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今日も今日とて、隣のコイツが腹を空かせて。皆を困らせています!!   作者: 土竜交趾
過去編 ~素敵な世界に一時の終止符を~
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第二百三十八話 平穏を齎した冒険者 その一

お疲れ様です。


本日の投稿になります。




 視界を全て覆い尽くす白は秒を追う毎に光の強さを増しその光量は瞼を閉じていても眼球を強く刺激する程だ。


 この白の先には三次元世界に住む私達が想像し得ない奇々怪々な四次元の世界が広がっている。


 誰しもが想像出来ない世界には一体何が住んでいるのか?? 肌に感じる空気はどう違うのか?? 緑が覆うこの世界と同じ様に向こうの世界にも色とりどりの花が咲いているのか??


 新たなる世界に対して興味が止む事は無いが一度でもソレを視界に収めてしまったのなら私の生命の輝きは瞬く間に消失。


 酷い骸となって三次元世界に横たわり土の養分と成り果ててしまうでしょう。



 私が白の先の世界に興味を持つ様に、ダンさんも新たなる世界に興味を持っている。



 生まれ故郷であるアイリス大陸を単身で発ち、東のマルケトル大陸に到着してからハンナさんと出会い五つ首と呼称される滅魔との壮絶な戦いを経験した。


 それから南のリーネン大陸に発ち幾つもの死と危険を乗り越え、西のガイノス大陸に到着してからは龍一族との激しい戦闘を経験した。


 普遍的で平坦な人生を歩んでいる人はまず経験し得ない死を予感させる冒険の数々は森の奥深くで静かに暮らしている私の心を揺さぶるのに十二分な威力を有していた。


 いつか、そういつか……。


 フィロ達が独り立ち出来る様な実力と知識を得たのなら私は彼と共に新しい世界に飛び立ちこの目に、心に素晴らしい経験を刻みたいと考えています。


 今はとてもじゃありませんがこの事を彼に伝える勇気はありません。しかし、その時が来たのなら必ず伝えようと考えています。


 新しい世界の先にある経験の数々に恋焦がれているのは偽り無き私の本心なのですから。



「――――。ふぅっ、到着ですね」


 強烈過ぎる白き光が止みその代わりに心が安堵する柔らかい光が周囲を照らす。



 地の果てから訪れる風が背の低い草々をサァっと揺らすと鼻腔に優しい土の香りが届き、空の何処からか届く鳥達の鳴き声が心を潤してくれる。


 慣れ親しんだ三次元世界の景色に心が和み、少しだけ強張っていた双肩の力を自然の力が程良く解してくれた。



「さてと……。突然の出現に驚いたのではありませんか??」


 虚脱しようとする体に鞭を打って強烈な緊張感を身に纏うと本当に静かに振り返った。


「……ッ」


 中々の魔力を持つ彼女は私の登場に素直な驚きを表す様に大きな目を更に大きく上下に見開いて私の姿を捉えている。



 着の身着のまま街から出て来たのか装備しているのは大きな背嚢のみであり、急いで戦場から遠ざかろうとしていたので額には大きな汗粒が浮かんでいる。


 博打の時に着用していた浴衣は彼女の行動によって乱れ衣服の隙間から浅く焼けた肌が露出し、綺麗に纏めていた髪は敗残兵に相応しい乱れ具合であった。



「ふふっ、余程急いでいたのですね?? もう少し身なりを整えては如何ですか??」


「女性を捨てた様な服装を着ている貴女に言われたらお終いね」


 スイギョクさんが静かに溜息を吐くと両手で己の髪を嫋やかに撫でて直す。


「それで?? 私を追いかけて来た理由は??」


「態々言わなくても貴女には理解出来るでしょう?? ウォルの街を実効支配していた狸一族の首領が煙の様に姿を消してしまったのです。上司は責任を取る為に存在しているのにその本人が逃げてしまっては些か問題があるのでは??」


