表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
1205/1237

第二百四十六話 彼が人知れず見せてくれた勇気

お疲れ様です。


週末の深夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。




 己自身の存在が消失してしまったのでは無いかと有り得ない妄想を掻き立てる白一色の世界が終焉を迎えるとその代わりに見慣れた景色が私の視界に入って来た。


 頭上の厚い雲から降り注ぐ雨を受け止め続けている木々は大地に深く張った根から水を吸い上げて己の成長の糧にし、大量の木々で形成される森は目に見えぬ時間という概念を利用してその面積を増やし続ける。


 深い森の木々の合間を縫って地の果てから届いた風が雨に濡れた私の肌を刺激すると六ノ月だというのに肌寒さを覚えてしまう。


 悲惨な事件が起こった街から生まれ育った地に到着すると私は一息つく間も無くダンさん達が暮らしている簡易家屋へ向かって意識を失っている彼の体を大切に抱えながら移動を開始した。


 意識を失った一人の男性を運ぶのは見た目以上に重労働であり私の腕力では精々引きずる程度が関の山。



「ダンさん、もう少しの辛抱ですからね……」


「……」


 額に、そして体全体から大量の汗を零しつつ簡易家屋の戸を開くと今も背から大量の血を流し続ける彼の体を労わる様に木の床へと寝かせた。



「ふぅ……。万物を司る水の力、今此処にその力を示せ」


 背に刻まれた無数の傷跡へと向かって治癒魔法を詠唱すると縦に割かれた皮膚が互いの手を取り合う様にゆっくりと接合を果たし、私が想像しているよりも早く傷跡が塞がって行く。


