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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百四十一話 相も変わらず手の掛かる生徒達 その一

お疲れ様です。


本日の前半部分の投稿なります。少々長めの文となっておりますので予めご了承下さいませ。




 己の吐息も凍り付いてしまう長く厳しい冬が明け、生命が満ち溢れる春が訪れると人々は強張った肩の力を抜いて温かな気候を迎える。


 朗らかな気候を十二分に満喫すると何もせずとも肌から汗が噴き出して来る猛暑が襲来。


 地上で暮らす人々は顔を顰めつつ世の何処かに存在する涼を求めて右往左往し、乾いた喉を水で潤して暑さの中で懸命に生を輝かせる。


 暑さという悪魔と対峙し見事それを克服したのならそのご褒美として大変涼しい風が吹く秋が訪れてくれる。


 夏の暑さでヤられた体に涼しさは一種の清涼剤となり人々は失われた体力や知力を補う為に食や本に没頭する事だろう。


 そして、乱れた体が秋の空気で整う頃。


 再び魂までも凍り付く冬がやって来るのだ。


 俺が生まれたアイリス大陸ではこうした分かり易い四季が大昔から循環している。


 その例に当て嵌めると六ノ月上旬というのは暑くも、寒くも無い気候が蔓延っている筈なのですが……。


 どうやら本日の気候はこの例に嵌らないらしい。



「あっつぅ――……。よぉ、ダン。朝も早くからクソ暑い砂浜に来たけどよ。本当にこの暑さの中で鍛えるのか??」


 一切の影が存在しない砂浜の上で真っ赤な忍装束を身に纏う彼が俺を見上げつつ問うので。


「そりゃ勿論。他ならぬマリルさんからの依頼ですからねっ!!」


 熱射照り付ける砂浜の上で口角をニっと上げて答えてやった。




 本日の早朝、仕事を控えた世の人々がまだまだ眠り足らないと嘆く時間に森の賢者様がほぼほぼ強制的に俺の眠りを妨げてしまった。


『ダンさん、起きて下さい』


『んぅ――……。もう少し眠るぅ……』


 起き渋る俺を優しい声で起こそうとする彼女の気遣いを右手で邪険に払おうとすると。


『何処を触っているのですかっ』


『ギャババババ!?!?』


 手の平にフニッとした感覚を捉えた約一秒後に地獄の奥底で拷問を与える悪鬼羅刹共もドン引く痛みが体を襲い、その痛みを受けて目を覚ますと何故か頬を朱に染めているマリルさんが物凄く怖い顔で俺を見下ろしていた。



『私はこれから薬草の採取に出掛け、それを終えたのならスイギョクさんとウォルの街の住民の交渉に出掛けます。その間、生徒達の指導を宜しくお願いしますねっ』


『は、はひっ。所で今の物凄く心地良い感覚は何処へ??』


『知りませんっ』


 微妙に怒った様な、嬉しそうな……。そんな何とも言えない表情を浮かべた彼女から受け賜った依頼をこうして着実に遂行しようとしている次第であります。



 六ノ月の上旬とは思えぬ太陽の光量は何もせず只立っているだけなのに体中の至る所の肌から汗が吹き出す強さであり、額の汗が頬を伝い顎先から砂浜へと落ちて行くと熱砂に吸い込まれてあっと言う間にその痕跡を消してしまう。


 あつぅい鉄板に水を垂らした時のジュワッ!! という音が聞こえてしまいそうな位に砂の熱は高く俺達は頭上と地上、その双方向からの熱を受け続けているのです。



「あっつい!! おら!! そこのいつまでもうだつの上がらない駄目夫!! 早く指導内容を伝えないさいよね!!」


 まるで親の仇を見付けた様な険しい表情を浮かべているフィロが俺の目を直視して叫ぶ。


「はいはい、分かっているからそう叫ぶなよ。今日はこの砂浜で俺達がお前さん達を鍛える。イスハは俺と拳に魔力を籠める練習、シュレンはミルフレアとエルザードと魔力制御の練習、そしてハンナとフウタ並びにフォレインとフィロは足場の悪い砂場での実戦形式の組手だ」