「成程……。私に責任を取らせる為に連れ戻しに来たのね」


 その通りです。


 そんな意味を籠めて彼女に一つ頷いてあげた。



「戦闘のいざこざに乗じて姿を消す。悪党が使用する常套手段の上手さには私も思わず舌を巻いてしまいましたよ」


 偽者の私や偽ダンさん達に姿を変える様に指示したのはダンさんとフウタさんの視界を独占する為では無く、戦場に遍く視界を其方に向けたかったから。


 その隙に乗じて必要最低限の資金と装備を背嚢に詰め込み街を去る。


 ほんの僅かな隙で私達から逃げ遂せられたのは他らなぬ彼女の地力と策略だ。



 私も彼女が取った策に後れを取ってしまいましたし、伊達に悪党達の首領を張っていませんよねぇ……。



「部下達はいつか迎えに行けばいい。私が逃げ遂せれば何とかなる。貴女はほとぼりが冷めるまで身を顰めているつもりだったのでしょう??」


「良く動く舌ねぇ。博打の時とは大違いじゃないですか」


 スイギョクさんが背負っていた背嚢を街道の脇に乱雑に置くとその瞳に強烈な敵意の光が生まれた。


 纏う雰囲気が変わりましたね。いつでも動ける様に気を引き締めなければ……。



「いいわ、私に追い付いた褒美で教えてあげる。貴女が言った様に私は部下を置いて他の街に逃げようとしていた。部下達はこの資金を元にして傭兵や魔物を雇い奪い返すつもりだった。そして……」


 来ます!! 集中して迎撃態勢を整えなさい!!!!



 スイギョクさんの体から魔力の鼓動が迸ると私の心が頭よりも先に体に対して強烈な命令を発した。


 足元が見えない真っ暗な橋を手探りで渡る様に、此処から先は少しの油断が死に繋がる暗き闇の世界に足を踏み入れる事となる。


 生を、光を羨む闇の住民達がそこかしこに存在する世界。


 そう、ダンさん達が経験して来た世界に私も足を一歩踏み入れるのだ。



「私の街を滅茶苦茶にした貴女には報いを受けて貰うつもりだったのよ!!!!」


 彼女が右手を翳すとその先に淡い緑色を放つ大きな魔法陣が浮かび上がり空気の振動と共に鋭い岩礫の波が私の体に襲い掛かって来た。



 岩礫の一つ一つはその大きさと比例する様に大質量を備えており、空気を断ち切る野太い音がそれを証明している。


 たった一つでも直撃を許せば重傷を免れない。



「……っ!!」


 私の体は頭で判断するよりも早く重厚な結界を展開。


 回避行動に移るよりも防御態勢を選択した私に彼女の練り上げた魔法が直撃した。


「ククク!! どうですか!! 私の魔法の味は!!!!」


 結界に直撃した大量の岩礫が弾け飛び岩の残骸のカーテン越しにスイギョクさんの高笑いが耳に届く。


「かなりの高威力だと考えられますよ」


 一発の一撃の威力はそれ相応の力を備えている。


 それを証明する様に私が展開した結界は徐々にその厚みを失っているのだから。


「ちっ!! 涼しい声を上げられるのも此処までよ!! 私の前に平伏せ!!」


 彼女が怒気に塗れた声を上げると私の足元に金色の輝きを放つ二つの魔法陣が出現。



「大いなる大地よ!! 敵を切り裂け!! 双子岩挟撃ツインロック!!!!」


 それぞれの魔法陣から心の臓が痛む程の強烈な魔力が迸り、視界が明滅してしまう光量が放たれると人の胴体と同程度の太さを持つ二つの岩が私の体を穿とうとして苛烈な勢いを保って出現した。



 己が放つ魔法では私の結界を打ち破れないと判断した。そして結界内部の私の体に直接攻撃を加えようとした機転力。


 判断の早さと柔軟な機転は流石の一言に尽きますが……。


 私は貴女の素晴らしい判断と機転力を上回り捻り潰せる大いなる力を有しているのですよ。



「すぅ――……。んっ!!」


 体の左右から襲い来る双子岩の鋭い切っ先から逃れる為に空間転移の魔法を詠唱。


「ちぃっ!! そっちか!!!!」


 私の転移先を予想したスイギョクさんが新たに地上に出現した魔法陣へと向かって岩礫の連撃を放つものの……。


 残念ながらそれは紛い物の転移先なのですよ。



「――――。楽しそうに魔法を詠唱していますけど。本物の私は此方ですよ??」


「なっ!?」


 直ぐ後ろから届いた声に反応したスイギョクさんが私と咄嗟に距離を取る。


「隙だらけの背に攻撃を加えても良かったのですが貴女は街の住民達に対し、一切の暴力行為を禁止した。これに免じて一度だけは見逃してあげますよ」


「な、何よ!! 偉そうにして!!!!」


「別に偉そうにしていませんよ。さて、生殺与奪の権利を敵に握られた気分はどうですか?? 貴女は既に私の術中に嵌っているのですよ??」


 青き空に向かって右手を掲げると彼女の周囲に展開した魔法陣を出現させてあげる。



 火、水、土の基本三原則の力を持つ魔法陣達はまるで一面花畑の様に鮮やかな赤や淡い水色、心安らぐ深緑の色を放ちながら空気を震わす魔力を放出していた。



「こ、この程度の力で私が驚くと思ったの!?」


「結界を展開して私の魔法を防ぐつもりですか?? それはそれで構いませんけど……。私は二手三手先を読んで貴女の体を無慈悲に痛めつけます。降参するのなら今の内ですよ??」



