第二十八話 飼い主との別れ
お疲れ様です。
大変お待たせしました!! 本日の投稿になります!!
深夜の投稿になり、申し訳ありません。
それでは御覧下さい。
脳天のずぅっと高い位置から降り注ぐ肌を悪戯に焦がす陽射し。
別れに相応しい澄み渡った空であるのは本来であれば大変喜ばしい事。しかし、睡眠不足並びに負傷したこの体には悪影響しか及ぼさないのです。
素晴らしい朝食を終え、荷物を纏めて別れに備え外で待機しているのですが。
この陽射しは流石に堪えますね……。
「あっつ…………」
敷地内に敷き詰められた緑の絨毯の上に立ち、額から零れ落ちる汗を拭った。
『そんな暑苦しい恰好しているから暑いのよ』
『そ――そ――。あたし達みたいに半袖に着替えなって』
少し後ろ。
己の荷物を背もたれ代わりにして芝生の上でコロンっと、大変寛いだ姿の両名から提案を受けた。
提案は嬉しいのですけども。
別れに相応しい、シャキっとした姿になりなさい。
『レイモンドに帰還したら夏服に着替えるよ』
無難な返事を返し、再び屋敷の正面扉へと視線を送った。
『結局、犯人を幇助した犯人は見つからなかったか』
ふわぁっと。
大きな欠伸を放ちつつユウが念話を送る。
『屋敷の周囲に張り巡らせた糸に何の反応も無かった事から、犯人は正々堂々と正面玄関からお邪魔した。問題は、誰が彼を帯同させたのか……。その点に付きますわね』
昨晩の使用人の服から、いつもの着物に着替えを果たしたアオイが話す。
あんなドタバタが無ければ珍しい使用人姿のアオイを見ていたかったけども……。その点がちょっと残念だな。
『名簿、だっけ?? そこに書き記してあった人数を確認すればいいだけじゃん』
『マイ。それはほぼ無意味です』
『何で――??』
『事件発生時、会場内に残った方々の人数は警察関係者が詳しく調べているかと思われますが、事件が発生する前に退館された方々もいらっしゃいます。その退館された方々へ、後に詳しく事情聴取を行っても知らぬ存ぜぬを通せばいいだけ』
『あ――。成程ねぇ。よく考えて逃げやがったな』
小さく舌打ちを放ち、己の荷物からユウのお腹へと己の頭を鞍替えした。
『招待状の内容の存在を知っていた以上……。招待された人達の中にレシェットさん達の事を快く考えていない者が要る。若しくは、外部から聞きつけてその勢力に協力を申し出た……。ふぅむ。綿密に計画された匂いがしますね』
ふんすっ!! っと。
若干興奮気味に鼻息を荒げる。
興奮醒め止まぬのはきっと、警察関係者からの事情聴取による影響なのでしょう。
カエデがよく読んでいる小説。
その中に探偵やら警察やらが登場しますので。
小説の中の登場人物と、現在の自分の姿を重ね合わせているのだろうなぁ。意外と茶目っ気がありますよね。
『結局、レイドが相手の乾坤一擲となる予定だった暗殺者を倒してしまい。向こうの計画はおじゃんか。レイド――!! 怪我、痛くない??』
『あぁ、大丈夫だよ』
横着な龍の頭を押し返しそうと躍起になるユウに向かって左手を上げ、無事を見せてあげた。
『レイド、これから単独で行動する時は気を付けて下さいね??』
『ん?? どうして??』
右隣りに立つカエデに視線を送る。
『貴方が暗殺を未然に防いだ事は、恐らく向こうに伝わっている筈です。手練れの暗殺者を素手で撃退した。きっと向こうの人達は快く思っていない』
『え!? じゃ、じゃあ。俺は暗殺の対象になっちゃったの!?』
お、おいおい。
勘弁してくれよ……。こちとら、任務を忠実に遂行しただけなのに。
『あくまでも想像です。人一人が亡くなるのは大した事件ではありませんが、暗殺。若しくは殺人となれば話は別です。レイドを倒そうとしても、今は時期が悪いです』
『『時期が悪い??』』
マイとユウが同時に念話を送る。
相変わらず息ピッタリですね??