 各々が得意分野を伸ばす為、似た様な戦い方をする者同士等々。


 それぞれが適した訓練に身を置きその道の先を歩く者から指導を受け賜る。


 とても理に適った指導方法だと先人達は口を揃えて言うのでしょうが、生憎彼女達には俺達の想いは半分も伝わっていないらしい。



「げぇ――。このクソ暑い中で指導を受けるとか嫌なんだけど?? あっちの涼し気な影の中へ移動していい??」


 淫魔の子が桜色の長髪をサっと払って森の影へと視線を送り。


「賛成――。こぉんな日差しの強い場所じゃ日焼けしちゃうじゃん。女の子の肌はあんたが考えているよりも繊細なのよ??」


 相変わらず険しい瞳を浮かべている龍の子が俺を睨めば。


「シュレン先生。あっちにいこう??」


「止めろ、ミルフレア。某はこれからお主達に指導を与えるのだ」


「やっ」


 ラミアの子が本日の指導者であるシュレンの袖をクイっと引っ張って森の影へと誘おうとしているのだから。



「はぁ……。貴様等、良く聞け。俺達は自分の時間を割いてまで指導を与えてやろうとしているのだ。それにこれはマリル殿から受け賜った依頼。それを完璧にこなせないとどの道お前達に手厳しい指導が帰って来るのだぞ」


 相棒が腕を組んだまま重々しい溜め息を吐く。


 その目はまるで敵に向ける様な殺気が籠められていた。



「そ――そ――。相棒が言った通り俺達はマリルさんの代理でこうして足を運んだんだよ」


「ちっ、分かったわよ。じゃあさっさと始めましょう!!」


 そこのド貧乳の龍さん??


 今の舌打ちは必要でした??