「こ、こ、虚仮にしてぇぇええええ――――!!!! さぁ圧し潰されろ!!!! 強圧壊ハイグラビティ!!!!」


 幾つもの魔法陣に囲まれた彼女が乾坤一擲となる魔法を詠唱すると私の自重が数十倍にも膨れ上がる。


 己の筋力のみで自重を支えきれ無ければ、抗う術を持たなければ……。


 スイギョクさんが仰った様に私はの体は地面に圧し潰されてしまうでしょう。



 しかし、残念ながら私は抗う術を持っているのです。



「あはは!! どう!? 自分の増え過ぎた体重で圧し潰されて行く感覚……」


反重力制御アンチグラビティ……」


 勝利を確信して高笑いを続ける彼女に向かって左手を掲げると魔法を詠唱し、己に圧し掛かる高重力を相殺。


「中々に素晴らしい重力圧でした。これだけの威力に練り上げるのには相当な努力が必要だったのでしょうね」


「はぁっ!?!?」


 視界が百八十度反転した視界の中に存在する素直な驚愕の表情を浮かべているスイギョクさんに向かってそう言い放ってあげた。


「わ、私の魔法が……」


「効かないと仰りたいのですか。この世界にはスイギョクさんが想像するよりも遥かに強力な力を持つ魔物達が存在します」


 蒼天に向けていた足を本来向けるべき地面に向けて重力制御を行い大変軽やかな着地を披露する。


「この大陸にはその代表格である九祖グランドアンセスターズの子孫が暮らしています。彼等の前では貴女の程度の力は塵芥と同義です」


「それがどうしたってのよ!! 私が負けるなんてあり得ないんだから!!!!」



 ふぅ――……。困りましたね。


 井の中の蛙大海を知らずと言われている様に、スイギョクさんはこの世界の強さの青天井を知らぬ様ですね。


 酷い勘違いをしたまま他の魔物さん達の縄張りに手を出す前に、私が強さの片鱗を示すべきでしょう。


 己の実力と私達、九祖の血を受け継ぎ大魔と呼称される魔物達との力の乖離に激しく歯ぎしりをしている彼女に正しい知識を与えるべき。



「此処には誰も居ないので私の本気の力を垣間見せましょう……」


 そう判断した私はほんの僅かであるが、古代から脈々と受け継がれる九祖の力の欠片を発現してあげた。



 魔力の源から体内に流れ出る力が縦横無尽に暴れ回り少しでも気を抜けば幾つもの骨を折り、皮膚を突き破り体外に噴出してしまうでしょう。


 古の力の覚醒により大気が微かに揺れ始め、それに呼応する様に不動の大地も震動を開始。


「……」


 体内で暴虐の限りを尽くす魔力の波動を強固な意志で統率すると静かに目を開けた。



「これが私の体に宿る力の片鱗です」



「ば、化け物め!!!!」


 ふふっ、化け物か。的を射た発言です。


「この大陸には私と似た力を持つ者達が人知れず静かに暮らしています。彼等は己の縄張りを荒らされぬ限り手を出さないでしょう。しかし、一度でも縄張りに足を踏み入れればこれと似た力によりその身はこの世から消失してしまう……。貴女が好きに行動するのは咎めません。ですが龍の逆鱗に触れぬなと言われている様に九祖の力を受け継ぐ者達を怒らせない事をお勧めしますよ」


 亜人の力の片鱗を目の当たりにして腰を抜かし、水面で藻掻き苦しむ魚の様に口を開いては閉じている彼女に対して親切丁寧に説いてあげた。



「そんな常軌を逸した力……。よくも制御する事が出来るわね」


「この力を制御するのには途轍もなく長い時間が掛かりました。今でも制御するのが精一杯なのですよ?? それだけ九祖の力とは偉大であり恐ろしいモノなのです」


 私の祖先である亜人は九祖達との最終決戦に臨む前、この世に二つの命を残した。



 『魔力を持たぬ善の心が宿りし人』 『魔力を持つ悪の心が宿りし魔物』



 彼女が人と魔物の子孫を別々に残した理由は恐らく九祖に追われる事を危惧した結果でしょう。


 九祖の強過ぎる力の前で善の心を持つ人の力は微々足る物であり追跡は困難を極める。そしてそれは悪の心が宿る魔物も同じ事だ。


 時が経つに連れて、時代を経る事により善の血も悪の血も薄れて行き九祖達は亜人の血系を追う事は不可能となる。


 よく考えて子孫を残したと頷ける一方。本当にその為だけに体を、魔力を別ったのか疑問が残らないと言えば嘘になる。



 彼女は何か深い考えがあって己の子孫を二つに分けたのでは無いのだろうか??



