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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百四十五話 忘恩の徒 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿になります。




 心地良い静寂の中に漂う静謐を好む者達が認める年季の入った木の香りが鼻腔に届くと心の蟠りや体に蓄積された疲労が微かに和らぐ。


 座り心地の良い椅子に腰掛け、双肩の力を抜いて心地良い環境に身を委ねる。


 後はあの窓から陽光が差せば完璧な環境なのですが生憎本日は曇天日和。


 手元の紙に刻まれた数字を正確に数えるのも難しくなる程に室内はほんのりと薄暗く、机越しに相対する町長さんはこれでもかと眉を顰めて数字と睨めっこを続けていた。



「むむっ……」


「あのぉ、宜しければ光を灯しますけど」


 手元の紙を顔にググっと近付けてまるで親の仇を見付けた様な険しい眉の角度の町長さんに問うと。


「いえいえ!! もう読めたので大丈夫ですよ」


 彼は紙からパっと顔を離し陽性な感情を籠めた表情でそう話した。


「賠償額に付いてなのですが……。向こう側の提示額と此方側の提示額に付いてほぼ完璧に折り合いが付いたと思うんですけど如何でしょうか??」


 各家庭が被った損害、田畑が正常に機能していたのなら収穫出来たであろう作物の賠償並びに全住民が被った生命身体の損害。


 細かい調査を終えて向こうに損害額を提示した時、スイギョクさんは大きな目を更に縦に見開いて驚いていましたよねぇ。



『はぁっ!? 何よこの提示額!! 詐欺も良い所じゃない!!』


『詐欺師が詐欺と叫ぶのは聞いていて滑稽ですよ?? その額が調査を続けた私なりの答えです』


『却下よ!! 当然却下!! こんな馬鹿げた額を払える訳ないじゃない』


『何を仰います。ウォルの街で得た収入額はこれを大きく超えるものでしょう?? 何ならその賠償額を容易に支払える事を証明しましょうか??』


 私からプイっと顔を逸らし、金貨千枚越えの数字を書かれた紙を机の上に放り捨てた彼女にそう話す。


『ちっ、分かったわよ……。でもね!! その額だけは絶対に受け入れられないわ。私だって一族を養う責任があるのだから』


 正確な賠償額を受け入れる事が最善の答えなのですが……。この額を馬鹿正直に支払ったのなら彼女達は違う街で詐欺行為を働く恐れがある。


『分かりました。では引き続き交渉を続けて行きましょう』


 そう考えた私は両者の折り合いが付くまで交渉を続けて行こうと決めたのだ。



 その所為で体には目に見えぬ疲労という鎖が巻き付き今もそれは決して解けぬ様に複雑に絡みついている。


 時間が出来たのなら何処か長閑な場所に出掛けて心行くまで体を休めたいのが本音ですが、生憎生徒達の指導があるので叶いそうにありませんよね。



「えぇ、とても満足の行く額となりましたよ」


「良かったです。それでは向こうに決定した賠償額を伝えそしてそのお金を此方へと譲渡しますね」


 町長さんの明るい笑みを受け取ると鞄の中に書類を仕舞いつつ言う。


「いやぁマリルさんには世話になりっぱなしだよ。それに彼等が居なければ本当にどうなっていた事やら……」


 彼がふぅっと温かな溜息を漏らすと窓の外へ視線を送る。


「私一人では事件解決にもっと時間が掛かっていたでしょうし、それに……。ダンさん達の助力が無ければ結果はまた違ったかも知れませんからね」


 彼女達に有無を言わさず有形力を加えてこの街から排除すればこの賠償額は得られなかった。田畑に散布する薬剤の完成もそして散布も今よりも時間が掛かり農作物の生産も遅延していた筈。