「うむ!! では始めるか!! ダン!! わし達はあっちに行くぞ!!」


 頭上で光り輝く太陽の光量よりも強力な笑みをニパッ!! と浮かべたイスハが西方向へと歩み始める。


「う――い。それじゃ各々始めますか。それと、これが終わったらさっきも説明した通り薬剤散布の練習もしますからねぇ――」


 ピッコピッコと揺れ動く三本の尻尾に続いて歩きつつこの場に居る全員に向かってマリルさんの第二の指導内容を伝えてあげた。



「それも面倒よねぇ……。大体、何で私達が人間達の尻拭いをしなきゃいけないのよ。騙された人間達にも働かせればいいのに」


「エルザード、多分だけど先生は私達に最後まで責任を持ってやり遂げるって事を教えたいのよ。先生の意思を継ごうとするのならそれに応えなきゃ」


「世の女性が憐れむ程の貧乳で頭の中にたぁくさんの馬鹿が詰まっている龍に説かれるとは思わなかったわね」


「こ、こ、このぉぉおおおお!!!! 人よりちょっと位可愛いからって偉そうにしてるんじゃないわよ!!!!」


 エルザードの揶揄いにちょっとだけプチっと切れたフィロが彼女の背から強襲を開始。


「キャハハハハ!!!! ちょ、ちょっと!! 止めなさいよね!!!!」


 まだまだ成長過程である薄い胸板に擽り攻撃を受けると淫魔のお子ちゃまは年相応の辛く明るい笑い声を上げ。


「「何をしている……」」


 思わず笑みが零れてしまう明るい光景を捉えた相棒とシュレンが双肩をガックシと落として疲労と心労を籠めた溜息を吐いてしまった。



 あはは、アッチはあっちで大変そうだな。


 だがまぁ暗い雰囲気のまま訓練を始めるよりもこうして明るい雰囲気のまま始めた方が身になるってもんさ。



「ふむっ、この辺りで始めるとするかの」


 相も変わらずモコモコでモッフモフの三本の尻尾を揺らしていたイスハが歩みを止めると左右に首を振って周囲を窺う。


「了解っと。それじゃ指導を始める訳なんだけど……。先ずはお前さんなりに拳に魔力を籠めてくれるかい??」


「むふふぅ!! わしも先生の下でしゅぎょうにはげんでまぁまぁ長いからなっ!! それ位のものはお茶の子ワイワイじゃ!!」


 わいわいって……。


 何だか物凄く楽し気な御茶会が始まりそうな言葉だよな。


「ば――か、それを言うのならお茶の子さいさいだ。少しは考えて言葉を言えよ」


 誰しもが陽性な感情を抱いてしまう狐の子の笑みは俺の訂正を受け取ると一気に陰り、代わりに激昂した猪も思わずグっと体を引いてしまう程の怒気に塗れてしまった。


「わ、分かっておるわ!! これは言うなれば言葉の鮎じゃて!!!!」


「はぁ――……。言葉の綾、な?? 俺達は言葉の勉強をしに来たんじゃなくて拳に魔力を籠める練習をしに来たんだよ。さっさと言われた通りにしなさいっ」


 いつまでも言う事を聞かない子供に対して呆れた溜息を吐く母親の気持ちを十二分に理解しながら言ってやった。



「ふ、ふんっ。拳に魔力をこめるのじゃろ?? その程度……。非詠唱型のわしなら息をするのもたやすいわ」


 イスハが静かに目を瞑ると一度、二度大きく深く呼吸を始める。


 彼女の揺らいでいた心の凪は呼吸をする度に鎮まって行き、そして完全に凪が消失すると体の中央付近の魔力の源から魔力が流れ始めた。


 それは丁度時計回りの要領で左手、左足、右足、右手と右回りで循環して行く。



 ほぉん、俺と一緒の非詠唱型だけあって体内の魔力制御はまぁまぁの出来だな。


 魔力の流れは何処かに留まる事無く一定の速度で循環し、その流れは涼し気な山間の中の清流を彷彿させた。



「よぉ――し、目を開けていいぞ――」


「ふぅぅ……。どうじゃった!?」


「体全体に魔力を流転させるのは及第点以上だ。魔力の流れを清流から激流にすれば自ずと魔力は高まる事だろうよ」


「なはは!! そうじゃろう!! わしはもうすでにこれをきわめたのじゃからな!!」


 あ、いや。得意気に高笑いをしている所申し訳無い。


 魔力を持つ者で武の道に少しでも足を踏み入れた者なら誰だって魔力を急激に高める事は出来るんだよ??


 コイツ等は口で言っても聞きやしないし……。頭の中に阿保とお馬鹿がギュウギュウに詰まった狐のお子ちゃまにお手本を見せてあげましょうかね。



「魔力を高めるのは簡単さ。今日の課題は……。高めた魔力を拳に宿し、そして留める事だ」


 砂浜と森の狭間にある一本の木の近くに到着すると浅く腰を落とし、静かに呼吸を繰り返して己が魔力を高めて行くと両の拳に異なる属性の魔力を宿す。


 巨龍一族のビビヴァンガに一矢報いたこの技を見れば度肝を抜く事だろうよ。



「すぅ――……、ふぅぅ……。この拳、全てを穿つ金剛の波動なり……」


 強烈に高めた魔力の鼓動が砂浜の上に無数に転がる矮小な砂を、大気を揺らす。


 体内で苛烈に流転する魔力の流れを左右の拳に留め、そして右の拳に炎の力を宿して左の拳に眩い光の力を宿す。


 一本の木の幹を相手の胴体に見立てて両の拳をそっと静かに木の幹の表面に置き、己の体内で高めて留めた魔力を内部へと流し込んでやった。



「双極穿破の極意!!!!」



 右の拳から流れ出る炎の力と左の拳から迸る光の力が木の幹の内部で衝突すると鼓膜を聾する轟音が迸る。


 それは青く美しい空へと駆け上って行き美しい音を響かせる。


 そして俺の魔力を内部で受け止めた幹は植物の種子の中に存在する種を遠くへ飛ばす様に鋭く、激しく弾け飛び水気溢れる内部を露呈した。



「ふぅっ、久々に使ったけどこんなもんかな」


 真っ二つに切り裂かれ白く燻ぶる煙を放つ木の幹を満足気に見つめてやった。


「拳に高めた魔力を宿して留める事によってこういった技も使用する事が出来る。これを応用すれば体外に高めた魔力を放つ事も出来るし、拳の攻撃力も上昇する。まっ、最初は難しいと思うけど練習を何度もする事で……、って。どうした?? 便意を催した鶏みたいに震えて」


