第二百二十九話 酒と喧嘩は男の華 その一
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ほぼ夜と断定しても良い闇が上空に広がり星達が瞬き始めた空には三日月が怪しい月光を放っている。
地上で暮らす者達は月明かりと街の通り沿いに併設された松明の篝火を頼りに色欲の街を行き交いそれぞれの目的地へと進んで行く。
ある者は空腹を満たす為に食事処へ、ある者は疲れた体を休める為に宿屋へ。
「はぁいっ、今日だけ特別の催し物があるから寄っていきなよっ」
「いやっほぅい!! 今日はツイているぜ!!」
またある者は己の欲を満たす為に特盛の双丘をこれ見よがしに強調している如何わしい店に。
俺も甘い花の蜜に誘われる様にお店に進んで行った彼と同じく、今日だけの特別な催し物を是非とも経験したいのですけれども……。
「……ッ」
マリルさんからまた強烈な抓り攻撃が襲い掛かって来る蓋然性がありますので如何わしいお店に向かおうとする下半身を戒め、強力な精神力で無理矢理軌道修正してやった。
胸元を強調させた薄着から覗く双丘の陰りが男の性欲をギュンギュンと刺激し、ちょいと濃い目の化粧の目元が心臓の鼓動を早め、可愛らしくヒラヒラと振る手が陽性な感情を何処までも刺激してくれる。
あぁ、ポヨポヨでたわぁぁんと実った果実が遠ざかって行くぅぅ……。
あの谷間に顔をポスンと埋めてスンと香りを嗅げばきっと発情期の犬もドン引く位に発情してしまうだろうさ。
「うぎぎぃぃいい!! な、何でそこかしこにあるお店に入っちゃ駄目なんだよ!! 俺様にも我慢の限界があるんだぞ!?」
人の姿のフウタがはぁはぁと厭らしい息を吐きつつ周囲に視線を送る。
「落ち着けって。今は店にお邪魔するよりもこの街に起きた問題を探るのが最優先事項だろ??」
性欲に馬鹿正直なコイツは俺が御さなきゃ今頃色んな店をはしごしているだろうさ。
「そんな事後でもいいじゃねぇか!! 俺様は今を楽しみたいんだよ!!!!」
「んふっ、いらっしゃぁい。今日は私のココを好きにしていいんだよっ??」
「今行くねぇ――ッ!!!!」
「だ――っ!! 落ち着けって!!!!」
健康的に焼けた女性の肌に男の性欲を悪戯に刺激する怪しい笑みにつられてしまいそうになるフウタの肩をがっちりと掴んで行く手を阻んでやった。
こ、この力……。コイツ不能なくせに欲情だけは衰え知らずだな。
俺が肩を掴まなきゃ今頃あの姉ちゃんの柔らかそうな体にヒシと抱き付いていただろうさ。
「ダンさん、フウタさん。馬鹿騒ぎはそこまでにして下さい。宿屋のアマヤが見えて来ましたよ」
「へ、へいっ!! おい!! 行くぞ!!!!」
マリルさんの冷徹な声が鼓膜に到着するとほぼ同時。
「く、くっそぉぉおおおおおお――――!!!!」
肩だけでは拘束を逃れてしまう恐れがあった為、後ろから羽交い締めの要領で拘束力を強めて俺達の目的地であるアマヤに向かって強制連行を開始。
「ほ、ほら。着いたぞ!!」
「うぅ……。下半身の行動を制御するのは本当に辛いぜ……」
宿屋の受付所に到着すると無意味にジタバタと暴れているフウタの拘束を解き、疲労と呆れの二つの意味を籠めた溜息を吐いた。
うぅむ、外観は普通の家屋でしたのに中は結構広い受付所ですなっ。
「うぇっぷ。ぎしし!! 今日も酒が美味いぜ!!」
「だなぁ!!」
十メートル四方のまぁまぁの広さを誇る受付所内の右手側には宿泊客が足を休める為の物だろうか?? 一つの机を囲む様に四つの椅子が置かれており、今は二人の酔っ払い客が使用している。
左手側には二回に続く階段が、そして右手奥には従業員専用の扉だろうか?? 使用感溢れる木製の扉が確認出来た。
入り口の真正面に背の高い受付所があり、その奥に四十代中頃の女性が静かに立っておりマリルさんはその女性を視界に入れると素直な驚きの声を上げた。