 本当に彼には頼りっぱなしで申し訳無いです。


 彼が今も懸命に汗を流して傷薬を売買している幻の姿を想像しつつ町長さんに倣って窓の外へと視線を送った。


「この後の御予定は??」


 町長さんが窓から視線を外して私の顔を直視して問う。


「田畑の除染作業の進行具合を確認したのなら遠方で別の仕事に勤しんでいるダンさんを迎えに行きますよ」


「あぁ、彼とは別行動なのですか。ではこれ以上引き留めるのは野暮ってものですかね」


 ちょっとだけ意味深な笑みを浮かべつつ口角を上げる。


「御想像にお任せします。それでは失礼しますね」


 座り心地の良い椅子から腰を上げて町長さんにお辞儀をすると中々に年季の入った家を後にした。



「んっ――!! ふぅっ。これで取り敢えず賠償額は決まった事ですし、後は狸さん達に伝えるだけですね」


 人通りが疎らになりつつある街の通りに出ると両腕を曇天に向かってグンっと伸ばして体の筋力を解す。



 午前中からずぅっと座っていた所為か少しだけお尻が痛いですね……。


 誰にも見られて居ない事を確認すると己の臀部の筋力を指で解す。


 可能であれば体中の筋力をダンさんの整体によって解して貰いたいですけども、ココだけは触らせてはいけませんよねっ。


『えぇっ!? い、い、いいんですか!?』


 もしも私がそう伝えたのなら彼は発情期の犬さんみたいに鼻息を荒げて向かって来そうですもの。


 私も一人の女性。


 そういう事に関して興味が無い訳ではないですがその……、何事も順序というものが大切なのですっ。



「あ!! こんにちは!!」


「はい、こんにちは。今日も精が出ますね」


 恐らく他所の街から購入して来たのだろう。


 右肩に米俵を担いだ青年が私を捉えると厚い雲の向こう側に居る太陽さんの明るさを彷彿させる笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。


「嬉しい汗って奴ですよ!! あ、そうそう!! お連れの方達が今も田畑で除染作業を続けていますよ!!」


「今からその様子を見に行くんです」


「そうですか。じゃ、自分はこれを運ばなきゃいけないので失礼しますね――!!」


 私に向かって笑みを浮かべそして目的地に向かって軽く駆けて行く青年の後ろ姿を見送る。


 あらあら、そんなに急ぎますと転んでしまいますよ??


「わぁぁああっ!!!!」


 案の定と言いますか予定調和と言いますか……。米俵を担いだ青年は街の大通りの中央で派手に転んでしまった。


「あはは!! 何をやっているんだよ!!」


「今の転び方は傑作だったわよ――」


「笑わないでも良いじゃないか!! 少しは労えよ!!!!」


 青年の姿を捉えて笑い転げる住民達の姿を捉えると本当に気持ちの良い感情が胸一杯に広がって行く。


 安寧と平和を取り戻したこの街はこれからも素敵な雰囲気に包まれながら街を発展させて行くのでしょう。


 その切っ掛けを与えられただけでも感無量の感情が胸一杯に広がって行きますよ。


「お疲れ様です!!」


「はい、お疲れ様です」


「マリルさん!! 後でうちのぜんざいを食べて行って下さいね!! 御友人達にもそうお伝え下さ――い!!!!」


「ふふっ、時間があればお邪魔させて頂きますね」


 田畑に向かって通りを歩いて行くと本当に多くの住民から嬉しい声を掛けてくれる。


 私達の行動は間違いじゃなかった。


 完璧だと判断出来る正解の結果を全身に受けつつ街の出入口から田畑に向かって歩み、そして暫しの移動の後に広大な農耕地帯へと辿り着いた。



「オリャァァアアアア――――ッ!!!! ハンナ先生に負ける訳にはいかないのよ!!」


「ふんっ!! 神翼の力を侮るなよ!?」


「す、すいませ――ん!!!! もう少し風力を抑えてくれますかぁ――!? あっちで見守っている住民が吹き飛ばされてしまいそうなのでぇぇええ――――!!!!」



 まぁまぁ、精が出るのは構いませんけど……。もう少しヤリ方ってのがあると思いません??


 二体の超生命体が薬剤を散布し終えた田畑に向かって勢い良く両翼を動かす様は正に圧巻なのですが。


 案の定。


「「「「ワァァアアアアアア――――ッ!!!!!!」」」」


 田畑を見守っていた何名かの住民さんが白頭鷲さんの翼と深紅の龍の翼が生み出す暴風によって転がって行ってしまったのだから。



 武の道の先を行くハンナさんに負けたくない一心で強烈に翼を動かしているその向上心は認めてあげますが、何事にも分相応という言葉をあの子は私の指導から受け取らなかったのかしら??


