第二百三十八話 平穏を齎した冒険者 その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
空の頂上に君臨していた時とは違い今現在の太陽は口元をムニャラムニャラと波打たせ、己の頭部にキチンと収まる様に枕の角度を直して寝床に入る準備に取り掛かっている。
青き空は徐々に茜色に染まりつつあり本来であれば人は太陽の行動に倣い、翌日に備えて家路に着いて家族団欒のひと時を過ごすのですが……。
非日常が蔓延る街は今尚問題解決に至る為の行動を続けていた。
「……」
ある者は無力化した狸一族に憎悪の瞳を向け。
「クソっ……。どうしてやろうか……」
ある者は復讐心に駆られて右手に持つ鎌を無意味に振り、またある者は。
「あ、はぁっ……。どうにかしてあの人と御近付きになれないかしら……」
力無く地面に座る狸一族と憎悪に塗れている住民の間に静かに立つ相棒の顔に向かって色のある声色を放っていた。
そこの色っぽいお嬢さん??
ギッラギラの殺意を振り撒く住民さん達の中で貴女の存在は浮きに浮いていますので、も――少しその態度を控えて頂けると緊張感を保たなければならない此方としても助かります。
住民達が怒る理由は痛い程理解出来る。狸一族から受け続けて来た酷い仕打ちを考えたらそれは想像に容易い。
愛する街を我が物顔で跋扈して来た彼等に復讐を果たす機会が漸く訪れた。
心に湧く轟々と燃え盛る復讐心を力に変えて無抵抗な狸一族を根絶やしにする。
住民達が持つ復讐の権利は当然と言えば当然だが、それはあくまでも法と秩序が存在しない原始の社会の中の話である。
法と秩序が蔓延る現在社会で復讐という存在は稚拙且幼稚な報復手段だ。
それに此処で一時の快楽或いは満足の為に復讐を果たしてもそれは新たなる憎悪を生み出す蓋然性がある。
憎しみの連鎖は此処で断つべき。
「いやぁ――!! これで一段落付きましたね!! これからの問題解決についてなのですがぁ……」
そう考えて一触即発状態の住民達に向かって一歩歩み寄ろうとしたその時、街の大通りに大変大きな魔法陣が出現した。
ふぅっ、想像していたよりも時間が掛かりましたけどもお早い帰りで何よりです。
魔法陣から放たれる魔力が刻一刻と膨れ上がって行き途轍もない光量が刹那に迸りそれが止むと二人の女性が大地の上に現れた。
「「……」」
一人の女性は普段と何ら変わりのない普遍的な笑みを浮かべており、もう一人の女性は焦燥しつつも何処か納得した様な得も言われぬ表情を浮かべている。
対となる女性達の顔からして恐らく向こうで一悶着あったのでしょう。
そして、マリルさんの表情から察するに満足の行く答え若しくは決着が付いたと考えられますね。
「あら?? 皆さん如何なさいました??」
憤る住民達の姿をマリルさんが捉えると普段通りの落ち着いた口調で話す。
その口調はひり付いた空気の中ではちょいと浮いた様に聞こえてしまうのは気の所為でしょうか。
「俺達は今日これまでそいつらに酷い仕打ちを受けて来た。その仕返しをするんだよ」
「俺も俺の家族はひもじい思いをして生きて来たんだ。その報いは受けて貰うぞ」
「そうよ!! 私達には審判を下す権利がある筈!!」
「おぉ!! そいつが悪の元凶だからなぁ!!!!」
「そうだそうだ!! 裁きを受けろ!!!!」
「「「「オオォォオオオオ――――ッ!!!!」」」」
マリルさんが連れ帰して来たスイギョクさんに向かって一人の男が指を差すと住民達全員から憎悪の雄叫びが放たれた。
その声量は彼等の心に渦巻く復讐という名のドス黒い感情と比例する様に強烈であり、通り沿いに建ち並ぶ家屋の窓ガラスが震える程のモノである。
彼等の言い分は痛い程理解出来る、しかしそれを実行してしまえば彼等の心は悪に染まり復讐の連鎖がいつまでもこの街を縛り付ける事であろうさ。
「お、落ち着きなさいよ。無益な殺生は何も生まないのよ??」
