第二百三十五話 賭場に轟く雷鳴 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
良く晴れた空の下で行われている賭博は正に一進一退の攻防を繰り広げている。
いや、一進一退とは少々語弊があるな。一進三退の方がしっくり来るかも知れない。
狸一族の頭領である彼女が無表情のまま手札を表示すると、此方も負けじとまるで高硬度の鉄の様な精一杯のぎこちない笑みを浮かべて手札を表示。
互いに放つ数字と手役の応酬はまるで剥き身の刀の鍔迫り合いの状態で体の前で押しつ押されつつあるが……。
どうやら運の総量は彼女に逆立ちしても勝てぬ様である。
「ふふっ、ツイていましたね。一と九の二倍手役です」
「あ、あはは。こっちは数字の九なので……。金貨六枚のお支払ですね」
卓上の賭金の二枚と二倍手役の支払い。
計金貨六枚を支払うと大型犬との喧嘩に負けた中型犬みたいな悲しい鼻息をピスピスと漏らした。
こ、この人……。本気で強ぇぇ……。
折角中々の数字を叩き出しても手役の強さで此方を圧倒して来やがる。
こっちが手役で押し込もうとすると事前にそれを察知して少ない賭金で被害を最小限に留め、運の流れが向いて来ると予想したのなら上限一杯の金を賭けて俺の体を真っ二つにしようとして来るし!!
運の流れを読む力、純粋な手役の強さを求める博徒の才、そして異様なまでに鋭い引き際。
目の前に翳された鋭い刃は俺の体を断つ様に縦横無尽の太刀筋で襲い掛かり、それはまるで攻守共に完璧な武士を相手にしている様な錯覚に陥っちまうよ……。
「流石ですね。不敗の女郎花の通り名は伊達じゃないって訳ですか」
「ダンさんもかなりの腕前ですよ?? 私を相手にして数時間以上戦い続けているのですから」
つまり、これまでスイギョクさんと博打を打った奴等は数時間もたずとして金を毟り取られてしまったのね。
俺の資金も底を尽きかけているししそろそろ反撃を開始しないと彼女の連戦連勝記録を更新してしまう蓋然性が出て来やがったぜ。
「もっと楽しい勝負をしましょうね」
スイギョクさんの笑みに心がホっと胸を撫でおろそうとするのですが丸みを帯びた可愛らしい顔に騙されちゃあいけない。
あの顔の下には大変おっそろしい死神の顔があるのだから……。
「ダン!! お主ちゃんとやっておるのか!?」
「そうよ!! さっきから小銭ばっか稼いで!! 一気にドカンと稼がないと負けちゃうわよ!!」
「俺だってそうやりたいさ。でも見ていて分かっただろ?? 彼女の腕前を」
俺の直ぐ後ろから声援擬きの喝を飛ばしたイスハとフィロにそう言ってやる。
「ぐぬぬぅ!! 先生!! あ奴は何かインチキをしておらぬのか!?」
「幻術、狸一族の固有能力、僅かな魔力の使用。残念ながらそれら全ては一切使用していませんよ。彼女は純粋に博打を楽しんでいる御様子ですね」
マリルさんの魔力感知、そして俺のイカサマを見抜く目。
それらを駆使した結果、スイギョクさんはサマを一切使用していないと看破出来てしまった。
博打に対する姿勢は純粋潔白そのものであり心の底から楽しんでいるとしか判断出来ないんだよねぇ……。
「絶対何か使用している筈よ!! ダン!! ほら、彼女が切っている手札をよぉく見なさい!!」
へいへい、仰せのままにっと……。
フィロに喝を入れられると俺の目の前で手際良く手札を切っている彼女の手元に視線を向けるのですが……。俺の目はその奥の微かに揺れ動く双丘ちゃんに釘付けにされてしまった。
はっわぁぁ……。すごぉい、腕の動きに合わせてお胸ちゃんが上下左右に動いていますねっ。
博打という名の心が焦燥してしまう乾いた砂漠に突然と出現した補給地にど――しても目が、心が止まってしまう。
真昼を過ぎた太陽の強い日照りを受けて汗ばんだ肌から僅かな水滴が彼女の果実の谷間にス――っと流れ込む淫靡な情景に心が、下半身が和んでいると。
「見る場所が違いますねっ」
「ギャビビビビッ!?!?!?」
もう何度目か分からない激烈な痛みがお尻ちゃんから脳天まで駆け抜けて行った。
「ちょ、ちょっとマリルさん!! 勝負中なのですから勘弁して下さいよ!!」
余りの痛さに椅子から転げ落ちてしまい、両の瞳にうっすらと温かな雫を浮かばせながらものすごぉく怖い顔のマリルさんに向かって懇願を放つ。
俺は普通の性欲を持つ男の子なのです!! ですから多少のお痛は見逃してくれると幸いですわ!!