 己自身の気配を消失させると田畑の脇の畦道を大変静かな所作で歩き続け今も有り得ない速度で龍翼を動かし続けている彼女の背後を音も無く取った。



「――――。フィロ、もう少し抑えなさい」


「ギャインッ!!!! せ、先生!? いつの間に来たの!?」


 フィロが龍の縦に割れた瞳孔をこれでもかと見開いて私の姿を捉える。


 これまでの作業か将又現在の横着の行動の所為か。


 深紅の龍鱗は微かに汗ばみ爬虫類特有の生物臭を周囲に振り撒いていた。



「今し方到着した所ですよ。精が出るのは結構ですけどね?? 此処には人間達が暮らしているのをお忘れ無く」


「うぇぇ……。びちゃびちゃだぜ……」


「こっちもだよ……」


 暴風によって水を張った田畑に吹き飛ばされた住民達が這い上がって来ると泥に塗れた己の姿を見下ろして大きな溜息を吐いていた。


「あ、あはっ!! ほら!! ハンナ先生に負けない為にもちょぉっと頑張り過ぎちゃったのよ!!」


 取り繕う様に大きな口を動かす姿がまぁ滑稽に映りますね。


「ふぅ……。貴女の馬鹿力は人から見れば恐ろしくも映ります。人から恐れ戦かれない様に努める事。いいですね??」


「わ、分かっているわよ。それならハンナ先生にも一言言うべきじゃないの??」


「彼ならもう次の田んぼに薬剤を散布していますよ」


「へっ!?」


 随分と高い位置にある龍頭を件の方向に向けると。



「ハンナ先生。高度と飛翔速度はそのままでお願いしますわ」


「よし、大分慣れて来たぞ」


「シュレン先生。もっといきおいよくまかなきゃだめだよ??」


「均一に散布する為にもこの量が適量なのだっ」


 ハンナさんの背に乗るフォレインとミルフレア、そしてシュレンさんが空から薬剤を散布している様を捉えた。


 空中に撒かれた薬剤は刹那に白き靄を空中に形成するとハンナさんの逞しい翼によって生まれた風力によってその面積を増し、この星が生み出す重力によって本当に静かに大地に降り注いでいた。



 ふぅむ……。先日の砂浜での練習が上手く機能していますね。


 あの調子なら本日の夕刻までに間に合うでしょう。


 仕事が順調に進んで行く様を捉えると空の曇天とは真逆の陽性な感情が心に生まれる。


 心落ち着く田舎の景色に和み続けていると曇天の空模様の中にある一人の男性の顔が映し出された。


『ちょ、ちょっと!? 俺の存在も忘れないでくださいよ!?』


 ふふっ、勿論忘れていませんよ?? ちょっとだけ疲れているので小休憩しただけなのですから。


 あの曇天の空の向こうには私達とはぐれてたった一人で傷薬を売っている男性が居る。



 予定よりも少しだけ早いですが彼を迎えに行きましょうか??


 顎先に指を当てて午前よりも厚みと暗さを増した曇り空を見上げていると本当に小さな雨粒が私の頬を叩いた。


「あら、小雨が降って来ましたね」


 ダンさんは雨具を持っていましたっけ??


 傷薬の売れ具合も気になりますが彼の体調が気になるのが本音だ。


 疲労が募る体に雨は堪えますでしょうし、此処はハンナさん達に一任して私は一足早く彼を迎えに行きましょう。



「フィロ、私はダンさんを迎えに行きますので其方は作業終了後にぜんざいでも食べて森に帰還して下さいね」


「了解了解!! ほら!! あんた達!! いつまで道草を食っているのよ!! ハンナ先生達に負けてもいいの!?」


 フィロが畦道の上で小休憩を取っているフウタさん達に向かってとても大きな龍の背中を見せる。



「五月蠅いわねぇ。あんた一人が燥いでも仕事は進まないんだし、もう少し静かにしなさいよ」


「別に競っている訳じゃねぇしなぁ――。んぉっ!! このおにぎりうっま!!」


「ぬぁっ!? フウタ!! それはわしが取ろうとしていた奴じゃぞ!!!!」


「あぁぁあああああ――――ッ!!!! 何で私に一言掛けないで御飯食べてんのよ!! ずるいでしょう!?」


「ダァァアアアアッ!! 止めろ!! 内臓が潰れちまうからこの無駄にデケェ手を離しやがれ!!!!」



 はぁぁ……、これ以上の疲労は長距離の移動に支障をきたす蓋然性があるので貴方達の横着はもう止めません。


 住民の方々に迷惑が掛からない程度に素敵な喧噪を振り撒いて下さい。


 大きな龍の手に掴まれて目を白黒させている忍ノ者の男性の姿を見届けると静かに溜息を吐き、彼が待つ地へと向かって空間転移を開始した。




お疲れ様でした。


現在、後半部分の編集並びに執筆作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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