第二百三十話 調査開始
お疲れ様です。
本日の投稿になります。
未だ冷め止まらぬ喧嘩後の荒い呼吸を鎮めつつ随分と静かになった宿屋に戻るとパルペントさんとその子ロージンが心配そうな瞳を浮かべて俺達を迎えてくれた。
「だ、大丈夫でしたか??」
「あぁ、畜生……。スイギョクちゃんのたわわに実った果実ちゃんが遠のいちまった」
「くっそぉ――、私も参戦するべきだったわね。拳が逸って逸ってしょうがないわ」
「お主が龍の姿に変わって大立ち回りをすれば街にじんだい被害が及ぼすから止めておくのじゃ」
「はぁ――い、此処は人様のお家ですので静かにしましょうね――。お気になさらず!! 俺達にとってあの程度の騒ぎは日常茶飯事ですので」」
室内に戻ると漸く落ち着きを取り戻したフウタを椅子に座らせ尚且つ俺達の喧嘩を捉えて発奮気味な二人を宥めると、身を寄せ合う彼女達に無事を伝えてあげた。
「娘を庇ってくれて有難う御座います」
「あ、有難う御座いました」
「いえいえ。それよりも……。一体何故この街が狸一族に支配されてしまったのかを聞かせてくれますか??」
「あ、はい。一体何処から話せば宜しいのやら……」
「時間は沢山ありますよ。では、そちらの椅子に座りながら御話しましょう」
マリルさんとパルペントさん達が椅子に腰掛けると、彼女が一つ大きく深呼吸をした後にゆっくりと口を開いた。
「あれは……。去年の夏を過ぎた頃の話です。街に突然スイギョク率いる狸一族の数名が訪れて作物を全て言い値で売って欲しいとの打診がありました」
言い値で?? そりゃまた随分と羽振りが良い話だな。
俺が商人だったら喜んでその話に食い付くけど……。勿論、相手が真面な奴かどうかを見定めた後にね。
「この街は大きな街道から外れており、移動の最中にどうしても作物が傷んでしまう為に売る際の値段は市場価格よりも落ちてしまいます。街の代表として作物の売買を担当するケイナーは喜んでこの話に飛び付きました。彼だけでは無く町長も喜んで売買契約を承諾。その際に来年の米、次に収穫できる作物の売買契約も済ませました」
「それは青田買いですよね??」
話の腰を折って申し訳無いと思うがどうしても気になったので質問させて頂く。
「はい、仰る通りです。既に収穫出来た作物、来年の米や次に収穫出来る作物等々。契約にはこの街で獲れた全ての収穫物を彼女達に売り渡すという話でした。売買契約で得たお金はケイナーが管理しており、これで街の経済は潤い発展出来ると住民達は喜んでいたのですが……」
「んで?? 続きはどうしたよ」
「おい、フウタ……」
辛い過去を話そうとするパルペントさんをのんびりとした口調で催促したフウタの後頭部をちょいと突いてやった。
「既に売り渡した作物は何も問題無かったのですが、どういう訳か街の作物がそれ以降一切育たなくなってしまったのです」
「え?? この街はそれで成り立っているんでしょ?? 何で育たなくなっちゃったの??」
フィロが当然疑問に思う質問を投げかける。
「それが私達にも分からないんですよ。例年通り田畑を耕して水を与えても育たず、養鶏だけでは売買代金の一部を賄う事しか出来ず彼女達は債務不履行を理由として私達に賠償を求めて来ました。我々も精一杯働いていると申し出たのですがそれだけでは契約を満たさない。そして代替作為義務として……」
あぁ、成程。作物が納入出来ないのならその代わりに彼等の言いなりになって色欲の街で働いているって訳ね。
賠償はそれである程度賄えるのだがここで一つの問題が上がった。
「作物が納入出来ないのなら売上金を返せば良かったのでは??」
そうマリルさんが言った通り貰った金をそっくりそのまま返して原状回復義務を果たし、契約自体を遡った状態で取り消せば良かったのだ。
「それがですね……。売買に携わったケイナーが街の売上金を全て持ち逃げしてしまったのですよ」
あ、あ、あららぁ……。大金に目が眩んで金を持ち逃げされちゃったんですか。
それはちょっと洒落にならない話だな。
「あの真面目なケイナーさんがですか?? とてもじゃありませんけど信じられませんね」
「そのケイナーって人はどんな人なので??」
素直な驚きの表情を浮かべているマリルさんに問う。
「この街で生まれこの街を愛し、家族を大切にする良く出来た人ですよ。住民達からそして町長さんからも信頼も厚く誰しもが信頼を寄せている人です」
家族を愛し人の手本となる人が金を持ち逃げ、か。
金に目が眩んだと言えば話はそれで終わるのですけども、何だか奥歯に物が挟まる思いがするのは気の所為か??
