第二百三十七話 右往左往する視線 その一
お疲れ様です。
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数えるのも億劫になる敵の瞳には戦闘時に相応しい殺気が宿りそれぞれが対峙すべき相手を正確に捉え続けている。
これでもかと鋭角に尖った眉と目、戦闘意欲と湧き起こる殺気に呼応して微かに上下する双肩、そして体から滲み出る殺意と魔力の波動が俺達の闘争心を高める。
五つ首、キマイラ、巨大砂虫、砂漠の朱き槍の最高幹部、龍一族。
狸一族が持つ戦闘力や魔力の圧はこれまで対峙して来た化け物連中とは比べ物にならないが厄介なのはその数と固有能力だ。
コイツ等は他人に化ける事を特技としており俺はその術中に嵌って後頭部に痛烈な痛みを受ける破目に陥ってしまった。
二の轍を踏まぬ様、細心の注意を払って相手をしましょう!!
「よし!! 掛かって来い!!」
全方向の攻撃に対応出来る様に膝を軽く落とし、俺の前で闘志の炎を瞳に宿す野郎二人に向かって啖呵を切ってやった。
「言われずともブッ倒してやらぁぁああああ――――!!」
来るぞ!! 絶対に集中力を切らすなよ!?
二人の内、一人が中々の踏み込みの速度で俺の間合いに入って来る。
「せいっ!!」
それを迎え撃つ或いは様子見を兼ねて左の拳を突き出してやった。
さぁって狸ちゃん達の身体能力は如何程でしょうかね??
俺の左拳は思い描いた通りの軌道を描いて野郎の鼻頭へと向かって行く。
空気の壁を突き破り進んで行く左の拳が間も無く野郎の顔面に着弾しようとした刹那。
「へっ!! 遅いぞ!!」
敵は直進の速度を維持したまま頭を器用に捻って俺の攻撃を回避した。
へぇ!! 目も体捌きも中々のモノじゃん!!
人は見た目で判断するなと言われている様に魔力の圧だけで相手の力量を測るのは間違いだな。
「これはお返しだ!!!!」
互いの拳が届く危険な距離に足を置くと野郎が右の拳を俺の顎先へと放つ。
「……」
両目で確と捉え続けている拳の速度は相棒から見れば生温い、及第点以下の攻撃だと判断するであろう。
だが、拳の先には淡い緑色の光が宿り付与魔法を乗せた拳の攻撃力は視覚だけでは計り知れない。
どの程度の攻撃力を備えているのか?? 特殊効果はあるのだろうか??
初見の敵の潜在能力や殺傷能力の高さを推し量る為にも完全な回避では無く、左の手の平で受け流してみるか。
「んっ!!」
此方も体を器用に捻って拳を回避。
そのついでと言っちゃあ何だが左の手の平で相手の拳を大変優しぃく受け流してやると、手の平にビリっとした付与魔力の特有の鋭い痛みが広がって行った。
っとぉ!! こりゃ不味い。
直撃を受けたら間違いなくそれ相応の痛みを食らっちまうぜ。
「ちっ!! 躱されたか!! ならばぁぁああああ!!!!」
左の拳が空を切った事に憤りを隠せぬ野郎が拳の連打を俺の体に見舞う。
空気を切り裂く甲高い音が鼓膜を揺らし、体全体から滲み出る魔力の圧が悪戯に肌を刺激する。
初めての実戦を経験する者なら彼が放つ攻撃に目を白黒させて対処に後れを取るだろうが……。生憎此方はこれまで何度も死と恐怖を克服して来たのだ。
この程度の攻撃じゃあ俺の心の水面を揺らす事は出来ねぇぜ??
小兵と分類したら彼が激昂するかも知れませんけども、只の戦闘員がこれだけの力を持つのはかなり厄介だぞ。
こいつ一体だけなら余裕を持って対処出来るが狸一族は少なく見積もって十体……。
「姉御!! 加勢しやす!!」
「テメェ等!! 俺達に喧嘩を売ってタダで済むと思うなよ!?!?」
じゃあ無かった!!
街の主通りの喧噪を捉えた狸さん達御一行が街のあちこちから続々と湧いて来るし!!
こりゃ不味い。一体の対処が遅れたらアッ!! という間に囲まれちまう!!
ってな訳で!! 戦いが始まって間もないけどもおねんねして貰うぜ!!!!
