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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百四十五話 忘恩の徒 その二

お疲れ様です。


後半部分の投稿になります。




 自分自身以外が存在しない白一色の世界に包まれ、周囲の純白から発せられる強烈な発光が徐々に収まって行くと鼻腔に天然自然の香りが音も無く足を踏み入れる。


 その香りは土と草と若干の埃が混ざり合ったモノであり森の中の澄んだ香りとは随分と異なる。


 湿気がふんだんに含まれた大地に漂う香を捉えて心を落ち着けると私は静かに瞳を開けて周囲を確認した。


「……」


 頭上から降り注ぐ雨は大地を潤し、地の果てから届く風が地面に生える草々を揺らし、雨の雫が葉を濡らすしっとりとした雨音が鼓膜を震わす。



 ウォルの街では小雨でしたのにこっちではかなりの雨量ですね。


 雨に濡れたままですと体調を崩す恐れがあるので此処は私の装備の出番ですっ。


 エルザード達は私の機能性溢れる服にいつも口を酸っぱくして苦言を呈していますが、こういう時にこそ機能性の真価が問われるのですよ。


 若い女性がこぞって着用する機能性の欠片も見出せない巷で溢れ返っている服ではこの雨を防げず泣く泣く雨に打たれながら移動を強いられる事でしょう。


「よしっ、これなら大丈夫」


 私の選別眼は間違っていない。


 そう確信すると使い慣れたローブのフードを頭からすっぽりと被り頭部を雨から守ると改めて視線を正面に向けた。



 メンフィスの街は午前中に訪れた時と変わらず何処か寂し気な様子を醸し出し、空から降り続ける雨が家屋の屋根を打ち続けている。


 悪天候が故か街道には人の存在は確認出来ず土で出来た道は深い泥濘が良く目立つ。



「このまま此処に居ても無意味ですのでダンさんを早く迎えに行きましょう」


 この雨に打たれ続けては例え体が頑丈なダンさんでも風邪を罹患してしまう恐れがあります。


 仕事を依頼した私としては彼が体調不良で床に臥せてしまうのは少々心苦しいのが本音だ。


 彼の明るい笑みや会話は生徒達のやる気を生み出して各々の関係性を潤滑にしてくれる素晴らしい効用を持っている。


 彼の不存在が与える影響は計り知れない。


 他ならぬ私も彼が床に臥せてしまったのなら恐らく仕事や指導が手に付かないでしょう。


 それだけ彼の存在は私達……、いいえ。私の中で本当に大きなモノとなっているのだ。



 ダンさんともう間も無く会える。



 この広い世界ではとても矮小に映る真実が私の心を、足を逸らせて泥濘が目立つ街道を急ぎ足で進んでいると街の入り口に少々大きな人集が見えて来た。


「「「「……」」」」


 男性のみで形成された集団はこの悪天候の中では嫌でも目立つが…………。


 私が気になったのは何故、この悪天候の下で人集が出来ているのかだ。


 ダンさんが販売している傷薬に集っているのかしら?? でもそれならその手に鎌や小型の剣、木槌は不必要ですよね。



 不穏な空気を醸し出す集団の様子が刻一刻と鮮明になって行き、メンフィスの街の出入口に到着すると私は思わず声を失ってしまった。



「こ、この野郎……。これだけブッ叩いても意識を保っていやがる」


 右手に鎌を持つ男性が驚愕の視線を浮かべて地面の上で蹲る男性を見下ろす。


「いい加減にしろ!! 胸に隠している物をさっさと出しやがれ!!!!」


 一人の男性が憤怒の声を上げると傷だらけの彼の背に金槌の先端を振り下ろし。


「そっちがその気ならこっちも好き勝手に蹴らせて貰うぞ!!」


 強烈な殺気を身に纏う男が彼の顔面の横顔を蹴り上げると顔を背けたくなる打撃音が雨音の中に強烈に響き渡った。



 え……。どうしてダンさんはこんな惨たらしい仕打ちを受けているの??


