第二百三十一話 調査経過中 その三
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
夜虫も鳴く事に疲れた刻だと言うのにこの街は寝静まる処か夜の闇を力に変えてまるで真昼の様な眩い喧噪を周囲に振り撒いている。
天然自然が辟易する程の明るさと騒音は普段静かな森で暮らす私には少々堪えているのか、意図せずとも疲労を籠めた溜息が漏れてしまう。
「ふぅっ」
私が溜息を漏らしても微かな音は瞬く間に音の波の中に消失。
「さぁさぁ夜はまだまだこれからだよ――!! 当店の熱い接客は眠り知らず!! 是非立ち寄って下さいね――!!!!」
「今日の負けを取り戻したいのなら是非当店へどうぞ!! 九十九にジャックオークアンタム、そして賽子遊戯!! 何でも揃っていますよ――!!!!」
「下半身が眠らせてくれない!? だったら無理矢理寝かしつけてやればいいのさ!! うちのカワイ子ちゃんがお客さんの下半身を優しく眠りに就かせてあげますから!!!!」
通りの左右から放たれる音が私の頭の中に頭痛の種をポっと咲かせてしまっていた。
全く……。以前来た時は素敵な静けさが漂っていたのに狸さん達が訪れただけでこれ程の変異を齎してしまうとは。
彼女達の真なる目的は恐らく、人の街を実効支配して己の懐を肥やす事でしょう。
これまで得た元住民の方々の証言からそれは容易く推測出来てしまう。
『私達が借金を返せなくなったら狸共は各店で我々を奴隷の様に使役しているのです』
『与えられる食事は質素な食事ばかり。これじゃあいつか倒れて死んでしまうよ』
『逃げ出す者も現れましたが狸達は逃げ出した者を見つけては連れ帰るともっと酷い労働下に置きます。酷い時は皆の前で敢えて見せびらかす様に体罰を与えていました』
『他所から来た者に店を貸し与えて店の利益を己に分配させる。アイツ等は良く考えたやり方で私腹を肥やしているんですよ』
『いっその事殺してくれと嘆こうが労働力を減少させる訳にはいかないのか、泣こうが叫ぼうがお構い無しに店に連れていかれるのです……』
『如何わしい店と賭博の店。スイギョクは自分自身も博打が好きなので色のある店を多く出店しており、気が付けばゴロツキ共が街に押し寄せて来る事態になってしまったのです』
元の住民達には必要最低限の食事と寝床を与えて労働力を確保し、街の発展と利益を少ない労力で最高の効果を得る。
自分達は特に労する事無く各店舗から計上される利益を吸い取り続け、所謂不労所得で利益を得ているのだ。
元住民達は彼等の貴重な労働力及び収入源。
決して殺さず、逃がさずこの場に拘留し続ける為には彼等の背後にある債務返済を阻止せねばならない。
ではどうすれば債務返済を阻めるのか??
その方法は簡単です。彼等の唯一の返済手段である作物を作らせなければ良いのだ。
厳しい労働環境下におけば農作業の効率を落とす事が出来る。だがそれでも彼等は奥歯を食いしばり田畑を耕す事であろう。
しかし、目に涙を浮かべて田畑を耕しても作物は育たずにいる。
何故作物が育たないのか…………。
「ん――……。その原因は情報量が少なくて分からないんですよね」
人差し指を顎先にちょこんと当てて夜空を見上げる。
むっ、今日の月さんはちょっと意地悪な瞳を浮かべて私を見下ろしていますね。
『そんな簡単な事も分からないのか』
意地悪そうに口角を上げて私を悠々と見下ろしているのが良い証拠ですっ。
「ん?? 先生どうしたの?? 急に独り言をして」
左隣を歩くフィロが何とも無しに尋ねて来る。
「あ、いえ。住民さん達から得た情報量じゃ作物が育たない原因が分からないなぁって考えていた所なのですよ」
「そうじゃなぁ。わしもわしなりに考えていたのじゃが、どうも頭が上手くまわら……。ふわぁぁ……」
あらあら、話の途中で大欠伸ですか?? 無理も無いです。
普段、この時間は私の指導を受けて疲れ切って眠っている時間帯ですので。
「もう直ぐ宿屋に到着します。疲れているのなら先に休んでもいいのよ??」
大物を丸呑みしようとする蛇さんよりも大きく顎を開いて大欠伸を放ったイスハの眠そうな横顔に話す。
「大丈夫じゃ。事件が一段落するまで起きておる……」
そうは言いますけどね?? 気を抜いたら直ぐにでも寝落ちしてしまいそうですよ??