 まだまだ高い熱量が残る木の幹の内部を捉えて細かく双肩を震わせているイスハを見つめてそう言ってやる。



「す、す、すばらしい!! なはは!! それこそがわしが求めるきゅうきょくの戦い方じゃ!!!!」


 あ、うん。高笑いをして木の幹を指差すのは良いんだけどね??


 不必要に三本の尻尾で俺の背を叩くのは止めてくれる??


 お前さんの尻尾は加減ってもんを知らねぇから微妙に痛いんだよ。


「よ、よぉし!! これをきわめれば誰にも負けぬ無敵の力が手に入るのじゃ。早速練習するぞ!!」


「ん――。後ろから見てやるから焦らずにヤリな」


「うむっ!! 先ずは……。左右じゃなくて、右の拳にだけ高めた魔力をとどめてみるか」



 へぇ、いきなり左右は難しいと考えて利き手である右の拳に宿して留める事を選択したか。


 頭は空っぽなのに事戦闘に関しては才があるのかもねぇ……。


 彼女の熱量に当てられた訳じゃないけども、この時間を利用して俺も俺で相棒達との次なる冒険に備えて新しい攻撃方法の開発に励みましょうかね。



「むぐぐぐぐぅぅうううう!! ぬぁぁっ!?!? だ、駄目じゃ!! 高め過ぎた魔力が右の拳ではれつしてしまいそうじゃ!!!!」


「いきなり全力で高める奴が何処に居るんだよ。先ずは小さな力から少しずつ慣れさせてだなぁ……」


「なせばなるのじゃ!! さぁ、行くぞ!!!!」


「だからお止めなさいって言っているでしょう!?」



 生まれて間もない練習熱心な子鴨に水泳を教える親鴨の気持ちってこんな感じなのかしらねぇ。


『おかあさん!! みてて!! あぁんな強い流れでも泳げるんだからっ!!』


『お、お止めなさい!! 貴女にはまだ早過ぎます!!』


 森羅万象に通じる世の道理を理解していない怖いもの知らずってのは時に恐怖に映る。


 右の拳に強烈に高めた魔力を宿そうとするフワモコの三本の尻尾を持つ狐のお子ちゃまの小さな背を捉えつつそう確信したのだった。













 ◇




 頭上から照り付ける太陽の猛烈な光が某の体力を徐々に削り、足元から立ち昇る熱砂の熱量が肌を焦がす。


 只何もせずとも体力を消耗し精神を蝕む醜悪な環境は修練の場に相応しいものであるが、それはどうやら某だけの感想の様だ。


「あっつぅ……。ねぇシュレン先生。やっぱりあっちの木陰で指導してくれない??」


「シュレン先生。あつい」


 某の前に立つ二人の女児はこの環境から一早く逃れようと苦言を呈しているのだから。


「これから指導に入るが故、口を閉ざせ」


 我儘な台詞を吐いた二人を睨み付けると続け様に口を開く。


「今日の指導は結界の展開速度の向上だ。某が火球を放射するのでお主達は火球を捉えたのなら無詠唱で結界を展開して火球を受け止めろ」



 術式の構築はマリル殿が一手に請け負っているので某が横槍を入れると魔法の完成に弊害を齎す恐れがある。


 それならば基礎的な訓練を施した方が彼女達の身になると某なりに考えた指導方法だ。


 ミルフレアは己の身を守る術を、そしてエルザードは分隊を最後方から守る役割を担う。


 結界の展開速度の向上は隊や個人の生存率を上昇させるのに最も適した訓練なのでそれを疎かにする訳にもいかぬからな。



「はいはいっと。シュレン先生は手加減してくれないからなぁ――。私が死なない程度の威力に留めてよ??」


「分かっている。先ずはエルザードからだ。ミルフレア、あ奴の魔力の流れや所作を見逃すで無いぞ」


「うん、分かった」


 ミルフレアがエルザードから距離を取るのを見届けると淫魔の子の体の中央へと視線を移す。


 彼女は某の高まった魔力と緊張感を捉えたのか。