「えっ?? パルペントさん??」
「マリルさん!?」
パルペントと呼ばれた女性が俯きがちであった顔を上げると、彼女もまたマリルさんと同じ様に驚きの表情を浮かべる。
「お久し振りです!! 一体どうしたんですか?? 宿屋で受付なんて……」
「私も本意では無いんですけど、実はですね……」
受付の女性が口を開こうとすると。
「おい!! 酒が切れたぞ!! 追加を持って来い!!」
「あ、はい!! 只今!!」
室内で寛ぐ男達から怒号が響き、パルペントさんは従業員用の扉へ向かって急いで駆けて行ってしまった。
「マリルさん。受付の女性と知り合いみたいな感じでしたけど……」
「ガラの悪い連中じゃなぁ」
「同感――。もしも完璧な体付きの私に厭らしい目を向けて来たら思いっきりぶん殴ってやる」
「まかり間違ってもそれは決して起こり得ねぇから安心しろや」
「はぁっ!? そんな事分からないじゃん!!!!」
受付所前でギャアギャアと騒ぐ彼等の喧噪を縫って素朴な疑問を問う。
「彼女は私の知り合いの一人で、此処が変わる前までは農業に携わる夫を側で優しく支える人でした。専業主婦とでも言えばいいのでしょうかね。私が此処に来るとこの街で獲れた作物で美味しい料理を提供してくれたり、魅力溢れる素晴らしい機能性を持った服の裁縫を教えてくれたのですよ」
魅力溢れる素晴らしい機能性を持った服は置いておいて。
「専業主婦であった彼女が此処で働いている事に驚いたのですね??」
完璧に的を絞った質問をしてあげた。
「仰る通りです。彼女は夫と一人の娘、三人で誰しもが羨む家族生活を送っている筈なのですが……」
パルペントさんが受付所内で浮かべていたのは明るい家庭に溢れる素敵な笑みでは無く、何処か人に不安感を刺激させてしまう沈んだ表情でしたものね。
その理由を尋ねる事が街の異変に繋がりそうだぜ。
背の高い受付所に軽く上半身を預けて従業員専用の扉を何とも無しに見つめていると、そこから現れたのはパルペントさんでは無く十代中頃の女性であった。
「お待たせしました。お酒の追加です……」
あの年頃は訳も分からず元気がジャブジャブと湧いて来るってのに……。彼女が発した声量は何と頼りない事か。
ちょいと汚れが目立つ小豆色のシャツと濃い青のズボンを着用しており、華奢な肩幅と体躯もあってか疲労が残る表情は人に不安感や心配等の負の感情を抱かせてしまう。
受付の女性と同じく随分と疲れた顔をしているな。
あの子がパルペントさんの一人娘さんだろうか??
「あの子が受付の女性のお子さんですよ」
俺の考えを汲んでくれたマリルさんが彼女の移動を視線で追いつつ話す。
「やはりそうでしたか。しかし、覇気が無いというか。生気が無いというか……」
自分の意思では無く他人に体を操られている様な所作と足運びに一抹の不安を覚えてしまう。
きっと彼女もパルペントさんと同じで強制的に働かされているのでしょうね。
俺達が思っている以上に住民達と狸一族との間に起きた問題は大きそうだ。一早くその問題の大本を確認せねばならぬ。
そう考えてパルペントさんの到着を待っていると。
「おい。酒を注げ」
「は、はい……」
「てめぇ!! 酒が掛かっただろうが!!」
件の彼女が酔っ払い二人の木製のコップに酒を注ぐ際に手元がもつれてしまい、一人の酒臭い野郎の手元を透明な液体で汚してしまった。
「きゃあっ!?」
それに激昂した男が左手の甲で女性の頬を叩く。
「ロージンッ!!!!」
一人娘の叫び声が聞こえたのだろう。
従業員専用の扉からパルペントさんが慌てて飛び出て来て床に蹲る娘の体を庇う様に大切に抱いた。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業並びに執筆作業に取り組んでおりますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




