表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/1223

第二十七話 飼い主様の、最後のお願い

お疲れ様です!!


週末の夜にそっと投稿を添えさせて頂きます。


それでは、どうぞ!!




 大型の昆虫を捕らえ、嬉しい汗を流して巣へと持ち帰ろうとする蟻達の歩みよりも遅い速度でシンっと静まり返った廊下を進む。



 使用人の方々は式典の準備やら、食事の準備やらで体力が枯渇してしまい。大変深い眠りに興じているのでしょう。羨ましい限りです



 しかし。


 任務で赴いている此方はそうはいかぬ。



 アオイとカエデが疲れた体に鞭を打って屋敷の周囲の警護の任に就き。


 そして俺は首をながぁぁくして待っている彼女の下へと進んでいるのですよ。



 果たして、今日はどんなお願いを強請られる事やら。


 麗しき御令嬢様がお休みなられる部屋の前に着くと、たった数分の移動で乱れてしまった呼吸を整えて扉を優しく叩いた。



「レシェットさん、レイドです」



 あわよくば……。


 就寝されていますようにっ。


 大変利己的な願いを籠めて小さな声を放つが。



「――――。どうぞ、開いているわよ」



 暫くの静寂の後、ちょっとだけ疲労が語尾に目立つ声が扉の中から返って来た。


 残念、起きていました。



「失礼しますね」



 朝の来訪を伝える鳥の歌声よりも矮小な声を上げ、蝋燭の明かりが優しく揺らめく室内へとお邪魔した。



「遅かったじゃない」



 いつも通りに寛いだ姿勢でベッドの上で休み、視線の置き所に困る寝間着を着用して第一声を放つ。



「刑事さん達に絞られてしまいましてね」



 ふぅっと一つ息を吐き、此方もいつも通りの立ち位置へと身を置いた。



「ふぅん。何を尋ねられたの??」


「相手の詳しい人相、使用した武器、利き手、利き足。その他諸々です」


「うっわ。そんな沢山聞かれたの??」



 只でさえ丸い目が更にきゅっと丸みを帯びてしまう。



「死人に口なし、と言いまして。生者である我々からの証言を纏めるのが彼等の仕事ですからね」


「仕事なのは分かるけどさ。もう少し早く解放して欲しかったわね。もう直ぐ……。わっ、三時じゃん」



 俯せの姿勢で足をパタパタと揺れ動かしながら、そう話す。



 午前三時、か。


 つまり、俺はもう丸一日以上真面に眠っていない事になるのですよ。


 起きているだけなのならまだしも。護衛の任を務め、暗殺者と対峙して負傷。そして今からは御令嬢の御相手。



 正直に話しますと、数秒程度気を抜いただけで失神してしまいそうに疲れていますので。


 どうかお早めに解放して下さいね。



「流石の私も眠たい……。ふわぁぁ……」



 大きく口を開き、仰向けの姿勢になってフワフワの枕に頭を乗せた。



 羨ましい姿勢ですねぇ……。


 俺があの姿勢を取ったら二秒で眠れる自信があるっ!!