『今回の事件によって静かな水面が見事に波打ってしまいました。波に乗り上げた事件は、凪の無い別の海面からは非常に良く目立ちます。一旦、凪が収まるまでじぃぃっと待ち。他の海面と同程度の凪になれば……』
『本格的に襲い掛かって来る可能性もある、と??』
正解です。
その意味を籠め、俺の瞳を見つめてコクンっと頷いた。
『はぁぁ――……。出来れば静かな暮らしを望んでいるのですけどねぇ』
与えられる任務に集中する為に静かな休息は必要なのだ。
それなのに此れからは夜の闇にも注意を払う必要も増えてしまった。こっちは任務を遂行しただけなのに……。
世の常は俺の思い通りには動いてくれませんね。
『レイド様ぁ。私が、四六時中御守り致しますので。どうか御安心なさって下さいまし』
『あっ、うん。有難うね』
右手に己の指をきゅっと絡めて来るので、やんわりとそれを解除して一歩下がる。
『んもう。辛辣ですわねぇ』
間も無くベイスさん達がやって来るのです。
それ相応の態度と姿で出迎えるべきですからね。
『ねぇ――。ユウ』
『ん――??』
『帰る最中にさ、適当にお店に寄ろうよ。ほら、道中口が寂しいし』
『別に構わんけど……。阿保みたいに買うなよ?? 荷物が多くなっちまうし』
『カエデ。眠そうですけど……。大丈夫で御座いますか??』
『大丈夫じゃない。荷台でちょっと寝る』
良く晴れ渡った空の下で爽やかな日常会話が交わされ、微笑ましい日常に何処となく朗らかな感情が湧いて来ると。
屋敷の扉が静かな音を立てて開かれ、ベイスさんとレシェットさん。並びにアイシャさんが強い陽射しの下へと現れた。
「いや、ごめんね。待たせちゃって」
ベイスさんが疲労を感じさせない機敏な足取りで此方へと歩み来る。
夜遅くまで警察関係の方々に事情を説明して辛いであろうに。
それを此方に微塵も思わせない立ち姿。
昔取った杵柄じゃあないけども、若い頃は鍛えていたのだろうか??
体を鍛える事も貴族の嗜みなのかしらね。
「あ、いえ。私達も今し方準備を終えた所ですので」
背嚢を背負い直し、確と背筋を伸ばして彼の言葉に応えた。
「今日でお別れだと思うと……。何だか寂しいね」
柔和に目元を曲げ、此方を労わる様に優しく肩に手を置いてくれる。
「それが任務ですから」
「あはは。真面目な君が言いそうな台詞だよ」
冗談の一つや二つ言うべきだったかな??
例えば……。
もう少し休憩時間を長くして欲しかった、だとか。
お嬢様のお願いに対して本当に疲れました、だとか。
冗談と真面目の境界線の線引きが非常に難しいですよっと。
ベイスさんから件のお嬢様へ視線を向けると。
「…………」
沈んでいる様な、でも。ちょっとだけ陽性な感情を滲ませた様な。
何だか意味深な瞳を浮かべて此方を見つめていた。
「そう言えば……。ちょっといいかな??」
ベイスさんに肩を組まれ、皆から離れた位置へと移動する。
「どうかなさいましたか??」
『ここだけの話にしてくれるかい??』
周囲へと視線を送り、小声になって話すので。それに合わせて一つ大きく頷いた。
『昨晩、会場内で犯人を撃退してくれただろ??』
『えぇ、そうですね』
『会場に足を運んで頂いたのは皆地位ある方達だ。その皆さんが君に興味を持ったみたいでね』
俺に興味を??
犯人、並びに共犯の可能性がある人達じゃあなくて??
『どうして、私に興味を??』
心に思ったそのままの言葉を送る。
『地位ある人達は己の身を守ろうとそれ相応に力のある者を雇う。丁度、私がアイシャ達を雇う様に』
『え?? それじゃあ……』
『その通り。凶器を持った犯人を素手で撃退。しかも、負傷した体で。此れで興味が湧かない者は居ないさ。事情聴取の後、こぞって聞かれたよ。あの者は何処の所属の者だって』
え、えぇ――…………。
俺の知らない所でそんなやり取りがあったのか。
『安心しなさい。君の個人情報は与えなかったから』
ほっ。
良かった。それなら余計な心配は……。
『だけど……。ほら、タンドア議員を覚えているかい?? 彼が君の事をいたく気に入ったみたいでね。最後まで引き下がらなかったんだよ』
残念。
まだ安心するのは早かったみたいです。
『あの大きな方ですよね?? タンドア議員って』
『正解。力在る者を好んで雇い、時間さえ見付ければ自分も彼等と汗を流す。下院議員らしからぬ事で有名なのさ。その彼が……。君に目を付けたという事は??』
『いつしか、私の情報を入手して軍から引き抜こうかと画策する』
凡そ、こういう事でしょうね。
「そう言う事さ。まっ!! 公務に携わる者を引き抜くのは難しいからね。君自身が首を立てに振らない限り大丈夫だろう」
「は、はぁ……」
評価される事は素直に嬉しいですけども……。
裕福な御方を護衛するのは、自分に不相応な仕事内容ですよね。
それに……。
「「「「…………」」」」
彼女達を置いて一人、違う場所へと進む訳にはいかないしさ。
此方をじぃっと見つめる四名に温かな視線を送ってあげた。
すると、何故か知らぬが。深紅の髪の女性の瞳が鋭く尖ってしまいました。
『あ?? 何見てんのよ』
どうして貴女は見つめただけで怒るのですか??
