第二百三十一話 調査経過中 その四
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
「う、うぷっ……。さ、流石に飲み過ぎたぜ」
「おいおいまじかよ。夜はこれから何だぞ?? さっさと吐いてすっきりして来い!!」
「そこのお兄さ――ん!! 深夜割引が始まりましたので是非ご来店下さいな」
「え!? 本当!? 因みに何割引き!?」
「それはぁ……。おにぃさんの頑張り次第ですっ」
月も欠伸を放つ夜中なのに相変わらず随分と騒がしいですねぇ。
可能であればその辺りで寝転がっている酔っ払いさんや千鳥足で進んでいる男性達に説教の一つや二つを説いてあげたい気分ですよ。
どうして貴方達は明日を鑑みずに飲み、遊び散らしているのですか?? と。
ですが、酒に酔っている者達は意思能力が喪失しているので結局の所は意味を成さないのが歯痒いですっ。
「もうそろそろ出口が見えて来ますね」
喧噪から逃れる様に速足で進みウォルの外れに近付くと喧しい音が徐々に鳴りを潜め天然自然の本来の音が戻りつつある事に人知れず胸を撫で下ろす。
五月蠅く騒ぐのはお祝い事や偶に訪れる宴の時だけで十分。
千年生きるとされている魔物の中で私はまだまだ若輩者に分類されている。
若者らしく過ぎ去る時間を忘れて遊びなさいと同年代の方に口を揃えて言われそうですが、それでも私は森の木々の囀りが聞こえて来そうな静謐とした環境を好みます。
「こんな事を言ったらダンさんにおばあちゃんだと言われてしまいそうですよね」
彼は私と違い華やかな雰囲気を好みますし。
もしもダンさんと一緒に外の世界を飛び回る事になったらこの様な環境に身を置き続ける事になるのでしょうか??
ふとした疑問が浮かびますが、それは刹那に消失してしまった。
「まぁ私が叱れば直ぐにでも鎮まりますし。それで良いでしょう」
彼が目に大粒の涙を浮かべて泣き喚く姿を想像すると得も言われぬ感情が湧き口角が上がってしまった。
「ふふっ、私っていつも怒ってばっかりですよね。偶には甘い行動の一つや二つを取っても……。あら??」
飼い主に叱られてシュンっと項垂れている愛犬の頭を撫でる私の姿を思い浮かべていると真新しい家屋の中から田畑に居る筈のダンさんの魔力を捉えた。
あれ?? 何でダンさんの魔力をこの家から感じるのでしょうか??
「この家は確か……。スイギョクさんの家ですよね??」
通り沿いに建ち並ぶある程度の歴史を感じる家屋と違い私の目の前に建っている建物は真新しい出で立ちですので。
ま、まさか。飼い主の目を盗んで他所の家の女性と夜の遊びを営んでいるのですか??
これは由々しき事態ですね。
本物の御主人様は私であると彼の体に直接教え込んであげる必要がありそうですっ。
「深夜ですので訪問の知らせは不要ですねっ」
美しい木目の扉を勝手に開きスイギョクさんのお家にお邪魔させて頂いた。
人の飼い犬を奪おうと画策する悪者さんのお家の中に入ると先ず馨しい木の香りを捉える。
鼻腔にスっと入って来る木香が怒りと妙な感情で強張った双肩の力を緩めてくれるがそれでは己の、そして彼の為にならないとして再び力を籠めて随分と弱まっている彼の魔力の下へと進んで行く。
中々に広い家屋の中央区画を区切る廊下を進み、美しい木目の扉を開くとそこには驚愕の光景が広がって行った。
「……っ」
右手には価値のありそうな二つの箪笥がそして左手奥には中々の大きさを誇るベッドがあり持ち主であろうスイギョクさんはその上でワンちゃんと一緒に寛いで居た。
スイギョクさんは女性の武器の一つである双丘が零れてしまいそうになる薄紫色の薄着の浴衣を身に纏い、彼女の膝元にはこれでもかと安寧を籠めた表情で深い眠りに就いているダンさんが確認出来る。
彼の頭には白き布が巻かれており後頭部の布には僅かな血が滲んでいた。
ダンさんの怪我の状態よりも先ず確認すべきは何故この様な状況になったのか、それと何故貴方は嫋やかな所作で彼の体を撫でているのか。その二点を重点的に、徹底的に問い詰める必要性がありそうですねっ。
「あら?? いきなり女性の部屋の扉を開くなんて……。随分と作法がなっていないですね」
私の姿を捉えても然程表情を変えずにスイギョクさんが口を開く。
「彼の魔力がいつもよりも大分弱まっていましたので。火急の件にてお許しください。それよりも一体何があったのか教えてくれますか??」
昂る感情を極力抑えつつ、冷静を保ちながら話す。
「私の部下が田畑で倒れている彼を発見して此処まで運んで来てくれたのです。負傷していましたので必要最低限の処置を施し、床に寝転がせる訳にもいかないのでこうして介抱しているのですよ」
田畑で倒れていた??