「眠ったら如何ですか??」


「ん――ん。起きてる――」



 左様で御座いますか。



「ね、レイド」


「何ですか??」


「もうちょっとこっち来て??」


「分かりました」



 彼女が休むベッドに向かい、二歩進む。



「全然足りなぁい。此処に腰掛けなさいよ」



 枕の横を女性らしい細さの手でポンポンっと叩く。



「勘弁して下さい。では……。此処なら宜しいでしょか??」



 彼女の顔が確知出来る位置で足を止めた。



「まっ、いいわ。それじゃあ、今日は……。ほら、蜘蛛の巣!! そこで見た御話をしてよ!!」



 日常の体力であるのなら喜んで御話しますけども。


 果たして、残り僅かな体力でアオイの里を抜け。迷いの森へと到達した話を終える事は叶うのだろうか……。




「了解しました。南海岸線を西へと進み、これ以上の移動は危険が伴うと考え北上を開始しました。それから数日間、密林の中を突き進み…………」



 俺が話し始めると同時。


 微睡み始めていたレシェットさんの瞳に輝きが戻り、此方の物語を食い入る様に見つめ聞き入った。



 森の中に張り巡らされ、体に纏わり付く不快な……。コホンッ。


 粘着質な糸に四苦八苦した話をすると。



「へぇ……。きっと、レイドが進もうとした先には恐ろしい蜘蛛が居るんだよ」



 と。


 此方の身を案じる声色でそう話す。



 恐ろしいという形容詞では無く。美しいという形容詞が似合いますよ?? その蜘蛛さんは。


 屋敷の外で今も欠伸を噛み殺して警護を続けてくれていますからね。




 貴族の御令嬢という事で生活圏を制限されている所為か。


 本当、楽しそうに話しを聞くよな。



 そして、気になる事は直ぐに質問を投げ掛けて来る。


 例えば、今から説明しようとする。あのふかぁい霧。



「密林から抜け出た先には大変深い霧が待ち構えていました。森と平原の境目を頼りに西へと……」


「ちょっと待って。その深い霧ってどの程度の濃さだったの??」



「そうですねぇ……。こうして腕を伸ばしたとします」



 ふんふんっと。


 若干興奮気味に鼻息を漏らして、コクコクと頷く。



「矮小な明かりさえあれば指先は見えますけども。その霧の中では指先さえ朧に映る程でした」


「そんなに深かったのねぇ……。この世には私の知らない場所が一杯あって……。レイドがちょっと羨ましいよ」



 仰向けの姿勢で腕をピンっと伸ばし。


 己の指先を見つめながら話す。



「羨ましい、ですか。レシェットさんが考えている以上に激務ですよ?? この仕事は」



 ながぁい移動時間に、いつ襲われるやも知れぬ危険地帯を進み、そして直ぐ側には常に腹を空かせた狂暴な龍がうろつく。



 飯を食うなと言えば殴られ、沢山食うなと言えば笑顔を浮かべて空っぽのお椀を差し出す。



 でも……。


 この仕事に満足はしているのかな。


 鋭い槍で腹を貫かれても、師匠の理不尽な攻撃を受けても辞めようとは考えなかったし。



「それは理解しているって。レイドはもう知っていると思うけど……。私は世の中を余りにも知らなさ過ぎるのよ。今日だって、私がもうちょっとしっかりしていれば、レイドが怪我を負う事も無かったんだし」



「あれは仕方がありませんよ。レシェットさんに不備はありません」


「うん、そう言ってくれると嬉しい」



 伸ばしていた手を体の上に置き、此方に向かってコロンっと寝返りを打つ。








「ね……。レイド……」



 お、おぉ??


 急にどうしたんですか?? そんな艶を帯びた声色を上げて。



 心の中の衛兵が彼女の急激な変化を発見すると。


 重い腰を上げ、敵の襲来を告げる為に警鐘を鳴らす準備を始めた。



「私の手、触れてみて??」


「いや、それはですね……」


「あはっ。取って食べやしないわよ。指先でもいいから、触れて??」



 そ、それなら……。


 恐る恐るベッド脇に近付き。



『貴様。十分に注意して触れろよ??』



 衛兵さんからの諸注意を受け、細く嫋やかな彼女の指先を右手で摘まんだ。






「――――――――。えっ??」



 何だろう。


 微かに震えている??



「分かった?? 実は、さ。あの事件があってからずぅっと震えが止まらないんだ」




 う、嘘でしょ!?


 そんな素振は一度も見ていませんよ!?