「勝負中だろうが私生活中だろうが女性のそういう所を注視して良い訳がありません。私は普遍的な道徳を説いているのですよ??」
普遍的な道徳を説くのなら特異的な痛みをお尻に与えるのは勘弁して下さいましっ。
罰を与える平等原則の法則に従うのなら、女の子の武器を見たという軽い罪には軽罰で済ますべきなのです。人のお尻に稲妻をブチ当てるという罰は重過ぎると思いますっ。
「くすっ、男女の営みを理解していない女性の話は聞いているだけで痛々しいですね。私は金貨三枚を賭けます」
「じゃ、じゃあ自分は二枚で」
スイギョクさんがフっと笑みを浮かべつつ、痛むお尻ちゃんの御機嫌を取りながら椅子に座り直した俺の目の前に手札を配ってくれる。
一枚目の表示手札は『四』 そして二枚目の手札は『三』 か。
一番強い数はこのままだと七になるのですが、相手の表示手札が『九』 なのでちょっと迷い処だな……。
今の流れだと『九』 と『一』 の二倍役が出来ている蓋然性があるので此処は見に徹するべきか??
いや、例え強運だとしても二連続で九と一の手役を引くか?? 余計な出費を抑える為に三枚目は引かない方が得なのかも。
待て待て!! それじゃあ彼女の術中に嵌っている様なものじゃない!?
伏せられている手札が一以外の数字で俺の七より弱くなる手札は……。
『四』 『五』 『六』 『七』 の四種類。
ちゅまり『一』 『二』 と『九』 以外なら俺の勝ちじゃあないか。普通に考えれば俺が勝つ確率の方が高い。
『一』が出たら問答無用で負け。
『三』 『七』 『八』なら引き分け。『二』 『九』なら普通の負け。
相手がスイギョクさん以外なら此処まで悩む必要は無いってのによぉ……。
狸一族に実効支配された街を救う最終最後にとんでもねぇ化け物と相手をしなきゃならないのは流石に堪えますよっと。
「うむむむむ……」
体の前で腕を組み専守防衛の思考に傾きつつある頭の中で三枚目に手を伸ばすかどうか考えていると、女性達の何やら言い争う声が賭場を行き交い始めた。
「それはどういう意味ですか」
「そのままの意味ですよ。私はダンさんになら別に見られても構わないのに……」
「私が説いているのは倫理感や普遍的な道徳です。人々は己の欲のままに動くのではなくある程度行動を律して生きて行くべきなのですよ。その為に法や道徳という考えがあるのです」
「あはは!! 貴女は人や魔物の心を少々勘違いしていませんか?? この街に居る者達を見てみなさい。己の欲のままに行動しているではありませんか。人の本質は欲に塗れています。この街がたった数か月で色欲に溢れ返ったのが何よりの証拠じゃあないですか」
「いいえ、違います。人の本質は悪しき心に従うのではなく善の心に従い行動するのです。正しき行動の為に思考を凝らして最善の結果に至る為に行動に移す。これは古の時代から今に至るまで呆れる程繰り返されている普遍的な考えです。そんな事も分からないのですか??」
「その言い方ですと性欲や物欲は全て悪しき心に当て嵌まってしまいますよ??」
「それは捉え方の違いですね。性欲や物欲は人が持つ心の一面なのです。それ自体を持つ事は別に悪い事ではありません。私が説いているのは貴女の様な下賤な者が持つ私利私欲の為に行動する性根の腐った思考の事ですよ」
「クスクス……。人の本質を理解していない女の声は何と愚かに聞こえる事か。男は女を抱き、女は男を喜ばせる。一時の快楽は一種の清涼剤です。それを力に変えて生きて行く事が悪だと決めつけるとは……。正に愚の骨頂ですねぇ」
「論点がズレています。男女の性交は次代に命を残すという輝かしい行為ですが、この街で行われている卑猥な行為や博打の数々は己の私利私欲を満たすだけの行為です。私はその行為を餌に私腹を肥やしている貴女の黒い腹を咎めているのですよ」
「うふふ……。このままじゃ私達の考えは平行線を辿って行き一生交わる事は無さそうですねぇ」
「えぇ、仰る通りです」
「では、我々の意見についてどちらに共感が持てるのか。目の前の男性に問うてみましょう。ダンさん?? 私と其方の貧相な胸の女性の考えはどちらが正しいと思いますか??」
「――――。へっ??」
い、いやいや。いきなり急に話を振らないで下さいよ。
こっちは余裕綽々の貴女と違って手役の事で頭が一杯一杯なのですから。
無茶振りを越えに越えた問い掛けを受けて面を上げるとスイギョクさんの表情はさも当然とばかりの笑みを浮かべており体を捻って後ろに視線を向けると。
「……っ」
そこにはいつもより自信無さげなマリルさんの得も言われぬ表情があった。
何だか悪しき心だとか善云々の難しい単語は聞こえていましたけども、手役の事で頭が一杯だったので話の本質は全く耳に入って来なかった。
なので此処は一つ、味方側であるマリルさんの意見を肯定しましょう!!
