違和感の正体を探る為、本当にゆっくりとした所作でまだまだ落ち着かないお腹辺りを擦ると……。
「え……っ!?」
右手の先に真夏の水辺に現れた蛍の様な淡く儚い光の存在を捉える事に成功した。
う、嘘ですよね?? 彼とはそのぉ……。あの日から両手でギリギリ数えられる程度の関係しか持っていませんがそれでも私のお腹の中に……。
「生体反応……」
祈る想いで右手に魔力を籠めて生命反応を探ると、私の右手は確実に新たなる命の鼓動を捉えてしまった。
「あ、あはは。どうしましょう……」
彼とは今もそしてこれから先も共に歩んで行きたいと考えていますが、まさかこうも早く新しい命を授かるとは思わなかった。
で、でも凄く嬉しいのが本音です。だって好きな人との間に出来た新しい命なのですからね。
「と、と、と、取り敢えず報告をしなきゃいけませんねっ!!!!」
この事実を隠していてもいつかはバレてしまう。それに隠したままだと生徒達に何を言われるのか分かったものじゃあありませんしっ。
「だ、大丈夫。ダンさんなら喜んでくれますよ」
乱れに乱れている己自身の心とお腹の中の新しい命に対して強く言い聞かせるとお昼前の強い陽光が差す森の中へと慎重な足取りで向かって行った。
お疲れ様でした。
現在、後半部分が全然書けていないので猛烈な勢いで執筆している最中で御座います。
次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