 凄い……。ダンさんの固有能力オリジナリティである抵抗力レジストが此処まで早く傷を癒すとは思いもしませんでした。


 私の治癒魔法と彼の抵抗力がメンフィスの街で受けた悲惨な仕打ちの数々を掻き消して行く様を捉えていると心にズキンとした痛みが生じてしまった。



 私がダンさんに依頼を申し込まなければこんな酷い傷を負う事も無かった。


 私がもう少し注意していればあの街に立ち寄る事も無かった。



 過ぎ去りし時を巻き戻す手立ては存在しない以上、彼の身に起きた悲劇を消す事は叶わない。


 例え傷が癒えたとしても精神に、心に負った精神的苦痛トラウマは一生消える事無く彼の中でいつまでも蝕み続ける。


 途方も無い時間という治癒薬を以てしてもダンさんの心に刻まれた傷跡は消えないだろう。



「私が貴方の傷を癒します。それまでどうか貴方の側に居させて下さいね」


 治癒魔法の詠唱を止めてしっとりと濡れているダンさんの黒髪に手を添えると。


「うぅん……」


 彼は先程までの苦悶の表情とは打って変わって大変心地良さそうな寝顔へと変化した。



 ふふっ、傷の痛みが無くなった様ですね。撫でられるのがお好きならいつまででも撫でてあげますからね……。


「……っ」


 強烈に母性を擽る彼の寝顔を見つめつつ男性特有のちょっとだけ硬い髪の感触を楽しんでいると此方に向かって猛烈な勢いで向って来る二つの魔力を捉える事に成功した。



 太陽の燦々とした明るさを彷彿させる無邪気な魔力と五臓六腑にひり付く痛みを与える強烈な魔力……。


 私が想像しているよりもお早い到着ですね。恐らく、不必要に雨に濡れるのを嫌った結果でしょう。


「すぅ……」


 ダンさんの寝顔を脳裏に焼き付ける様に眺めて居ると森の木々を強烈に揺らして一頭の龍と神々しい翼を持つ白頭鷲さんが大地へと降り立った。



「ぜ、ぜ、ぜひゅっ!! ちょっとハンナ先生!! 俺に付いて来いって言ったけどさぁ!! もう少し速さを抑えられなかったの!?」


「これでも随分と抑えた方だ」


 壁越しに届くフィロの憤る声に対しハンナさんの声はいつも通り静かな物であり一切の呼吸の乱れも見られない。


「ぜぇ!! ぜぇ!! はぁ――しんどっ!!」


 片や狼狽。


「ふむ……。今の距離を飛翔しても俺の翼は一切の乱れが見られないな」


 片や冷静。


 相対する様相を醸し出す彼等の姿が荒んで枯れた果てた私の心に一滴の潤いを与えてくれた。



「到着っと!! あっれ?? 何でマリル先生がダン達の家に居るのよ」


 私の魔力を感知したエルザードの明るい声が耳に届く。


「よっこらしょっとぉ!! んお!? 本当じゃねぇか。ひょ、ひょっとしてぇ!! あの野郎!! 微乳姉ちゃんと俺様の家で乳繰り合ってんのか!?」


 フウタさんが想像する様な事は一生しません……、と言うのは些か語弊がありますね。


 然るべき時、然るべき状況、然るべき場所でそういう雰囲気になりましたのなら考えてもいいのかな??