「大金が入った大きな鞄を持って街の外へ駆けて行く彼の後ろ姿を住民の一人が確認していますので確かな事かと」
「金は人を狂わす魅力があるからなぁ。そいつも多分金に魅入られたんだろ」
「いや、フウタ。それはおかしいぞ。普段から金のやり取りをしている人なんだからある程度の金じゃあ動かない筈。しかも街に家族を残して一人去るんだぞ?? 残された家族がどういう仕打ちを受けるかなんて火を見るよりも明らかだろ」
住民の人々から向けられる蔑んだ目、債権を有する狸一族から金の持ち逃げの責任を取れとして与えられる酷い暴力の数々。
家族を真に愛する者なら金の持ち逃げという愚行には走らないであろうさ。
「分からねぇぞ?? 大金を目の前にしたら家族よりも己の欲が勝るかも知れねぇだろうが」
「その線もあるけど……。パルペントさん、彼の後ろ姿を見たと言った住民さんは確実に彼だと断定出来たのですか??」
「黒みがかった茶の髪。背丈、服装。話を聞いた分には彼の外見に一致していたので間違いないかと」
ほぉん、外見的特徴のみで断定したのね。
「彼の家族は今何処に??」
「スイギョクが住んでいる大きな家の一画に匿われていると聞きました。何でも、私達住民からの復讐から守る為だそうです」
「匿うというのは体の良い言い訳で本音としてはこれ以上の詮索を危惧したのだろうさ」
「「詮索の危惧??」」
俺の言葉を捉えると、イスハとフィロが同時に話して同じ角度で首を傾げる。
相変わらず息がピッタリで御座いますわね。
「金を持って外に逃げ出したケイナーの情報さ」
「別にそいつがどんな奴か聞かれても困らねぇだろう。街の人にとっては周知の事実なんだし」
「そこだよ」
フウタがさり気なく放った言葉に対してビシっと指を差してやった。
「は?? 何だよ。急に指を差しやがって」
「街の人にとっては周知の事実。だけど俺達にとっては……??」
「そっか、その人がどんな人なのか全く分からないわね。理由は謎だけど余所者である私達に彼の家族からアレコレと情報を聞かれるのを嫌がったのか」
フィロが体の前で腕を組みつつ話す。
「だ――か――ら――。その野郎の外見とか聞いたってどの道意味がねぇだろうって言いんだよ。外に出て行った奴に構う余所者なんて居る訳がねぇんだし」
「持ち逃げした金を追いかける奴も出て来るかも知れないだろう。住民達は彼の『後ろ姿』 を見てケイナーだと確信した。じゃあ声は?? 口癖は?? 何気無い所作は?? その全ての情報を加味して決定した訳じゃないんだろ?? 彼の全てを知っているケイナーの家族を匿うという名目で、狸一族が彼女達を拘束した可能性が高いんじゃないの」
俺がそう話すとマリルさんを除く者達がハっとした表情を浮かべた。
「――――。じゃあそいつが偽物だって可能性もあるのか??」
「ケイナーを追いかけた奴が偶然外で見付けた時にこの街で入手した情報と一致し無かったらおかしいと思うだろう?? しかし、住民の方がそいつだって断定したんだから偽物である可能性は低い。俺が言いたいのはその線も捨てきれないって意味さ」
住民達から信頼され愛する家族を見捨てて外に逃げるのは余程の覚悟が居る。
その動機が金だけってのにど――も納得出来ないんだよねぇ。俺がこの陳腐な案に行き着いたのはそれが切っ掛けなのさ。
「マリル先生もそう考えているのか??」