「お子ちゃまはもうお眠でちゅものねぇ――」
「フィロ!! やかましいぞ!! わしを子供扱いするな!!」
「いや、実際誰がどう見ても子供じゃん」
「ぐぬぬぅぅうう!! むっ!? 先生!! アマヤが見えて来たぞ!!」
イスハが私の腰付近を三本の内の一本でピシャリと叩きつつ宿屋に指を差す。
「随分と前から見えていましたよ?? さて、ダンさんとフウタさんが得た情報を精査して原因究明に努めましょうか」
大変手触りの良い尻尾をさり気無く撫でて宿屋の入り口に向かって行くと。
「よぉっ!! 遅かったじゃねぇか!!」
人の姿のフウタさんが宿屋の出入口で私達を迎えてくれた。
真っ赤な装束は夜の闇の中でも目立ち、喧噪と色が渦巻くこの街では酷く似合っている。
忍ノ者の衣装、だとシュレンさんは仰っていましたが私と同じ様に機能性溢れる服装を着用した方が活動し易いというのに……。
そう言えばダンさんもハンナさんも回りから浮かない程度の服装を着用していますよね??
いつか時間がある時に口を酸っぱくして説きましょう。そう、服装は見た目では無く機能性で選ぶべきだとっ。
「あれ?? ダンは??」
フィロが街の入り口とは反対方向の通りへと視線を送る。
「アイツは俺様よりも遠い場所で調査してんだから時間が掛かってんだろ。取り敢えず中に入ろうぜ!!」
「そう、ですか。分かりました」
ダンさんは田畑の調査に向かっていますが、そこまで時間が掛かるのでしょうか??
田畑の場所は此処からそう遠く無いし、ダンさんは農作業に従事していた事があるとお聞きしたので調査自体にそこまで長く掛からないと思うのですけれども……。
「先生、早く入ろうよ」
「え?? あ、はい。失礼しますね」
フィロに促されてアマヤの扉を開くと私達の姿を捉えたパルペントさんが軽い足取りでやって来てくれた。
「マリルさん、どうでしたか??」
「とても有意義でした、と言いたいのですが。これから入手した情報を精査して答えを導き出そうと考えていますよ」
「俺様はこの椅子を使うぜ!!」
「先生より先に座らないでよ」
「ふわぁ……。わしは此処にすりゅ……」
受付所内の椅子に腰を掛けて寛ぐ彼女達に視線を送りつつ話す。
「そうですか……。それじゃ温かな御茶をお持ちしますのでそちらでお寛ぎ下さい」
「はいっ、有難う御座います」
パルペントさんに軽い笑みを浮かべて見送り空いている椅子に腰掛けると早速情報の精査に取り掛かった。
「ふぅっ、さてフウタさん。スイギョクさんの家で見付けた情報を教えて下さい」
「おうよ!! ケイナーの家族は巨乳姉ちゃんの家の地下にいたぞ。家族に与えられていたのは質素な食事でさぁ。あれは匿うというよりも幽閉だな。誰も寄せ付けないぞって感じったし」
「やはりそうでしたか」
先の話し合いの最中にダンさんが提案した事が見事に的中しましたね。
「狸の誰かがケイナーに化けるとしてだよ?? そんな魔法が世の中に存在するの?? あはっ、今にも寝落ちしそうな顔よね」
「んがぁ……」
フィロが睡魔と戦っているイスハの様子を楽しそうな顔で見つめつつ話す。
「他者に化けるのは可能ですよ?? 透明な鏡に己の姿を映す様に体の周りに空気の壁を作って相手にそう見えさせたり、肉の人形を纏ったりと術式は多岐に渡り存在します。いずれも高度な術式を要しますので恐らく……。他者に上手く化けるのは狸一族の固有能力だと考えられますね」
「な、成程ぉ。それなら金を持ち逃げした奴が狸だったとしたら本物のケイナーは何処に居るのよ??」
フィロが体の前で腕を組みつつ首を傾げていると。
「おぉ!!!! そうか!! あの地図の意味はその線もあるな!!」
フウタさんがハっとした顔を浮かべて夜に相応しくない声量を放った。
「地図??」
「あぁ、スイギョクちゃんの部屋の箪笥の中に仕舞ってあったんだよ。その地図には幾つもの箇所に丸印が描かれていたからさ、そこにそいつが監禁されているかも知れねぇ」
何故貴方はケイナーさんの家族の安否確認に出掛けたのに彼女の部屋へお邪魔したのでしょうか??