 警察関係の人達が押し寄せ、事情聴取に向けてテキパキと彼等を誘導して。


 深夜もあってか。


 お年を召した人達に長時間の待機は辛かろうと考え、率先してアイシャさんに指示を与えて彼等を休ませ。


 剰え。


 長時間に渡る作業に疲労の色を滲ませていた警察関係の人達に軽食を差し出していた。



 大勢の人達は口を揃え。



『流石は次期当主を担うだけはある』



 と、感嘆の声を滲ませており。


 俺もその意見に同意して彼女の奮闘振りを眺めていたのだが……。



 まさか、怯えていたなんて……。




「怖くて、怖くて……。震える体を抑えるのに必死だったんだ」


「レシェットさんを標的にしていましたからね。あの暗殺者は」




 まかり間違えれば、命を落としていたのだ。


 何の訓練も受けていない彼女にとってそれは強大な恐怖でしかないだろう。


 標的にされたら例え、訓練を受けていたとしても人の心を持つのならば恐ろしいと感じる筈。



 レシェットさんは十六になったばかりの少女なのだ。


 怖がるなと言う方が辛辣か。




「ううん。違うよ??」


「どういう事です??」


「えっと、ね……。どうやって言えばいいのか……」



 震える指で俺の指先をちょこんと摘み、じぃっと此方の瞳の奥を見つめながらそう話す。



「狙われていた事は怖かった。けど、ね??」



 すぅっと息を吸い込み、瞼を閉じ。



「本当に恐ろしかったのは……。レイドが居なくなっちゃうかと考えた、からかな」



 大変甘い吐息を吐くと共に瞼を開き、此方を労わる優しい瞳を浮かべてくれた。



「有り難う御座います。飼い犬の心配をして頂いて」


「ふふっ。本当だよ」



 俺の冗談につられ、軽く口角を上げる。



「脅威は去りました。それに、俺達が最後までレシェットさんを御守り致しますのでどうか御安心して眠りに就いて下さい」



「そ、っか。明日までだったね」



 残念感が満載された声色で話す。



「明日では無く。残り……」



 うげっ!!


 もう五時じゃんか!!



 深夜という時間帯は既に通過、もう早朝と呼ぶべき時間帯に突入している事に。


 自分でも驚きを隠せないでいた。



「残り……。五、六時間程で今回の任務は終了を告げます」


「何だかあっと言う間だった、ね……」



 通常の瞬きの時間よりも、遅い時間の瞬きが開始され。


 彼女の意識はもう間も無く夢の世界へと旅立つであろうと、此方に思わせた。



 その調子ですよ。


 ゆっくり休んで体力を回復させ、恐怖を拭い去って下さい。




「俺には途轍もなく長い時間に感じましたよ??」


「むぅ……。駄犬め……。飼い主を揶揄するなん、て。生意気、だぞ」


「あはは。申し訳ありません。以後、気を付けますね」


「う、ん。レイド……。私の最後のお願い、聞いてくれる??」



 眠りに落ちる手前。


 必死に瞼を開き続け、襲い掛かる睡魔を跳ね除けながら此方を見上げた。



「何ですか??」

































































「キス、して??」



「ぶぶぶっっふ!?!?」



 長い沈黙の後。彼女の口からとんでもない言葉が飛び出て来てしまい、自分でも笑えてしまう声を放ってしまった。



 は、はい!?



 俺の耳、腐ってミイラになっちゃった!?



 右手……は。掴まれていますので使用出来ませんので。


 負傷した左手で猛烈な勢いで耳の中をかっぽじってやった。



「私の……。初めて、あげるよ??」


「い、いやいやいやいや!! そういう物は大事な時に取っておくのをお薦めします!!」


「今が……。その、時なんだ。レイドは身を挺して私を守ってくれた。だから……。飼い主様からのご褒美よ」



 細く、女性らしい形の顎をクイっと上げてそっと瞼を閉じ。


 先程よりも振動の幅が大きくなった指先を此方の手に甘く絡めて誘う。



 え、えぇっと……。


 こ、これは流石に不味いですよね!?