 ま、まぁ私も一人の女性ですからね。


 そう言った行為はやぶさかでは無いとまではいきませんが前向きに検討したいと考えている次第であります……。



「うっそでしょ!? マリル先生!! どうやってするのか見たいから果てるのはもうちょっと待って!!!!」


 エルザード?? 貴女は九祖の淫魔の血を色濃く受け継ぐ者ですが、その行為を捉えるのはもう少し先の未来にしなさい。


 そして例え行為中であっても貴方達には絶対に見せませんけどねっ。


「こうしちゃ居られねぇ!! 野郎共ッ!! 俺様に続けぇぇええええ――――ッ!!!!」


 フウタさんの無駄に大きな声が雨音に紛れて響くと。


「「おおぅっ!!!!!」」


 それに呼応したフィロとエルザードの何とも言えない興味津々といった感じの声が続いて響き。


「はぁ――……。愚か共が。使用した荷物を運ぶのが優先事項であろう……」


「シュレン先生。にもつはあとでいいからねずみのすがたにかわって」


 シュレンさんの辟易した声とミルフレアの喜々とした声が私の心を完璧に温めてくれた。



「おっじゃましま――っす……、ってぇ!!!! 何でヤってないの!?」


 フウタさんが木の床に倒れているダンさんと私の姿を交互に捉えると驚きと呆れ。その両方の感情が入り混じった複雑な表情を浮かべる。


「ってか何でダンは上半身裸……。んんっ!? あっれ!? 怪我してるの!?」


 フィロが丸い目をキュっと見開いて今も静かに眠り続けているダンさんを見下ろす。


「えぇ、ちょっとした事件に巻き込まれてしまいまして」


「ダンが怪我をしたのか!? 退かぬかそこのアホ淫魔めが!! わしが見えぬじゃろう!!」


「あんたがどっか行け。そして二度と帰って来るな」


「何じゃと!? お主がその気ならわしがいんぼうを渡してくれよう!!」


「ば――かっ、それを言うのなら引導よ。何?? 頭の中に蛆虫でも湧いてんの??」


「こ、この腐れ外道がぁぁああ!! 強くなったわしの拳を受けてみろ!!!!」


「だぁぁああ!! じゃれ合うのなら外でヤレや!! 話が進まねぇだろうがよ!!!!」



 はぁ――……。数分前までの心地良い二人だけの静謐が嘘の様に思えてしまいますね。


 たった数人の人を家屋に招いただけなのに頭痛の種がポッと咲いてしまった。



 彼の体を想い、狭い簡易家屋内で暴れ回る淫魔の子と狐の子に教育的指導を施そうとするとハンナさんが無言のまま本当に静かな所作でダンさんの脇に片膝を着いた。



「マリル殿。詳細を話してくれ」


「分かりました。ダンさんは私達と別れた後……」


 メンフィスの街で起こった悲惨な事件を伝えていくと喧噪が瞬く間に鎮まり、その代わりに憤怒という名の負の感情が簡易家屋の中を渦巻き始めた。


 それは刻一刻と濃度を増して行き今になっては視認出来てしまいそうな程に色濃く漂う。


「――――。そして彼は傷薬を守る為に己の身を挺してくれたのです。人間から酷い仕打ちを受けても決して手を出さなかったのは他ならぬ彼の優しさなのでしょう」





「「「…………ッ」」」


 無抵抗のダンさんを無慈悲に傷付けた。


 その明白な事実がそしてダンさんの傷跡が彼等の激情に火を灯してしまったのか、私から事件の詳細を聞き終えるとハンナさんが静かに左の腰に差す剣を締め直し。


 フウタさんが首を左右に傾け、シュレンさんの瞳に静かなる殺意が灯った。





「ちょ、ちょっと急にどうしたのよ……」


 戦地へと向かう戦士が纏う物々しい雰囲気を捉えるとエルザードが固唾を飲んで問う。


「あ?? あぁ、俺様の親友ダチに上等をブチかました人間達に報いを受けて貰うんだよ」


「その通りだ。某がこれ程までに怒りを覚えるのは久しいぞ」


「無抵抗の男を良い様に痛めつけた報いは必ず受けて貰う。俺がコイツに代わって本物の力を知らしめてやるのだ」



 ふぅ――……。このままじゃダンさんの苦労が水の泡になってしまいますね。



「ハンナさん、フウタさん、シュレンさん。良く聞いて下さい。ダンさんは抵抗出来るのにその拳を揮う事は無かった。それは何故か分かりますか??」


「知りたくもねぇよ。こちとらダチがヒデェ目に遭ったんだからよぉ。黙って指を咥えて見守る程俺様は優しくねぇのさ」


「暴力で問題を解決するのは容易いです。しかし、ダンさんはそれを決して使用せず己の意思で襲い掛かる牙に歯を食いしばって耐えました。自分の力を揮えば住民達を殺めてしまう、傷付けてしまうと考えたのでしょう」


 私の想いを話している最中にもあの光景が脳裏にまざまざと映し出されてしまい、一度は留まってくれた筈の感情の雫が両目に溢れてしまう。


「他者を制圧出来る強力な力を有していながらも私の想いを汲み勇気ある行動に至った彼の優しい気持ちをどうして……、どうして友人であり家族でもある貴方達が気付いてあげられないのですか??」