「誰かに襲われたのですか??」
「それは分かりません。私の部下は田畑の見守りに出ていて巡回中に発見したと報告を受けましたよ??」
これまで幾つもの死の危険を克服して来た彼が何も無い田畑で倒れる。
最も納得出来る理由としては複数の狸さん達に襲われた、この一点でしょう。
でもダンさんが狸さん達に後れを取るとは考え難いしそれと何より派手な戦闘が行われたのなら宿で異変を感じる筈。
つまり……。ダンさんは不意を突かれて襲われたのかしら。
彼が起きてから原因解明に努めるとして今は早くこの部屋から退出しましょう。女の香が強過ぎて咽返りそうですので。
「そう、ですか。彼に治療を施して頂いて有難う御座いました。引き取りますので起こしてくれます??」
「引き取る……。まるで飼い犬みたいな言い方ですね?? ふふっ、ほら。こんなに気持ち良さそうに眠っている」
スイギョクさんがそう話すと小さな笑みを浮かべてダンさんの頭頂部を優しく撫でる。
その姿を捉えると私の心臓が一つトクンっと強く鳴り、僅かに遅れて胸の奥に痛みが生じた。
何だろう、この胸のモヤモヤは……。
目に見えぬ黒い鉤爪が私の心臓を悪戯に刺激している様な痛みに思わず困惑してしまう。
スイギョクさんが己の膝元で安寧を享受しているダンさんに触れる度、胸の痛みは増して行き自分でも制御出来ぬ痛みの増加が苛立ちを募らせてしまった。
「兎に角、私達はやるべき事があるので帰らせて頂きますねっ。ダンさん!! 起きますよ!!」
心地良い眠りに堕ちている彼には申し訳無いと思うが名一杯の力を籠めてダンさんのお尻を思いっきり抓ってあげた。
「いっでぇぇえええええ!?!? な、何!? 星が終わった!?!?」
お尻の異変を捉えて跳ね起きた彼が大きく目を見開いて己の臀部へと視線を送る。
「そう簡単に星は終わりませんよ。いつまでも寝惚けて居ないで帰りますからねっ」
「あっれ?? マリルさん……。ってぇ!! す、すいません!! 謝りますからもう殴らないで下さい!!!!」
ダンさんが込み上げて来る怒りを抑えている私を見つけるとキチンと足を折り畳んで所謂土下座の姿勢へと移行した。
はい?? この街に来て何度か攻撃を加えましたが殴打は一切していませんよ??
「私が殴る?? 寝惚けているんですか??? 私がそんな横柄な事をする訳無いじゃないですかっ」
「へっ?? そうなので?? というか此処は何処……。んぉっ!? ス、スイギョクさん!?」
ダンさんが薄着の彼女を見つけると梟さんもびっくりする程に目を大きく見開いた。
その目の大きさ、疲れません??