「俺はどんな時でもマリルさんの言葉を信じますよ」
我ながら臭いなぁっと思うけどもこの場に酷く似合うであろう言葉をマリルさんの端整な御顔に向かって放ってあげた。
「ダンさん……」
俺の言葉を受け取ると蛍の儚い光程度であった彼女の顔色が頭上に浮かぶ太陽よりも強烈に輝き始めた。
何でそんなに嬉しそうにするのでしょう?? そんな大切な言葉の応酬が繰り広げられていたのかしらね。
「ふぅん、そうですか。私の考えに肯定してくれたのならこの果実を好きに使用して貰っても構いませんのに」
な、な、何ですと!?!?!? そ、それは聞き逃せません!!!!
彼女が持つ強力過ぎる女の武器を装備若しくは使用出来るという甘い考えを持ったのが間違えだった。
「本当ですか!? ち、因みにスイギョクさんの考えとは一体……。ウゲバベヴァッ!?!?!?」
破壊力満点の果実ちゃんに向かって強烈な視線を向けると尻から稲妻の力が体全身を駆け巡って行き、頭上に光り輝く淡い緑の魔法陣からは風の刃が頬肉を削り。
そして右上の黒い魔法陣から鉄球なんてメじゃない大質量の黒き鉄塊が脳天を穿ったのだから……。
「へぇ、幾つもの属性の魔法を同時に詠唱。しかも無詠唱ですか……」
「この程度の魔法で驚くなんて貴女の底が知れますよ。ダンさん?? 部屋の隅に放置されたボロ雑巾みたいに倒れていないで早く椅子に座って勝負を開始して下さいっ」
だ、誰か無慈悲な痛みを与えて来る森の大賢者様にこう言ってくれ。
頑丈な体でも限界があるのですよってね!!!!
「へ、へ、へいっ。只今……」
大きな獲物を巣に持ち帰って疲労困憊の蟻の動きよりも遅々足る動きで椅子に腰掛けると疲労と痛みを堪えた吐息を空に向かって放った。
太陽ちゃんも飽きれた笑みを浮かべてら……。
『貴方が馬鹿な考えを持つからそうなるのですよ』 ってね。
「なはは!! ダン!! 今のはお主がわるいぞ!!」
「全くその通りね。何度同じ過ちを繰り返せば分かるのかしらねぇ……」
健全な男の子は女の子のそういう部分に惹かれちゃうのですっ。
貴女達も大人になったら良く分かる事でしょう。
「では勝負を再開しましょうか。私はこのままで勝負します。ダンさん?? 三枚目の手札を引きますか??」
「い、いえ。俺はこのままで……」
生徒達の嘲笑う声を受けつつ、大変重たい体を必死に動かしながら着席すると配られた二枚の手札で勝負すると伝えてあげた。
「そう、ですか。それでは表示します。私の手札は……」
お願いします!! ど――か俺の数よりも弱い数字が出てきますようにっ!!
祈る想いで伏せられている手札に視線を送り、彼女が大変ゆぅぅっくりとした所作で手札を捲るとそこには……。
「あ、あ、あ、有り得ねぇだろう!!!!」
俺が最も望まない『一』 という数字が表示されていた。
「ふふっ、今日は本当にツイていますね。二回連続で二倍の手役が出てくれるんですから」
「イカサマを疑いたくなる強さですよ……」
卓上の金貨が彼女手元へと移動し、そこから更に手役の二倍。
つまり金貨六枚をスイギョクさんの目の前に置いてあげた。
やべぇ……。このままじゃハンナ達に借りた金貨百枚が全部綺麗に毟り取られちまう。
これまで百を越える博打打ちと勝負して来たけどもこの人はそいつ等とはかけ離れた才運を持っていやがる。
小説の中で出て来る不可能の前にして絶望した主人公達の気持ちが今なら理解出来ますぜ。
お疲れ様でした。
現在、塩ラーメンを食しながら後半部分の執筆並びに編集作業に取り掛かっていますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




