第二百三十三話 唐突に押し付けられた人命救助 その二
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「いいか?? 俺達の目的はあくまでもケイナーの救助だ。相手の命を奪う真似は禁止する」
「ハンナ先生――。それはマリル先生からいつも口を酸っぱくして言われているから分かっているって。どちらかと言うと私達よりもそっちの方が心配なんですけど??」
エルザードが俺の右手の剣とシュレンの懐の小太刀に視線を送りつつ話す。
「安心しろ。某はお主達と違って加減が出来るからな」
「そういう事だ。俺に牙を向けたのなら死ぬ一歩手前の痛みで勘弁してやる」
「うはっ、相手がかわいそ――」
集落に一歩、また一歩近付いて行くと心に闘志が宿り体全身から力が漲って来る。そして寂れた集落の入り口に足を踏み入れると程よい緊張感が生じた。
かなり痛んだ家屋の壁は雨風に晒されて黒ずみ、集落の中央に存在する井戸も苔が生えており集落の寂れ具合に拍車を掛ける。
家屋の壁の隙間から覗く暗闇に目を凝らして見ても内側は全く見えて来ない。
寂れた集落全体から染み出るのは荒廃の二文字。
俺がもしも旅人だったのならこの集落は雨風を避ける為だけに使用するであろう。疲労を拭う為の数日間の滞在はもう少し進んだ先にある街で取るぞ。
非現実的な考えだが幽霊や魑魅魍魎の類が好みそうな雰囲気を醸し出す集落の中央に到着すると。
「……ッ」
エルザードに意味深な視線を向ける。そして彼女は俺の考えを汲んでくれたのか。
『あの家屋よ』
そう言わんばかりに細い顎先で一つの家屋を指した。
狸共が身を隠しているのはあそこか……。
集落の家々の間から吹き抜けて行く風が俺の心に湧く闘志を冷まそうとして勢い良く後方へと流れて行くが、生憎風の力だけではこの闘志を消失させる事は叶わない。
俺の闘志はそう、敵を倒すまでその炎を絶やす事は無いのだ。
シュレン達に視線を一つ送って頷き、痛んだ扉の取っ手に手を掛けた刹那。
「……ッ!?」
扉の向こう側から強力な殺意が生まれるとほぼ同時に眼前を覆い尽くす岩の礫が扉を破壊して目の前に現れた。
「ハンナ先生!!」
「ちぃっ!!」
フォレインの声が耳に届くよりも早く体が咄嗟に後方へと下がり、岩礫の鋭い切っ先が俺の体に着弾する前に切り落としてやる。
剣の柄から腕全体に届く衝撃からしてこの魔法を詠唱した奴は俺を確実に殺す為に岩礫を解き放ったのだろう。
不意打ちとは言え俺の背に冷たい汗を生じさせたのは褒めてやる。
「クソが。完璧に捉えたと思ったのに……」
「おいおい、しっかりしてくれよなぁ。テメェの尻拭いをするこっちの身を考えてくれよ」
「激しく同感だぜ」
破壊し尽くされた扉から五名の男達が悪態を付きながら日の下へと出て来た。
成人男性と変わらぬ背丈、薄汚れた服装の中には平均程度の筋力量が積載されていると考えられる。
蓬髪気味の髪に清潔感の無い身嗜み。
その辺りのゴロツキ共と変わらぬ格好の連中はそれぞれがそれ相応の魔力の圧や殺意を身に纏っているが……。これまで対峙して来た武士と比べると危機感を覚える程では無い。
しかし、油断は禁物だ。
此方にはまだ実戦経験の浅い三名の生徒が居るのだから。
「おい、テメェ等。此処へ何しに来た」
コイツ……。今頃此方の素性を尋ねるという事は後先考えずに俺を殺そうとしたのか。
言い換えれば、コイツ等は有無を言わさず他人を殺さなければならない理由があるのだ。
「俺達は人探しをしている」
「「「人探しぃ??」」」
「あぁ、そうだ。身長約百七十センチ。体重六十キロ前後の四十代中頃の人間の男性だ」
「へっ、その特徴の男ならこの大陸でうじゃうじゃといるじゃねぇか。此処にはいねぇよ、御苦労さ――ん」
「俺もそう考えているぞ。だが……。その者はウォルという街の出身でな?? そこの街の金を持ち逃げしているという疑惑を掛けられているのだ。俺達は彼に掛けられた疑惑を晴らす為にケイナーと呼ばれる者を探しているのだ」
大馬鹿者から伝え聞いたケイナーの特徴と街の様子を全て話し終えると。
「「「……ッ」」」
ゴロツキ共の目の色が瞬時に変わった。
ふむっ、敵を確実に倒そうとする殺意に塗れた良い目をしているじゃないか。
これなら楽しめそうだぞ……。
「はは、姉御が言っていた通りだな」
「だなぁ。いつかそいつを探している者が来るって言っていたし」
「ねぇ、そこの薄汚い人。私達はあんた達じゃなくて後ろに居る人間に用があるのよ。さっさと通してくれない??」
エルザードが体の前で腕を組みつつ扉の向こう側の闇へと視線を送る。
「俺達の素性は知っているんだろう??」
ゴロツキ共の先頭に居る男が腰に手を当てて話す。
「あぁ、ある程度はな」
「そうか、だったら話は早ぇ……」
来るぞ!! 皆の者!! 気を切らすなよ!?