 私は凄惨な場面を捉えると目に見えぬ鎖で体中を縛られてしまったかの様にその場から一歩も動く事が出来なかった。



「ぜぇっ……。ぜぇっ……。魔物ってのはどいつもこいつもこんなに頑丈なのかよ」


「おい!! 殺されたく無ければ早く傷薬を渡せよ!! そしたら解放されるんだぞ!?」


 激昂する男性の先にあるのはもうその原型を殆ど留めていない長机のなれの果てと傷薬が詰まっていた木箱だ。


 私が来る前に炎に焼かれたのだろう。


 熱量が籠る黒き物体からは白き靄が漂い数時間前に起きた出来事を私の瞳に訴えて来る。



 ダ、ダンさんは残り僅かになった傷薬を守るためにあぁして蹲っているの??


 だったら早く助けないと!!!!


 体に巻き付いた黒き鎖を強烈な意思で引き千切ると憎悪と殺意を身に纏う男性達の集団の下へと駆けて行った。



「あ、貴方達!! 一体何をしているのですか!!!!!!」


「「「「ッ!!」」」」


 彼等が私の姿を捉えると皆一様に瞳の色が驚愕に染まる。


「ダンさん!! ダンさん!!!! 大丈夫ですか!!!!」


 彼の側で今も暴力を加えようとする男性を右手で跳ね除けると暴力の雨に晒され続けたダンさんの体の現状を確認した。



 無数の打撃が上着を使用不能になるまで傷付け、複雑に裂かれた服の合間から覗く傷跡からは今も大量の出血があり雨に濡れたそれは悪戯に面積を広げて背に一杯広がっている。


 黒に近い青痣、小型の刃物による裂傷、人の手足から向けられた打撃痕の数々。


「ひ、酷い……」


 思わず口からヒュっという情けない吐息が漏れてしまう程にダンさんの背には無数の傷が刻まれていた。



 このままでは確実にその命の輝きを失ってしまう。


 そう考えた私はダンさんを取り囲む彼等に問い詰めるよりも先に彼の体を労わる様、背にゆるりとした所作で右手を置いた。



「ダンさん?? だ、大丈夫ですか……」


 お願い!! 私の言葉に気付いて!!


「うっ……。マ、マリルさん??」


 よ、良かった!! 意識がある!!!!


「そのまま動かないで!! 私が直ぐに治してあげますから!!!!」


 治癒魔法を詠唱すると右手に淡い魔法陣が浮かび上がりそれをダンさんの背に向けて翳してあげる。


 すると背の傷が体に与える痛みが収まって来たのか、ダンさんが体の力を弛緩させると静かに面を上げた。


「何があったのか端的に教えてくれますか??」


「え、えぇ。マリルさんと別れた後……」


 息も絶え絶えの彼曰く。


 傷薬の売買を続けていると住民の方々が突如として理不尽な暴力を加えて来たという話だ。



 ダンさんは襲い掛かる彼等に対して無抵抗のまま攻撃を受け続け体全体に、特に背に酷い傷を負ってしまった。


 彼が手を出さなかった理由は恐らく、彼等を傷付けたくないという優しい一心から。


 人間から与えられる理不尽な暴力に対して抗う事無く受け続けた。


 その事実が私の心に矮小な光を生み出してくれるが……。そんな事よりもこの場から一刻も早く立ち去るべきだったのに何故彼は此処に留まったのだろう。



「――――。と、言う訳で自分はこの場所で動けずにいたんですよ」


「それは理解出来ました。でも何故、逃げなかったんですか??」


 私が相手を労わる様な柔らかい口調でそう問うと。


「す、すいません。俺もそうしたかったんですけど……。たったこれっぽっちしか守れませんでした……」


 彼の懐からたった数個の傷薬が現れそれが大地の上に転がり落ちる様を捉えると私は思わず息を飲んでしまった。



「そ、そんな物の為にどうして……。どうして!!!!」


 傷薬を守る為に動かなかったの!?


 そんな物いつでも作れるのに!!