甚だ疑問が残るばかりですが今は時間が惜しいので流しましょう。
「その地図を出来るだけ正確に書けますか??」
鞄の中から筆記具一式と紙を取り出して彼に渡してあげる。
「おうよ!! ちゃちゃっと書いてやるから待っていてくれ!!!!」
彼が描いた地図とこの周辺の地図を照らし合わせれば大体の位置を掴める筈。でも、ケイナーさんを確保している場所を態々地図で書きますかね??
恐らく考えられる理由としては、複数の丸の位置は時間を置いて幽閉場所を変えているのでしょう。容易く見つかっては隠れ場所としては下策ですので。
「フウタさん、他に何か有意義な情報はありましたか??」
「ここと、此処――。んでもってココにも丸があったな!!」
結構適当に丸を描いている彼に問うた。
「ん?? ケイナーの家族は、主人は絶対にそんな事をしないと叫んでいてぇ。んでもってえっと……。確かぁ大量の石灰と大量のザミド草?? 並びにフロン草?? の取引の書類もあったぞ」
「ほ、本当ですか!?」
彼が何気なく口に出した単語を聞き取ると驚きの余り椅子から立ち上がってしまった。
「おう、そう書いてあったぜ。ってかどうしたよ?? 急に立ち上がって」
「あ、すいません。引き続き地図の作成をお願いします」
椅子にキチンと座り直すと鼻頭を小さくポリポリと掻いて突拍子もない行動に出た己を戒めた。
ふ、ふふ!! いいですよぉ……。これで必要な情報は粗方出揃いましたね!!
後はダンさんが持ち帰って来た情報を加えればあの無駄に胸の大きな女性に一矢報い事が出来そうです!!
乾坤一擲となり得る情報は揃った。
後はどうやって真実を白日の下に晒して彼女の退路を防ぐべきか。注目すべきはそこですよねぇ……。
「先生何か思いついたの?? 後、ザミド草とフロン草って何??」
「この大陸の南南東で採取出来る珍しい薬草の一種です。煎じて飲むとお通じが良くなると有名なんですよ??」
「ふぅん、じゃああのスイギョクって人は便秘なのかしらね」
確かにザミド草とフロン草は胃腸の薬となる物なのですけど、今回の場合は使用用途が違うのですっ。
立ち上がったついで、そして年甲斐も無く燥いでしまったのでそのついでと言っては何ですがダンさんを迎えに行きましょうかね。
「ダンさんの帰りが遅いので少し様子を見て来ます」
「御茶をお持ちましたよ」
あら、機会が少し悪かったですね。
私が扉に手を掛けるとほぼ同時にパルペントさんが温かな御茶と深夜に摂るにはちょっとした冒険心を有する量のお茶菓子を乗せた盆を持って来てくれた。
「マリルさんどちらへ??」
「友人の一人の帰りが遅いので迎えに行ってきます」
「あら、そうなのですか……。では此処に置いておきますので帰って来たら召し上がって下さい」
「分かりました。フィロ、イスハ。ちゃんと礼を言うのよ??」
「もっちろん!! 有難う御座います!! そして頂きますッ!!」
「い、いふぁだくのじゃ……」
あれだけ眠そうに頭をコックコクと上下に動かしていたのに、茶菓子の魅力には逆らえないって感じですね。
イスハが眠そうな面持ちのままで御煎餅を器用に口に運ぶ様を捉えると扉を開き眠らぬ街の通りに出た。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集並びに執筆作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