何も見ただけで睨む事は無いと思います。
転職、考えようかしら。
「余りにもしつこく絡んでくるようだったら私に言ってくれればいいよ。何んとかしてあげるから」
「有難うございます。しかし、ベイスさんのお手を煩わせる訳にはいきませんので……」
「あはは!! そういう時位頼ってくれたまえ!! 君には大きな借りが出来たのだから!!」
嬉しそうな声を上げ、俺の背を軽快に叩くと。
「ちょっと。男同士で何コソコソ話しているのよ。さっさとこっちに来なさい」
彼の娘さんがジロリと鋭い瞳を浮かべて、手招きを開始した。
「あ、只今!! ベイスさん。失礼しますね」
「うん。娘に別れの挨拶を送ってやってくれ」
彼に一つお辞儀をすると、瞬き数回の間に御令嬢の下へと移動し終えた。
「本日まで大変お世話になりました」
彼女の前に到着すると同時に頭を下げ、快活な笑みを浮かべる。
その笑みを受け取った彼女は何だか煮え切らぬ表情で俺を見上げていた。
「ねぇ、本当に行っちゃうの??」
「えぇ。護衛の任務は本日まででしたからね」
「ふぅん……」
え、っとぉ……。
私、何かしましたでしょうか??
本日の自分の行動を思い返すものの。彼女を怒らせる行動は行っていませんので、何故彼女がきゅむっと眉を顰めているのか理解出来ないでいた。
「まぁ、いっか。今日まで有難うね!! レイドと過ごした三日間、本当に楽しかったよ!!」
「そう仰って頂けると励みになります」
彼女が差し出した手を男らしい所作で受け取り、繋いだ手を握り締めて答えた。
「何か困った事があればいつでも言いなさい。御主人様が直ぐに駆けつけてあげるから」
「その時が来ればお願いさせて頂きますよ」
「ふふっ。認めたわねぇ?? 私が御主人様だって」
握手の形から。
恋人関係である男女が交わすであろう絡みつく手へと変化。
「そ、それは本日までですよ!!」
甘く絡んだ指を慌てて離し、正常な距離へと身を置いた。
い、いきなりは勘弁して下さい……。
びっくりし過ぎて心臓が過労死してしまいますからね。
此処に来て一体何度驚愕した事やら。
数えるだけでも億劫になっちまうよ。
「んふふ――。私の体にぞっこんな癖に」
「はい??」
悪魔を統べる地獄の大魔王も太鼓判を押す悪魔じみた悪い笑みを浮かべ、此方を見上げる。
「私が眠ろうとした時ぃ……。腹を空かせた犬みたいに口からダラダラと涎を垂らしてぇ。私の体を貪ろうと手を掛けて……。んぐっ!?」
それ以上はいけませんっ!!!!
後方に控える真の悪魔達が目覚める前にレシェットさんの口元を塞いでやった。
「ふぁによ!!」
「自分は何もしていませんし、レシェットさんの御体を穴が空くまで見つめていた訳でもありません。職務に対し真摯に取り組み、与えられた責務を……。ぐぇっ!!!!」
首に何かが絡みつき、呼吸が刹那に遮断され目を白黒させてしまった。
こ、この腕は……っ!!
『よぉ――。ちょいと今の言葉について聞きたいんだけど??』
周囲の空気を壊さぬ様、ニッコニコと素敵な笑みを浮かべているのですが。
頭の中に響く声色は口から心臓が飛び出る程に恐ろしい物に変化してしまったユウが俺の首に腕を絡め。
屋敷の門の方角へとズルズルと引きずり始めてしまった。
「ユ、ユウ!! は、放してくれ!! あれは誤解なんだ!!」
『アレ??』
し、しまったぁ!!
『おっしゃ。死ぬ前に色々聞き出すからね?? 覚悟しておけよ、ボケナス』
深紅の髪の女性の鋭い爪がすぅっと伸び、首筋の肌を柔らかく切り裂く。
ベイスさん達から死角になるからって……。
やりすぎだよ!!