「この傷薬にはマリルさんの想いが籠っていますからね……。それを壊されたら自分が許せなくて……」


「馬鹿……。貴方は本当に……。ヒグッ、馬鹿なんですから……」


 自分の輝かしい命よりも私の想いが籠められた物を守り切るというダンさんの温かな行動が心の水面を激しく揺らしてしまう。


 喉の奥がひり付き、目頭が熱い、怒りや安堵そして得も言われぬ感情で指先が震える……。


 心の動揺を隠しきれずそれがありのまま外側に出て来ると視界が歪み、彼の顔を真面に見る事が出来なくなってしまった。



 どうして貴方は人の為に行動出来るのですか……。


 どうして貴方は私の想いを守ろうとしてくれたのですか……。



 幾つもの感情が湧いては消えて行き精神が、心が制御不能に陥る寸前にまで追い詰められると幾つもの足音が此方に近付いて来た。



「マリルさん。悪いけどこの街は魔物と袂を分かったのだ」


「もう二度と近寄らないでくれ」


「そんな事よりもそいつを殺せ!! 俺達の街で勝手に行動していたんだぞ!!」


「その通りだ!! そいつも面妖な力を使うし……。いっその事二人共此処で……」



「――――。それ以上近付かないで下さい」


「「「「ッ!?」」」」



 不穏な空気を体全体に纏い殺意の鼓動を武器に宿す住民の姿を捉えると心に強烈な意思を宿し、何があっても彼を守り抜くという金剛不動の精神でこの場を支配した。



「そ、そら見ろ!! 何だよあの桜色の透明な壁は!!」


「フロポロス様が仰った様にやはり魔物は穢れた生き物だ」


「人ならざる者と決別すべきという教えは正しかったな」


 結界越しに彼等の驚嘆する濁った声が鼓膜に届く。



 彼等の目はまるで汚物を見る様な蔑んだ負の色に染まっており、以前この街に訪れた時とは真逆のものだ。


 住民の一人が発した言葉の中に含まれた人物の名。


 その人が彼等を洗脳したのだろうか?? 例えそうだとしても人体に魔力の痕跡を残せず此処まで完璧に人を操る事は可能なのか。


 だが、今はもうそこまで考える余裕は無い。


 一刻も早くダンさんの命を守る為に治療を開始しないと……。



「私達はもう二度と貴方達と関わりませんし、この街に訪れる事も無いでしょう」


「そうだそうだ!! さっさと出て行け!!」


「俺達の聖なる地を穢そうとする魔物め。目障りだから早く立ち去るがいい」


「生かして帰してもいいのかよ!? こ、コイツ等が仲間を引き連れて来るかも知れないぜ!?」


「その可能性もあるな。おい、お前達の住処は何処だ。根絶やしにしてやる……」


 数名の男達が憎悪に塗れた瞳で私と、私の大切な人を睨み付けると心に宿す悪魔が微かに瞳を開けてしまった。




「もしも貴方達が私の大切な人を傷つける様なら……。それ相応の痛みを受けて貰います」




「「「「おわぁっ!?!?」」」」


 体の奥底から湧き起こる力を刹那に開放すると何の力も持たない人間共は私の魔力の波動を受けてその場から後方へと吹き飛ばされてしまう。


 負の感情に突き動かされたままでは彼等を皆殺しにしてしまう。


 人と共存を望む私は体の奥底から押し上げて来る感情を必死に殺し、抑え付けて声を出した。


「魔物に抗うという事はこの力に抗う事を意味します。くれぐれもそれをお忘れない様、その心に留めて置いて下さい」


 これ以上の滞在は危険と判断。高まった魔力を空間転移の詠唱に転用して悲劇の地を後にした。


 ダンさん、もう少しの我慢ですからどうかそれまで我慢して下さいね。


「…………」


「私の為に行動してくれて有難う御座います。貴方だけは絶対に死なせません」


 白一色の世界に包まれる直前まで私は力無く倒れたままの彼の姿を網膜に焼き付け、命の輝きを絶やさぬ様に懸命な治療を続けていた。




お疲れ様でした。


今日も暑かったですよねぇ……。この暑さが数か月も続くと思うと辟易してしまいます。


ですが冬になるとこの暑さを懐かしむ様になる。人間の心理というのは兎角我儘であると、照り付ける太陽を睨み付けながらそう考えていましたよ。


さて、もう間も無く始まるお盆休みですが。私としては地元からちょっと離れた美味しいお店巡りに出かけようかと考えています。美味しい御飯で腹を満たし、暑さに負けない体力を付ける。大変理に適った休日だとは思いませんか??


読者様達もそれぞれの素敵なお盆休みを過ごして下さいね。



いいねをして頂き有難う御座いました!!


執筆活動の嬉しい励みとなりましたよ!!



それでは皆様、体調管理に気を付けてお休み下さいね。

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