「はいっ、お早う御座います。私の膝枕でよく眠れましたか??」
「そりゃあもう。まるで柔らかい雲を枕にしているみたいでしたよ」
「それは良かった。ダンさんが望めばいつでも膝をお貸しますからね」
「な、何ですと!?!?」
またこの人は……。一度、二度の躾じゃあ懲りないみたいですね。
「兎に角!! これ以上の長居は無用ですので帰りますよ!!!!」
「いでででで!!!! マ、マリルさん!! 右耳の付け根が鳴ってはいけない音を奏でてしまっていますから離して下さい!!」
「うふふ……。これからも私の街で時間の許す限りごゆるりとお休み下さいね」
ダンさんの右耳を力の限りに掴んで強制的にベッドから立たせてあげるとその勢いを保ったまま女の香が渦巻く部屋から退出した。
それから廊下を進み出口に向かって行く時、スイギョクさんが発した言葉が耳から離れなかった。
『私の街』
妙に鼻に付く言い方だ。
貴女の行いは私の心に悪鬼羅刹を生み出してしまった。このふしだらな街で悶え苦しむ街の住民に代わり正義の鉄槌を下してあげますからね。
私はそう、晴らせぬ怨みを晴らす彼等の怒りの代弁者なのだ。
「マリルさん!! もう勘弁して下さいまし!!」
あ、いけません。そろそろ放さないと本当に彼の耳が取れてしまいますね。
まぁ例え取れたとしても治癒魔法で再びくっ付ければ良いだけの話ですけども。
「御免なさい。掴み心地が良かったのでついつい引っ張っちゃいました」
「そのついついで耳が千切れ飛んだら洒落になりませんって……」
ダンさんが目に小さな雫を浮かべつつ右耳の痛みを労わる。
「所で先程の会話の中で大変気になる箇所があったのですが……。何故ダンさんは私に対してもう殴らないで下さいと仰ったので??」
小さく蹲り右耳を抑えている彼に問う。
「フウタと別れてから田畑に出掛けて、それで田んぼの様子を確かめていたのですよ」
ふむっ、私の指示通りに動いてくれた事に心の中の憤怒の炎が微かにですけども鎮まってくれる。
「田んぼの様子は何ら変わりなかったんですけどね?? 自分が調査を続けていると背後からいきなりマリルさんが現れたんですよ」
「はい?? 私はフィロ達とこの街の中で調査を続けていたので其方には伺っていませんよ??」
「へっ?? そうなの??」
「「……っ??」」
ダンさんの言葉を受け取ると二人仲良く見つめ合って同じ角度で首を捻った。
「じゃ、じゃあ俺が見たのはマリルさんの亡霊とでも言うのですか!? ゆ、幽霊に頭をしばかれるとか結構洒落になりませんぜ!?」
「亡霊の意味を理解しています?? 亡くなった人の霊が現世に残りダンさんの頭を叩くなんて到底……」
まだ混乱の極みに至っている彼に優しく説いていると私の頭の中に雷鳴が轟いた。
『消えたケイナーさん』 『突然育たなくなった作物』 『ケイナーさんの家族を隔離』 『ダンさんを強襲した私の亡霊』
事件解決に至る幾つもの要素がカチッと音を立てて見事な一つの形を形成すると、私は本当に小さく口角を上げた。
そうか……、そういう事だったんですね。
「あぁ畜生。まだ頭がグワングワンする……。亡霊さんも酷だぜ。気の済むまで己俺の頭を殴り続けていたのだからな!!」
「そんな稀有な亡霊が居たら見てみたいですね。さぁ!! ダンさん!! これから忙しくなりますよ!!」
今度は彼の耳では無く右手を強く掴むと逸る想いに急かされる様にアマヤへと速足で駆けて行く。
此処からは私達の番ですよ??
狸さん達がこの街で働いた狼藉の数々を悔いて貰いましょうかね!!
「ちょ、ちょっとマリルさん!! まだ頭が痛くて吐き気がするのでもう少し手加減してくれると嬉しいんですけど!?」
「駄目です。ダンさんは目を離すと直ぐに違う家庭に遊びに行っちゃう悪いワンちゃんですからね」
「俺の事を犬扱いしないで下さい!!」
ふふっ、ごめんなさいね??
ダンさんと手を繋いでいると自分でも分からない謎の高揚感が湧いて来てしまうのですよ。
この高揚感には事件解決の糸口を見つけた事も勿論含まれていますけども、他ならぬダンさんと手を繋いでいるという事実が陽性な感情を湧かせているのでしょう。
「おいおい、そんなに急ぐと転んじまうぞ??」
「まぁっ、うふふ。随分と仲が良いのねぇ」
己の心の空模様を自分なりに精神分析し続け、私達に向けられる周りの好奇の目を無視して夜の帳が完全に降りきった街の中を爆進の一歩手前の速度で歩み続けて行ったのだった。
お疲れ様でした。
最近五月にしては暑過ぎますよね……。梅雨の季節をフッ飛ばしてもう夏が訪れてしまった様な錯覚に陥ってしまいます。
この季節から余り食べずに飲み物ばかり採っているとあっと言う間に夏バテになってしまいますのでちゃんと食べなきゃいけない。そう考えて本日の夜は塩気のあるつけ麺を食べましたよ!!
茹でたての麺を味噌ベースのつけ汁に浸して一気に啜ればどうでしょう?? 素敵な食感が口の中一杯に広がって行くではありませんか。
ですが、家で作る分には限界がありますので今度の休みの日には本当に美味しいラーメンを求めて車を走らせましょう。
それでは皆様、お休みなさいませ。