『レイド様?? 妻である私を差し置いてあの小娘と一体、何を??』
『で、ですからぁ!! 何もしていませんって!!!!』
俺は無実なのです!!
『まっ!! 死ぬ一歩手前まで痛めつけたら吐くだろ!!』
『駄目よ!! ユウ!! 死ぬまでぶん殴り続けるべきなのよ!!!!』
お願いします!!
せめて、此方にも弁明する機会を与えて下さい!!!!
『大変お世話になりました』
カエデがベイスさん達にキチンとお辞儀を放ち、此方に振り返ると……。
「…………」
この世に生を受ける全生物が我先にと、地平線の彼方まで逃亡を決断させる表情を静かに浮かべていた。
ひ、ひぃっ!!
な、何!? あの顔っ!!!!
『どうしたのですか?? 顔が引きつっていますよ??』
『顔だけじゃなくてぇ。五臓六腑を引きつらせてやらぁ……』
『だなぁ。ここ最近真面に暴れられなかったし。鬱憤を晴らす訳じゃあないけど、さ!!』
『ユウ!! 幾ら頑丈でも限界はあるんだよ!! 勘弁してくれ!!』
『だ――めっ。さっ!! 帰るぞ!!!!』
『いやぁあああああ!! せ、せめて!! 口頭弁論の機会を授与させて下さいぃぃぃいい!!!!』
「あははは!! レイド――!! また会おうね――!!!!」
堅牢な門に差し掛かった時。
頭上に光り輝く太陽に匹敵する明るい声が届いた。
「は、はぁ――い!!!! それでは失礼しますね――――!!!!」
大分小さくなったレシェットさんへと腕を振り、別れの挨拶を送る。
色々ありましたけども。
無事任務を成し遂げて光栄ですよ。
只……。
任務は無事成功ですけども、俺の体は無事に済まないでしょうねぇ……。
任務を完遂できた喜ばしい陽性な感情と、此れから受けるであろう理不尽且常軌を逸した痛みが発生させる負の感情が心の中でゴチャゴチャと入り混じり、何とも言えない感情を引っ提げ。
麗しき御令嬢に見送られながらこの地を後にした。
――――――――。
行っちゃった……。
彼がユウさん達に引きずられ、屋敷を出て行くと。自分の胸に大きな穴がぽっかりと空いてしまったのではないかと心配になる程の虚無感に襲われてしまった。
うん。
分かっているよ?? もう一人の私。
この寂しさは彼が居なくなってしまったから起こっているの。
心に痛みを与えなくても、十分理解しているからね。
「ねぇ、お父さん」
私の右隣りで同じ方向を見つめている父に話し掛けた。
「どうしたんだい??」
「えっとね?? 私、欲しい物が出来たの」
人生で初めてのお強請りにちょっとだけどもってしまう。
「欲しい物??」
「犬が……。欲しいの」
「犬?? 犬種は??」
んふっ。
それはね……。
「馬鹿真面目で、御主人様の命令に従順でぇ、どんなに厳しい躾にも耐えられる犬っ!!」
満面の笑みでそう話すと、私の意図を汲み取ってくれたのか。
父が大変呆れた顔を浮かべる。
しかし、それも束の間で。
「はぁ――……。そうだなぁ。丁度私も息子が欲しいと考えていた所なんだよ」
大きな溜息の後、ふっと笑みを浮かべてくれた。
「やったぁあ!! じゃあ早速手続きに取り掛かりましょう!! 善は急げよ!? お父さん!!」
「いやいや。彼にも仕事があるからね?? それに、彼を狙っているのは私だけでは無くて……」
むっ??
私だけじゃない??
「ねぇ、それってどういう意味??」
私がそう尋ねると。
「さて、と。仕事が残っているからねぇ……」
しまった!!
