第二百四十話 今日も変わらぬ素敵な喧噪 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「――――。今直ぐ首を引っ込めないとブチ殺すわよ??」
「ドバッギャヒィィ――――ンッ!?!?」
怒った時の私と瓜二つの声色をフィロが放った。
魔力を消し、気配を殺し、足音を断って部屋に侵入して中々の実力者であるダンさんの背後を容易く取るフィロの実力に思わず唸ってしまいます。
お馬鹿な真似ばかりしていますがその実力は確実に成長しているのですね。
「フィ、フィロ!? 急にどうしたんだよ!?」
ダンさんが私の双肩から手をパっと放すと己の動悸を悟られまいとして大きな呼吸を続ける。
「あんたが先生を呼びに行って中々帰って来なかったから様子を見に来たのよ。そしたらどうでしょう?? 発情期の雌犬を見付けた時の雄犬の様にハァハァって厭らしい息を吐きながら先生の胸元を見つめているじゃあありませんか」
「そ、そんな事はしてない!! い、今のはそう!! マリルさんの表情を確認していたのです!! 私は神に誓って無実なのですっ!!」
万物を司る神様でも今の見苦しい言い訳は掬って下さりませんよ??
普段ならここで指導を施してあげるのですが、整体の効用は確かなものでしたので今日だけは見逃してあげましょう。
「フィロ、行きましょうか」
ちょっとだけ開いた胸元をキチンと直すと静かに立ち上がり食堂へと向かう。
「あ、うん。でもいいの?? あの馬鹿に厳しい一発をぶち込まなくても」
「ぶはっ!!!! はぁぁぁ――……。殺されるかと思った」
力無くへなへなと床に座り込む男性を尻目にフィロが問う。
「そうですねぇ……。今のがギリギリの線引きといった所でしょうか」
「えぇ――、先生それじゃ生温いって」
「ふふっ、貴女もいつか想い人を持つ様になったら分かりますよ」
んっ、良い匂いが漂って来ましたね。
玄関を開けて直ぐ御目見えする食堂兼雑談室に近付くと私のお腹が横着な叫び声を放ちそうになってしまう馨しい香りを鼻腔が捉えた。
「それはいつになるのやら……。ってぇ!?!? せ、先生!? 今の台詞って!!!!」
「先生おそいぞ!! わしらは腹を空かせて待っているのじゃからな!!」
「おそい――。何?? ダンとしけこんでいたの??」
「先生、お待ちしておりましたわ」
「シュレン先生。もうすぐごはんだから人のすがたにかわっていいよ??」
「はぁ――……。漸く解放されたか」
「ギャハハ!! 何だよシューちゃん。頑是ない子供に良い様に扱われて!!」
「五月蠅いぞ、貴様等。食事の席は静かにするものだ」
あぁ、素敵な喧噪ですね。彼女達が此処に訪れる前に漂っていた静謐が嘘の様に感じてしまう。
静寂を好む森ですがこの喧噪は有限ですので、どうかその時まで辛抱して頂ければ幸いです。
「お待たせしました。何分作業が滞っていまして……。後、エルザード。今の台詞をもう一度使用したのなら術式の構築の課題を増やしますからね??」
私に向けられた沢山の言葉の中から敢えて淫魔の子の台詞を取捨選択し、手厳しい言葉と視線を向けつつ席に着いた。
「ご、ごめんなさい」
「なはは!!!! 何じゃ?? 親犬にこっぴどく叱られた子犬の様にしおれおって」
「イスハ?? そのまま彼女を揶揄すれば貴女にも似たような厳しい課題を与えますよ??」
「む、むぅ!! 先生!! わしはからかってなどおらんぞ!!」
「ギャハハ!! んだよ、イスハ。三本の尻尾が情けなく垂れてんぞ!!!!」
「う、うるさい!!」
はぁ……、数十秒前までは素敵な喧噪だと思っていましたが。大好物も食べ過ぎると嫌いになる様に五月蠅すぎる喧噪はやっぱり駄目ですよね。
それにこれから素晴らしい食事を摂るのですからハンナさんが仰った様に静かに摂るのが礼節というモノなのですよ。
「はい、それではこれから食事を始めますので静かに頂きましょうね」
私が小さく柏手を打って注目を集めようとするものの。
「こ、この阿保ねずみめが!! いつかおぬしのしっぽをかみちぎってやるからな!!」
「やれるものならやってみやがれ。まっ、数百年経っても無理だろうがなぁ――」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぅぅうう!!!!」
「ちょっとそこの馬鹿狐。食事が始められないから静かにしてよ」
「貴様もじゅうぶんうるさいじゃろうが!!!!」
彼女達の耳に私の最後通告は到達しませんでしたか……。
仕方がありませんねぇ。食事前に彼女達の心の臓を冷えさせるのは些か不味いかと思われますが、食事を始める為にも必要な行為なのです。
「ふぅ――……。イスハ、フィロ。良く聞きなさい」
私が感情を殺した声色を発し、表情という表情を一切合切消し去った面持ちで彼女達に顔を向けると。