イスハが三本の尻尾をフッサフサと左右に揺らしながら問う。
「私も同じ意見ですね。現時点では情報が少な過ぎて彼が偽物かどうか判断出来ません。しかし、ケイナーさんがもしも偽物だった場合……。狸さん達を街から追い出して元の街に戻せる事も可能であると考えていますよ」
「ほ、本当ですか!?」
マリルさんの言葉にロージンの瞳の中に希望の光が宿る。
「これはあくまでも仮定の話ですよ?? これから入手した情報を精査した結果、狸さん達の悪事が露呈した場合に限ります。この街と狸さん達との間で交わされた契約に我々は介入する事が出来ませんので」
「そ、そうですか。そうですよね……」
あらまっ、分かり易く凹んじゃいましたね。
「まっ、取り敢えず色々と行動して俺達が出来る範囲で問題解決に臨むつもりですよ」
ロージンちゃんの希望の光を絶やすまいとして明るい声を努めて出してあげた。
「お、おいおい。これからって言ったけどひょっとしてぇ……」
「私とイスハとフィロは街の住民に対して引き続き聞き込みを。フウタさんはスイギョクさんの家に侵入してケイナーさんの家族の安否を、そしてダンさんは田畑の確認をお願いします」
マリルさんがフウタの驚く声を無視すると俺達に対して的確な指示を与えてくれた。
街の住民から得られる様々な情報、大変美味しそうな双丘を持つスイギョクちゃんの住む家の内部調査に作物が育たない田畑の調査。
ここから得られる情報を精査加味して俺達が介入出来る問題かどうかの判断を下すって訳ね。
「げぇっ、これからカワイ子ちゃんと遊ぶ予定だったのに。ダンも俺様の意見に賛成だろ??」
「了解しました。パルペントさん、この街の田畑は何処にあります??」
「街の主大通りを北東側に向けて出てそこから北上した場所に田んぼはあります。近くの川から水を引いていますので直ぐに分かるかと。畑は田んぼから北西に向かった場所にありますよ」
「有難う御座います」
「無視かこら!?」
鼠の姿に変わり俺の頭に登って盛大に喚き散らす横着な鼠を無視して感謝の言葉を述べた。
「街の人が困っているんだから手を貸すのは当然だろう?? それにお前さんの聖剣は今の所役立たずだからお店に行っても無意味だって」
「ぐぬぬぅううう!! じゃあ大人しく指示にしたがってやるよ!! よぉ、姉ちゃんスイギョクちゃんの家の特徴を教えてくれ」
今も俺の頭を無意味に右前足でペシペシと叩き続けている馬鹿野郎が問う。
何気無いいつもの癖だけどたまぁに爪が頭皮に当たって痛いんだよね、これ。
「前の通りを進んで行くと他の家屋よりも一回り大きな家屋があります。新築ですので直ぐに分かると思いますよ」
「ん――、了解っと」
「フウタさんの仕事はケイナーさんの家族の確認だけですよ?? くれぐれも変な気を起こさぬ様に気を付けて下さいね」
「一々確認をしなくても分かっているよ!!」
お前さんの場合は釘を差さないとスイギョクちゃんに不必要な接触を図る蓋然性がありますからなぁ……。
普段の生活態度を鑑みれば今の一言は納得出来ますね。
「よっし!! 狸の悪事を暴く為に一暴れしますか!!」
「当然じゃ!! わしも一肌脱ぐぞ!!」
フィロが景気良く柏手を打つと気合十分のイスハと共に大股で出口へと進んで行く。
お嬢さん達?? 俺達は喧嘩をしに此処へ来たんじゃなんですよ??