「貰ったぁぁああああ――――ッ!!!!」
「わりっ!! ちょっと痛いぞ!?」
俺の顔面を殴打しようとして大振りになった連打の中の一撃の隙を狙いすまし、相手の攻撃が俺の顔に届く前に右の拳を顎先にブチ当ててやる。
「ウブェッ!?」
俺の拳を受けた角ばった顔が横にクルっと勢い良く曲がると、彼の目に宿っていた闘志の炎が鎮火。
「……」
不動の大地を捉えていた足の力がフっと消失すると彼はそのまま地面に倒れ込み動かなくなってしまった。
よっし!! 大した傷を与えずに無力化出来たぜ!!
森の賢者様は不必要な殺生を好みませんのでこの調子で狸ちゃん達をジャンジャン気絶させてやる!!
「狸の茹で上げ一丁あがりっ!! さぁ次はどいつがおねんねしたいんだ!?」
俺の周りを取り囲む四体の男共にムンっと胸を張って叫んでやった。
「調子に乗るなよ!?」
「テメェの体を引き裂いてやるぜ!!!!」
こっちは手加減しているのに其方は殺意全開で襲い掛かって来るのかい……。
不殺を心掛けるのも結構疲れるんですよ??
「オラァァアアアア――――ッ!!!! ボッコボコにしてやらぁぁああ!!」
「生きて帰れると思うなよ!!!!」
正面から二体。
「続くぜ!!!!」
側面から一体か!!
多方向から向けられる殺意と武の鼓動が俺の緊張感を一気苛烈に高めてくれた。
ふぅ――、焦るなよ?? 心の水面の凪は荒立てず清らかに、だがこの拳に宿すのは烈火の闘志!!!!
「「ハァァアアアアアア――――ッ!!!!」」
正面から無数の攻撃の連打が放たれ、それは一部の隙間も見当たらない巨大な壁にも映る。
「死ねぇッ!!!!」
そして俺の逃げ場を防ぐ様に側面から素晴らしい殺意を纏った攻撃の波が襲い来た。
更に更にぃぃいい!!
「ふぅぅ――……。母なる大地の力よ、今こそ我の前でその力を示せ!!!!」
最後方で魔力を高め続けていた個体が強烈に己が魔力を開放すると俺の頭上に深緑の魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣が激しく明滅し始めると切っ先が大変鋭い無数の岩礫の雨が降り始めた。
眼前、左側面、そして頭上。
逃げ場が一切合切消失した絶死の孤場に立たされるものの……。俺の心は不思議と揺らぐ事は無かった。
それは恐らくこれ以上の死の危険を経験して来たからであろうさ。
経験は時に知識を上回ると言われている様に、俺が経験して来た事は間違いじゃなった。
これまでの冒険で対峙して来た連中に対して心の中で感謝を述べると二属性同時の付与魔法を体に宿した。
囲まれても面倒だし最大出力で戦場を制圧してやるぜ!!
「はぁっ!!!!」
燃え盛る炎の力そして煌びやかに光り輝く光の力を同時にそして混ぜ合わせた魔力を身に纏うと頭上から降り注ぐ岩礫の雨を、左足を軸にした蹴撃で弾き飛ばす。
右足の爪先から駆け抜けて行く衝撃からして岩礫の威力は相当な物であると推測出来る。しかし、威力だけじゃあ俺を倒す事は出来ないぞ!!
「なっ!?」
「何だコイツ!!」
風に揺れる柳の様に側面からの攻撃を軽やかに躱すと真正面から向かい来る攻撃の一つ一つを丁寧に見切り。
暴圧的とも捉えられる攻撃の数々は完璧な受け流しによって上方から下方へと流れ行く水の様に俺の体の直ぐ近くを流れて行った。
力に力で対応するのでは無く目に見えぬ風の清らかな流れ、全ての形に変わる水のせせらぎを意識した受けの型は相手にとって特異に映るのか。
「は、速過ぎて目で追えねぇ!!」
「馬鹿野郎!! 俺達の動きを見切られているからそう見えるんだよ!!」
「こ、コイツ!! そこに居るってのに全然当たらねぇぞ!!!!」
両目をひん剥いて素直な驚きの表情を浮かべて攻撃を継続させていた。
桜花状態はかなりの体力と魔力を消費しますので申し訳無いけど、速攻で決めさせて貰うぜ!!
「せぁぁああああ――――ッ!!!!」
「ウグッ!?」
真正面の一体の敵の丹田に掌底をブチ当て。
「嘘だろ!? 何だよ今の攻撃……。ぐぇっ!!!!」
直ぐ隣に居た仲間が後ろ方向に吹き飛んで行った事に驚きを隠せずに居る個体の中々に硬い顎ちゃんに昇拳を当て。
「これで止めッ!!!!」
「「グァアアアアッ!?!?」」
俺の背後から強襲を企てていた個体の攻撃を躱すとほぼ同時に相手の背後を取って背に強力な打撃を与え、そしてぇ!! 最後方で二発目の詠唱の体勢を整えていた野郎の下へとむさ苦しい野郎の体を物理的に送り届けてあげた。
よっしゃあ!! 最後は二枚抜きだぜ!!