「そ、その通りじゃ。お主達は武器をふるうべきではないぞ」
「はぁ……。やっぱりこうなるか」
「エルザード、溜息を付いていないで貴女も問題解決に協力しなさい」
「フォレインのいうとおりだよ」
俺達と共に住民と狸一族との間に立つ生徒達は狼狽えながらも有効的な解決を望み。
「よぉ――、ちょっと落ち着けって。それだけ鼻息を荒げていたら話になんねぇだろうが」
「某達は不必要な暴力は好まん。しかし、そちらがこれ以上の暴力行為を働くのなら此方も自衛行為に出ざるを得ない」
「戦いは既に終わった。これ以上の武力行使は只の虐殺になる。心に悪鬼羅刹に宿すのは戦士の務め、そしてお前達の役目は街を愛し平和を望む優しき心を持つ事だ」
俺達も下手に出て極力相手を刺激せぬ様に柔らかい口調で何か切っ掛けがあれば直ぐにでも行動に至ろうとする住民達を宥め続けていた。
「相棒の言う通り!! まっ!! 此処は一つ、此度の事件の首謀者ちゃんが帰って来ましたので彼女の話を聞いてみようじゃありませんか!!」
マリルさんの後に続き疲労と敗北が双肩に重く圧し掛かるスイギョクさんの御顔に視線を向ける。
ほぼ無傷で連れ帰って来たのは恐らく彼等に釈明をさせる為でしょう。
マリルさんが本来の実力を遺憾なく発揮すればスイギョクさんの存在はこの世から消失していた筈なのだから。
「ダンさん御助力有難う御座います。さて、皆さん。これから彼女が貴方達に伝える事があるみたいなのでどうか御静聴下さいね?? スイギョクさん……」
森の賢者様が彼女を促すと。
「ふぅぅ――……。皆様、今回の事件は全て我々が仕組んだものです。皆様の身体や財産に与えた傷は計り知れないものに膨れ上がっています。言葉で謝罪を述べても貴方達の心の中に湧く炎は鎮火しないと思いますが、どうか言わせて下さい。この度は……、本当に。本当に申し訳ありませんでした」
此度の首謀者であるスイギョクさんは謝意を籠めた言葉を静々と述べその後、住民達に向けて謝罪の際にお手本にしたくなる完璧なお辞儀を放った。
うんうん!! よく謝れましたねっ!!
子供同士の喧嘩を見守り、相手に謝罪を伝える我が子の成長した姿を捉えた親の気持ちを胸に抱いてその様子を見守り続けていた。
「あ、謝った所で俺達が受けた傷は癒えないんだぞ!!!!」
「その通りだ!! お前達には俺達が受けた以上の痛みを受けて貰うぞ!?」
温かな謝罪、厳然とした態度だけで彼等の傷は癒えない。
経済社会の中では当事者同士に起きた問題に対して目に見えぬ言葉と態度よりも目に見える金銭という分かり易い賠償が行われている。
この例に則り今回の事件も目に見える賠償で償っては如何だろうか??
そう考えてマリルさんに声を掛けようとしたのだが、どうやらそれは杞憂だった様だ。
「皆さん、落ち着いて下さい。彼女達は既に戦意を失っています。それに今御覧になられた通りスイギョクさんは貴方達に対して謝罪を述べ、そして貴方達に与えた損害に付いて賠償するという意思を持っています」
「「賠償??」」
住民達の最前に立つ二人の男が野太い声を上げてマリルさんの次なる言葉を待つ。
「スイギョクさんから御話を伺った所、身体及び財産に与えた損害に付いての賠償として各家庭に金貨数十枚を支払い、街に新たに建築した家屋はそのまま使用しても構わないとの事です」
「「「「……っ」」」」
『金貨数十枚』
経済社会の中に生きる者達にとって魅力的な単語が出て来ると住民達の殺気が微かに揺らぐ。
「狸一族は今後この街に足を踏み入れる事を禁じる。勿論、取引に付いても禁止です。現在、狸以外の魔物が経営をしている場所もあるかと思われますがその家の所有者である住民若しくは町長さんの許可があれば営業を続けても構いません。勿論?? 卑猥な営業は論外ですっ」
「「エ゛っ!?!?」」
卑猥な営業は論外という言葉に対してフウタ共に素直な驚きの声を上げてしまった。
し、しまった!! つ、つい声を出してしまったぞ!?
