~過去編最終話 プロローグ~
大人数を収める事が出来る家屋の中にはその面積に不相応の数の人々が存在しており、彼等は設置されている安物の椅子に腰掛け或いは肩を寄せ合い只静かに一人の男性を待ち続けている。
彼等が待ち望む男が来る前、この家屋は街の物置として機能しており機能性の転換に家屋は驚きを隠せないでいた。
人が集まれば自ずと会話が増えその音量は人口と比例する様に高まって行くのだが、現在は集会所としての機能を有している家屋の中には鼓膜が痛くなる様な静謐が広がっている。
「「「「……」」」」
ある者は粛々と過ごし、ある者は己の心の高まりを収める様に深い呼吸を続け、又ある者は何も無い宙の一点を只注視していた。
窓の上部から降り注ぐ月光の音さえも聞こえてしまいそうなこの厳かな静謐が破られる事はあるのだろうか??
しかし、そんな心配を他所に一人の男の登場によって高硬度の静謐は瞬く間に破壊し尽くされてしまった。
「皆様、お待たせしました」
「「「「ッ!!!!」」」」
純白のローブを身に纏う男が集会所の大きな扉を開いて現れると室内の人々は感嘆の息を漏らし、煌びやかな瞳を浮かべてその男を捉える。
「遅れてしまい申し訳ありませんでした」
男が彼等に謝罪を放つとそれから僅かに遅れて一人の女性が室内に足を踏み入れる。
年齢は凡そ二十代後半の大人の女性。
黒みがかった翡翠の長髪で瞳は闇夜を彷彿させる程に黒い。華奢とは言い難い体躯であるが外見的には何処にでも居る普通の女性だ。
「……」
彼女は何を言う事も無く只々口を閉ざしたまま室内の隅へと移動し、一段高くなった檀上へ進んで行く男に視線を向け続けていた。
「さて、本日は我々が真に望む世界の御話をさせて頂きましょうか」
男が壇上に立ち懐から一冊の本を取り出して一つ小さな咳払いをすると万人の心を魅了する声で朗読を始める。
「人と魔物は、姿形は大変良く似ていますがその本質はまるで異なります。魔なる者は手を翳すだけで水を、土を、そして炎を召喚します。魔力と呼ばれるものを元として放たれるそれは人の命を容易く奪う威力を備えております。使用方法を間違わなければ生活を豊かにする魔法ですが、彼等の意思次第で我々に対して狂気の牙を剥く恐ろしい代物なのです」
「「「「……」」」」
男が発する声は空気に乗り集会所に密集している彼等の鼓膜に侵入すると、体内に潜り込み心を無音で侵食して行く。
人が持つ超人間的な力の一つに声質という物がある。
男が放つ声は超人間的なソレを優に超えるものであり、集会所内の人々は彼の言葉に何の疑問を抱かず只々聞き入っていた。
男がこの街に訪れた時、この集会所には空白が目立っていたが日を追う毎に空白は削られて行き今になっては空白を探すのが難しいにまで至っている。
それは全て男が持つ超人間的な力によるものだと説明すれば容易いが、真実はどうだろうか??
彼の声質だけでは無く話の面白さや共感性等々、人々の心を惹き付ける理由は幾らでも存在するが彼等の様子から察するにやはり男の声質が最たる理由であろう。
「魔物の前で人は抗う術を持たぬ脆弱で儚い存在である。己の存在を確立させる為にも、守る為にも魔なる者達と異なる世界で生きて行くべきでは無いのでしょうか?? 清らかで清浄された美しい世界の為にも我々は独立した世界を構築すべき。私はそう考えているのです……」
男が一冊の本から視線を外すと彼の意見に賛成した者共が静かに大きく頷く。
人が持つ意思伝達手段の一つに会話という機能が備わっているが、それを使用せず目が合っただけで、同じ空気を吸い続けているだけで男の意思や考えを汲み取ったのは他ならぬ男の超人間的な力の御業。
第三者の目から見れば異様とも捉えられる事象が起こり始めると男は微かに口元を緩め、本に視線を落とすと再び朗読を開始する。
集会所の内の人々はそれから夜が明ける明けないの時間まで彼の超人間的な力を体……、いいや体の深層部に存在する魂にまで刻み込んでいたのだった。
お疲れ様でした。
現在、冷やしうどんを食しながら後半部分の執筆並びに編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