「スイギョク様の命令通り……。テメェ等を血祭りに上げてやらぁぁああああ――――ッ!!!!」
「ッ!!」
先頭の男が開戦の狼煙を叫ぶとゴロツキ共がシュレン達へと狂気の牙を向けた。
俺には二体、シュレンにも二体。エルザード達には一体か。
実戦経験が無い場合は看過出来ぬ状況だが彼女達は先の戦闘で経験を積んだ。そして今は多対一の有利な状況にある。
この戦闘状況なら生徒達に気を配らずとも戦えるぞ!!!!
「フォレイン!! そいつの足を止めろ!! エルザードとミルフレアは彼女の援護を!!」
俺が口を開くよりも早くシュレンが的確な指示を彼女達に与える。
ふっ、流石だな。周りの状況が良く見えている。
「このチビが!! 俺達を相手にして余所見している余裕があるのか!?」
「死ねぇぇええええ!!!!」
「フンッ!!」
シュレンが左右から襲い掛かる剣を巧みな体捌きで回避。
「余裕があるからこうして戦場を俯瞰して見ているのだ!!」
「「グェッ!?!?」」
相手の体勢が整う前に丹田の位置に拳を放ち、それを真面に受けた二人は口から粘度の高い液体を零して踏鞴を踏んだ。
マリル殿の殺生を好まないという制約が無ければシュレンは今の一撃で確実に二体を葬っていた。
貴様達はこの場に居ない優し過ぎる彼女の心に感謝すべきだぞ。
「貰ったぁぁああああ――――!!!!」
「何処見てんだこの優男がぁぁああああ!!!!!!」
すまぬな。貴様等の攻撃が遅過ぎて余所見をしてしまっていた。
これからは貴様達の相手を真剣に務めてやろう!!!!
「ふんっ!!」
「「なっ!?!?」」
俺の頭蓋を叩き割ろうとする二つの剣を己の剣の腹で同時に受け止めてやる。
肩口から抜けて行く衝撃の強さと来たら……。怪我明けのグレイオス殿よりも微弱なモノであった。
二人掛かりでも俺の重心を揺るがせない貴様等の膂力には心底失望したぞ!!!!
「生温い、実に生温い……。貴様等に本物の剣技を見せてやる!!」
二本の剣を腕の力だけでは無く足全体の筋力を駆使して跳ね上げてやると、それと同時に一体の丹田の位置に左の拳を捻じ込んでやる。
「ウグッ!?」
俺の拳を真面に食らった個体は驚愕の瞳を浮かべて苦しそうな息を吐くと地面に両膝を着いて戦意を喪失した。
本来なら此処で相手の首を刎ねてやるのだが今は大人しく見逃してやる。
そこで未来永劫苦悶の表情を浮かべているが良い。
「この野郎!! 死ねぇッ!!!!」
俺と対峙するもう一体が此方の左後方に飛び退き地面と平行に剣を薙ぎ払うと微かにだが背筋が泡立つ。
そうだ、戦場で必要なのは揺るぎない殺意と相手を倒すという確固足る戦闘の意思だ。
漸く真面な闘気を見せてくれた貴様にはその礼として俺の剣技を見せてやる!!!!
「ハァッ!!!!」
相手の剣が俺の胴体に届くよりも早く体を捻り奴の剣の腹へ我が愛剣を打ち込む。
鉄と鉄が空中で衝突すると視界が明滅する眩い火花が飛び散り右手に心地良い衝撃波が駆け抜けて行った。
「う、嘘だろ!?」
「これが本物の剣技だ。鍛え抜かれた俺の剣は森羅万象を切り裂く」
己の剣が真っ二つに切り落とされると驚愕を通り越え、現実世界とは違う想像上の世界で起きた事象を目の当たりにした様な瞳を浮かべている個体に切っ先を向けて正々堂々勝利宣言を放ってやった。
「ク、クソが!! だったらこの剣で最後まで抗ってやらぁぁああああ――!!!!」
剣は折れても心は折れぬか。コイツは中々見込みがあるかも知れぬ。
時間があれば剣を交えながら剣の道を説いてやりたいのだが、生憎時間が惜しいのでな。
一撃で貴様の心を打ち砕いてやるぞ!!!!