「「ッ!?!?」」
陽性な表情は瞬き一つの間に消失。
彼女達の顔は魂魄を刈り取る死神を捉えたかの様にサっと青ざめてしまい私の顔を注視できないのか、食卓の上に並ぶ馨しい香りを放つ鶏肉の香草焼きに視線を置いてしまった。
「貴女達の所為で皆が食事を摂れないのよ?? いつまで経っても食事を始められない人達の事を考えての行動なのかしら??」
「「ご、ごめんなさい……」」
普段は好き勝手に五月蠅く動く口ですがこういう時は驚く程に息が合いますよねぇ。
「はい、良く謝れましたね。では……、ダンさんも帰って来た事ですし。食事を始めましょう!!」
「し、失礼しま――っす……」
私の顔を極力視界に入れない様、さり気なく食卓に着いた彼を見届けると静かに目を瞑り私達に命をくれた食に対して心の中で礼を述べる。
「それでは……。頂きますっ」
「「「「頂きます!!!!」」」」
そして目を開くと目の前の食事に、これを作ってくれたダンさんに対して感謝の言葉を述べて食事を始めた。
先ずは私の得意料理を真似て作ったシチューから頂きましょうか。
「……」
木製の匙でいつもよりちょっとだけ粘度が高い液体を掬い口に運ぶと。
「――――。美味しい」
心の声が素直に口から出て来てしまった。
先ず舌に感じたのは牛乳のまろやかな舌触りだ。
私が作るシチューよりも少しだけ塩味が強いですけど汗を失った体には丁度良い塩梅に感じてしまう。
舌で適度に素敵な味を提供してくれる液体を楽しみ奥歯に根野菜を送り込んで咀嚼すると殆ど咬筋力を駆使せずに野菜がホロっと崩れてしまった。
煮過ぎて形が崩れてしまう訳でも無く煮なさ過ぎて硬い訳でも無い硬度に唸り、自分でも驚く程の速さで二口目に入る。
お次に魅惑の液体の中から現れたのは鶏肉だ。
一口噛むとしっかりと下味が染み込んだ肉の隙間から肉汁が溢れ出しほぼ百点満点の液体と肉汁が混ざり合うと舌が、口内が狂喜乱舞してしまった。
物凄く美味しい……。
これまでの人生経験、そしてハンナさん達と一緒に冒険を続ける内に磨き上げたダンさんの料理の腕前はどうやら本物の様ですね。
「どうですか?? マリルさんの手料理を模して作ってみましたけど」
私の向かいの席に座るダンさんが微かな笑みを浮かべてそう話す。
「凄く美味しいです。私の料理より少しだけ塩味が強いですけど、それも全然嫌じゃないですし」
「はは、口に合って良かったですよ。牛乳や鶏肉とパンは相棒と共に最寄りの街へ買い出しに行った時に購入しました。宜しければお代わりもありますので気にせずじゃんじゃん食べて下さい!!」
「いや、そう言いましても食費が……」
「気にしないで下さいな。暫くの間は狸ちゃん達から巻き上げたお金で賄いますので」
そういったお金を食費に出して欲しくないのが本音ですけども、大所帯を持つ此方の事情もありますので今回だけは見逃しましょう。
「ふふ、じゃあ遠慮なく頂きましょうか」
ダンさんと私の丁度中間地点に置かれているパンの山から二つ、三つを取り手元に寄せてあげる。
ちょっとだけ硬そうなパンを口に含むと小麦本来の優しい甘味と風味が鼻を通り抜けて行った。
これも美味しい……。ダンさんの食材を選ぶ目利きと料理の腕に思わず舌が唸ってしまいますよ。
私も彼に負けない様に精進すべき、そしてこの幸せがいつまでも続きますように……。
「相棒!! テメェ!! 俺が取ろうとしたパンを横取りするんじゃねぇ!!」
「貴様の手が遅かったのが悪いのだ」
「んひょう!! んめぇ!! シューちゃん!! このパン馬鹿うまっ!!」
「後で食すから不必要に肩を揺らすな!!!!」
「んまぁぁああああい!! ちょっと何よこの鶏肉!? 滅茶苦茶美味いんだけど!?」
「ちょっとフィロ!! 私の隣で叫ぶな!! 何かの滓が飛んで来たじゃない!!」
「おいしい……」
「あら、ミルフレア。口元が汚れていますよ??」
「ほっむ!! ふぁむぐ!!!! う、うむっ!! これならむげんに食えそうじゃな!!」
宝石の原石の輝きを放つ生徒達と空から舞い降りた素敵な喧噪を届けてくれる天使達の食事風景を眺めながら一人静かにそう考え願い続けていたのだった。
お疲れ様でした。
今日も暑かったですよね……。
七月でこの暑さなので今年の夏は猛烈で洒落にならない程の気温になりそうな気配がします。今の内から夏バテ対策としてしっかりと睡眠と食事を摂るべきだと考え、本日はガッツリカツカレーを頂きましたよ!!
久々に食した所為か、御飯四百グラムをペロリと平らげる事が出来ました。
読者様達も夏バテにならない様に沢山食べて下さいね。
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それでは皆様、お休みなさいませ。