この事件を解決した後、積もり積もった疲れを癒して貰おうとしてさり気なぁくそっち系の店にお邪魔しようとしていたのにぃ!!
「何か問題でも……??」
「ひ、ひえ。別に何も問題ありませんよ??」
森の賢者様の冷徹な瞳を受け取ると彼女の凄みに耐えられず地面に向かってスっと視線を落としてしまう。
普通の性欲を持つ男の子なんだから多少のお茶目位は見逃してくれると幸いで御座いますです……。
「この街から彼女達を退去させた後、私が住民の皆さんとスイギョクさんの双方代理を務めます。各住民の賠償額を決めるのにかなりの時間が掛かりそうなのでこれは致し方ない措置かと思われますがどうか御了承下さい」
「双方代理となると貴女が考えた通りに事を進められるじゃないですか」
住民の一人が険しい瞳を浮かべたままマリルさんに問う。
住民が受け取るべき賠償額を決め、スイギョクさんに伝える時にその額を勝手に吊り上げる。そしてその時に生まれる差額を横取りされる事を嫌ったのね……。
「私が私利私欲の為にお金を吊り上げる事も出来ますからね。其方が望むのならスイギョクさんを連れて参りますよ??」
「それなら構いません」
「マリル先生がそんなセコイ事する訳ないじゃない」
「フィロ、マリルさんは良く出来た人だけどこれは取引を生業とする者なら当然危惧すべき事態なんだよ」
ムスっとした顔のままで体の前で腕を組んでいる龍の子を咎めてやった。
「馬――鹿。この街に起きた惨状を考えてみろよ。住民達が疑心暗鬼に陥っているのも理解出来るだろうが」
「あんただけには馬鹿呼ばわりされたくないわね」
「はげしく同感じゃなっ」
「んだと!? テメェ等後でぜってぇ酷い目に……。んむぅ!?」
「あ、あはは。騒がしくてすいませんね。続きをどうぞ!!」
このままでは埒が明かないと考えた俺は今にもフィロ達に食って掛かろうとするフウタの口を後ろから塞ぎ羽交い締めにしてやった。
「ふぅぅ――……。賠償の交渉はこれから進める事に納得したよ。そいつらが二度とこの街に訪れない事を条件に許してやろう。お前達もそれでいいよな??」
住民の先頭に立つ男性が住民達に意見の同意を述べると。
「あぁ、それで構わないよ」
「腸が煮えくり返る程にムカついているけど……。このままじゃいつまで経っても問題が解決しないし。俺も納得したよ」
概ね良好な反応を頂けた。
「有難う御座います!! それではこれから彼等をこの大陸の東の……。そうですね。フリートホーフ辺りに送り届けましょうかね」
フリートホーフか……。確かあそこは棺桶生産が有名な街だったな。
辛気臭い街だったし、反省を促すのには持って来いの場所かも知れない。
「ダン、フリートホーフの街はどんな場所なのじゃ??」
「棺桶生産を生業としている街だよ。悪い事を考える事も起きないすんげぇ辛気臭い街だから安心しなって」
俺の袖をクイクイっと引っ張る狐のお子ちゃまに説明してやった。
「それでは皆さん、私から離れて頂けますか??」
マリルさんが柔らかい口調で住民達にそう話すと彼等は訝し気な表情を浮かべたまま彼女の指示に従い距離を取る。
そしてそれをマリルさんが見届けると狸一族の足元に強烈な光を放つ巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「さぁ行きますよ!! この世の理の埒外にある力の片鱗を今……、此処に!!!!」
只でさえ強烈な光を放つ魔法陣から太陽の光量を越える光が俺達の網膜を刺激すると、それに耐えられないと判断した瞼が自然と下りる。
瞼の皮膚越しでも感じられる光量が徐々に収まりスイギョクさん達の様子を確かめる為、徐々に瞼を開くとそこには誰一人の存在も確認出来なかった。