「こらこら、私達は喧嘩では無くて聞き込みに向かうのですよ??」
彼女達の後ろ姿を優しい瞳で見つめつつマリルさんが言葉を漏らした。
あらまっ、俺とほぼ同じ考えの言葉が出て来ましたわね。
「ではパルペントさん、私達は用を済ませて来ますね」
「本当に有難う御座います。私達は宿の部屋を用意してお待ちしておりますので……」
大変申し訳無さそうな雰囲気を醸し出すパルペントさんと娘のロージンさんの綺麗なお辞儀に見送られながら街の大通りに出ると俺達の体を喧噪が包み込む。
「あはっ!! また来てくれたんだ!!」
「君の事が忘れられなくてさぁ!!」
「良い子は眠る時間だってのに元気なもんだぜ」
下心全開の男が満面の笑みを浮かべて怪しいお店に入って行く後ろ姿を捉えつつ話す。
「ふざけた雰囲気に変わってしまった原因は理解出来ました。私達の新たなる目標は狸さん達の不正を暴く事ですよ」
「うん?? 不正ってもう決めちゃっていいの??」
フィロが沢山の男女が行き交う人々に視線を送る。
彼女の目は呆れにも興味にも見える微妙な色であった。
「決めつけるのは良くありませんが……。狸さん達がこの街に訪れた理由は支配の為。そう考えると矛盾しませんからね」
「だよなぁ。まっ俺様としてはクソ田舎な街よりも色っぽい街の方が好みなんだけどな。んぉ!! あの姉ちゃんもイイ!!」
「その影には苦しんでいる人達が居る事をお忘れなく」
甘い言葉でにじり寄り金という魅力で相手を引き付けて大物を釣り上げる。
最小の効力で最大の効果を得るとは正にこの事だよな。
街のアチコチに視線を送り狸一族が得た最大の効果を目の当たりにしていると心に冷たい風がふっと吹いて行った。
フウタは相変わらず鼻息荒く色のある女性を見つめているけど此処からは心を改めて臨むべき。
「おい、フウタ。これから大事な仕事が始まるんだ。お前さんも心を入れ替えて……」
真面目に仕事をこなせと言おうとしたのですが。
「はぁいっ、お兄さん達っ」
「こんばんはぁ――。私達これからお店に出るのよねぇ――。良かったら寄って行ってよ」
「「おぉ!?!?」」
二人組の若い女性達が俺達の前を通り過ぎて行くと強固に固めた筈の真面目という感情の一画が早くも崩れ落ちてしまいそうになった。
ほ、ほぉ!! 肌理の細かい肌にキュっと締まったお尻ちゃんが最高ですね!!!!
時間が許す限りあの桃尻を舐め回してみたいですわ!!!!
「人の話を全然聞かない人達にはちょっとしたお仕置きが必要ですねっ」
「「ギャババババッ!?!?」」
魅力的な雌犬を捉えてしまった雄犬の如く鼻息を荒げていると、足元に眩い閃光が迸り体全体に有り得ない痛みが駆け抜けて行ってしまった。
「先生――。ダン達よりもハンナさん達を連れて来た方が良かったね」
「わしもその意見にさんせいじゃ。人様の庭で焦げ臭い匂いをまきちらしおって」
そ、それは仕方が無いでしょう!? 色っぽい女の子ちゃんが目の前を通過して行ったのだから!!
性欲を持つ男の子の健全な反応だとして許容して頂ければ幸いで御座います!!
「では私達は街道の入り口付近から聞き込みを開始しますのでダンさん達は決めた通りに事を進めて下さいねっ」
「ひゃ、ひゃい……。仰せのままに……」
雷の力の余韻がまだまだ残る痺れた舌を懸命に動かしつつマリルさんの言葉に何んとか了承の言葉を返し、無感情な足取りで街の入り口へ向かって進んで行く彼女の逞しい背を見送った。
ちょ、ちょっと隙を見せただけでとんでもねぇ攻撃を食らっちまった。
俺達のお茶目は日常茶飯事なのにこうしてぶっ飛んだ攻撃を与えて来た理由は恐らく、此処から先は俺達だけじゃなくて街の人々の命運も掛かっている事を忘れるなという意味なのでしょう。
「カペペ……」
「お、おい。行くぞフウタ……」
全身から毛が焦げる臭いを放ちつつ軽い痙攣を続けている鼠ちゃんを大事に両手の中に仕舞うと俺達が向かうべき場所に向かって蝸牛さんが心配になる程の遅々足る速度で向かって行ったのだった。
お疲れ様でした。
まだまだ連休の余韻を引きずっている読者様もいらっしゃるかと思われますがどうですか??
私の場合は、そうですね。可もなく不可もなくといった所でしょうか。
只、背中のハリがちょっと宜しく無いので今度の休みの日にはスーパー銭湯に赴いて炭酸風呂に浸かろうかなぁっと考えていますよ。勿論!! 四川ラーメンを食べてから帰ります!!
これは絶対に外せないルーティンなので。
それでは皆様、お休みなさいませ。