「ふぅっ!! 上手に出来ましたっ」
「「「「うぅっ……」」」」
白目を向いて意識を失い遠い夢の世界へと旅立って行った狸ちゃん達を見下ろして桜花状態を解除すると満足気にむっふぅんと荒い鼻息を放った。
相手を極力傷付けない様に無力化するのには相応の実力差が必要になって来る。
ちゅまり!! 俺の実力も武の世界の天辺までとは言わないが中々の高みまで登っているとは考えられないだろうか!?
死が隣り合う冒険や横着な白頭鷲ちゃんと忍ノ者達との組手が俺を此処まで強くしてくれたんだなぁっと、感慨深い余韻に浸っていると俺の予想よりも早くお代わりちゃんがやって来やがった。
「この野郎!! よくも仲間をヤってくれたな!?」
「その体、切り裂いてやるぜ!!」
「あのぉ――。俺はあんた達と違って大変優しく倒してあげたんですよ?? それなのに君達は俺を殺そうとするのかい??」
ヤレヤレ。
そんな感じにも似た溜息を吐いて新たに現れた三体のむさ苦しい野郎共に言ってやる。
「当り前だ!! こっちは面子を潰されて猛烈に怒り狂っているんだよ!!」
面子云々より、街を乗っ取ろうとしたそっちが元々悪いんでしょうが。
俺達は問題解決に一役を買って出ただけで暴力沙汰を持ち込んだ訳じゃないってのに……。
「男の子は面子を潰される事が嫌いですからねぇ。よっしゃ!! 掛かって来なさい!! 何度でも俺が気持ち良くお昼寝をさせてやるから!!」
両の拳に火の力を宿して戦闘態勢を整えつつ各戦場へと視線を送り現在状況を確認した。
「死ねぇぇええええ――――ッ!!!!」
「甘いぞ!!」
「ゥェッ!?!?」
相棒の峰打ちが男の後頭部に直撃すると思わず顔を顰めてしまう鈍い打撃音が戦場に響き。
「貰ったぁぁああ!!」
「残念ですね!! 私の結界は早々破れませんよ!?」
「ギャィッ!?」
マリルさんの結界を破ろうとして岩礫を放った個体は彼女が詠唱した火球を真面に受けて遥か後方まで吹き飛ばされて行き。
「ずあああああああ――――ッ!!!! これが龍の力よ!!!!」
「わしの拳は岩をもくだくのじゃ!!」
「「「ドワァァアアアアッ!?!?」」」
「あんた達!! 前に出過ぎだ!!!!」
「エルザード!! 私が援護しますから前衛のお馬鹿さん達を守りなさい!!」
実戦経験を積んだ生徒達は狸一族に対し、それなりの善戦でその場を死守していた。
フウタとシュレンの姿は見えないけども……。
「ギャハハ!! 弱過ぎて泣けて来るぜ!!!!」
「どうした!? その程度の攻撃では某を捉えられぬぞ!!」
何処からともなく聞こえて来る覇気のある声からしてまず負ける事は無いでしょう。
「シュレンせんせい、あっちからもこうげきが来るよ??」
「分かっている!!」
「そっちからも来た。後もう少しだからそろそろねずみのすがたにかわろう??」
「断る!!!!」
と、言いますかシュレンさん??
これはれっきとした実戦なのでシャキっとした気持ちで臨んで欲しい次第であります。
俺達側にほぼ傾いている戦況にホっと胸を撫で下ろして新手の三体に対して強烈な向けた刹那。
「「「はぁっ!!!!」」」
「眩しっ!!」
三体の体から強烈な光が放たれたので思わず顔の前で両手を翳してしまった。
これは目くらましの一種か!? 俺の視界を奪ってその隙に乗じて攻撃を加えて来る筈だ!!
「ちっ!!」
翳していた両腕を体の前で組み、強烈な防御態勢を取っているものの……。
「――――。っ??」
待てど暮らせど首を傾げたくなる威力の攻撃は襲い掛かって来なかった。
あっれ?? もしかして閃光を放って俺の視界を奪い他の戦場の応援に向かったのかしらね??
そこから戦況が向こう側に傾いてしまう恐れもあるのでそろそろ現状を把握しますか。
視界が元に戻りつつある事を確認すると体の前で張っていた防御態勢を解除して真正面に視線を送った。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