奴から素早く距離を取り、相手に背が見える程に体を捻ると魔力を剣に籠めて鍛え抜かれた俺の剣技を披露してやった。
「第一の刃……。太刀風!!!!」
「グァァアアアアアアッ!?!?」
半分の長さになった剣、残り微かな体力、そして僅かな怯え。
幾つもの不安要素が残る体と剣では俺の風の刃を受け止める事は叶わず。
正面で真面に風の刃を受け止めた個体は地面と平行になって随分と遠くの家屋の壁にめり込み、勢いそのまま扉を通さず家の中へと入って行ってしまった。
ふむ……。手加減したとは言え俺の剣技もあそこまで敵を飛ばせる様になったか。
自分の強さが目に見えて成長している事を実感すると静かに吐息を漏らして振り返った。
「ふんっ、他愛無い。同郷の馬鹿者の方がよっぽどマシだぞ」
「ぐぇぇ……」
「……」
シュレンの足元には無力化した二体の個体が白目を向いて倒れ込み。
「大雀蜂さん達の方が数倍も強かったですわね」
「よっしゃっ!! これで完全勝利よ!!」
「うんっ、私もがんばった」
「う、うぅん……」
目を回して気絶している個体の周囲には鼻息荒くして己の成長ぶりを感じて喜々としている生徒達が居た。
よし、これで戦場は制圧出来たな。後は拉致され監禁されているケイナーとやらを救出するのみ。
「フォレイン、狸共を糸で拘束して無力化しろ。そいつらは貴重な証言者となる」
「はいっ、分かりました。ハンナ先生」
彼女が頷く様を見届けると完全に開かれた扉の奥へと向かって歩みを進めた。
「ハンナ、某も同行しよう」
「あぁ頼む」
まだまだ戦闘の熱が体に宿るシュレンと共に扉を潜り抜けると先ず目に飛び込んで来たのは食べ散らかした机の酷い状況であった。
齧り跡の残るパン、中途半端に噛み千切られた野生動物の肉の破片と乱雑に転がる酒瓶。
育ちの悪さが机の上に広がる様を捉えると思わず顔を顰めてしまった。
全く……。食への礼儀を欠くのは許せん。
アイツ等には後でこの件に関しても物理的指導を与えなければならないな。
「むっ、ハンナ。あそこに居るのがケイナーでは無いか??」
っと、今は礼儀云々よりも人命救助が最優先であった。
「恐らくそうだろう。おい、生きているか??」
汚らしい机の奥。
あれは敷布団であると、とてもでは無いが呼称出来ぬボロボロの綿の塊の上で力無く横たわり続けている男の側に近寄ると相手を労わる声量で声を掛けてやった。
「え……。貴方達は一体……」
栄養失調がまざまざと顔に浮かんでいる男が弱々しく上体を起こすと俺とシュレンを交互に見つめる。
よし!! 生きていたぞ!!
「故合ってお前を助けに来た者達だ。此処から助け出す前に確認をするぞ。お前の名はケイナーだな??」
「は、はい。でもどうして私を助けに来て下さったので??」
「あぁ、実はな……」
狸共から拷問を受けたのだろうか、所々破けた衣服を身に纏うケイナーに此処に至った経緯をざっと説明してやると。
「――――。と、言う訳で俺達はウォルに居る友人からお前の救出任務を受け賜ったのだ」
「や、やった!!!! やっと家に帰れるぞ!!!!」
光が失われた瞳の中に輝きが宿った。
「家に帰す前に最終確認をする。お主は金を持ち逃げした訳では無いのだな??」
シュレンが黒頭巾の合間から鋭い視線をケイナーへ向けつつ口を開く。
「も、勿論ですよ!! あの日、俺はいつも通り仕事へ出掛けたんですけど金庫の鍵を開ける前に後ろから襲われて……。気が付いたら全く知らない連中に拘束されたまま移動させられていました。それから今日に至るまで監禁状態が続いていたのです」
ふむっ、これでマリル殿が推理した最後の欠片が埋まった訳だな。
後はケイナーを街に連れて行けば狸一族を街から追い出す事が出来る筈。
「よし、それなら結構。これから街へ移動するぞ」
俺がケイナーの痩せ細った腕を掴んで立たせてやると日の光が強烈に降り注ぐ外へと出た。
「ははっ。眩しいや……」
目を細め、手を翳して空を見上げるケイナーの顔は拘束から解き放たれた所為か今日の空よりも爽快に晴れ渡っている。
その姿を見つめていると俺の心にも清らかな一陣の風が吹き抜けて行った。
早朝から紆余曲折あったがこうして赤の他人の為に善行を働くのも悪くは無い。
助けを求める者に手を差し伸べる真面目な俺と自分の時間を最優先事項として捉える我儘な俺。
心に心地良い風が吹いて行ったのは考え方が真逆の二人の意見が珍しく合致したからであろう。
「フォレイン、準備は出来たか??」
その姿を見つめて一つ大きく頷くと蜘蛛の糸で手際良く狸共を拘束している彼女達に声を掛けた。
「後二体で終了します」
「ちょっと!! シュレン先生も手伝ってよ!!」
「あぁ、待っていろ」
「シュレン先生。んっ」
「待て、ミルフレア。某はこれから拘束作業に取り掛かるのだ」
「だめ。後はエルザードがやるからシュレン先生はねずみのすがたにかわって」
頑是ない子供の強請りを断ろうとして躍起になっている彼の姿を眺めて居るとフォレインが小さな鞄を手に持って此方にやって来た。
「ハンナ先生、お疲れ様でした。どうぞ召し上がり下さい」
ほう!! 携帯食として持って来た握り飯か!!