す、すっげぇ……。あれだけの人数をたった一度の空間転移で送っちゃったよ……。
マリルさんが持つ魔力の総量と力は俺の物差しじゃあ計り知れないのかもしれないな。
「むっ……。流石に今の魔力は某でも無理だな」
「そうでしょ?? やっぱりマリル先生のほうがつよいんだから」
シュレンに対して自分の事の様にマリルさんの強さを自慢するミルフレアの姿を捉えると彼女の魔力に当てられ強張っていた双肩の力がフっと抜けて行った。
「ふぅっ!! 取り敢えずこれで一段落ですね!!」
「お疲れ様です。じゃあ俺達は数日の間、この街に留まって交渉役を務めるべきですかね」
二つの拳をムンっと握って笑みを浮かべるマリルさんにそう言ってやった。
住民の被害状況を聞き回り、街で営業を続けている魔物の実状を聞き、手伝うべき事があれば手を差し伸べる。
立つ鳥跡を濁さずと言われている様にこのまま解散って感じは何だか味気ないものね。
「その方が効率が良いでしょう」
「わしもさんせいじゃ!! 良いか!! お主達!! 聞くがよい!! この街は狐一族が住むギト山から近い!! 何かあればわしら狐一族がお主達を守ってやるぞ!!」
イスハが腰に手を当てて軽快に笑いつつ叫ぶ。
「あはは!! じゃあお嬢ちゃん達、狐ちゃんにこの街を守って貰おうかしらね」
「うむうむ!! 族長にも伝えておく!! 狸一族を退治したのは狐一族じゃ!! 社を建ててうやまうが良い!! 狸と違って狐はかんだいで優しいからな!!」
「阿保か。退治したのはお前じゃ無くて俺様達だろうが……」
「馬鹿丸出しの台詞で何だか吐き気がして来たわ」
「な、何じゃと!? わしが折角住民を安心させてやろうとしてやっているのにぃぃいい!!!!」
「止めろ!! 俺様の上に乗ろうとするんじゃねぇ!!!!」
「「「「あはははは!!!!」」」」
一頭の幼い狐に追い回されている一人の情けない男の姿を捉えると住民達から、そして俺達の口から自然な笑い声が飛び出て来た。
人が持つ陽性な感情の一つである笑い。
それが意図せずとも出て来るのは恐らく事件が穏便に解決したのだと体が勝手に判断した結果なのだろうさ。
賠償の交渉という最終最後の大仕事が待ち構えているが取り敢えずの決着に人知れず肩の荷が下りたと言うべきか。この街で受けた疲労や痛みがドっと双肩に圧し掛かって来るものの……。
不思議とその重さは感じ無い。
双肩の重さを相殺しているのは感無量の念と皆が放つ爽快で軽快な笑い声。
俺達が放つ笑い声は茜色に染まる空へと勢い良く昇って行き巣に帰って行く鳥達は何事かと考えて地上に視線を落とすが、特に問題無いと判断した彼等はその速度を緩める事無く此方の視界から姿を消す。
いつまでも止まぬ軽快な笑い声は間も無く一日の終わりを迎える素敵な平和が蔓延る田舎街に誂えた様に酷く似合っていたのだった。
お疲れ様でした。
漸く狸一族侵略編を書き終えてホっと胸を撫で下ろしている次第であります。
先週は異常なまでの暑さでしたが、今週は梅雨らしい天気ですよねぇ。このムシムシとした湿気と暑さだけは慣れる気が知れません。
読者様達も体調管理に気を付けて日々をお過ごし下さいね。
そして、この話を読んで頂いている読者様達に大切なお知らせがあります。
次の長編が過去編の最終話となります。
過去編の主人公が歩んで来た冒険は一体何処に行き着くのか、現代編と過去編はどう繋がるのか。幾つもの課題が残っていますが誠心誠意真心を込めて執筆したいと考えている次第であります。
そのプロット執筆に大変四苦八苦しておりますので次の投稿はいつもより少し間隔が空いてしまいますのでご了承下さいませ。
沢山の応援をして頂き有難う御座います!! 執筆活動の嬉しい励みとなりましたよ!!
それでは皆様、お休みなさいませ。