「……ッ」


 戦闘時と何ら変わりない集中力と魔力の圧を身に纏った。



 ほぉ……。瞬時に魔力を高めるのは及第点以上の速さだな。流石、魔法戦に特化した種族なだけはある。


 それでは反応速度は如何なものか。


 刻一刻と戦況が変わる戦闘時、隊を俯瞰して見守る最後方に位置するお主は否応なしに流転する戦況に対応せざるを得ない。


 お主の取った選択肢が隊の生存を別つのだ。それを体の髄にまで叩き込んでやるぞ。



「「……」」


 互いの視線が熱砂の上で強烈に交じり合い、砂浜に押し寄せるさざ波の音が消失した刹那。


「はぁっ!!!!」


 エルザードに右手を翳し、敵に向かって放射する速度と何ら変わりない速さで火球を詠唱してやった。


「ッ!!!!」


 エルザードが空気を焦がす火球を捉えると両手を前に翳し、合格点を叩き出す重厚な結界を展開。


 某が放った火球が彼女の結界に着弾すると大量の砂塵が舞い上がり、黒き爆炎が熱砂上に立ち昇って行った。



 さて、一切の手心を加えない威力で火球を放ったが結界内部はどうなっているのか。見物だな。


 砂浜に押し寄せる微風が濃厚な黒煙を徐々に払い舞い上がった砂塵が重力に引かれて落ちて行くとそこには某が想像していたよりも好感を覚える光景が広がっていた



「あちち!! ちょっと先生!! 本気マジでぶっ放すのは止めてよね!!」


 結界の厚みを僅かに減らすものの内部に居る彼女は某の火球を受けても無傷であり、周囲に漂う熱量によって顔を顰めていた。



 ふむっ、結界の厚みや耐衝撃性に問題は無しか。


 彼女の才と此処まで立派に指導を施したマリル殿の指導力に思わず大きく頷いてしまった。



「はぁ――、びっくりしたぁ。まさかあんな威力で攻撃してくるとか思わなかったし」


 ぶつくさと文句を言いつつ結界を解除した彼女の姿を見て居るとマリル殿が指導の休憩時間中に言った言葉が脳裏を過って行く。



『エルザードはいつか私やシュレンさんを越える……。いえ、もしかしたら世界の中で五指に入る魔法の使い手になるかも知れません』



 九祖の内の一体である淫魔の血を色濃く受け継ぐ彼女は途轍もない才能を秘めている。


 しかし、それはあくまでも秘めているだけ。それを生かすも殺すも本人次第だ。


 日々の研鑽を怠ければ地面へと落ち、強さの青天井を只々見上げていれば自ずとその高さは上昇する。


 某達の役割は彼女の視線を上向きにする事。


 口には出さないがマリル殿はその事を指導を通して彼女に伝えているのであろう。



「うげっ、最悪――。埃が服に付いちゃったじゃん」


 しかし、エルザードがそれを真摯に受け止めているかどうかが問題だな。


「よし、次はミルフレアの番だ。用意をしろ」


 右腕に付着したススをパパっと払うエルザードからいつもより集中力を高めている彼女へと視線を移した。


「よろしくおねがいします」


 某に向かって誰しもが手本にしたくなるお辞儀を捉えると此方もそれに倣い小さく頷く。


「安心しろ。エルザードに放った火球よりも威力を抑えて放つから」


「うん、だいじょうぶ」


 お主は大丈夫かも知れぬがな?? 威力をかなり抑えて詠唱するのはかなりの労力を有するのだぞ。


「では行くぞ、集中しろ……」


 某がミルフレアに向かって右手を翳すと彼女は真剣そのものの瞳を浮かべて此方の右手に視線を移す。


「……」


 彼女の薄紫色の前髪が風に流されて左右に動き、髪の先端がミルフレアの視界を閉ざした刹那。


「はぁっ!!!!」


 頑是ない子の拳と同じ位の火球を彼女の体の真正面に向かって放射した。