彼女が鞄の中から中々の大きさを誇る握り飯を取り出すと俺の胃袋が忙しない動きを見せ始めてしまう。
朝食を抜き間も無く昼の時刻に突入する。
拘束するまで多少時間が掛かるだろうし、それまでの間に腹ごしらえを済ませておくか。
「すまん、では早速……」
フォレインの小さな手から握り飯を受け取り仰々しく空腹を叫ぶ胃袋へ栄養を届けてやろうとした刹那。
「あっ……」
ケイナーの腹から俺を越える空腹の音が盛大に鳴り響いた。
「す、すいません。この数か月真面な食料を摂っていなかったので……。気にせず召し上がって下さいね」
ちぃっ!! 何故貴様の腹はそう都合良くなるのだ!!
それと!! 何かを請う様な瞳を俺に向けるな!!
「いや、これはお前が食せ」
唇に届き掛けた握り飯を断腸の思いでその場に踏み留め、右腕の筋力を総動員して彼に差し出してやった。
「い、いいんですか!?」
「俺の気が変わらぬ内に食うが良い」
「あ、あ、有難う御座います!! 頂きますッ!!!!」
ケイナーが苛烈な勢いで俺から白米の握り飯を受け取ると猛烈な勢いで三角が崩れて行く。
「う、美味い……。ヒグッ……。物凄くおいひぃです……」
彼の顎は歓喜の咀嚼を続け、両の瞳からは感謝の雨がとめどなく流れ続けている。
たかが握り飯一つで大袈裟だとケイナーの状況を知らぬ者共は口を揃えて言うだろうが彼が受けた仕打ちを理解している俺は、胃袋は満たされぬ代わりに心が満たされた。
「ふっ、そう焦るな。握り飯はまだあるからな」
「すいません……。すいません……。帰ったら必ずこのお礼を返しますから」
フォレインから二つ、三つと握り飯を受け取りつつ彼が涙ながらに礼を述べる。
その様を捉え続けていると確かに心は満たされるのだが、どうやら景色だけでは天然自然の法則を捻じ曲げるまでの力を有していない様だ。
「……っ」
彼の食欲振りに触発された俺の胃袋が雷鳴を轟かせてしまったのだから。
「ふふ、ハンナ先生。御安心下さいませ。後で私のおにぎりを差し上げますから」
「う、うむっ。かたじけない……」
己の羞恥を誤魔化す様にして空を見上げると太陽が満面の笑みを浮かべて俺の所作を笑っていた。
憎たらしい明るさに対して一つ睨みを利かせると地面に広がる無数の小石に視線を落とし、心の中に沸々と湧く羞恥の炎を鎮火させるべく無意味な柔軟運動を寂れた集落の中央付近で継続させ続けていたのだった。
お疲れ様でした。
さて、次話からは場面が変わりまして狸さん達の首領との博打が始まります。
ここで裏話なのですがこの博打を考えるのにかなり時間を有してしまいましたよ……。過去編の始めの方に行われた遊戯じゃあ面白く無いだろうし、此処は一つ。新しい遊戯を考えよう!! と鼻息荒くプロットを書き始めたのは良いのですが全く、これっぽっちも案が浮かんでこない事に四苦八苦しちゃいましたもの。
博打の内容はネタバレになるで書けませんが、彼等の博打内容のプロットも難航しているのが現状で御座います。
明日の休日を利用してある程度書かないといけないなぁっと、スポーツドリンクを飲みつつ部屋の片隅で考えている最中であります。
それでは皆様、引き続き良い週末をお過ごし下さいね。