 気の遠くなる古代に起きた事件を気に病んでも仕方がないと考えられるだろうが、私はその問題は今の時代にも続いていると考えています。


 祖先が残した怨嗟、悔恨、渇望は時間という万能薬を以てしても決して消えないのだから。



「降参するわ……」


 スイギョクさんの体から放たれていた魔力の圧が徐々に収まり、静かに項垂れると戦意を喪失した。


「ふぅ、有難う御座います。私としても無益な戦いは好みませんので」


 彼女の戦意喪失を捉えると此方も覚醒の力を解除して双肩の力を抜いて口元を柔らかく曲げた。


「それでは街に帰りましょう。貴女には狸さんの代表として住民の皆さんに謝罪をして頂きます」


「謝罪?? それだけでいいの??」


「貴女は不必要に住民の皆さんの体を傷付けていませんでしたので。勿論?? 住民の身体と財産に損害を与え、そして街の占有期間に応じた賠償をして貰いますけど」


 各住民の基本給料と本来得るべきであった作物の収穫に応じた賠償。


 この賠償はそれ相応の額となると考えられますが、私利私欲を肥やして来た彼女にとってそれはそこまでの痛手とならないでしょう。


「お金で済むのなら問題無いわ。後腐れないの無い様に、そして自分達にケジメを付ける為にも謝罪は必要よね……」


 スイギョクさんが疲労を籠めた溜息を空に向かって放つ。



 その目の色は私達に悪事を暴かれ憤怒の炎に染まっているかと思いきや、爽快に晴れ渡る空の青とよく似た晴々としたモノであった。


 私は彼女では無いので心の内を知る由はありませんがあの目と纏う空気から察するに、長々とした言い訳も女々しい理由も必要無い完膚なきまでの大敗を喫して逆に精々としたから。


 若しくはこの問題に一区切りが付いたから、そう考えているのでしょう。



「仰る通りです。それでは帰りましょうか」


「宜しく頼むわ」


 スイギョクさんが空の澄み渡る青から私に視線を向けると小さく頷く。それを捉えると疲れた体に鞭を打ち空間転移に必要な魔力になるまで力を高め始めた。



「本当に化け物じみた魔力の圧ね……。所で、貴女は本当にダンさんの事を慕っているのかしら??」



 あ、あのぉ……。こんな時にそう言った質問を問いかけて来るのは止めて欲しいですね。


 集中力が少しでも乱れてしまいますと折角高めた魔力も霧散してしまいますので……。


 此処には私と彼女以外に誰も居ませんので取り敢えず、スイギョクさんが納得してくれる様に私の心の欠片を述べてみましょうか。



「一人の男と女。同じ人同士ですが男と女はその実、異なる場所に立っています。互いに違う場所に立っている者同士、想いを寄せ合い通じ合わせるのは大変難しいと思われます。ですが……。その相違を少しでも削り消す努力をすれば自ずと良好な関係が構築出来る。私はその為に努力を惜しみませんよ」


「難しい言い方をするわね。貴女が言う通り男と女の考え方はまるで違うけど、ベッドの上で語り合えば直ぐにでも想いが通じるというのに」



 実在する体が密着すれば見えない心も近く感じる。


 スイギョクさんはこの法則に従って男性と想いを通じ合わせていたのでしょう。しかし、私は彼女とほぼ真逆の考えですね。



「世の中にはそういう考え方の女性もいらっしゃるかと思いますが私は先に述べた遠回りを選択しますね。だってそっちの方が楽しいじゃないですか」


「回りくどい方が楽しい??」


「たった一晩で出来た関係よりも。紆余曲折あり苦難の連続を乗り越えた方が決して切れない絆を構築出来ると考えていますので……」


 私はそう話すと魔力を開放して彼が居る街に向けて意識を向けた。



 口では達者な事を言っていますが本当の私は臆病なのです。いつか、そういつか……。この想いを口に出す時、彼との間で何人も断ち切れぬ絆が構築されている事を願いましょう。


 その時、私の想いを聞いても驚かないで下さいね?? そして受け止めてくれれば幸いですっ。


 その光景を想像して少しだけ体温が上昇してしまったが何度も深呼吸を繰り返して体温を下げる様に努めると最終最後の総仕上げを行う為に空間転移を開始したのだった。



お疲れ様でした。


現在、後半部分の執筆並びに編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。

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