 相手は貴族の御令嬢様。対し、此方は超庶民。


 互いの間には決して突破出来ない超巨大な壁が構築されていますので……。


 断固たる意志でレシェットさんの御誘いを跳ね除け様とするのだが。



 俺の体は無意識に彼女の体を求めてベッドの上に膝を着けてしまいました。



「私を守ってくれて。私の我儘を聞いてくれて、有難う。レイドは素敵だよ??」



 そっと瞼を開き、震える左手を此方の頬に添える。


 温かくて柔らかくて……。素敵な手だ。



「レイドが求めるのなら、私の全部を貴方にあげる」


「ですが……。レシェットさんは……。」


「身分差が気になるの?? 私は気にしないよ?? レイドだから、良いんだ」



 朱に染まった端整の御顔から視線を反らすと。



 柔和な曲線を描いて寝間着を内側から押し返す女性の武器を捉えてしまう。


 齢十六の子が持つべきでは無い魅力に思わず息を飲んでしまった。




「――――――。見たい??」



 甘い声が耳から侵入すると頭の中が彼女に占領されてしまう。前後左右、何処に視線を向けても大変素敵な彼女が此方に向かって笑みを浮かべている。



 今、目の前で起こっているのは現実なのだろうか。混乱の境地を極め、それさえも理解出来ずにいた。




「見て良いよ?? 私の……。全てを見せてあげる」



 俺の頬から左手が離れ、彼女の胸元へと帰還。


 震える指を器用に動かし、第一拘束具を解除。続いて、第二拘束具へと指を掛けた刹那。

















「――――――。す、すいません!!!! やっぱり駄目です!!」



 甘く絡みついた指を解除し、正常な男女間の距離に身を置いて叫んだ。



「ふふふ、冗談だよ」



 微睡みながら此方を揶揄ういつもの笑みを浮かべてくれた。




 今も心臓が五月蠅い……。


 額、そして背中に大粒の汗がじわりと滲むと。重力に引かれて落ちて行った。



「は――――。勘弁して下さいよ……」



 冗談だとしても、俺は一瞬。本気で捉えてしまいましたからね。



 汗を拭い、ふぅっと大きな息を漏らすと。


 レシェットさんが最後の気力を振り絞って声を出した。



「本当のお願いは。私の、頭を……。撫でて……」



 そ、それなら容易い御用です。


 ゆるりとした歩調で進み、ベッドに腰掛けて大人と少女の狭間に身を置く彼女の頭を撫で始めた。



「大きな、手。お父さんと一緒……」


「残念ながら子供は未だ居ませんからね。形は肩を並べていますが、真の大人の手には程遠いです」


「そ、っか。沢山、つくろ…………。すぅ……。すぅ……」



 頭を撫でられ、親の愛を一身に受けて安心しきった子犬の顔を浮かべながら夢の世界へと旅立って行ってしまった。




 はぁぁぁぁ。


 やっと眠ってくれたか。



 大変撫で心地の良い頭から手を放し、少女でありながら大人の体の色香を帯びる体にシーツを優しく掛け。


 部屋を後にした。




「ぶっはぁ――――!!!! はぁっ!! 驚いた……」



 後ろ手に扉を閉め、徐々に明るみ出した東の空へと視線を送る。




 いきなり、その……。


 口付けを所望されたら誰だって驚きますよねぇ。それだけじゃあなく、体の関係まで……。


 しかも!! あんな可愛い子に。




「いかんぞぉ、俺」



 彼女はあくまでも任務対象なのです。


 仕事と私生活は分離すべき!! 


 うん、間違っていない!!



「煩悩よ!! 去れ!!!!!!」



 両手で勢い良く頬をパチンと叩くと、心の奥で待機していた煩悩達が……。



「いってぇぇぇえええ!!」



 わ、忘れていた!!


 左手、怪我していたんだった!!



 激烈な痛みが瞬時に左手を襲い、清涼な朝の空気に包まれる廊下に俺の野太い声がこだました。



 その声を聞きつけたのか。屋敷外を警護中のアオイが窓枠の死角から颯爽と現れ、何とかして窓を突き破って此方へと侵入を図るものの。



 同じく、俺の声を聞きつけた海竜さんにそれを御され。


 激しい口論と若干の魔力の衝突が敷地内で開幕の狼煙を上げてしまった。




 もう少しで終了ですからね。


 御二人共、集中しましょうか……。




 痛みが睡魔を撃退するものの、今度は疲労感という凶悪な相手が俺の頭上から降り注いで来る。



 蜘蛛さんと海竜さんの場外乱闘を眺めつつ、両足の筋力を最大限に稼働させ此方は疲労感と屋内乱闘を開始したのだった。




最後まで御覧頂き、有難う御座いました!!


次話でこの任務は終わりを告げ、そして新たなる御使いが始まります。


次の投稿まで今暫くお待ち下さいね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