 さて、ミルフレアの現在の防御力は如何程のものだろうか。


 これしきの火球を防げず結界を吹き飛ばされたのなら落第。結界の厚みを減らす様なら及第点でありこの訓練に参加する資格が……。


 火球を放射するとほぼ同時に幾つもの考えが頭の中に浮かんでは沈んで行くが某の考えは彼女の行動を捉えた瞬間に全て消失してしまった。



「やっ!!!!」


「むっ!?」


 魔法の扱いに精通した者ならミルフレアが展開した速度に目を大きく見開く事であろう。


 魔力を高めて己自身を三百六十度守る結界を展開する。


 その速度は魔力に長けた者でも結界を展開する速度は瞬き一つの間程度であるが、彼女が展開した速度はそれを優に上回る速度であった。


 しかも、某の火球が着弾してもその厚みは減少する事無く一切の綻びも見つからなかった。


 素晴らしい展開速度と強度だな……。


 あの年齢であれだけの結界を展開出来るのなら、大人になったら一体どうなる事やら……。



「ふぅ――。うん、じょうずにできたね」


 ミルフレアが結界を解き僅かに漂う煙を嫌う様に右手を静かに振った。



「ふむ、ミルフレア。お主は生徒達の中でも結界の展開速度は頭一つ抜けている。近接戦闘はフィロとイスハ。中長距離はフォレイン。遠距離はエルザード。各自が得意な場所で戦闘を展開するのに対し、お主はその力を生かして補助に徹しろ。さすれば分隊の総力は自ずと上昇するであろう」


「たたかう事はきらいだけど……。ともだちがきずつくのはもっといや。だから私がんばるね??」


「うむっ、精進するが良い」


 某は指導を与えるのは不得手だが、己の成長を喜ぶ生徒の笑みを受け取ると満更でも無い感情が胸に湧く。


 マリル殿は恐らく彼女達の明るい笑みが失われない様に日々厳しい指導を与えているのだろう。



「シュレン先生がみとめてくれたらわたしがけっこんしてあげるからね」


「はぁ……」


 褒めた後で直ぐにふざけるな……。


 少しでもやりがいを感じてしまった某を戒めてやった。



「あはは!! 何よ、シュレン先生。女の子が勇気を出して告白したんだから気の抜けた返事じゃなくてしっかりと答えてあげなさいって!!」


「某がお主を一人前と認めるのは相当先の話になるぞ」


「それでもいい。マリル先生とシュレン先生たち。そしてエルザードたち。皆でぼうけんするのはきっとたのしいからね」


 それは確かに愉快に思えるがな?? 某はいつかは生まれ故郷に戻り忍ノ者として任務に就く定めなのだ。


 しかし、それを今此処で言うのは少し酷というものだ。


「あぁ、それは確かに楽しそうだ。体を、精神を鍛える素晴らしい冒険になりそうだぞ」



 未だ見ぬ強敵や理の外に居る怪物。


 この世界には某の力が通じぬ傑物が山程存在するであろう。武の世界は青天井と言われている様に、世界中に存在する強者達と手を合わせて少しでも武の頂に近付ける様に精進すべきだな。



「はぁっ、あのねぇ……。ミルフレアはそういう事を求めて冒険に出ようとしているんじゃないわよ??」


「むっ?? では何故冒険に出掛けるのだ。己を高める為に出るのが冒険の醍醐味であろう??」


「「はぁぁああ…………」」


「????」


 幼い女子が重々しい溜め息を吐いて双肩を落とすものの某には彼女達が想像している冒険の世界を正確に捉える事は出来なかった。





お疲れ様でした。


現在、後半部分の執筆並びに編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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