 右手の人差し指で温かな雫を優しく拭い、そして改めて今も物々しい雰囲気を身に纏う彼等に最後の懇願を放った。



「ちっ……。そこまで言われたら仕方ねぇな」


「今回はマリル殿の想いに免じてこの拳を下げよう」


「この馬鹿者は俺と違い優し過ぎるのが欠点だ。それが原因となって命を失えば本末転倒となる。口で何度言っても理解しようとしない本当に……、困った大馬鹿者だ」


 ハンナさんが左腰の剣の柄から手を離すと今も静かに眠り続けているダンさんの横顔へ向かって優しい瞳を向ける。


 その色は本物の家族に向けるべき柔らかく、本当に温かな感情が籠められていた。



「へぇ、ハンナ先生ってそんな優しい目も浮かべられるんだ」


 私と同じ感想を持ったエルザードが珍し気に彼の瞳を覗き込む。


「べ、別に俺はそういうつもりで見て居た訳では無いっ」


 ふふっ、辛辣な言葉は優しさの裏返しという奴ですよね。


 ハンナさんとダンさんの本物の家族を越える強力な絆を目の当たりに出来て光栄ですよ。


「ハンナさん、大変申し訳ありませんが私はダンさんの治療に専念しますので本日は母屋でお休み下さい」


 表面上の傷は癒えましたが内部の傷付いた筋線維までは癒えていませんからね。


 内部の筋線維は思いの外時間が掛かりそうなので。



「それは建前で本音はダンとシケ込むつもりじゃねぇの??」


 私の考えを百八十度間違えて捉えてしまったフウタさんが私を揶揄う。


「了承した。フウタ、早速行動を開始しろ」


「シューちゃんに言われなくても分かっているよ!! 街で買った安布団を持って――っと」


「何処で休むのが最適だろう」


「ハンナ先生、食堂が最適かと思われます。長机を淵に寄せれば三名の布団を敷けますので」


「あぁ、分かった」


 ハンナさんがフォレインの言葉を受け取ると逞しい両腕で布団を持って簡易家屋の扉を開けて外に出てくれる。


「ねぇ!! 今日の夕食は誰が作るの!?」


「私は遠慮する――」


「じゃろうなぁ。阿保淫魔の飯なんて食えたものじゃないからのぉ」


「クソ狐の臭い毛が入った飯よりかはマシよ」


「何じゃと!? 貴様!! 狐一族を馬鹿にするのか!?」


「シュレン先生がつくればいいよ」


「断る。某はそこまで器用では無い」


「じゃあねずみのすがたにかわろう??」


「手を離せ。某は今荷物を運搬中なのだっ」


 それを皮切りに生徒達も喧しい声を放ちつつ母屋へと向かって行った。



「ふぅっ、漸く静けさが戻って来てくれましたね」


 鼓膜をつんざく喧噪が母屋の中に消えると色んな感情を籠めた吐息を長々と吐き、ダンさんの治療を再開する。


「今はゆっくりと眠って下さい。本当に……、お疲れ様でした」


「うぅん……」


 ダンさんが母親の胸の中で眠る子供の様な本当に安心しきった寝顔を浮かべると黒く染まりかけた私の心が温かな光を取り戻してくれた。



 もしもあの時……。私が力を解放したら恐らくメンフィスの街は地図上からその姿を消失してしまったでしょう。


 この力は弱き者を守る為に使用すべきだと今は亡き両親から教わった。その弱き者である人間を抹殺する等、愚の骨頂と呼ばざるを得ない。


 でも……。刹那にでも憎悪や憤怒という悪しき心を生み出してしまった。



「私は指導者の立場であるというのに……。情けなくて仕方がありませんよ」


 否定的な自分がその未熟さ幼稚さを叱責する。しかし感情を持つ生物として当然だろうと肯定しようとする甘い私も存在する。


 私の内部で相反する考えを口論し続ける二人の自分の言葉の数々に参っちゃいそうですね。




『あらよっと!! 荷物はこの辺りでいいだろ』


『そこのスケベ鼠!! 料理の邪魔だから台所付近に荷物を置くんじゃない!!』


『誰が公然わいせつ鼠だってぇ!? テメェの豆粒みたいな乳擬きを消し炭にすんぞ!!』


『ハァァアアアアッ!? 頭から叩き潰して更にチビにするわよ!! この変態クソ鼠が!!!!』


『そ、そのハンナ先生。もしも此処が狭く感じるのなら私達の部屋にお越しくださっても構いませんよ??』


『この広さならそこまで苦労せん。所で夕食は誰が作るのだ??』


『私とフォレインが担当するわ。おら、阿保狐。米を炊くからさっさと裏手の井戸から水を汲んで来い』


『わしに命令するな!! 尻をけり飛ばして地の果てへとふきとばすぞ!?』


『うっわ、うっざ。こんな簡単な命令にも従えないなんてあんたの頭には一体何が詰まっているのやら……。あ!! そっかぁ。何も入って居ないから考えられないんだぁ――』


『し、し、死ねぇぇええええ――――ッ!!!!!!』



 イスハの激昂した声が響くと窓ガラスが割れる乾いた音が森の中に響き渡る。その強烈な破壊音が私に更なる疲労を与えてしまった。



 はぁ――……。私が目を離すと直ぐにあの子達は好き勝手に暴れ回るから困ったものです。


 でも、ダンさんの治療を中断する訳にもいきませんので彼女達には後で『特別訓練』 を課すべきでしょうね。


 私が課した特別訓練によって両目に涙を浮かべているあの子達の姿を想像すると陽性な感情が心に湧く。それを力に変えて今も静かに眠り続ける彼に向かって治癒魔法を詠唱し続けていた。




お疲れ様でした。


本来でしたらもう少し書いてから投稿しようと考えていたのですが、次の話はど――しても長くなりそうなので本日は此処までとなりました。今週末の休みを利用して書き進めて行こうと考えている次第であります。



さて、夏も本番を迎え暑さも本格的に猛威を揮う様になってきましたが読者様達の体調は如何で御座いましょうか??


私の場合はかなり不味いって感じですね。体力を維持する為に必要な食欲が余り湧いてきませんから。


本日は塩気の強いラーメンを食したので塩分補給はバッチリですのでもう少しプロットを書いてから寝ようかと思います。



それでは皆様、引き続き良い週末をお過ごし下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