そんな顔を浮かべて屋敷へと向かって行ってしまった。
「ちょっと!! ねぇ!! お父さん!! 他の誰が狙っているのよ!!」
「こ、こら!! 私はもう歳なんだから!! 飛び掛かるのは止めなさい!!」
「聞かせてくれるまで離さないわよ!? タンドア議員!? それともロレッタ!? 後!! さり気なく息子って言わなかった!? それってさぁ…………」
初夏の陽射しに大変良く似合う仲睦まじい父娘の戯れ。
彼等が陽性な声と動作を繰り返しつつ屋敷へと向かう。
それを背後で見守っていた使用人の彼女が微かに口角を上げると。
「さて、仕事に取り掛かりましょうか」
普段通りの顔へと瞬時に変化。
屋敷内へ彼等が入って行くのを見届け、馨しい香りを放つ花達の手入れの作業に取り掛かる。
作業開始後も屋敷から漏れ続ける御令嬢様の陽性な声に、花達も何処か嬉し気に笑みを浮かべていたのだった。
◇
茜色に染まる街の主大通りには一日の終わりに相応しい笑みが溢れかえり、人々はこれから始まるであろう食、或いは寝に対して。期待に胸を膨らませて家路へと進み続けている。
一方。
陽性な感情に包まれる主大通りに対し、裏路地は夕闇が支配していた。
酷く暗い裏路地に置かれているベンチには間も無く人生の終焉を迎えるであろうと他人にそう思わせる老婆と、此れから輝かしき人生が待ち構えているであろう青年が肩を並べて着席。
周囲に聞こえぬ声量で会話を交わしていた。
「――――。その点に付いては御安心下さい。式場内で押収した凶器は指示通りの物へすり替えておきました」
「それは御苦労だったねぇ……」
「私の行動に勘付いている者が居ますが……。その対処は如何しましょう?? 消す事も可能ですが……」
「例の五月蠅い刑事と、恰幅の良い刑事さんかい??」
「その通りです。本来であれば私が、彼の尋問を受け持つ筈でしたのだが……」
「今は時期が悪い。下手に行動に移って世間を騒がす真似はおよしなさい」
老婆が鋭い鷹の目で彼を制す。
「了解しました。しかし……。驚きましたよ。たかが軍人、しかも訓練所を出て間もない男があの彼を倒すなんて」
「三指に入る実力者が抜けた穴は痛いねぇ」
「彼に……。監視を付けますか?? それとも……。私が直接手を下しても構いませんが」
「お前さんじゃあ手に負えないさ。得物を持った相手を素手で制すのは数倍以上の実力差が無ければ不可能。それが分からない訳ではないだろう??」
老体を支える杖で、彼の膝を一つ叩く。
「はっ。申し訳ありません……。では、私は此れから街へと戻って仕事を再開させます」
「宜しく頼むよ。くれぐれも目立つ真似は止すんだよ??」
「その御言葉。確とこの身に刻み込みます。それでは、失礼します」
青年が立ち上がると、陽性な感情で溢れかえる大通りへと向かう。
そして、そのすれ違い様。
「おばあちゃん!! もう直ぐよるだから帰らないとだめだよ!?」
少年が年相応な脚力で元気良く老婆の下へと駆けつけた。
「へぇへぇ。お叱りを受けたから、帰ろうかねぇ」
「そうそう!! おかあさんもしんぱいしているから僕も帰るね!!」
少年がそう話し、踵を返すと。
「坊や。強くなりたいと考えた事は無いかい??」
老婆の目が鋭く光り、少年を捉えた。
「つよい?? ん――……。きんじょのいじめっ子にも負けないから大丈夫!!」
「そうかいそうかい。お前さんの足なら将来有望なんだけどねぇ」
「あはは!! そうなんだ!! それじゃあ!! 元気出ねぇ――!!」
「へぇへぇ。お前さんも馬車に撥ねられない様に気を付けるんだよ??」
「うんっ!! ありがとう!! またあした!!」
少年が立ち去ると同時。
老婆が蝶の羽音よりも矮小な音を立てて立ち上がる。
「明日にはもう居ないよ。私は霞の如く揺れ動き、気付かぬ内にそこから姿を消してしまうのさ」
誰に対しても言う訳でも無く独り言を放ち。
深い闇が存在する路地の裏へとその姿を消す。
その様は老婆が話した通り、霞の如く消失してしまった様にも映った。
「ふぅむ……。レイド=ヘンリクセン、ねぇ……。一体どんな人物なのか。此方側に誘い込む事は可能なのか。ふっふふ……。あ――――ははっ!!!! 可笑しいねぇ!!!! 興味が湧いて、困った事に寿命が更に延びてしまったじゃないか!!!!」
不気味な声を闇の中へと残し、完全にその気配を消去。
しかし、街は依然としていつもと変わらぬ一日の終わりを迎えたのだった。
最後まで御覧頂き、有難う御座います。
本来であれば昨日中に投稿する予定でしたが、急な予定が入ってしまい。帰宅後に編集作業を続けるものの……。
何はともあれ、大変申し訳ありませんでした。
さて!!
次話からは新しい御話へと突入致します。
彼の同期が登場する予定ですので、投稿まで暫くお待ち下さいね。